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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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咎人の有用 1

 あれから5日。

 キャスが戻ったことは知れ渡っていたが、寝込んでいることになっている。

 どういう状況にしたのかはともかく、ザイードは誰も家に入れていない。

 まるでガリダに来た当初の頃に戻ったかのようだった。

 

 食事も、ザイードが用意してくれている。

 違うのは、寝起きも食事も、自分でしていることだ。

 あの頃は、それすらできずにいた。

 水もザイードが飲ませてくれていたのを、忘れてはいない。

 

 ザイードとは、一定の距離を持って接している。

 ザイードも、そうしているらしかった。

 お互いに、踏み込んだ話はせずにいる。

 一緒にいる時間は、相変わらず長いが、そのほとんどを持ち帰った資料や装備の確認に()てていた。

 

 今も、ザイードは、資料を「魔物向け」に書き直している。

 キャスが読み上げたものもあるが、平易な文章で書かれたメモのようなものは、読めるものもあるそうだ。

 キャスのいなかった1ヶ月で、人語を学んだのだと言っていた。

 

(……ヨアナの処分かぁ……)

 

 キャスが「寝込んでいる」大きな理由だ。

 ザイードから、ヨアナがしたことは聞いている。

 それは、まだ公にはされていない。

 ノノマやシュザも知らないのだという。

 

 悪意があったとは、キャスも思っていなかった。

 だが、結果として、最も大きな被害をこうむったのは、ザイードとキャスだ。

 ヨアナを裁くか否かを決めなければならない。

 それによって、シャノンをどうするかも決まる。

 

 ザイードの話からすれば、シャノンも「意図的」ではなかったことになる。

 それが、嘘だと断定する根拠はなかった。

 実際、ヨアナは人語を使えるし、シャノンとも接触している。

 だいたい、その事実があるから、シャノンを罰するのなら、ヨアナも同等の罰を受けることになるのだ。

 

 悪気はなかった、で、両者ともに無罪とするか。

 悪気はなくとも被害を出した、で、両者ともに罰するか。

 

 キャスとしては、シャノンだけを「なんとか」したい。

 ザイードを危険に(さら)したのは確かでも、ヨアナはガリダだ。

 同胞を裁かせるのは、どうにも気が進まなかった。

 けして、ヨアナが可哀想だといった同情心からではない。

 

 自分は「善人」でも「良心的」な人物でもないと、彼女は思っている。

 むしろ、性根が悪い。

 正直、ヨアナのことなど、どうでもいいのだ。

 罰だって、誰かが決めてくれるのなら、決めてほしいくらいだった。

 

 彼女の心は、今「それどころではない」のだから。

 

 キャスは、木炭を使い、文字を書いているザイードを、ちらっと見る。

 ガリダの姿だ。

 あれ以来、ザイードは、1度も変化(へんげ)していない。

 

 とくにおかしなことではなかった。

 人の国に行くために必要だっただけで、それまでザイードは、変化を拒み続けていたのだ。

 ガリダ姿のほうが見慣れてもいる。

 

(ザイード……わからなかっただろうな……なのに、あそこまで言わせてさ……)

 

 取引を断った理由を、ザイードは理解できなかったはずだ。

 だが、それは「種」の問題ではないと、キャスは思う。

 

 誰にも理解できない。

 

 わかっていたのに、心が折れて、内心をザイードに吐露してしまった。

 それを後悔している。

 ザイードが、わからないなりに、わかろうとしてくれたからだ。

 気づいたからこそ、キャスは正気に戻った。

 

 死の先に続く道があるのなら、そこで迷うのを恐れるのなら、自分が手を引いてやる。

 

 そんなことまで言わせている。

 自分の弱さを、ザイードに押しつけたのだ。

 だから、距離を置いている。

 でなければ、また甘えてしまいそうだった。

 

 フィッツの時とは違う。

 が、心の中に踏み込ませてしまう。

 

 それは、ザイードが「違う考え」を持っているからだ。

 自分の中にはない考えかたや判断に、信頼を置いている。

 こうして生きているのだって、ザイードの考えかたにふれた結果だ。

 だから、答えを探そうとする時、探しても見つからない時に、頼る。

 ザイードから答えをもらいたいと。

 

(でも……あれは違う。あんなこと、言わせちゃいけなかったんだ……)

 

 自分は、自分とフィッツのことしか考えていない。

 なのに、ザイードに(すが)り、甘えた。

 弱くて身勝手な感情に嫌気がさす。

 

