策を弄せど結論も出ず 4
キャスは、ルーポでも、かなり大きい部類に入る家の中にいた。
天井は高く窓もあり、部屋もいくつかあるようだ。
(見た目は、遊牧民のテントっぽいんだけど……)
土でできているからか、テントよりは、ずっと頑丈そうだった。
入り口は、ガリダの「引き戸」とは違い、前後に開閉するタイプ。
ガリダを和風とするなら、ルーポは洋風と言えるかもしれない。
イスやテーブルはないものの、床には「絨毯」らしきものが敷かれている。
ここは、ダイスの「別宅」なのだ。
ルーポに来て初めて知ったのだが、ダイスには家族がいる。
当然と言えば当然だろう。
だが、ダイスの子供じみた態度のせいか、考えたこともなかった。
まさか子供が5頭もいるだなんて。
(奥さんは1人……じゃなくて、1頭……やっぱりイヌ科の系統なのかな)
狼や狸などイヌ科の動物は、一夫一妻制が多いと聞いたことがある。
ライオンみたいなハーレムは形成しないのだとか。
代わりに「群れ」を作り、外敵から子供を守ったりする。
らしいのだけれども。
「ここって、子供部屋なんですよね? 借りちゃって良かったんですか?」
「気にすんな。あいつらの面倒は、従兄弟連中が見てる。今時、男も子育てできて当然なんだぞ」
「では、当然、お前もしておるのだろうな」
「いや、俺は特別。よく出来た番がいるから、しなくてもいいんだよ」
ノノマが呆れたように、瞳孔を狭めた。
キャスも同様に、ちょっぴり冷たい視線を向ける。
ザイードも似たようなものだが、ダイスは気にしていない。
変化を解いた大きな体を丸め、尻尾を、ゆらゆらさせていた。
「まぁ、いいじゃねぇか。それより、あいつは?」
大きな前脚で、ダイスが床を、ぽふぽふと叩く。
広い室内には、ザイード、ダイス、ノノマとキャス。
並ぶようにして座り、正面に小さな機械を置いていた。
手に持っていた装置を使い、動力を入れる。
今後、ラーザの技術を使うことになるため、動力源についても考えておく必要があった。
壁を造る装置が2百年も稼働しているのだ。
場所から考えると、ガリダの湿地帯近辺に動力源があると見込んでいる。
「お、見えた。すげえもんだな、技術ってのは」
「その場におらぬでも、あのものが見えておりまする」
ダイスとノノマが、前のめりになっていた。
機械から映像が映し出されている。
キャスの元いた世界での、一般的なノートパソコンの画面程度の大きさだ。
それが4つに区切られ、それぞれ別の角度からシャノンを映している。
(防犯カメラの映像って感じだね。用途も、それっぽいこと書いてたっけ)
資料によると、この装置は「見張り」のために造られたとされていた。
とはいえ、元々は「対人用」ではない。
対象は、主に動物だ。
育てている野菜や果物を、動物たちに荒らされないよう見張る、という用途から造られた。
追加の資料により「対人用」となった経緯も、キャスは知っている。
ラーザの技術に目をつけた周辺国からの圧力や攻撃、そして征服戦争。
そうしたものが、ただ便利だったに過ぎない道具を、別のものに変えたのだ。
自衛のため、変えざるを得なかったのだろう。
「ずいぶんと落ち着かぬようだの」
「鎖を外すのは、やり過ぎだったかもしれませんね」
「けど、一応、少しは疑いが晴れたってことにしねぇとだろ?」
ダイスの言うように、完全に疑いが晴れたのではないが、少しは信用している、とシャノンに信じさせたかったのだ。
そのため、繋いでいた鎖だけは外している。
ただし、外には出さず、見張りも残していた。
突然、手のひらを反すのは、不自然だからだ。
なので、ザイードやノノマは、あえて不信が強いという態度を保っていた。
ノノマの場合、演技ではないのだろうが、それはともかく。
「動き出しましたね」
キャスは、もそっと体を起こしたシャノンを、画面越しに見つめる。
もう真夜中に近い時間となっていた。
ルーポの血を持っているからか、夜目は効くらしい。
繰り返し、天井を見上げている。
「通信が妨害されてるっていうのは、信じてるみたいです」
「そうだの」
シャノンは、上を見ながら、しきりに首のあたりをさわっていた。
通信が可能かどうか、見極めようとしているように見える。
ノノマが不快そうに、尾を揺らしていた。
行動からシャノンを「敵」だと認定したに違いない。
「あやつの裏におるのは、ロキティスではなかろう?」
「なんでだ? あいつが、そいつの悪口ばっかり言ってたからか?」
「今さらになって、というのが怪しく思えてなりませぬ。命乞いをするのなれば、はなから話しておればよかったではござりませぬか」
「ノノマの言う通りだよ」
褒められたと感じたのか、ノノマが表情を緩め、少し嬉しそうにする。
