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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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策を弄せど結論も出ず 2

 ザイードが、イホラから帰ってきて3日目。

 キャスは、初めてガリダ以外の領地に来ている。

 ザイードとノノマが一緒だ。

 シュザもついて来たがったが、残ってもらった。

 ラシッドに任せるのは、心もとなかったからだ。

 

 ザイードの弟であり、領地内のことなら知らないことはないと豪語しているが、ラシッドは、いわゆる「ティーンエイジャー」だった。

 ここでは大人と認められる歳ではあっても、経験不足は否めない。

 判断や決断をするには若過ぎる。

 

 『ガリダになにかあった時に対処できるのは、シュザしかおりませぬ』

 

 ノノマの、ひと言でシュザは居残りをあっさりと承諾した。

 ノノマは、シュザの扱いに手馴れているのだ。

 この調子では、きっと「尻に敷かれる」のだろうな、とキャスは思っている。

 2人、もとい2頭はお似合いなので結ばれてほしくはあるが、それはともかく。

 

「ダイス、段取りはわかっておろうな?」

「わかってるって。常々、感じてるんだけどな。お前、オレを馬鹿だと思ってるだろ?」

「馬鹿とは思うておらぬ。だが、お前は慎重さに欠けるところがあるゆえ、念押しをしておるのだ」

 

 キャスの隣で、ノノマも深くうなずいていた。

 その気持ちは、わからなくはない。

 ルーポは、ほとんどがダイスと似た雰囲気を持っている。

 キャスが到着してから、少なくとも3時間は騒ぎがおさまらなかったほどだ。

 

 犬っぽかったり、猫っぽかったり、鳥っぽかったりするものもいたが、共通して好奇心旺盛。

 ザイードやノノマに追い散らされてもめげず、次々に寄って来た。

 おかげで取り囲まれたキャスは身動きが取れなくなったのだ。

 とはいえ、今日は遊びに来たのではない。

 

「キャス様、私は身を守るすべに長けておりまするゆえ、前に出ぬように、お気をつけくださりませ」

「ありがと、ノノマ」

 

 自分の身を守るためではなく、キャスはシャノンにあまり近づかないようにする必要があった。

 なので、申し訳ないのだが、ノノマの後ろに隠れて話すことになる。

 ジュポナでは失念していてできなかった「試験」をするつもりでいた。

 

(これじゃ、ロキティスと変わらないよなぁ……実験、だもんね……)

 

 自分の持つ力が、果たして中間種に、どこまで通じるのか。

 それも、今回、試すのだ。

 生憎、試せる相手はシャノンしかいない。

 ロキティスほど積極的ではないにしても、実験体扱いしているのは同じだ。

 気が進まないと言えば、進まない。

 

 だが、曖昧な状態にはしておけなかった。

 ロキティスの配下には、中間種がいる。

 本人たちが望んでいようがいまいが、現状は敵とみなさなければならない。

 手加減などしていては、こちらがやられる。

 

(私はフィッツみたいに最善を選ぶなんてできないから。負けないための選択を、ひとつずつしていくしかないんだ)

 

 ザイードを先頭に、ダイス、ノノマ、そしてキャスの順で、シャノンを閉じ込めている家に入って行った。

 ダイスとノノマは変化(へんげ)している。

 ザイードは、いつものガリダ姿だ。

 

 曲線を描く天井には、小さな窓がいくつかあり、そこから陽の光が射していた。

 なので、中は、それほど暗くない。

 シャノンが部屋の隅に鎖で繋がれ、小さくなっているのが見える。

 細い尾を、くるんと丸め、いかにも怯えているといった様子だ。

 

 ザイードにも明確に言っていないが、実のところ、キャスはシャノンをまったく信じていない。

 話に辻褄は合っている。

 けれど、合い過ぎている。

 

 キャスは、特段に嘘を見抜く力があるわけではなかった。

 この世界に来て、猜疑心が強くなったというのとも違う。

 けれど、シャノンの行動は「人として」おかしいと感じるのだ。

 

(私は元々あっちで死んでたしさ。こっちに来た時も、壁ってやつを越えてみようかなってくらいにしか考えてなかった。生きる目的がなかったから、ビビる必要もなかったしね。でも、シャノンは殺されるのが怖くて逃げたんでしょ?)

 

 キャスが皇宮から逃げた理由とは、ある意味、正反対と言える。

 彼女は、生きるも死ぬもどうでも良くて、窮屈な場所にいたくなかっただけだ。

 壁を越えてみたい、という漠然とした目的くらいしか持っていなかった。

 対して、シャノンは「殺されたくない」から逃げて来たという。

 つまり「生きたい」との強い思いがあったということになる。

 

 なのに、これといってなにもしていない。

 

 漠然とした目的しかなかったキャスですら、皇宮逃亡を実行している。

 生きたいと思って逃げて来た割に、シャノンは大人し過ぎた。

 ダイスに(すが)るわけでもなく、ルーポに馴染もうとするでもなく。

 ひたすら怯えて縮こまっている。

 

 それでいて、話の辻褄だけは合っているなんて不自然に過ぎた。

 しかも、常に後追いでの「言い訳」でしかない。

 

