咎人の有用 3
具体的な「作戦」は、もっと練り上げる必要がある。
事情を知っているというだけではなく、シャノンを拘束しているダイスの協力も不可欠なのだ。
きちんと役目を取り決めておかなければ、上手くいくものもいかなくなる。
キャスの頭の中にあるだけで、事は進められない。
それはそれとして。
もうひとつ、キャスには考えていることがあった。
ザイードの反応が気がかりではあるが、避けては通れないことだ。
そもそも、不和自体は、自分が原因だというのも、心に引っ掛かっている。
「それと、アヴィオのことなんですが……和解したほうが良くないですか?」
ザイードが決めたことに、否をとなえるつもりはない。
ただ、どうしても気がかりなことがある。
アヴィオも知っておくべきではないのか、とキャスは思っていた。
とはいえ、さらなる不和をもたらす可能性もあるのだ。
この判断や決定権は、ザイードにある。
魔物のことについて、キャスには「提案」することしかできない。
「余は、考えを改めぬ限りと言うたのだ。改めたのであれば、連絡がきておってもよいと思うがな」
つまり、アヴィオは折れていない、ということだ。
和解する気がないと示している。
とはいえ、コルコがいるのといないのとでは、戦力に差が出るのは必至。
強制をする気はないが、助力はほしい。
(……私は、本当に性根が悪い……アヴィオの気持ちも利用するんだからなぁ)
ザイードは、そんな自分を、どう思うだろうか。
気にはなったが、その感情には、あえて蓋をした。
気にしたところで、結果は変わらない。
負けないためには、利用できるものは利用すると、覚悟を決める。
「ザイードは、ロキティスをどう思いましたか?」
ジュポナは、アトゥリノの属国だ。
小国ではあったが、少なからぬラーザの民が暮らしていた。
前国王はもとより、7人もいる王子のことも資料に書かれている。
中でも、国王になったロキティスは、最近の動きまで詳細に記載されていた。
「悪しき者と思うておる」
ザイードの金色の瞳孔が、細く狭まっている。
わずかではあるが、尾も左右に振れていた。
ザイードも、資料に書かれていた内容を知っている。
不快に思わないはずがない。
ロキティスは、中間種を作っていた。
ロキティスは皇太子だった頃、古くて使いものにならないような辺境の城塞街を与えられている。
なんの「益」もなく、維持するだけで「浪費」が嵩むような場所だ。
前国王に疎まれていたので、華やかな都市は任されなかったらしい。
だが、そこには、ロキティスが「財」とするものがあった。
見つけたロキティスは歓喜したことだろう。
そして、誰にも明かさず、その「財」を我が物として使った。
囚われていたのは、純血種の魔物たち。
どうやってかはともかく、生きながらえていた。
ロキティスは、魔物たちを使い、中間種を作り始めたのだ。
もちろん、いずれ「壁越え」をするための実験に使おうと考えたに違いない。
同時に、汚れ仕事をさせるのにも都合が良かったのだろう。
中間種は、監視室の魔力検知に引っ掛からない。
壁と同じ理屈だが、魔力が小さ過ぎて認識されないのだ。
フード姿たちは、ロキティスの手駒として利用されている。
ロキティスにとっては、失っても痛くない「捨て駒」なのだ。
「……アヴィオは……知っているんですか?」
ぴくりと、ザイードの頬が引き攣った。
鱗に覆われていても、表情などは、ガリダの姿のほうが読み易い。
わずかな変化でしかないが、キャスにはわかるようになっている。
「知らぬであろうよ」
「話す、べきだと、私は思っています」
「……キャス……それは……」
「知らないほうがいいのかもしれません。知らないままなら、悔やむことも、嘆くこともありませんし、傷つくこともないですしね」
コルコは、人の襲来時、交渉により大きな犠牲を出さずにすんでいる。
その時の長は、アヴィオの祖父だったらしい。
「アヴィオは、あれの祖父を、誇りに思うておる。ほかのものらは、臆病者だのと詰っておったがな。アヴィオの祖父の決断がなくば、コルコも大きな犠牲をはらうことになっておったのだ。ゆえに、種族を守った祖父をアヴィオは尊敬しておる」
キャスも、ザイードの集めた魔物の国の文献について、シュザやノノマに読んでもらい、説明を受けていた。
