表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
148/300

混沌の過去 4

 ラフロという名の、聖者であり、カサンドラの父。

 誰がどう見ても、カサンドラの外見は「父親似」だ。

 とはいえ、それは外見に限られている。

 ラフロは純血種の聖者であり、その「摂理」の中で生きているのだ。

 

「それにしても予想外だったよ。きみが戻ってくるとはねえ」

「私が頼んだわけじゃない」

「ああ、いや。魂の話ではないさ」

 

 キャスは、眉をひそめる。

 

 ラフロは、本当に「魂」については、いささかも気にしていないらしかった。

 本物だとか、偽物だとか、そういうこだわりを、まったく見せない。

 愛しい子と言われても、愛しく思われている気がしないのは、そのせいだろう。

 言葉ほどには、愛着を持たれていない、と感じている。

 

「私が生き戻りの力を与えたのは、フェリシアだったのでね」

「え……? カサンドラじゃなくて?」

「そうとも。もとより子を成すと、人の女性の体には負担がかかる。そのうえに、種が違うとなると、なおさらに命を削るものだから。産んだ直後に死んでしまう女性も少なくないからねえ」

「それでフェリシアに……カサンドラの母親に生き戻る力を与えたんだ」

「私はフェリシアに関心があったし、死んでほしくはなかった。仮に死ぬことがあれば、3年前、私と知り合う前に戻せば、また出会い直せると思ってね」

 

 だから、3年前だったのか、と思った。

 カサンドラが死んだのは21歳。

 生き返ったのは、3年前、18歳の時だ。

 しかも、フェリシアが死んで間もない時期に戻っている。

 

「人の体の性質なのかもしれない。聖魔は生じるものであって、交わって子を成すことがないものだから、私にも、この結果は予測できなかったよ」

 

 カサンドラは、フェリシアの胎内で、その力を受け継いだのかもしれない。

 だが、そこにカサンドラの意思は介在していなさそうだ。

 

 別の世界に魂だけ飛ばされるほど、カサンドラは生き戻ることを望まなかった。

 だから、力の「譲渡」は、ラフロの言うように、人の体の性質によって行われたと考えるのが正しい。

 

「なら、フェリシアじゃなくて、がっかりしたんじゃない?」

「そうでもないさ。きみが戻ってきたじゃないか。魂の色の違う、きみがね」

 

 はあ…と、溜め息をつく。

 聖魔には、独特の「摂理」があるのだ。

 ザイードが、そんなようなことを言っていた。

 人や魔物とは、感情の()(よう)も異なるに違いない。

 

「私はきみにとても関心がある」

 

 優しく微笑みかけられているのに、どうにも嫌な感じが振りはらえずにいる。

 不快感はなく、嫌悪感もないのに、だ。

 信用はできるが、信頼はできない、といったふうだろうか。

 

 ラフロは「取引」で不正はしない。

 それは信じられる。

 けれど、どんな取引を持ち掛けてくるか。

 その内容が「良いもの」だとは、信じられない。

 

(こいつはザイードを助けてくれた。でも、弱味にツケこんで取引を成立させたのも、こいつなんだよね)

 

 あの状況では、キャスに選択肢はなかった。

 結果として損はしていないように思えるが、対等な取引ではない。

 正直、取引だとすることさえ、間違っている気がする。

 まともに歩ける道は1本しかないのに、好きに歩いていいと言われているようなものなのだから。

 

「フェリシアは、愛に高潔な女性だったよ、とてもね」

 

 急に、話題が変わった。

 ラフロは、こちらを向いている。

 なのに、どこか違うところを見ているようだった。

 紫紅の瞳には、キャスが映っているけれど、視線は感じない。

 

「彼女は、キリヴァン・ヴァルキアを愛していた」

 

 キリヴァン・ヴァルキアとの婚姻前、フェリシアは何者かに乱暴された。

 それにより「カサンドラ」は産まれたと、カサンドラ自身からもフィッツからも聞いている。

 つまり、ラフロがフェリシアに乱暴をした、ということだ。

 

「ほかに好きな人がいるって知ってて襲うなんてさ。どれだけフェリシアを好きだったかは知らないけど、最低だね」

「襲う? まさか。私は望まないことを強いたりはしない」

「でも、フェリシアはキリヴァンが好きだったんでしょ? あなたが無理強いしなきゃ、カサンドラは産まれなかったはずだけど?」

「そうではないよ。彼女が、キリヴァンを愛していたから、きみは産まれた」

 

 ラフロの話は辻褄が合っていない。

 キリヴァンを愛していたのなら、ラフロと関係を持つなど有り得ないだろう。

 無理強いされたのであれば、まだしも理解はできる。

 が、それもラフロは否定したのだ。

 

「きみは、魂だけでここに来た割には、やけにこだわるねえ」

「こだわるって、なにに?」

「体だよ。聖魔は、肉体にたいしてこだわらずにいる。だから、体なんてものに縛られている理由が理解できない」

「それは……違う……」

「違う? どう違うのかな?」

「体だけ無事でも、魂だけあっても駄目だって意味」

 

