極限の選択 3
「ゼノ、きみのおかげだよ!」
「なにがだ、ロッシー。オレは、なにもしちゃいないぜ?」
ゼノクルは、シャノンからの連絡が途切れたことで苛ついている。
上手くいったとは思うが、確信はなかった。
だが、あのあと、ロキティスに連絡をしたのは、ゼノクルのほうだ。
これも計画のうちだと思うと、不機嫌な声は出せない。
なにしろ、ゼノクルは、ロキティスに「借り」があると思っている。
もちろん本心ではなく、そう思わせるために過ぎない。
それでも、ロキティスに疑われないよう「心を込めて」演技をしていた。
傲慢で操り易くはあるが、用心深い男でもあるからだ。
「むしろ、オレが、お前の面目を失わせることになっちまって……」
「それは、3日前に詫びてくれたじゃないか」
ロキティスは、かなりご機嫌な様子。
口調も陽気で、浮かれているのがわかる。
3日前に連絡した時には、唾でも吐かれそうな勢いだったのに。
「あの時に、きみが言ってくれたことで気づいたのさ。聖魔を封じる方法を!」
「できるのか?」
「できる。だから、きみに礼を言っているのだろう?」
「なにを言ったか覚えてねぇな……そんなに大層な話はしちゃいなかったはずだ」
実のところ、すべて覚えていた。
もとより、ロキティスを「誘導」するために話したことなのだ。
忘れるはずがない。
(こいつは、自分のことにしか興味がねえ。気づいて実行すると思ってたぜ)
期待通り、ロキティスは、ちゃんと「誘導」されている。
導かれた道を歩いていることに気づかないほど「ちゃんと」だ。
「昨日、少し話したと思うのだけれどね。精神の干渉を防ぐためには、その構造を知る必要があった」
「上手くいってねぇって話だったじゃねぇか」
「それさ。そこが重要だった」
「よくわからねぇな。実験てのは上手くいって初めて実用化できるんもんだろ?」
ロキティスは用心深い男だが、ある意味、無邪気なところもある。
自らの「手柄」を自慢したくてたまらないのだ。
なのに、用心深いからこそ、話せる相手がいない。
シャノンのことで「秘密の共有」をしているゼノクルだけが話し相手になれる。
(ま、自分を褒めてくれねぇ父親に嫌気がさして、殺しちまうくらいだからよ)
自己顕示欲の強いロキティスは、疎んじられ続け、鬱屈していた。
あげく、ジュポナの件で、皇帝からも叱責されている。
せっかく立場を確立し、皇帝からの覚えもめでたく、満たされていたところを、ずどんと谷底に突き落とされたようなものだ。
再び、皇帝からの「寵愛」を手にしようと、もがいていたに違いない。
(人ってのは、おかしな生き物だぜ。褒められてぇって気持ちがない奴がいねえ)
程度の差こそあれ、誰しもが誰かに「褒められたい」と思っている。
相手によって褒められても嬉しくないことはあるのだろうが、「誰にも褒められたくない」と、切り捨てている者はいないのだ。
「昨日、きみは謝罪した際、僕の言葉を引用したね」
「ああ……カサンドラ王女様を旗印にするのは、ラーザの民が王女様の命令にしか従わねぇからだって話か?」
「それだよ、ゼノ。それで、ふと思ったのさ。僕は、精神に干渉をする実験をしていたのだけれど、なぜ上手くいかなかったのか。答えは簡単だった」
それはそうだろう、とゼノクルは思う。
与えられた答えが見つけられないほど、ロキティスは馬鹿ではない。
それが「与えられた解」だと気づかない愚か者ではあるけれども。
「ラーザの民だ。彼らは、カサンドラ王女の命令にしか従わない。つまりね、精神干渉なんて受ける余地がないのだよ」
ゼノクルは見えないのをいいことに、唇の端を吊り上げる。
壁ができる前から、そうだった。
何度、ラーザの民を操ろうとしてきたか。
そのことごとくを、ラーザの民は退けてきた。
唯一の例外が、ラフロに体を貸した「ティニカ」なのだ。
(ティニカは意思を持ってねえ。だが、民は違う。明確に、ヴェスキルにしか従わねぇって意思を持ってやがるんだ)
自らの意思でヴェスキルに従い、それ以外を拒絶する。
それが、ラーザの民だった。
強くて統一された意思の元では、聖魔の精神干渉は役に立たない。
魔物に通用しないのと、似た理屈だ。
「それと、聖魔を封じるのと、どう関係があるんだ?」
わざと、意味がわからない振りをする。
ロキティスがしようとしているのが、非道なことだと知っていた。
皇帝には、けして話せないことだ。
ラーザの民を生贄にするなんて、皇帝が許すはずがない。
「ラーザの民を使うのさ。奴らの意思には、特定の波がある。それを解析し、装置として組み込めば、聖魔を封じる領域を作れるのだよ」
「ロッシー……オレに難しい話はやめてくれ。頭が痛くなるだろ」
「簡単に言えば、ラーザの民を、聖魔封じの装置の部品にするってところかな」
