策を弄せど結論も出ず 1
ザイードは、イホラに来ていた。
アヴィオとの関係には、まだ解決がついていない。
なので、ガリダの地に足を踏み入れさせることはできなかった。
そして、ルーポには、シャノンがいる。
キャスの「策」が動く前に、情報を与えるのを避ける必要があった。
結果、長全員で集まれる場所としてイホラになったのだ。
事前に、ナニャには連絡を入れ、承諾を得ている。
ガリダで集まった時のように、全員で円座をしていた。
たいていは領地と似た並びになる。
ザイードの左にダイス、正面にアヴィオ、右にナニャ。
アヴィオとナニャの間に、ミネリネが座っていた。
少し落ち着かなげにしている。
まだキャスに会っていないので、どうなったのか気にしているらしい。
「今日は、アヴィオ、主に、お前に話がある」
「あの女のことなら……」
「種族の話だ」
アヴィオが口を閉じ、黙った。
ザイードは、いつもの「のんびり」した雰囲気を出していない。
逆に、威圧するように、魔力の抑制も、ほどほどだ。
そのせいだろう、室内には重い空気が流れている。
ダイスでさえ口を挟もうとはせず、じっとしていた。
ザイード以外は、全員、人型に変化している。
ダイスは変化を解くと大きくなるし、ミネリネは実体化ができない。
ナニャとアヴィオも、室内が狭くなるのが嫌なのだ。
本来、ザイードも協調すべきなのだが、人型になる気はなかった。
以前は口実としていた変化も、今は使える。
それでも、ザイードは、ガリダの姿を通すことにした。
人型になると、よけいなことを考えてしまうからだ。
「余は、人の国に行き、様々なことを知った。シャノン以外の中間種にも会うた。魔物と人との中間種ぞ」
ミネリネの体が、わずかに揺れている。
ファニは実体化さえしていなければ、人に掴まるようなことはない。
たとえ捕まったとしても、実体化を解けばいいだけだ。
人は優れた「技術」を持っているようだが、ファニが掴まったという話は聞いたことがなかった。
ミネリネは、自種族だけが被害を受けなかったことに、わずかであれ罪の意識を感じている。
ファニも、魔物の国の領域から生じた魔物なのだ。
ほかの種族に無関心ではあっても、完全に切り離してはいない。
「俺の……コルコの中間種もいたのか?」
「おった」
「だが……いや……そんなはずは……」
「アヴィオ、人の国には、確かにコルコと人の中間種がおったのだ」
しん…と、場が静まり返った。
これは、コルコだけの問題ではないと、全員が意識している。
ダイスの尾の毛が逆立っていた。
すでに、ダイスは、シャノンというルーポの中間種を知っている。
ほかにも大勢いるのではないかと想像しているに違いない。
「人は、魔物を飼うておる」
やはり誰も口を開かなかった。
だが、誰もが衝撃に見舞われている。
ザイードも、できれば、こんなことは口にしたくなかった。
「……繁殖させておるのだ」
ロキティスという名の「悪しき者」は、意図的に中間種を作っている。
壁を越えるための実験材料にしていたのだろうと、キャスは言っていた。
ジュポナの資料には、それを裏付けるような内容のものあったのだ。
魔物の国の襲撃を主導したのは、現在の帝国だが、実際に動いていたのはアトゥリノだったとされていた。
「ザ、ザイード……は、繫殖ってのは……」
ダイスの声が、らしくもなく震えている。
信じたくない、という気持ちが表れていた。
だが、事実は事実だ。
「人は、我らとは理が違うのだ、ダイス」
魔物は、自然による「淘汰」が体や心に刻まれているため、養えないほどには、数を増やしたりしない。
自然の流れで番を見つけ、自然の流れで子ができる。
逆に、種族の数が減ったからといって、強制的に「繫殖」させようなどとは考えない。
「しかし、ザイード。老体らの子は、壁の中で殺されたのではないのか?」
ナニャは、精一杯、平静を保とうとしている。
想像していることが現実だとは思いたくないのだろう。
なにか否定できる理屈を探そうとしているように感じられた。
しかし、ザイードには否定できない。
「それは、意図的なものではなかったゆえだ」
「意図的……では、人は意図的に……」
「そうだ、ナニャ。壁を越える実験に使うため、中間種を作っておる」
「そのために……オレたちの同胞を……繫殖に……使ってるってのか……」
ダイスの体が、ぶるぶると震えている。
その心は、怒りに満ちているに違いない。