 今度は、ラフロの視線を感じる。

 カサンドラという肉体に宿る、自分の魂まで見られている感じがした。

 

 彼女は、倒れている大勢のアトゥリノ兵たちを思い出している。

 彼らを殺しはしなかった。

 体だけの話で言えば、生きている、と言える。

 

 だが、心は空っぽ、壊れてしまっているはずだ。

 それでも「生きている」と言えるだろうか。

 

 答えは「否」だ。

 

 彼らは、もう考えることもしないし、話もしない。

 体は命を繋いでいても、動こうという意思はなく、(まばた)きすらしないのだ。

 

 脳も体のひとつに数えれば、無傷だとはできないが、脳の機能が正常でありさえすればいい、とは思えなかった。

 脳は、記憶の入れ物であり、感情を割り振り、学習する演算装置に過ぎない。

 

 思考が感情を生み出し、感情は「個」を形成する。

 環境や経験によって、無数に散らばる感情を集約しているのが「魂」と呼ぶべきものではなかろうか。

 

 少なくとも、記憶媒体や演算能力だけでは「魂」とは成り得ない気がした。

 感情や意思があってこそ、人は人足り得るのだ。

 

「あなたもね。魂の色だのなんだの言う割には、魂にこだわりなんてないじゃん」

「やはり、きみは面白いねえ」

「私は少しも面白くないよ。こんなつまらない話を、ずっと続けるつもり?」

 

 取引を承諾したのは自分だと、わかってはいた。

 とはいえ、ラフロがなにをしたいのか、そもそもしたいことがあるのかも不明な状態で、延々とつきあわされることには、うんざりする。

 フェリシアとキリヴァンの悲恋話に興味がなかったように、フェリシアとラフロの関係についても関心はなかった。

 

 それより、ザイードがガリダに帰れたかどうかのほうが、よほど気にかかる。

 

 もしかすると、ラフロに言えば、ザイードが今頃どうなっているのか、わかるのかもしれない。

 だが、ラフロと会ってからいだき続けている「嫌な感じ」が強くなっていて、どうしても頼る気になれなかった。

 なにか足元をすくわれそうな危うさがあるのだ。

 

 今さら足元をすくわれたからといって、どうということもない。

 そうも思うのに、割り切れずにいる。

 そこいら中に落とし穴があると知ってはいるのに、穴の場所がわからないため、1歩が踏み出せない、というように。

 

「魔物も元は生じる種だったというのは知っているかい? それが、いつしか交わって子を成す種になっていた」

 

 またしても、唐突な話題の転換。

 ラフロは、ひとつのことに長く「関心」を持っていられないのだろうか。

 それとも、意味があって、あえて話題をすり替えているのか。

 判断はしかねるが、ラフロにはラフロなりの考えがあるには違いない。

 

「聖魔は生じる種なんだよね?」

 

 言いながら、気づいた。

 

 だとしても、フェリシアとは「交わった」のだ。

 でなければ「カサンドラ」は産まれていない。

 生き戻る力だって、ラフロがフェリシアに与えている。

 たぶん、交わった際に、魔力で与えたかなにかしたのだろう。

 

「壁ができる前、聖魔、とりわけ魔人は、人の体を借りることを好んでいてねえ。酒や薬に溺れている者のうち、一定数は自我を失った者がいて、都合が良かった。そこに、あの壁だ。以来、人の体を借りる条件付けが増えて困っているよ」

「あなたは誰の体を借りたの?」

 

 フェリシアの時代には、すでに壁があったのだ。

 聖魔は壁に阻まれ、人の国には入れなくなっていた。

 なのに、ラフロはフェリシアと子を成している。

 きっと人の体を「借りて」入って来たに違いない。

 

 純血種の魔物や聖魔が壁を越えられないのは、わかっている。

 中間種は血という意味でも、魔力が不完全という意味でも、特定の「種」に分類されない。

 カサンドラやシャノンが監視室には無視され、いとも簡単に壁を越えられた理由がそこにある。

 

 だが、ザイード曰く聖魔には「魔力を使わないとの選択肢はない」のだ。

 よって、聖者であるラフロは、絶対に壁を越えられない。

 人という「借り物」の体なくしては。

 

「気づいているのに、訊くのかい?」

「確信がないから聞いてるんだよ」

 

 ラフロが、にっこりと微笑む。

 やはり精神を蝕まれているのだろうか。

 弄ぶような言葉遊びにも、キャスは腹立たしさを感じていない。

 そっけない口調を貫くことくらいしかできなくなっている。

 

「確信なんていらないだろう? きみには、もうわかっているのだから」

 

 キャスは無意識にお腹に手をあてた。

 そこには、服の内側にしっかりと縫い付けられたポケットがある。

 

「出来損ないの失敗作だね、それは」

 

 カッと、頭に血が昇った。

 ラフロをにらんでから、そっぽを向く。

 

 軽く視線が交錯しただけで、感情の揺らぎがおさまっていた。

 すぐさま危険だと判断する。

 嫌な感じも、ますます強くなっていた。

 

「正当なティニカは、自らの意思など持たないものだよ、愛しい子」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