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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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いくら望んだところとて 1

 聖者は、人が言うところの「善人」ではない。

 ある意味、魔人よりもタチが悪い、と、ゼノクルは思っている。

 関心と娯楽であれば、娯楽のほうが「邪気」があるからだ。

 関心には、邪気がない。

 対象を、淡々と、ひも解いていく。

 

 こうしてみたら、どうだろう。

 こうなったら、どうするだろう。

 この状況だと、どちらの選択をするだろう。

 

 およそ、こんなふうに、ひとつずつ魂とか心とかいうものを剥がしていくのだ。

 そして、その結果がどんなものであれ、納得する。

 そう、ただ納得するだけだった。

 

 関心とは、そのようなものに過ぎない。

 

 と、ラフロに言われたことがある。

 予測とか、期待とか、要望などは、ないのだそうだ。

 だから、結果に不満もない。

 

 ああ、そうか、と思うだけ。

 

 思ったら、聖者の関心欲は満たされる。

 魔人が、自分たちの意図しない人の行動を面白がるのと似たようなものだ。

 結果が見られれば、それでいい。

 聖者と違うのは、魔人には「つまらない」があることだった。

 

 あまりにも予測通りだったり、同じことが繰り返されたりすると、飽きる。

 つまらないと感じると、魔人の「娯楽欲」は満たされないのだ。

 

「ラフロはいいよな。満たされねぇってことがねぇんだからよ」

 

 ゼノクルは、小狭く貧相な「庭園」を散策しながら、空を見上げる。

 冬のただなかだからか、最近は晴れた日が少ない。

 それでも、今日は、薄い青と白くたなびく雲が「晴れ間」を演出している。

 空は遠く、その先は見えなかった。

 晴れ間の向こうには壁があり、灰色に覆われているはずだ。

 壁の中にいる者たちには見えないとしても、確実に、そこにある。

 

 ゼノクル、もといクヴァットとラフロは、3百年前に生じた。

 クヴァットは、人の国で「娯楽」を楽しんでいたが、ラフロは違う。

 王の間である、あの湖で、百年も、なにもせずにいたのだ。

 人の国を見てはいたが、手を出すことはなかった。

 

 ラフロが初めて関心を持ったのが、壁を作ったラーザの女。

 

 とはいえ、壁があったため、聖魔は入ることができなくなっていた。

 その後、2百年。

 ラフロは、その女に関心を持ち続けていたのだ。

 だから、壁を越える方法を考え続けてもいた。

 

 人は違えど、ラフロの関心をひく魂に巡り合ったのは、40年ほど前。

 フェリシア・ヴェスキルが産まれた時だ。

 その頃に、ラフロは壁を越えるための「条件」を探り当てていて、条件を満たす「人間」と出会うだけとなっていた。

 

 人の時間としては、長く待ったと言えるだろう。

 だが、聖魔にとっては、さほど長くはない。

 フェリシア・ヴェスキルが18歳で女王となったのち、機会は訪れた。

 

 その「人間」は、壁を越えることができたのだ。

 

 あげく「自らの意思」も持たなかった。

 ラフロは力を使い、その者の体を「借りる」ことに成功している。

 

「でも、ラフロはラフロで、俺を羨ましいって言ってたな。せっかく借りた体が、2年ほどしか保たなかったんじゃ、そう言いたくもなるか」

 

 意思がなければ大丈夫、とはならなかったのだ。

 体の持ち主の自我が、ラフロを「異物」だと認識して、弾き出してしまった。

 だとしても、ラフロが怪我をしたり、死んだりすることはない。

 単に、聖魔の国に帰らざるを得なくなっただけの話だ。

 

 けれど、ラフロの行いを、体の持ち主は肯とはしなかったらしい。

 意思はなくとも働く「個」に根づく自我が無意識に罪を悔いて、自死している。

 今のところ「ゼノクル」に、その兆候はなかった。

 クヴァットのしていることを認識はしているのだろうが、黙している。

 おそらく「善悪」の判断もつかないほど、ゼノクルの心は幼いままなのだ。

 

「しかし、わからねぇもんだな。人間ってのは、交わって子を成す。そこいら中、あふれかえってるじゃねぇか。罪でも、なんでもねぇだろ」

 

 なにを苦にすることがあったのか。

 クヴァットには、理解できない。

 

「だいたいラフロは強制しちゃいねえ。取引に応じたのは、あの女じゃねぇか」

 

 ラフロは「取引」を持ち掛けた。

 が、取引に応じたのは、フェリシア・ヴェスキルの意思なのだ。

 拒否することもできたし、選択肢も1つだったわけではない。

 ラフロと交わる選択をしたのも、フェリシアだった。

 

「人ってやつぁ、本当に意味わかんねぇ動きするぜ」

 

 ラフロに体を貸した者は、フェリシアの選択を否定したようだ。

 とはいえ、フェリシアが選択をする前には戻れなかった。

 ラフロは、さっさと「取引」を終わらせてしまっていたから。

 

 その結果を、体の持ち主は、どうしても受け入れられなかったのだろう。

 ラフロを追い出したのも、自死をしたのも、それが原因だと推測はしている。

 さりとて、理由は推測できても、理解はしていない。

 魔人であるクヴァットには「わけがわからない」ことでしかなかった。

 

