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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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咎人の有用 3

 具体的な「作戦」は、もっと練り上げる必要がある。

 事情を知っているというだけではなく、シャノンを拘束しているダイスの協力も不可欠なのだ。

 きちんと役目を取り決めておかなければ、上手くいくものもいかなくなる。

 キャスの頭の中にあるだけで、事は進められない。

 

 それはそれとして。

 

 もうひとつ、キャスには考えていることがあった。

 ザイードの反応が気がかりではあるが、()けては通れないことだ。

 そもそも、不和自体は、自分が原因だというのも、心に引っ掛かっている。

 

「それと、アヴィオのことなんですが……和解したほうが良くないですか?」

 

 ザイードが決めたことに、否をとなえるつもりはない。

 ただ、どうしても気がかりなことがある。

 アヴィオも知っておくべきではないのか、とキャスは思っていた。

 とはいえ、さらなる不和をもたらす可能性もあるのだ。

 

 この判断や決定権は、ザイードにある。

 魔物のことについて、キャスには「提案」することしかできない。

 

「余は、考えを改めぬ限りと言うたのだ。改めたのであれば、連絡がきておってもよいと思うがな」

 

 つまり、アヴィオは折れていない、ということだ。

 和解する気がないと示している。

 とはいえ、コルコがいるのといないのとでは、戦力に差が出るのは必至。

 強制をする気はないが、助力はほしい。

 

(……私は、本当に性根が悪い……アヴィオの気持ちも利用するんだからなぁ)

 

 ザイードは、そんな自分を、どう思うだろうか。

 気にはなったが、その感情には、あえて蓋をした。

 気にしたところで、結果は変わらない。

 負けないためには、利用できるものは利用すると、覚悟を決める。

 

「ザイードは、ロキティスをどう思いましたか?」

 

 ジュポナは、アトゥリノの属国だ。

 小国ではあったが、少なからぬラーザの民が暮らしていた。

 前国王はもとより、7人もいる王子のことも資料に書かれている。

 中でも、国王になったロキティスは、最近の動きまで詳細に記載されていた。

 

「悪しき者と思うておる」

 

 ザイードの金色の瞳孔が、細く狭まっている。

 わずかではあるが、尾も左右に振れていた。

 ザイードも、資料に書かれていた内容を知っている。

 不快に思わないはずがない。

 

 ロキティスは、中間種を作っていた。

 

 ロキティスは皇太子だった頃、古くて使いものにならないような辺境の城塞街を与えられている。

 なんの「益」もなく、維持するだけで「浪費」が嵩むような場所だ。

 前国王に(うと)まれていたので、華やかな都市は任されなかったらしい。

 

 だが、そこには、ロキティスが「財」とするものがあった。

 見つけたロキティスは歓喜したことだろう。

 そして、誰にも明かさず、その「財」を我が物として使った。

 

 囚われていたのは、純血種の魔物たち。

 

 どうやってかはともかく、生きながらえていた。

 ロキティスは、魔物たちを使い、中間種を作り始めたのだ。

 もちろん、いずれ「壁越え」をするための実験に使おうと考えたに違いない。

 同時に、汚れ仕事をさせるのにも都合が良かったのだろう。

 

 中間種は、監視室の魔力検知に引っ掛からない。

 壁と同じ理屈だが、魔力が小さ過ぎて認識されないのだ。

 フード姿たちは、ロキティスの手駒として利用されている。

 ロキティスにとっては、失っても痛くない「捨て駒」なのだ。

 

「……アヴィオは……知っているんですか?」

 

 ぴくりと、ザイードの頬が引き攣った。

 鱗に覆われていても、表情などは、ガリダの姿のほうが読み易い。

 わずかな変化(へんか)でしかないが、キャスにはわかるようになっている。

 

「知らぬであろうよ」

「話す、べきだと、私は思っています」

「……キャス……それは……」

「知らないほうがいいのかもしれません。知らないままなら、悔やむことも、嘆くこともありませんし、傷つくこともないですしね」

 

 コルコは、人の襲来時、交渉により大きな犠牲を出さずにすんでいる。

 その時の(おさ)は、アヴィオの祖父だったらしい。

 

「アヴィオは、あれの祖父を、誇りに思うておる。ほかのものらは、臆病者だのと(なじ)っておったがな。アヴィオの祖父の決断がなくば、コルコも大きな犠牲をはらうことになっておったのだ。ゆえに、種族を守った祖父をアヴィオは尊敬しておる」

 