ザイードとて同じだ。
「余も、最初は、壁の中に取り残された同胞たちの子孫と思うておった。ゆえに、何世代も前の血であるのであろうと、そう思うておったのだ」
シャノンのことをダイスは「3世代は前」だと言った。
けれど、それでは辻褄が合わなくなる。
壁の中にいた「魔力を持つもの」は、皆殺しにされたはずなのだ。
たとえ生き残っていたとしても、人と番えるはずもない。
見つかれば殺されることが確定されている人の国で、どうやって生き延び、どうやって人と番えるというのか。
できるはずがなかった。
意図的でもなければ。
室内の空気が、いっそう重くなっている。
誰もが会話をすることをやめ、怒りに満ちた気配を放っていた。
自らの種族とは関りがないミネリネでさえ、憤っている。
そのせいで、体が半分以上、透けていた。
「アヴィオ」
ザイードは、静かに呼びかける。
途端、アヴィオが、びくっと体を震わせた。
ザイードの話がなにを意味しているか、悟っているのだ。
(コルコに大きな被害はなかったものと我らは思うておった。アヴィオとて、そう聞かされ、そう思うておったであろう)
数で言えば、被害は少なかったかもしれない。
だが、ほかの3種族とは「意味」が異なる。
当時の長は、アヴィオの祖父だった。
アヴィオの父は、祖父の「戦わない」選択の代償を支払うはめになっている。
長どころか、領地の片隅に追いやられて、種族のものたちから冷たい目で見続けられていたのだ。
アヴィオが長となれたのは、本人の努力によるものだった。
年月が過ぎ、周囲の目も少しずつ穏やかになっていたこともある。
2百年以上の時をかけ、ようやくアヴィオは祖父の「汚名」を払拭した。
にもかかわらず、当時のツケが、またアヴィオを苦しめようとしている。
(それでも、余は事実を告げねばならぬ)
あえて口にする必要はないのかもしれない。
アヴィオも、もう悟っている。
祖父のした「交渉」が、どういうものであったのか。
「お前の祖父は、同胞を差し出したのだ」
戦えば、犠牲が増えるだけだった。
だから、戦わないという選択をしたには違いない。
おかげで、コルコは殺戮の手から逃れられている。
それも事実だ。
「コルコの平穏は、その犠牲の上にある」
人間とコルコは、ほとんど戦っていなかった。
ガリダやルーポ、それにイホラとは違う道を選んだのだ。
単に「交渉」とだけ伝えられてきたが、実際は、同胞を差し出したに過ぎない。
戦えば、人間側も少なからず犠牲は出る。
戦わずして「略奪」できるのなら、それでもかまわなかったのだろう。
かくして、交渉は成立した。
とはいえ、このことは今に至るまで誰も知らなかったのだ。
もしコルコから無作為に「犠牲」が選ばれたのであれば、必ず外に漏れる。
身内を奪われたものが黙っているはずがない。
「お前には、今より多くの身内がおったのだ、アヴィオ」
アヴィオに祖母はいなかった。
病死したと聞いている。
おそらく同時期に死んだとされているアヴィオの身内が犠牲となったのだ。
そのため、周囲も交渉の実態を知らずにいた。
アヴィオの角が鳴っている。
怒りというより、嘆きに近い音に聞こえた。
種族からすれば、アヴィオの祖父の行為は許されることではない。
ただ、アヴィオの一族が、すべてを引き受け、種族を守ろうとしたのを否定することもできないのだ。
「余は、お前の祖父の行為を咎められるものではないと思うておる。種族のためを思うてのことゆえ。だがな、アヴィオ。今回は、そうはゆかぬ。交渉なぞが通じる相手ではない。余は、この目で人の国の王を見たのだ。あれは、我らと話のできる者に非ず。そのように判断しておる」
アヴィオが、この戦に乗り気でなかったのは、どこか「よそ事」だったからだ。
祖父のように交渉も、ひとつの手段と考えていただろう。
キャスに食ってかかったのも「よそ事」でしかないことに巻き込まれて、自らの種族に犠牲を出したくないとの思いがあったからに違いない。
アヴィオにとって、これまで祖父の行為は「正しい」ものだったのだ。
けれど、その認識は覆っている。
アヴィオの表情が、それを物語っていた。
瞳には、嘆きと悲哀、そして軽蔑が混在している。
「……今度の戦……コルコは加勢ではなく参戦する。どんな犠牲を出そうとも」
絞り出すような声で、アヴィオが言った。
これが「和解」と言えるのか、ザイードも心の裡で嘆いている。