魔物の国の文字を、キャスは読むことができないからだ。
その際、どの種族が、どういう被害をこうむったのかも知った。
同時に、コルコの被害が、ほかの種族に比べると、圧倒的に小さかったことも、知ることになった。
「気づいてるんですね」
キャスの問いに、ザイードは黙っている。
アヴィオと和解したいのは、戦を少しでも有利にしたいがためだ。
アヴィオと仲良くしたいからではないし、魔物たちの不和に心を痛めているからでもない。
最早、そんな綺麗事を言える状況ではなくなっている。
キャスの心も、物事の事態も。
人側の準備は整いつつあるのだ。
負けないためには、打てる手はすべて打たなければならない。
正攻法を捨てると決めた時から、恨まれる覚悟もできている。
結果がどうあれ、人もしくは魔物に、戦争を引き起こした張本人として裁かれることも考えていた。
(アヴィオとは、和解できる。でも……魔物の国全体が、今まで以上に、人を憎むことにもなる)
きっと、どの種族も戦に前のめりになるだろう。
それは、戦意を煽る、ということに繋がっていた。
守るための戦いというだけではなく、殺すための戦いだ。
憎悪が、魔物たちを、戦に駆り立てる。
正しい戦争なんてない。
犠牲の出ない戦争もない。
お互いに守りたいものがあったとしても、残されるのは理不尽な死だけなのだ。
フィッツは、命懸けで彼女を守った。
キャスの命は、フィッツの命を糧にしている。
だとしても、キャス以外に、フィッツの命に意味を持たせる者はいない。
ただの「死」に過ぎない。
「……そうだの……」
長い沈黙のあと、ザイードが大きく息を吐き出した。
目を閉じ、腕組みをしたまま動かずにいる。
「しかしな、キャス」
ザイードは、ゆっくりと目を開いた。
見つめてくる瞳に、返せる答えがない。
「そなたが、負うべきことではない」
静かな声で、はっきりとした拒絶を示される。
初めてだった。
同じ言葉を、何度も言われてきたのに、これは違う。
ザイードは、キャスを拒絶していた。
お前は魔物ではない。
それを、突きつけられている。
体が硬くこわばった。
これまでザイードに言われた言葉の、何十倍、何百倍もの厳しさがある。
一瞬で、ザイードとの間に、果てしない距離ができたように感じた。
(しかたないよね……酷いこと言ってるんだから……嫌われたって……軽蔑されたって、しかたないんだ)
キャスはうつむかず、ザイードの視線を受け止める。
ザイードの金色の瞳孔が、大きくなっていた。
不快や不信は感じていないのだろうか。
本来、そうしたものがあれば、瞳孔は狭まるはずだ。
「生き残るためであれば、余は、なんでもいたす。犠牲になるものも出て来よう。だが、犠牲にも、なり様というものがある。余に、交渉の余地は非ず。ガリダに、多くの犠牲を強いることになろうとも」
ロキティスが、中間種を「作っていた」ことは、わかっている。
だが、作るにしても、人だけでは中間種には成り得ない。
中間種は、人と魔物の間にできた子なのだ。
どうしても魔物が必要になる。
ジュポナで、フード姿が現れた時、ザイードは言った。
『ルーポとコルコが混じっておったのでな』
かつて人が襲来した時、コルコの「犠牲」は、少なかったとされている。
交渉により、見逃されたのだと聞いていた。
それは、どんな交渉だったのか。
ロキティスが「コルコ」との中間種を作っていたことで、容易に想像できた。
コルコの長は、同胞を人に引き渡したのだ。
ほかの種族の魔物たちも、攫われた同胞は、殺されたと思っている。
シャノンを中間種だと知ってはいるが「作られた」なんて考えてもいない。
キャスの元いた世界でさえ「禁忌」とされるような実験だ。
自然の摂理で生きている魔物には、発想すらないだろう。
「ほかの長たちも、余と同じ結論を出すであろうな」
それに、もし交渉をしようとしても、人間側は応じない。
ティトーヴァが対話を望むとは思えなかった。
話ができるなどという希望的観測は、すでにいだけなくなっている。
ティトーヴァは、見たいものしか見ない、から。
「アヴィオも交え、長たちには、余が話す。そなたは関わるでないぞ」
キャスは、小さくうなずいた。
本当には、あえて話す必要のないことだと、わかっている。
話せば、どうなるか、ということも。