(カサンドラに助けを求めようともしてないしね)

 

 シャノンは、魔物の国に来た理由を「カサンドラ」だとしている。

 だが、会わせてくれと頼んだことはなかった。

 頼れるのが「カサンドラ」しかいないのなら、なんとしても会おうとするのではなかろうか。

 せめて、ダイスに頼むくらいはしたはずだ。

 

(上っ面だけ辻褄が合い過ぎてるから、おかしいんだよ)

 

 とはいえ、シャノンにはルーポの血が混じっている。

 絶対と言いきれない間は、疑念は心の中におさめておくことにした。

 シャノンが敵と通じているかどうかは、近いうちにわかる。

 そのためには、上手くシャノンを騙さなければならない。

 後ろにいる「誰か」のことも。

 

「キャス、これでいいのか?」

「はい、大丈夫です」

 

 ダイスが、人型だというのに、器用に天井に張り付いていた。

 四つん這いになり、渡しておいた装置を設置している。

 設置といっても、土壁でできた天井に埋め込むだけなのだが、それはともかく。

 

 装置は、全部で4つ。

 昨日、似たような造りの家で、室内に「死角」がない位置を確認していた。

 その場所に、装置を取りつけたのだ。

 これでシャノンの行動は、こちらに筒抜けとなる。

 警戒させては意味がないので、すぐに次の行動に移った。

 

 ザイードが、腕組みをして、袖に手を入れる。

 いつもザイードがする仕草なので、不自然さはない。

 ダイスが天井から飛び降り、シャノンに近づいた。

 丸まっているシャノンの前にしゃがみこむ。

 

「お前の話は、本当だった。ちっと厳しくし過ぎたみたいだな」

「そのようなことはござりませぬ。そもそもキャス様が危うき目に合われたのは、そやつのせいにござりますれば」

 

 ノノマは演技ではなく、本気で言っているようだ。

 尾が激しく左右に振れていた。

 シュザとは違い、最初からノノマはシャノンを嫌っている。

 身を守るすべに長けているため、無意識にシャノンの危険性を感じ取っているのかもしれない。

 

「まぁ、悪気はなかったみたいだし、無事だったから、今回は大目に見ようよ」

 

 言いながら、ザイードの動きを意識した。

 ザイードは、袖の中に「通信遮断」の装置を隠し持っている。

 使いかたは、ルーポに来る前に説明してあった。

 持ち帰ったラーザの「機械」の中には通信装置もあったので、実際に試験もしてみている。

 

 どの程度が、ちょうどいいかを試したのだ。

 完全に遮断してしまってもいけないし、妨害状態が不自然でもいけない。

 何度か繰り返して、ようやく「加減」を調節できるようになった。

 

「あの天井につけたものは、通信を遮断する装置だよ」

 

 シャノンが体を伸ばし、天井を見上げる。

 その姿を見つつ、キャスは言葉を続けた。

 

「わざと連絡したわけじゃないだろうけど、その通信具が危険なのはわかるよね? それに、こっちのことが向こうに知られるってなったら、シャノン、あんたを殺すしかなくなる。通信具が埋め込まれてるのが、首だからさ」

「こやつを生かすために、キャス様が、このようなご苦労をされずとも良かったのではござりませぬか?」

 

 ノノマも「計画」は知っているのだ。

 だが、やはり言葉は刺々しい。

 本気で思っているとしか感じられなかった。

 

「けどさ、一応、私を頼ってきたわけだしね」

 

 ぴくぴくっと、シャノンの耳が反応する。

 気づいたのか、ダイスの瞳孔が狭まっていた。

 

(やっぱりね。帝国にいた頃の私とじゃ外見が違う。けど、シャノンは私が魔物だとは思ってない。カサンドラだって知ってたからだね)

 

 前に、ザイードがシャノンに歳を聞いたことがある。

 その際、シャノンは「人の歳」で答えたらしい。

 すなわち、魔物の国を知らない、ということだ。

 

 初めてシャノンに会った時、キャスは、人型をしたシュザやノノマ、ガリダ姿のものと一緒にいた。

 当然、同じく「魔物」だと思うのが自然だろう。

 魔物の国を知らず、どんな魔物がいるかも知らないのだから。

 

「これで、普通に話しても大丈夫。向こうに話が抜けることはないからね」

 

 キャスは、わずかにノノマの後ろへと下がった。

 ダイスが、全身に力を入れているのに気づく。

 見計らって、そっと言った。

 

『嘘つきだね、あんた』

 

 ダイスは、尾でパタパタやりたそうだったが、なんとか我慢している。

 ザイードとノノマは、平然としていた。

 

「……ぅうっ……」

 

 多少は、負の効果があったらしい。

 シャノンが体を折り曲げて、頭を押さえている。

 人に比べると、かなり耐性があるようだが、魔物ほどではなかったようだ。

 

「あらあら、あれは、どうしたのかしら?」

 

 予定通り、ミネリネとファニがやってきた。

 キャスは、これも予定通りのことを言う。

 

「具合が良くないみたいなので……癒してもらえますか?」


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