ロキティスは、平気で魔物と人の中間種を作り、使い捨てていた。
ラーザの民は、ほんの数年前まで、奴隷のような立場だったのだ。
その2つを鑑みれば、ロキティスが長期に渡り、人としてあるまじき「実験」をしていたとしても驚きはしない。
「ちっとも簡単じゃねぇが、陛下のご要望にお応えできそうだってのはわかった」
「できるさ。あと3ヶ月もあればね」
「3ヶ月だと?! そんなにかかんのか?!」
シャノンが無事だと仮定しても、拘束はされている。
人の国が動き出さなければ、魔物の国も隙を見せないだろう。
混乱が生じるまで、シャノンは動けない。
ゼノクルは壁を越えられるし、聖魔に操られることもないが、1人で魔物と対峙しても、やられるだけだ。
「ロッシー、もっと早くなんとかならねぇのかよ? 俺は……」
ゼノクルは、あえて声をひそめた。
ロキティスの神経質な部分を刺激するためだ。
「ここだけの話、あの女は、死ぬべきだと思ってる」
「ゼノ……陛下が皇后にと望まれている女性だと、知っているはずじゃないか」
内心、ロキティスは唇でも舐めているのではなかろうか。
蛇のように、赤い舌をチョロつかせている気がする。
カサンドラを殺したいのは、ロキティスなのだ。
自らの手を汚したくなくて、実の妹にやらせようとしたが失敗している。
(俺が機会をくれてやったってぇのに、それも失敗したしな。想定外に、とんでもねぇ魔物を連れてきやがって……変わってんのは、父親譲りかよ)
ゼノクルは、自分の「娯楽」も兼ねて、カサンドラがラフロの手に渡るようにと画策していた。
その過程での、大きな誤算が、あの魔物の存在だ。
あんなものに変わるとは想定外もいいところだった。
そして、ゼノクルに、カサンドラを殺す意思はない。
ロキティスを、その気にさせるため、口から出まかせを言っているだけだ。
「あの女は、陛下との婚約を勝手に解消しやがったんだぜ? ラーザの民の蜂起を促す旗印にもなる危険な女だ。俺は、そんな女を皇后にするのは、陛下のためにはならねぇって思ってんだよ」
「もしかして、きみは……彼女が、ひっそり消えてくれればと思っている、とか」
「いいや、ロッシー。できれば、陛下の前で、くたばってほしいね。そうすりゃ、諦めもつけ易くなるじゃねぇか」
ロキティスは正直者とはほど遠く、事実だけを話すような男ではなかった。
だが、同時に用心深く、神経質でもあるため、虚実を交え、その時々で、都合のいいことを言う。
ラーザの民は、ヴェスキルの継承者を守りたいだけで、蜂起など考えていない。
状況を利用し「そういうこと」にしたのは、ロキティスだ。
ひとまず皇帝の信任を得るため、疑いの目をそらせるのが目的だったのだろう。
が、しかし、ロキティスの真意は「カサンドラ殺害」にあった。
手駒を使っても失敗した今、ゼノクルを「駒」にしたがる。
ゼノクルは、それを見越して、自身を生贄としてちらつかせているのだ。
「未完成でも、かまわねえ。俺が先発隊として、少しでも先に出られるようにできねぇか? 場が荒れてりゃ、間違いが起きたって、おかしかねぇだろ」
「きみの命が危険に晒されるのは、気が進まないな」
思ってもいないくせに、いかにも思案深げに言えるところがロキティスらしい。
純朴で忠誠心に厚いゼノクルを、どう利用するかしか頭にはないくせに、それを表には出さないようにしている。
とはいえ、魔人としての3百年は伊達ではないのだ。
ロキティスの考えが、ゼノクルには見えている。
「どうせ、リュドサイオの国王になれる芽もねぇんだ。それなら、陛下のために、汚れ役をしてぇんだよ。それで死ぬってなら、本望だぜ」
「本気なのだね?」
ロキティスは、しんみりした声を出しているが、本心を隠すために過ぎない。
つきあいが長かろうが、2人は「仲良し」ではないのだ。
友であったことなど、1度もなかった。
「僕としても、きみの覚悟に協力したいと思う。ただ、問題があるのだよ。それを解消するために、陛下に時間をいただいたわけさ」
「問題ってのは、なんだ?」
「ラーザの民だよ。1人や2人じゃ、まるで足らない。奴らは潜伏に長けていて、見つけるのに時間がかかっている」
「リュドサイオにも潜伏してるはずだ。こっちでも集められるだけ集めてやる」
「そうだね。僕の手持ちと合わせ、3百人程度になれば、装置の安定が見込める。先発隊を出すことも、陛下に承認してもらえるだろう」
どんな装置なのかまでは、追及しない。
ロキティスが、ゼノクルの話に「乗った」ことが重要なのだ。
互いの動きや連絡について取り決めをしてから、回線を切る。
途端、口元が、にやりと歪んだ。
「シャノン、お前が帰って来るのが先か、俺が迎えに行くのが先か」
道が出来さえすれば、どちらが先でもかまわない。
そして、道は、もうほとんど出来ている。