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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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極限の選択 4

 ザイードは、憂鬱な気分で歩いている。

 ヨアナの家からの帰り道だ。

 周囲には明かしていないが、ヨアナは、現在、謹慎中。

 知っているのは、ヨアナの両親だけだった。

 謹慎と、その理由を本人に説明する際、同席させたのだ。

 

 キャスの返事次第では、ヨアナは罪人として裁かれる。

 どの程度の罰になるかはともかく、周りの目が変わるのは覚悟しておかなければならない。

 両親には、その心構えが必要だろうと、判断した。

 

 魔物は、同胞に対して寛容ではある。

 だからこそ「罪」には厳しいのだ。

 同胞だから許してもらえるとなれば、それぞれに好き勝手をするようになる。

 秩序が保てない国は、やがて滅ぶだろう。

 それを、本能的に悟っているので、魔物は罪を厳しく捉えるのだ。

 

 同胞を危険に(さら)すものは、同胞とは呼べない。

 

 互いに助け合わなければ生きていけないと知っているから、寛容でいられる。

 恨みや妬みがあっても、我慢できる。

 自分の身勝手な行動が、周りに害を与えるとわかっているからだ。

 

(ヨアナの行動を、どう捉えれば良いのか……)

 

 身勝手とばかりも言えない気はする。

 だが、ザイードやダイスに、意見も相談もせず、シャノンに会ったのは身勝手な行動だったと言わざるを得ない。

 

(余が、耳をかさぬとわかっておったのだ。それゆえ、直談判の考えに走った)

 

 文献蔵でのことが思い出される。

 あの時、ザイードはヨアナの話を受け入れ難いものとして、拒絶した。

 そのこと自体は、間違っていない。

 とはいえ、ヨアナがなにをどう危惧しているのかまで、突き詰めて訊かなかったことは、間違いだったと考えている。

 

 ヨアナが納得していないと気づいていながら、引き()めなかった。

 ザイードは、キャスを同胞として受け入れていたが、そうでないものがいるのも認めていたからだ。

 人との戦いを覚悟するのも、関わらないのも、それぞれが判断すればいいとだけ思っていた。

 

「兄上~!」

 

 憂鬱なところに、さらに憂鬱を煽るような弟ラシッドが駆け寄って来る。

 ここ1ヶ月あまり、ヨアナのところに通っているのを変に勘違いしているのだ。

 キャスが帰っていないことも、原因のひとつになっている。

 

 聖者に連れ去られてから、1ヶ月。

 まだキャスは帰らない。

 

「いよいよ、兄上も覚悟を決めたのだろ?」

「人と戦う覚悟ならしておる」

「危機的状況になると、子作りに励みたくなるという」

「お前が、そうしたくばすればよい」

 

 はあ…と、溜め息をつきながら、肩を落とす。

 ヨアナのところに通っているのには理由があった。

 ザイードは、ヨアナに人語を習っているのだ。

 

 周りには、ヨアナの「謹慎」は秘密にしている。

 そのため、今まで商売で、あちこち出歩いていたヨアナが家にこもっていると、不審をまねくに違いない。

 なにか家にいる理由が必要だったのだ。

 

 ちょうどザイードも人語を習っておきたいと思っていたため、それを利用した。

 なのに、ラシッドのせいで、おかしな噂が出回っている。

 ザイードが「手習い」を理由に、ヨアナを口説いているのではないか、と。

 

「兄上が心配で心配で、己のことに構うてはおられぬ」

「いらぬ心配をいたすな」

「しかし、ヨアナも焦らさずともよかろうに。ずっと前から、兄上を慕うておったくせに、今さらの話……」

「さような話は知らぬ。お前の得意とするのは、作り話ばかりよの」

「兄上は、それだから女が寄りつかぬのだ。まるで、わかっておらぬわ」

 

 ラシッドが、呆れたような顔で、ザイードを見ている。

 瞳孔は正直だ。

 正直に「呆れ」を伝えるため、狭まっていた。

 尾も上を向き、ちょんちょんと、つつくような動きをしている。

 

「ヨアナは、ガリダのみならず、ほか種族からの求愛もあったが、そのことごとくバッサリ。一途に兄上を慕うておったゆえのこと」

「お前の勝手な決めつけぞ。余は、ヨアナに求愛されたことなんぞない」

「兄上は、ほんに百歳を越えておるのか? 信じられぬほど鈍い。我らが母と同じ積極的な女ばかりではないぞ。男の求愛を待つ、健気な女もおる」

 

 ヨアナへの求愛話が多いのは知っていた。

 未だ(つがい)を持っていないので、断っているのだろうことも、推測はしていた。

 だが、自分に対する「一途な想い」からだとは、1度も考えたことがない。

 ザイードは、求愛された経験はなかったが、女が寄りつかないことを悲観してもいなかったのだ。

 

 なるべくして、なる。

 

