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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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策を弄せど結論も出ず 4

 キャスは、ルーポでも、かなり大きい部類に入る家の中にいた。

 天井は高く窓もあり、部屋もいくつかあるようだ。

 

(見た目は、遊牧民のテントっぽいんだけど……)

 

 土でできているからか、テントよりは、ずっと頑丈そうだった。

 入り口は、ガリダの「引き戸」とは違い、前後に開閉するタイプ。

 ガリダを和風とするなら、ルーポは洋風と言えるかもしれない。

 イスやテーブルはないものの、床には「絨毯」らしきものが敷かれている。

 

 ここは、ダイスの「別宅」なのだ。

 

 ルーポに来て初めて知ったのだが、ダイスには家族がいる。

 当然と言えば当然だろう。

 だが、ダイスの子供じみた態度のせいか、考えたこともなかった。

 まさか子供が5頭もいるだなんて。

 

(奥さんは1人……じゃなくて、1頭……やっぱりイヌ科の系統なのかな)

 

 狼や狸などイヌ科の動物は、一夫一妻制が多いと聞いたことがある。

 ライオンみたいなハーレムは形成しないのだとか。

 代わりに「群れ」を作り、外敵から子供を守ったりする。

 らしいのだけれども。

 

「ここって、子供部屋なんですよね? 借りちゃって良かったんですか?」

「気にすんな。あいつらの面倒は、従兄弟連中が見てる。今時、男も子育てできて当然なんだぞ」

「では、当然、お前もしておるのだろうな」

「いや、俺は特別。よく出来た(つがい)がいるから、しなくてもいいんだよ」

 

 ノノマが呆れたように、瞳孔を狭めた。

 キャスも同様に、ちょっぴり冷たい視線を向ける。

 ザイードも似たようなものだが、ダイスは気にしていない。

 変化(へんげ)を解いた大きな体を丸め、尻尾を、ゆらゆらさせていた。

 

「まぁ、いいじゃねぇか。それより、あいつは?」

 

 大きな前脚で、ダイスが床を、ぽふぽふと叩く。

 広い室内には、ザイード、ダイス、ノノマとキャス。

 並ぶようにして座り、正面に小さな機械を置いていた。

 手に持っていた装置を使い、動力を入れる。

 

 今後、ラーザの技術を使うことになるため、動力源についても考えておく必要があった。

 壁を造る装置が2百年も稼働しているのだ。

 場所から考えると、ガリダの湿地帯近辺に動力源があると見込んでいる。

 

「お、見えた。すげえもんだな、技術ってのは」

「その場におらぬでも、あのものが見えておりまする」

 

 ダイスとノノマが、前のめりになっていた。

 機械から映像が映し出されている。

 キャスの元いた世界での、一般的なノートパソコンの画面程度の大きさだ。

 それが4つに区切られ、それぞれ別の角度からシャノンを映している。

 

(防犯カメラの映像って感じだね。用途も、それっぽいこと書いてたっけ)

 

 資料によると、この装置は「見張り」のために造られたとされていた。

 とはいえ、元々は「対人用」ではない。

 対象は、主に動物だ。

 育てている野菜や果物を、動物たちに荒らされないよう見張る、という用途から造られた。

 

 追加の資料により「対人用」となった経緯も、キャスは知っている。

 ラーザの技術に目をつけた周辺国からの圧力や攻撃、そして征服戦争。

 そうしたものが、ただ便利だったに過ぎない道具を、別のものに変えたのだ。

 自衛のため、変えざるを得なかったのだろう。

 

「ずいぶんと落ち着かぬようだの」

「鎖を外すのは、やり過ぎだったかもしれませんね」

「けど、一応、少しは疑いが晴れたってことにしねぇとだろ?」

 

 ダイスの言うように、完全に疑いが晴れたのではないが、少しは信用している、とシャノンに信じさせたかったのだ。

 そのため、繋いでいた鎖だけは外している。

 ただし、外には出さず、見張りも残していた。

 

 突然、手のひらを(かえ)すのは、不自然だからだ。

 なので、ザイードやノノマは、あえて不信が強いという態度を保っていた。

 ノノマの場合、演技ではないのだろうが、それはともかく。

 

「動き出しましたね」

 

 キャスは、もそっと体を起こしたシャノンを、画面越しに見つめる。

 もう真夜中に近い時間となっていた。

 ルーポの血を持っているからか、夜目は効くらしい。

 繰り返し、天井を見上げている。

 

「通信が妨害されてるっていうのは、信じてるみたいです」

「そうだの」

 

 シャノンは、上を見ながら、しきりに首のあたりをさわっていた。

 通信が可能かどうか、見極めようとしているように見える。

 ノノマが不快そうに、尾を揺らしていた。

 行動からシャノンを「敵」だと認定したに違いない。

 

「あやつの裏におるのは、ロキティスではなかろう?」

「なんでだ? あいつが、そいつの悪口ばっかり言ってたからか?」

「今さらになって、というのが怪しく思えてなりませぬ。命乞いをするのなれば、はなから話しておればよかったではござりませぬか」

「ノノマの言う通りだよ」

 

