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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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咎人の有用 4

 ティトーヴァは、特別室にいる。

 が、今日は「いつもの」4人ではない。

 ロキティスの代わりに、アルフォンソ・ルトゥエがいた。

 ベンジャミンの異母弟だ。

 

 柔らかそうな茶色の巻き毛は、ベンジャミンとは、まるで違う。

 なのに、緑の目は、ベンジャミンにそっくりだった。

 アルフォンソの瞳に、ティトーヴァは、ベンジャミンを重ねている。

 それだけでもう、ほかの者とは違い、心の(たが)を緩めることができた。

 

 たった1人の友。

 その弟。

 

 自然、気持ちが優しくなる。

 セウテルからの報告により、アルフォンソがベンジャミンを見舞っていることも知っていた。

 ようやく誰に憚ることなく、会えるようになったからだろう。

 

 アルフォンソは、ベンジャミンの手を握り、長い間、動かずにいたらしい。

 言葉をかけるでもなく、ひたすら(そば)でうつむいていたという。

 ティトーヴァには、その気持ちが理解できた。

 

 ベンジャミンに言葉は伝わらない。

 だが、傍を離れられないのだ。

 もしかすると、握った手が、ほんのわずかでも動くことを期待して。

 

 ティトーヴァは、ルディカーン・ホルトレ更迭後、アルフォンソに帝国騎士団の隊長の役目を任じている。

 感傷からではない。

 

 やはり、アルフォンソはベンジャミンの弟なのだ。

 23歳と若かったが、能力値は、ルディカーンなどとは比べものにならない。

 もとより、ルディカーンは、アトゥリノとリュドサイオのバランスを取るための存在に過ぎなかった。

 周りからの人望もなかったようだ。

 儀礼的な同情の言葉すらかけてもらえず、皇宮を去ったとの報告がきている。

 自業自得だと、ティトーヴァも、まったく気にかけていない。

 

 当時は叔父を牽制する必要があったし、皇太子が動かせるのは、ベンジャミンの率いていた近衛騎士だけだった。

 そのどちらも、今はティトーヴァの障害とは成り得ない。

 必然的に、より適切な人材を配置しただけのことだ。

 

 室内には4人の人物。

 ティトーヴァを正面とすると、右正面にアルフォンソ。

 左正面には、ゼノクル。

 いつも通り、セウテルはティトーヴァの後ろに控えている。

 

 アルフォンソのことは、すでに紹介をすませていた。

 2人が顔を合わせたのは、これが初めてだったため、通り一遍の短い挨拶でも、しておく必要があったのだ。

 

 ロキティスを外したのは「開発」を急がせるために過ぎない。

 帝都にはいても皇宮での会議となれば、無駄に時間を割くことになる。

 なにしろ、ロキティスは「戦略家」でも「戦術家」でもないのだ。

 ここにいたって、より良い意見を出せるはずがなかった。

 ならば、開発に専念させておけばいい。

 

「どうぞ、私に先発隊の任をお与えください、陛下」

 

 ゼノクルが深々と頭を下げてくる。

 その言葉に、ティトーヴァは、それほど驚いてはいなかった。

 むしろ、控えていたセウテルのほうが、軽く動揺しているようだ。

 声を出したりはしていないが、雰囲気は伝わってくる。

 

 ゼノクルは、セウテルの実の兄だ。

 先発隊が、なにを意味するかもわかっている。

 未知の場所に踏み込むのだから、なにが起きるかはわからない。

 最も危険性の高い任務と言える。

 

「お前が出る必要があるのか、ゼノクル」

 

 ある意味では、ティトーヴァはセウテルの代弁をしていた。

 セウテルも思っているはずだ。

 なぜ兄自らが先発隊を率いる必要があるのか、と。

 

 先発隊は、捨て駒になる可能性が高い。

 軍を動かすのとは違い、小規模での偵察を目的としている。

 そして、今回の場合は、聖魔封じの装置が正しく機能するかの試験でもあった。

 仮に、ロキティスの造った装置に不備があれば、先発隊は無防備になる。

 必ずしも聖魔が現れるとは限らないが、見逃される可能性は薄い。

 

(奴は魔物を使役し、聖魔の力を使ってカサンドラの心を操っていた。聖魔が奴に味方をしたのではないだろうが、同等の力を使える技術があるのだ)

 

 ティトーヴァの腕の中で、暴れていたカサンドラの姿を思い出す。

 酷い恐慌状態となっており、敵味方の判断もできなくなっていたようだ。

 かなり精神に干渉を受けていると考えられる。

 だからこそ、ティトーヴァは時間が惜しかった。

 

「率直に申し上げても?」

「かまわん。お前の考えを聞かせろ」

「私は、リュドサイオの国王になる気はありません。陛下も、ご存知でしょうが、私の母は気がふれて死に至りました。ですから、第1王子ではあっても、貴族にも顔を背けられております」

 

 ティトーヴァ以外の2人が、それぞれの反応を示している。

 アルフォンソは自らの境遇と重ね合わせてか、緑の瞳に憂いを漂わせていた。

 セウテルは、なにか言いたげな視線を、じっとゼノクルに向けている。

 眉を寄せ、感情を抑制していても、雰囲気までもは抑えきれていない。

 