 時期が来れば自然と番が現れる、くらいの感覚でいた。

 仮に、人との戦いで死ぬことになれば、子を成さないままとなる。

 だからと言って、焦って番を持とうとは思わない。

 それは、本来、魔物にある「自然の摂理」とは違うのだが、ザイードは気づいていなかった。

 

「もう1ヶ月が経つ。兄上は死ぬまで、番を持たぬ気か?」

「さようなことは言うておらぬ。余は……」

「兄上がキャスを番にと思うておるのはわかる。だが、おらぬものはおらぬのだ。諦めることも……」

「ラシッド。いくら、お前でも、それ以上は許さぬぞ。誰が、番の話なぞした? おかしな噂を広めるのも、大概にしておけ。余のことは、余が決める」

 

 ぴしゃりと言い、ラシッドをにらんだ。

 ラシッドは怯えたようでも、反省したようでもなく、肩をすくめる。

 

「人になろうとしても、魔物は魔物にござりますれば」

 

 やけに辛辣な口調で言い、ラシッドが体を返した。

 不機嫌そうに尾を横に振りながら、反対方向に歩いて行く。

 その背を、しばし見つめたあと、ザイードは家に向かった。

 

(わかっておるさ。余は、人になろうとは思うておらぬ)

 

 ガリダを誇りとし、百年以上も変化(へんげ)を学ばずにいたほどだ。

 人になりたいとの思いはない。

 ただ、ほんの少し、知りたい、とは考える。

 

 キャスの想い人は、どのような者であったのか。

 

 自分と、なにが違うのか。

 もちろん、人と魔物という種が違うのは、わかっている。

 だが、種を越えたところにある「差」がなにか、知りたいのだ。

 それは、キャスが心惹かれた理由にもなっているのだろう。

 

 家の戸にかけた、自分の手を見つめる。

 大きくて肉厚で、尖った爪がついている手だった。

 緑色をしていて、甲は鱗でびっしり覆われている。

 キャスに出会うまで、この手を、この姿を誇りにしていた。

 

(キャスの手は……小さくて、心もとなかった……余の手が、キャスの手を、握り潰してしまわぬかと……)

 

 ザイードは、何度かキャスと手を繋いでいる。

 いつも、小さくて、か細い手だと感じた。

 日常的にキャスの見ているはずなのに、手を繋ぐたび思うのだ。

 

 ひょいっと、何気なく、変化する。

 覚えてしまえば、簡単に人型になれた。

 心地いいものではないだろうとの予想に反して、存外、不満はない。

 この姿であれば、まだしもキャスの隣にいても不自然ではないはずだ。

 手を握り潰す心配も軽減される。

 

 『魔物は魔物にござりますれば』

 

 ラシッドの声が、耳に蘇っていた。

 そんなことは望んでいないと、自分で自分に言う。

 種というのは、見た目の問題ではない。

 生きる「(ことわり)」が違うのだ。

 

(ラシッドの奴め。余は、さような意味でキャスを助けたのではない。いつ、余がキャスを番にしたいと言うた? 言うてはおらぬであろうが)

 

 キャスは中間種だが、人の「理」の中で生きている。

 魔物の自分では、相手にはならない。

 手の大きさでさえ、あんなにも違うのに。

 

 ザイードは、しょんぼりとうつむく。

 鱗も尾も、瞳孔さえ隠す、完璧な人型をとっていても、自分は魔物なのだ。

 人の「理」の中では、存在すら許されない生き物。

 たとえ、キャスが魔物を助けようとしているとしても、摂理は曲げられない。

 

(余が求愛したとて……)

 

 思った時、ザイードに、衝撃が走る。

 完全に、無意識だった。

 だが、自分が「思ったこと」が、なにを意味するかは悟っている。

 否定する気にもならなかった。

 

 なにしろ「無意識」に考えてしまったのだから。

 

 つまり、ザイードの心にある「望み」が、こぼれ出た、ということ。

 表面的には、ラシッドの言葉を否定できても、これは否定できない。

 

(余は……キャスを好いておるのか……ゆえに、キャスがおらぬと寂しいのか)

 

 自覚したがゆえの衝撃から、ザイードは混乱している。

 いつからなのか、どうしてなのか、まるきりわからなかった。

 ともかく、落ち着いて頭を整理することにする。

 戸を開き、家の中に入った。

 

「おかえりなさい、ザイード」

 

 え…?と、整理しようとしていた頭の中が、真っ白になる。

 以前と同じように、キャスが板敷の床に座っていた。

 その光景に、なにもかもを忘れる。

 

「あれ? 今日は、変化してるんですね」

 

 口調も、言いかたもキャスだった。

 魔力での会話であれ、口は動く。

 けれど、ザイードの、はくはくっという口の動きに、言葉は乗らなかった。

 思わず、駆け寄る。

 

 そして、キャスの体を抱きしめた。

 その体は、やはり小さくて、か細い。

 混乱していても、ザイードはキャスを潰してしまわないよう、力加減をする。


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