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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第1章 彼女の言葉はわからない
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無関心の高見 3

 ティトーヴァは、再び、カサンドラと対峙している。

 そのままカサンドラに与えた宮に返しても良かったのだが、呼び戻させたのだ。

 皇帝との謁見内容が気になっていた。

 父としてはどうであれ、皇帝の状況は把握しておく必要がある。

 無視することはできない。

 

 戻って来てから、カサンドラは黙り込んでいた。

 向かい側のソファに腰かけ、ティトーヴァから視線をそらせている。

 1度も、まともに見ようとしない。

 

 少し前なら「いつものこと」ですませていただろう。

 カサンドラがティトーヴァと視線を交わすのは、彼が声をかけた時だけだった。

 うつむき、膝へと置いた両手を見つめているのが常だったからだ。

 けれど、今日は違う。

 

(さっきは、俺をまっすぐに見ていた……故意に視線をそらせているのか?)

 

 皇太子のことになど興味はない。

 そう言われているような気がする。

 とはいえ、このまま黙っているわけにもいかないので、しかたなく声をかけた。

 本来、言われずともカサンドラから報告してしかるべきだと思うのだけれども。

 

「陛下とは、どのような話をした?」

「申し上げられません」

 

 まるで決めていたかのように、即答される。

 カサンドラは返事をしつつも、ティトーヴァを見ない。

 視線だけではなく、顔まで横に向けていた。

 そのことに、内心では苛ついたが、表情には出さないよう注意する。

 

「なぜ話せない? 陛下に止められているのか?」

「いいえ、私が話したくないというだけです」

 

 ぴくっと、ティトーヴァの眉が引き攣った。

 我慢をするにも限度というものがある。

 自分の予想が外されたことにも、苛立ちを募らせていた。

 

 最近までカサンドラは大人しく臆病な女だと思っていたのだ。

 そして、ティトーヴァに「期待」を寄せていると知っていた。

 だから、訊けば素直に答えると、勝手に思い込んでいた。

 ここにきて、ティトーヴァは判断を変えざるを得なくなっている。

 

 自分は彼女を見縊(みくび)っていたのかもしれない。

 

 強気なカサンドラを、ぺしゃんこにしてやりたくなった。

 許してくれと懇願する姿を見たくなる。

 もとより、ひと欠片の好感も持っていない女だ。

 強気に出られても癪に障る。

 

 とはいえ、訊くべきことは訊かなければならない。

 なにも訊き出せなくなっては困るのだ。

 ティトーヴァが強硬な態度を取れば、ますます(かたく)なになる可能性もあった。

 

(少し機嫌を取るしかないか……腹立たしいが……しかたない)

 

 気持ちを切り替え、ティトーヴァは少し体を前にかがませる。

 膝に両腕を置き、両手を軽く握った。

 

「先ほどのことを怒っているようだな」

「先ほどのこととは?」

「地下牢に入れると言ったことだ」

 

 横を向いたまま、カサンドラが、ふっと笑う。

 その表情に、とくっと心臓が小さく音を立てた。

 虚勢を張っているのではない、と感じる。

 彼女には余裕があり、わずかな動揺も見受けられなかった。

 

 いよいよ、臆病な女との認識を改めなければならなくなる。

 カサンドラは大人しくもなく、臆病でもない。

 そして、きっと愚かでも、ない。

 

 ティトーヴァも皇太子として、政治的な駆け引きには慣れている。

 カサンドラを相手に、その能力を発揮する必要がなかっただけだ。

 だが、今日のカサンドラは、今までとは明らかに異なっている。

 ひと筋縄ではいかない雰囲気が漂っていた。

 

「陛下に口止めをされていないのに、きみは話したくないという。私に関係のある話だからだろう。違うか?」

「違いません」

 

 図星を突かれて動揺すると思ったが、意表を突かれたのはティトーヴァのほうだ。

 カサンドラは平然としている。

 相変わらず、顔を横に向け、どこともない場所に視線を向けていた。

 その横顔が、凛として見える。

 

 彼女が、こんなふうに見えたことは、今まで1度もない。

 