 褒められたと感じたのか、ノノマが表情を緩め、少し嬉しそうにする。

 実際、ノノマの言う通りなのだ。

 

「その場しのぎっていうか……危なくなったら、情報を小出しにしてるって感じ。たぶん、その都度、指示されてるんだね。でも、ロキティスの指示じゃないと思う」

「なにゆえにござりましょう?」

「あいつは、そういう奴じゃないから」

「と言いますと?」

「危なくなったら、ロキティスは、あっさりシャノンを切り捨てる。自分には関係ないって顔して、放っとくに決まってるんだよね」

 

 腕組みをしたザイードがうなずいている。

 ザイードも、キャスの協力を仰ぎつつ、資料を読み進めていた。

 ロキティスの人柄や、してきたことも、だいたい把握しているはずだ。

 

「嫌な野郎だな」

 

 心の中で、キャスは「もっと嫌な奴を知っている」と思う。

 が、すぐに意識を分散させた。

 ポケットの中にある、ひし形を握りしめ、やるべきことに集中しようする。

 そうしながらも、頭の隅には、自然と記憶が流れていた。

 

(フィッツは、目の中で、私をこういうふうに見てたのかなぁ)

 

 フィッツの体は、それ自体が、様々な「装置」の役割を担っていたのだ。

 キャスたちの前には、映像を出す機械があるが、フィッツが使っているのを見たことはない。

 けれど、あの薄金色の瞳で、いつも自分を見ていてくれた。

 

「ん……?」

 

 ぴこんっと、ダイスの耳が、三角から2等辺三角に変わっている。

 身動きするのもやめている様子に、残る全員も黙り込んだ。

 なんだが呼吸でさえ抑え気味になる。

 向こうに、こちら側の音は聞こえないが、ダイスが「音」を拾おうとしていると察していたからだ。

 

(収音もできるはずだけど……小声だと、なに話してるかまでは拾えない……)

 

 しかも、シャノンは体を丸めている。

 なるべく声が響かないようにしているのだ。

 キャスには、シャノンが声を出しているのかも、わからなかった。

 ぼそぼそ程度にも聞こえてこない。

 

「ご主人様って、言ってるな」

 

 ダイスの言葉に反応しかけて、両手で口を押さえる。

 ザイードとノノマも、うっかり魔力での会話をしないように注意しているのか、眉間に、しわを寄せていた。

 

「男だ……しばらく我慢しろ……聖魔封じが……なんこ? まだ先になる」

 

 きっと「聖魔封じが難航している」と言ったのだ。

 直接に聞けないのが、もどかしくなる。

 声を聞ければ「誰か」わかるかもしれない。

 皇宮で「カサンドラ」として接したことのある人物は少なかったが、戦車試合の日に主要国の主要人物とは挨拶を交わしている。

 そのうちの誰かであれば、わかる可能性はあった。

 

「お前のやることは? ご主人様を……楽しませること……」

 

 ダイスが嫌そうに、鼻に、しわを寄せている。

 シャノンを「敵」認定していても、ルーポの血を持つ中間種なのだ。

 聞いていて楽しい話でないのは、当然だった。

 キャスとて楽しくはない。

 

「……駄目だ。なんも聞こえなくなった。通信を切ったんだな」

 

 映像はそのままに、大きく息をつく。

 ダイスの毛が微妙に逆立っていた。

 きっと不快感から抜け出せていないのだ。

 ダイスは、ザイードから「繫殖」の話も聞かされている。

 人が、魔物を「使う」のを目の当たりにして、その意味も悟ったはずだ。

 

 繫殖により造られた中間種は、人間たちの都合のいい道具。

 

 時には実験体とし、時には簡単に切り捨てられる「駒」として、人は、中間種を使っている。

 シャノンも、そのひとりだ。

 

「あいつ、わかってんのか?」

「わかってるっていうか……たぶん、そういう生きかたしか知らないんですよ」

「憐れとは思うが、刷り込まれた生きかたは簡単には変えられぬ」

「さようにござりまする。下手(へた)に温情をかければ、足元をすくわれ、窮地に立たされかねませぬ」

 

 シャノンに、別の生きかたを与えようとしても一朝一夕にはいかない。

 洗脳を解くには時間がかかる。

 その前に、シャノンに裏切られる可能性のほうが圧倒的に高い。

 種族のこともあるため、ダイスは温情をかけたくなったのだろうけれども。

 

「わかってるって……現時点で、あいつは、オレたちを裏切ってんだ。同胞とは、みなせねぇわな」

 

 ダイスの「わかっている」は、いつもは、はなはだ疑わしい。

 だが、今の言葉には信憑性がある。

 シャノンへの温情を切り捨てたという重々しい響きが感じられた。

 

「して、キャスよ。首尾は?」

 

 ザイードの問いに、しばし考える。

 上手くいっている、ような気はした。

 なのに、なにかが引っ掛かっている。

 

「もう何日か、様子を見てから、ですね。今はなんとも……」

 

 わざと偽情報を流し、相手に聞かせることには成功した。

 その後、シャノンの動向から、相手の動きを探る。

 これも成功しているように思うのに、どうにも素直に喜べなかった。


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