 キャスも、ザイードの集めた魔物の国の文献について、シュザやノノマに読んでもらい、説明を受けていた。

 魔物の国の文字を、キャスは読むことができないからだ。

 その際、どの種族が、どういう被害をこうむったのかも知った。

 同時に、コルコの被害が、ほかの種族に比べると、圧倒的に小さかったことも、知ることになった。

 

「気づいてるんですね」

 

 キャスの問いに、ザイードは黙っている。

 アヴィオと和解したいのは、戦を少しでも有利にしたいがためだ。

 アヴィオと仲良くしたいからではないし、魔物たちの不和に心を痛めているからでもない。

 最早、そんな綺麗事を言える状況ではなくなっている。

 キャスの心も、物事の事態も。

 

 人側の準備は整いつつあるのだ。

 負けないためには、打てる手はすべて打たなければならない。

 正攻法を捨てると決めた時から、恨まれる覚悟もできている。

 結果がどうあれ、人もしくは魔物に、戦争を引き起こした張本人として裁かれることも考えていた。

 

(アヴィオとは、和解できる。でも……魔物の国全体が、今まで以上に、人を憎むことにもなる)

 

 きっと、どの種族も戦に前のめりになるだろう。

 それは、戦意を煽る、ということに繋がっていた。

 守るための戦いというだけではなく、殺すための戦いだ。

 憎悪が、魔物たちを、戦に駆り立てる。

 

 正しい戦争なんてない。

 犠牲の出ない戦争もない。

 お互いに守りたいものがあったとしても、残されるのは理不尽な死だけなのだ。

 

 フィッツは、命懸けで彼女を守った。

 キャスの命は、フィッツの命を糧にしている。

 だとしても、キャス以外に、フィッツの命に意味を持たせる者はいない。

 ただの「死」に過ぎない。

 

「……そうだの……」

 

 長い沈黙のあと、ザイードが大きく息を吐き出した。

 目を閉じ、腕組みをしたまま動かずにいる。

 

「しかしな、キャス」

 

 ザイードは、ゆっくりと目を開いた。

 見つめてくる瞳に、返せる答えがない。

 

「そなたが、負うべきことではない」

 

 静かな声で、はっきりとした拒絶を示される。

 初めてだった。

 同じ言葉を、何度も言われてきたのに、これは違う。

 ザイードは、キャスを拒絶していた。

 

 お前は魔物ではない。

 

 それを、突きつけられている。

 体が硬くこわばった。

 これまでザイードに言われた言葉の、何十倍、何百倍もの厳しさがある。

 一瞬で、ザイードとの間に、果てしない距離ができたように感じた。

 

(しかたないよね……酷いこと言ってるんだから……嫌われたって……軽蔑されたって、しかたないんだ)

 

 キャスはうつむかず、ザイードの視線を受け止める。

 ザイードの金色の瞳孔が、大きくなっていた。

 不快や不信は感じていないのだろうか。

 本来、そうしたものがあれば、瞳孔は狭まるはずだ。

 

「生き残るためであれば、余は、なんでもいたす。犠牲になるものも出て来よう。だが、犠牲にも、なり(よう)というものがある。余に、交渉の余地は非ず。ガリダに、多くの犠牲を強いることになろうとも」

 

 ロキティスが、中間種を「作っていた」ことは、わかっている。

 だが、作るにしても、人だけでは中間種には成り得ない。

 中間種は、人と魔物の間にできた子なのだ。

 どうしても魔物が必要になる。

 

 ジュポナで、フード姿が現れた時、ザイードは言った。

 

 『ルーポとコルコが混じっておったのでな』

 

 かつて人が襲来した時、コルコの「犠牲」は、少なかったとされている。

 交渉により、見逃されたのだと聞いていた。

 それは、どんな交渉だったのか。

 ロキティスが「コルコ」との中間種を作っていたことで、容易に想像できた。

 

 コルコの長は、同胞を人に引き渡したのだ。

 

 ほかの種族の魔物たちも、攫われた同胞は、殺されたと思っている。

 シャノンを中間種だと知ってはいるが「作られた」なんて考えてもいない。

 キャスの元いた世界でさえ「禁忌」とされるような実験だ。

 自然の摂理で生きている魔物には、発想すらないだろう。

 

「ほかの長たちも、余と同じ結論を出すであろうな」

 

 それに、もし交渉をしようとしても、人間側は応じない。

 ティトーヴァが対話を望むとは思えなかった。

 話ができるなどという希望的観測は、すでにいだけなくなっている。

 ティトーヴァは、見たいものしか見ない、から。

 

「アヴィオも交え、長たちには、余が話す。そなたは関わるでないぞ」

 

 キャスは、小さくうなずいた。

 本当には、あえて話す必要のないことだと、わかっている。

 話せば、どうなるか、ということも。


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