 内面にある資質を、とても上手く隠していたようだ。

 外見は同じでも、まるで別人のように感じる。

 

「あまり良い話ではなかったのだな」

「良い話か悪い話か、私には判断できません」

 

 軽く溜め息をついてみせても、カサンドラは無関心な様子を崩さない。

 口調は平坦で、そっけなかった。

 ということは、彼を気遣って話さずにいるのではない、ということになる。

 

「それは、きみが話してくれれば、私が判断する」

「繰り返しになりますが、話したくありません」

(ひざまず)いて頼み込めば、話してくれるのか?」

「話しません」

 

 部屋から出ずにいるセウテルの表情が曇っていた。

 カサンドラの態度を(いぶか)しんでいるに違いない。

 月に1度しか顔を合わせておらず、まともに会話もしていなかったが、それでもセウテルよりティトーヴァはカサンドラを知っている。

 その彼ですら、彼女の変化に戸惑いを覚えているのだ。

 セウテルが驚くのも無理はない。

 

 ティトーヴァは、右後ろに控えているベンジャミンに、ちらっと視線を投げる。

 が、ベンジャミンもカサンドラの変化に戸惑っているのだろう、顔をしかめて、軽く首をかしげただけだった。

 

 室内にいる4人の内、彼女以外の3人が「どうなっている?」と思っている。

 

 そして、誰も答えを出せそうにない。

 ともあれ、カサンドラが「本性を見せた」ことには理由があるのだろう。

 これまで上手く隠してきたのだから、これからも隠し通すことはできたはずだ。

 なのに、その選択を捨てている。

 

「どうすれば話してくれる?」

「それほど知りたければ、お父様に、お聞きください」

 

 切って捨てるような言いかたよりも「お父様」との言葉が、ティトーヴァの胸に突き刺さった。

 一瞬、頭に血がのぼりかけるのを必死で耐える。

 この程度の皮肉で激昂するのはみっともないと、自分に言い聞かせた。

 

「それができるなら、きみに頼んだりはしていない。きみの“母君”が亡くなって以来、陛下との謁見が許されたのは、きみだけだ。だから、頼んでいる」

「私が謁見を求めたのではありませんから」

 

 カサンドラの後方に立っているセウテルの顔が歪む。

 皇帝との謁見を望む者は多いが、誰でもが叶えられるわけではない。

 応じてもらえるだけでも光栄なことなのだ。

 ましてや、皇帝から声がかかるのは特別な時、特別な相手に限られている。

 光栄に思うどころか、感激して涙を流していてもおかしくない。

 

 だが、カサンドラから感じるのは真逆の意思だった。

 あたかも「迷惑」だと言っているかのように思える。

 それが、セウテルには不快だったのだろう。

 

「だとしても、きみは陛下に会って、話をした。私は、いつ陛下にお会いできるかわからない身だ。たとえ父子でも気楽に話せる間柄ではない」

「それは、殿下と陛下との問題で、私には関係ないことです。むしろ……」

 

 ようやくカサンドラがティトーヴァのほうに顔を向けた。

 視線を交えても、感情は見つけられない。

 瞳には、まさしく「無関心」と書かれているようだった。

 

「他人の私が、親子関係に口を挟むほうがおかしいでしょう」

「きみは、私の婚約者だったと思うが?」

「他人は他人です」

「婚姻すれば他人ではなくなる」

「先のことはわかりません」

 

 言って、カサンドラが小さな笑みを口元に浮かべる。

 その表情に、ハッとなった。

 だが、もう遅い。

 ティトーヴァが言葉を投げる前に言われてしまう。

 

「いつ地下牢に入れられるかわからない身なので」

 

 カサンドラの声は、あくまでも平坦だ。

 冷静に、ティトーヴァのすべてを弾き返していた。

 

 期待も興味も好意もない。

 

 ただそれだけを伝えてくる。

 知らず、両手を強く握り締めた。

 そうでもしなければ、カサンドラを締め上げそうだったからかもしれない。

 

「どうやら、きみに対する認識を改めなければならないようだ」

 

 ティトーヴァは、そう言って、カサンドラの銅色の瞳をにらみつける。


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