 クヴァットも「ゼノクル」をやりはじめてから、約20年。

 人の女と交わったことがなくはない。

 子を成す気はないので予防措置は講じているが、複数の女と関係を持ってきた。

 それは「ゼノクル」をするのに必要な行為であり、娯楽のための努力でもある。

 

「ラフロだって、あの女と交わりたかったわけではないんだよな」

 

 あれは、取引の結果だ。

 ラフロは、フェリシアが「どういう選択をするのか」に関心があった。

 それに伴う思考や感情が知りたかったのだ。

 きっと「関心欲」は満たされたに違いない。

 

「直後、弾き出されちまって、外から見てるしかなくなったのは残念だったけど、そんでも満足できてたんだろうぜ。あの娘が現れるまでは」

 

 カサンドラ・ヴェスキル。

 

 ラフロとフェリシアの娘について、ラフロは、ずっと前から見守り続けている。

 もちろん、クヴァットも、その存在を知っていた。

 ただ、体を「借りて」いる間は、相当の無理をしなければ魔力は使えない。

 おまけに長く体を離れると戻れなくなるため、そうたびたび聖魔の国に帰ることもできなかった。

 そのため、カサンドラの状況を把握できずにいたのだ。

 

「ラフロ、嬉しそうだな。あの娘は、前の魂とは違う。関心も高まるってもんだ」

 

 クヴァットは、カサンドラが産まれた時に1度だけ魂の色を見ている。

 そして、この間、20年ぶりに聖魔の国に帰った時に、カサンドラの魂の色を見た。

 その際、産まれた時とは「色」が違うと気づいている。

 戦車試合の日にカサンドラとは会っていたが、魔人でない状態だったため気づけなかったのだ。

 

「今度は、どんな取引をするか、楽しみだぜ、ラフロ」

 

 聖魔には、親子や兄弟姉妹という関係性がない。

 カサンドラが、ラフロの娘なのは間違いないのだが、人が持つ「肉親」への情や感覚など、聖魔は持ち合わせていなかった。

 ラフロは「関心」を持っているだけだし、クヴァットは「娯楽」として楽しめると感じているだけだ。

 

「ちぇっ。俺も国に帰れりゃいいのに。人の体ってのは、融通が利かねえ」

 

 魔力が使えないので、ラフロがどんな「取引」を吹っかけるかも、わからない。

 共有しているラフロの感情からすると、相当に、楽しそうなのだ。

 魔人特有の「娯楽」の性質が、うずうずしている。

 とはいえ、もう少し、この体を使いたいので、我慢するよりしかたない。

 

「……ん?」

 

 不意に、首から下げていた鍵が点滅していることに気づく。

 シャノンからの連絡だ。

 魔物の国を無事に逃げ出したという連絡だろうか。

 あらかじめ逃げる時には、リュドサイオに最も近い壁を目指すように言ってある。

 近くまで来ているのなら迎えに行こうか、と思った。

 

「おう、今どこだ? リュドサイオの近くまで帰ってんなら……」

(逃げ、られなく、なりました……)

「は? なんだと?」

(み、見張りが増えて……今は……鎖で……繋がれて、います……連絡も……)

 

 シャノンの声は、ものすごく小さい。

 かなり危険を冒して連絡を取っているようだ。

 ちきっと、苛立ちが走る。

 シャノンが、人の国と連絡を取ったことがバレるのはわかっていた。

 拷問はもとより、殺される恐れもあるため、逃げるように指示をしたのだ。

 

 クヴァットの計画では、壁の外に出るのはカサンドラだけのはずたった。

 そこで、ラフロがカサンドラを手に入れる。

 魔物は、皇帝を含む「人間」たちが始末すれば、後腐れもない。

 魔物の国のものたちが、カサンドラが裏切ったと思うかは別にして、シャノンが情報を流した、とは言いきれない状況になることを想定していた。

 

 人の持つ武器は、魔物に有効だとの思い込みがあったせいだろう。

 あの魔物を生きて、外に出してしまったのが悔やまれる。

 元々「とんでもない奴」だと思っていたにもかかわらず、それでもまだ見縊(みくび)っていたのだ。

 行き当たりばったりは好きだが、こういう「予定外」は面白くない。

 

「とにかく生き残ることだけ考えろ。いいか、俺の言う通りにすんだぞ」

(は、はい……ご主人様の…い、言う通りに、します……)

 

 クヴァットは、シャノンという新しい「玩具」を気に入っている。

 自分のものを取り上げられるのも、気に食わない。

 だが、魔物相手では、たとえ魔人に戻っても、分が悪いのだ。

 ゼノクルの側で、やれることをするしかなかった。

 

 シャノンに、すべきことを伝えてから、大きくを息を吸い込む。

 ゆっくり吐き出すうちに、少し苛立ちがおさまってきた。

 自分のものは、自分で取り戻す。

 都合良く動かせる「駒」もあるのだ。

 

「お前は、俺のものだ。絶対に帰れ」

(……か、帰りたい、です……ご主人様の……ところに……)

「俺が、道を作ってやる。いいな、シャノン。帰って来い、俺のところに」

 

 返事はなく、ぷつんと連絡が途絶える。

 手土産なしに、聖魔の国に帰る気はない。

 ちきちきとした苛立ちを感じつつも、クヴァットは、ゼノクルを、最大限に使い倒すことにした。


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