 皇太子の頃、父に仕えるセウテルを、まるで機械のように感じていた。

 皇帝の指示にしか従わず、誰の言葉もセウテルの心には響かない。

 そう思っていたのだが、こと兄ゼノクルに対しては、感情が揺らぐようだ。

 

「であれば、私にできることとはなんでしょう? 与えられた屋敷に閉じこもり、無為に生き続けることでしょうか?」

 

 ゼノクルが、ゆっくりと首を横に振る。

 覚悟は決まっているらしい。

 

「私とて、忠のリュドサイオの王族として生まれてきたのです。この身をもって、陛下のお役に立つことこそが、最大の名誉。命を賭すことも(いと)いはしません」

 

 つまり、ゼノクルが「功績」を上げる、絶好の機会ということだ。

 現国王に(うと)まれ、貴族たちの信任もないのでは、皇太子にすらなれない。

 そんな中、腐っていくのは、ゼノクルの本意ではないのだろう。

 国王にならずとも、皇帝に信任される臣下でありたいと願っている。

 

「ですから、どうか先発隊の任を、なにとぞ私にお与えください」

「対策は考えているのか?」

「ロキティス国王の装置が完成いたしましたら、すぐに出征ができるよう、準備をしております。この1ヶ月間、領域の中での戦いを想定して、訓練を重ねてまいりました」

 

 ゼノクルの提案を拒否する理由はない。

 まずは先発隊を出し、装置の効果確認、それと状況把握に情報収集をする。

 それは、ティトーヴァも考えていたことだ。

 ロキティスとの約束までは、あと1ヶ月半を切っている。

 

「本当に、それで良いのだな?」

「陛下のお役に立てるのであれば、これに勝る喜びはございません」

 

 背後からの気遣わしげな空気を、ティトーヴァは振りきった。

 セウテルが兄を心配するのは、わかる。

 だが、大きな目的を達成するためには、危険が伴うものなのだ。

 ゼノクルであれば、なんらかの成果を持ち戻ってくれると信じられた。

 

「良かろう。先発隊は、お前に任せる。必要なものがあれば……セウテル」

「は! 私のほうで調達いたします」

 

 ゼノクルが、セウテルに向かってうなずいている。

 この2人も異母兄弟ではあるが、仲が悪いわけではないらしい。

 どちらかと言えば、セウテルのほうがゼノクルを気遣っていた。

 日頃のセウテルの言動を知る者としては、有り得ないくらい感情が見えている。

 

(俺に兄弟はおらんからな……ベンジーには……似たような感覚もあったが……)

 

 ゼノクルとセウテル、ベンジャミンとアルフォンソ。

 兄弟というものは、こういうものなのかと、羨ましくなる。

 嘘と偽りに塗り固められていたが、ティトーヴァがディオンヌに甘かったのは、こうした関係に憧れていたからかもしれない。

 

 損得抜きで、無条件に相手を思える心。

 

 そうした感覚が、自分もほしかったのだろう。

 が、結局、手に入れられずにいる。

 ティトーヴァは、独りぼっちだった。

 

「ロキティスと連携を取り、しっかり訓練を積んでおけ。いつでも出征できるようにな。お前に、先発隊の指揮官を任じる」

「感謝いたします、陛下」

「だが、今回は、あくまでも試験と偵察を目的とする。無理に戦う必要はないし、戦いになったとしても、生きて帰ることを目標としておけ。お前が死ねば、なにもわからないままになるからな」

「もちろん無駄死にをするつもりはありません」

「撤退の判断を誤るなよ」

「かしこまりました」

 

 その後、いくつか話し合いを進めてから、ゼノクルが立ち上がった。

 ティトーヴァもアルフォンソと話したかったので、セウテルを追いはらう。

 

「ここはいい。ゼノクルと物資や装備について詰めておけ」

 

 セウテルは黙って頭を下げたが、どことなく嬉しそうだった。

 リュドサイオで、ゼノクルは不遇な暮らしを強いられているらしかったが、弟はゼノクルを慕っているのだろう。

 2人が連れ立って、特別室を出て行く。

 

「アルフォンソ、ベンジーのことは……俺の失態であった」

「そのようなことは、兄も思っておられないはずです、陛下」

「俺も、そう思う。ベンジーは、俺を責めたことなど1度もない」

 

 ふっと、アルフォンソが小さく笑みを浮かべた。

 少し寂しさが漂ってはいたが、喜んでいるようでもある。

 

「陛下は……過去形で話されないのですね」

「当然だ。いずれ……ベンジーは回復する。俺は、それを信じているのだ」

「兄とは、会うことこそできませんでしたが、時々、メッセージをいただいておりました。いつも見守っていてくださったようです」

「ベンジーは、お前のことを気にかけていたからな」

 

 アルフォンソが、小さくうなずく。

 それから、顔を上げ、今度は、はきはきとした口調で言った。

 

「陛下、私の銃の腕は兄の教えによるものです。メッセージは、銃の効果的な扱いかたや修正すべきことが、ほとんどでしたから」

「あいつは、武器に関してこだわりが強くてな。俺も小言を言われてばかりだ」

 

 しばらく、ベンジャミンのことを語り合う。

 久しぶりに鬱々とした気分が晴れた。

 そのティトーヴァに、アルフォンソが、真面目な顔をして、言う。

 

「私は、兄をあんな目に合わせた者に、必ず報復をするつもりです」

 

 それについては、ティトーヴァも同じ思いをいだいていた。


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