実際、ノノマの言う通りなのだ。
「その場しのぎっていうか……危なくなったら、情報を小出しにしてるって感じ。たぶん、その都度、指示されてるんだね。でも、ロキティスの指示じゃないと思う」
「なにゆえにござりましょう?」
「あいつは、そういう奴じゃないから」
「と言いますと?」
「危なくなったら、ロキティスは、あっさりシャノンを切り捨てる。自分には関係ないって顔して、放っとくに決まってるんだよね」
腕組みをしたザイードがうなずいている。
ザイードも、キャスの協力を仰ぎつつ、資料を読み進めていた。
ロキティスの人柄や、してきたことも、だいたい把握しているはずだ。
「嫌な野郎だな」
心の中で、キャスは「もっと嫌な奴を知っている」と思う。
が、すぐに意識を分散させた。
ポケットの中にある、ひし形を握りしめ、やるべきことに集中しようする。
そうしながらも、頭の隅には、自然と記憶が流れていた。
(フィッツは、目の中で、私をこういうふうに見てたのかなぁ)
フィッツの体は、それ自体が、様々な「装置」の役割を担っていたのだ。
キャスたちの前には、映像を出す機械があるが、フィッツが使っているのを見たことはない。
けれど、あの薄金色の瞳で、いつも自分を見ていてくれた。
「ん……?」
ぴこんっと、ダイスの耳が、三角から2等辺三角に変わっている。
身動きするのもやめている様子に、残る全員も黙り込んだ。
なんだが呼吸でさえ抑え気味になる。
向こうに、こちら側の音は聞こえないが、ダイスが「音」を拾おうとしていると察していたからだ。
(収音もできるはずだけど……小声だと、なに話してるかまでは拾えない……)
しかも、シャノンは体を丸めている。
なるべく声が響かないようにしているのだ。
キャスには、シャノンが声を出しているのかも、わからなかった。
ぼそぼそ程度にも聞こえてこない。
「ご主人様って、言ってるな」
ダイスの言葉に反応しかけて、両手で口を押さえる。
ザイードとノノマも、うっかり魔力での会話をしないように注意しているのか、眉間に、しわを寄せていた。
「男だ……しばらく我慢しろ……聖魔封じが……なんこ? まだ先になる」
きっと「聖魔封じが難航している」と言ったのだ。
直接に聞けないのが、もどかしくなる。
声を聞ければ「誰か」わかるかもしれない。
皇宮で「カサンドラ」として接したことのある人物は少なかったが、戦車試合の日に主要国の主要人物とは挨拶を交わしている。
そのうちの誰かであれば、わかる可能性はあった。
「お前のやることは? ご主人様を……楽しませること……」
ダイスが嫌そうに、鼻に、しわを寄せている。
シャノンを「敵」認定していても、ルーポの血を持つ中間種なのだ。
聞いていて楽しい話でないのは、当然だった。
キャスとて楽しくはない。
「……駄目だ。なんも聞こえなくなった。通信を切ったんだな」
映像はそのままに、大きく息をつく。
ダイスの毛が微妙に逆立っていた。
きっと不快感から抜け出せていないのだ。
ダイスは、ザイードから「繫殖」の話も聞かされている。
人が、魔物を「使う」のを目の当たりにして、その意味も悟ったはずだ。
繫殖により造られた中間種は、人間たちの都合のいい道具。
時には実験体とし、時には簡単に切り捨てられる「駒」として、人は、中間種を使っている。
シャノンも、そのひとりだ。
「あいつ、わかってんのか?」
「わかってるっていうか……たぶん、そういう生きかたしか知らないんですよ」
「憐れとは思うが、刷り込まれた生きかたは簡単には変えられぬ」
「さようにござりまする。下手に温情をかければ、足元をすくわれ、窮地に立たされかねませぬ」
シャノンに、別の生きかたを与えようとしても一朝一夕にはいかない。
洗脳を解くには時間がかかる。
その前に、シャノンに裏切られる可能性のほうが圧倒的に高い。
種族のこともあるため、ダイスは温情をかけたくなったのだろうけれども。
「わかってるって……現時点で、あいつは、オレたちを裏切ってんだ。同胞とは、みなせねぇわな」
ダイスの「わかっている」は、いつもは、はなはだ疑わしい。
だが、今の言葉には信憑性がある。
シャノンへの温情を切り捨てたという重々しい響きが感じられた。
「して、キャスよ。首尾は?」
ザイードの問いに、しばし考える。
上手くいっている、ような気はした。
なのに、なにかが引っ掛かっている。
「もう何日か、様子を見てから、ですね。今はなんとも……」
わざと偽情報を流し、相手に聞かせることには成功した。
その後、シャノンの動向から、相手の動きを探る。
これも成功しているように思うのに、どうにも素直に喜べなかった。