 取引の時。

 

 見えたのは、フィッツの血塗れの姿だった。

 自分のために犠牲になるのを、フィッツは(いと)わないのだ。

 これから人と戦になるという時に、生き返らせたとしたら、どうなるか。

 

 魔物の国のため、というなら、フィッツがいたほうがいいに決まっている。

 戦略とか戦術とかいうものにも長けていただろうし、陣頭指揮をとるのに、あれほど向いている人もいない。

 魔物の力だって、効果的に使えたはずだ。

 

(でもさぁ……そういうふうには思えなかったんだよ……)

 

 大勢の人や魔物、それに自分自身でさえ、どうなろうとかまわない。

 取引を前に、キャスは綺麗事の中に身を置けなくなった。

 戦の中で、またフィッツが傷つき、死んでいくのは嫌だと思ったのだ。

 

 人は壁を越えようとしている。

 その技術を前に進める際、聖魔への対策を考えないはずがない。

 壁を壊せば、三竦(さんすく)みのバランスも壊れる。

 大きな戦になるのは目に見えていた。

 だが、キャスは、もう巻き込まれている。

 フィッツを生き返らせれば、必然的に、そんな戦に巻き込むことになるのだ。

 

 また死なせるために生き返らせるのか。

 

(私が、こんなに寂しいのに……フィッツが寂しくないわけないよね……)

 

 答えを返せない者の考えは、わからない。

 けれど、これだけは確かだと言える。

 

 独りで逝くことは、どれほど寂しかっただろう。

 一緒にいたいと願っていてくれたからこそ、寂しかったに違いない。

 フィッツだって、独りで逝きたくなんてなかったのだ。

 それでも「守る」ことをやめなかった。

 

 きっと生き返らせても、同じ。

 

 もちろん、必ずしも死ぬとは限らない。

 そんなことは、わかっている。

 とはいえ、死なない約束も、やはりできないのだ。

 それは、お互いに。

 

 自分が死ねば、フィッツは生きられない。

 フィッツが死ねば、今度こそキャスも生きてはいられない。

 そうなれば、今のようにキャスの「生」でもって、フィッツを生かすこともできなくなる。

 

(今は……私が生きてることで……フィッツも生きてられる……)

 

 フィッツを生き返らせていれば、楽しくて嬉しくて幸せな日々をおくれた。

 だとしても、喜びが大きければ大きいほど、再び喪った時の反動も大きくなる。

 それに耐えることはできない、と思った。

 たとえフィッツを生かし続けられなくなるとしても、死を選ぶだろう。

 

 ザイードは、壁を自然の(ことわり)に反する、と言った。

 そして、ザイードにとって「生死」は自然の摂理の中にある。

 だが、キャスにとっては違うのだ。

 どうしたって、その考えとは相容れない。

 

(死ぬのと、殺されるのとでは……違うんだよ……戦争はさ、淘汰じゃない……)

 

 戦争は、人の身勝手で持ち込んだ外来種が、在来種を絶滅させるのと似ている。

 なるべくしてなった、なんてふうに納得はできない。

 そんな戦にフィッツを巻き込み、最悪の事態をまねくなんてごめんだ。

 今のまま、優しい思い出と幻想の中で生きているほうがいい。

 

(こんな状況で、あんな取引……私より性根が悪い……)

 

 壁がなくなっても戦争が起きない世界なら、違った選択ができた。

 帝国に交渉の余地があったなら。

 もっと人が「善良」であったなら。

 ロキティスのように悪意のある者がいなければ。

 

 フィッツとの幸せな日常を選べたのだ。

 

 だが、ティトーヴァがザイードにしたことを思えば、そんなのはそれこそ幻想に過ぎない。

 望むべくもなかった。

 自分の言葉がとどかなかったのを、彼女は思い知っている。

 

(本当に、私は……フィッツと自分のことしか考えてないね……)

 

 必ずしも死ぬと決まってはいない。

 けれど、不確かな未来に、フィッツの命を賭けたくもない。

 

 誰よりもフィッツを信じていた。

 いついかなる時も、フィッツは「絶対の味方」で在り続ける。

 だから、取引には応じられなかったのだ。

 

 フィッツに「それならしかたありませんね」と言ってもらえるような意味のある死を、キャスは、ずっと考えている。

 生きるも死ぬも一緒が良かったのに、独り遺されてしまったので。

 

 フィッツに繰り返し「死」を与えるくらいなら、自分が追いつけばいい。

 それが、彼女の結論だった。


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