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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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混沌の過去 3

 ザイードは、空を見上げている。

 真っ黒な空だ。

 暗いからではなく、なにも見えない。

 

「キャス……」

 

 キャスの姿は、どこにもなかった。

 自分の力が、およばなかったのだ。

 絶対に守ると決めていたのに、守りきれなかった。

 人には警戒していたが、聖魔を見縊(みくび)り過ぎていたせいだと自覚している。

 

 魔物は、聖魔を脅威ではないと認識している。

 煩わしくはあっても、害があるとまでは言えなかったからだ。

 人のほうが遥かに脅威だったこともある。

 どちらかと言えは、魔力を持つ聖魔は「魔物寄り」だと考えていた。

 

「人にとって聖魔は脅威だと、キャスは言うておったに……余が、あやつらを甘う見ておったがゆえ……」

 

 キャスを連れ去られてしまったと、ザイードは肩を落としてうつむく。

 聖魔の国は、どこにあるのかわからないのだ。

 魔物や人の国は、特定の「領地」の上にある。

 地面に縛られないファニですら「領域」を必要としていた。

 帰属する場所が必要なのだ。

 

 だが、聖魔の国の場所は、明らかになっていない。

 興味もなかったので、調べたことがなかった。

 どこからともなくやってきて、自分たちを煩わせる存在。

 それが魔物の、聖魔に対する認識だ。

 

「しかも、あのように大きな魔力を持つものがおったとはな」

 

 魔物は、魔力を「色」や「揺らぎ」、そして「匂い」でとらえる。

 種族や力の大きさによって、色や揺らぎかたが違うのだ。

 魔物は、たいてい種族を象徴するような色で出ることが多い。

 ガリダならば緑、コルコなら赤といった具合になる。

 基本的には、聖魔も同じだった。

 

 魔人は黒、聖者は白。

 

 力が強ければ、黒はいっそう黒くなり、白は限りなく透明に近くなる。

 キャスを連れ去ったのは、聖者だ。

 魔力があるのは感じたものの、まるで魔力を持たないもののように、色も揺らぎも、匂いさえなかった。

 

 ザイードも、日頃は、自分の力を抑制している。

 すべての力を解放はしていない。

 だから、わかるのだ。

 抑制もしていないのに、魔力を見せずにいられるほどの力の持ち主だと。

 

 魔物の国に、魔力を振り回しに来る聖者たちとは「格」が違う。

 

 ザイードは、体の前で両手を開いてみた。

 腕にも手のひらにも、傷はない。

 魔力が、ほとんど残っていないのはともかく、体は「元通り」になっている。

 あの聖者の力によるものだとは、推測しなくても、わかった。

 

 その見返りに、キャスは連れて行かれたのだ。

 

 ザイードの意図したものではなかったとしても、守るべき相手を差し出し、己の命を繋いだのだと思った。

 取り返しに行きたくても、場所もわからないのでは、どうすることもできない。

 自分の無力さに、後悔が募る。

 

 わかりたくもなかったが、人の国の「皇帝」の必死さが理解できた。

 

 奪われたと思っているから、取り戻そうとする。

 今のザイードだって、キャスを取り戻したいと思っていた。

 同時に、キャスの無事を願う。

 それしか、できないからだ。

 

「あの皇帝とやらは……余を正面から撃たず、背を狙わせておった」

 

 正面から撃つことで、キャスを傷つけるのを恐れたのだろう。

 魔物に対しては非情でも、キャスへの想いは強いらしい。

 ふと、皇帝は、キャスが中間種であることを知っているのだろうか、と思った。

 

「キャスは……聖者と人との中間種……あの聖者はキャスの身内か……?」

 

 聖魔に「身内」などという意識はないはずだ。

 だとしても、紫紺の髪と紫紅の瞳は、キャスと同じものだった。

 なんらかの繋がりがあるのは間違いない。

 ただ、それを「アテ」にして、キャスの無事を信じることはできずにいる。

 聖魔には、同胞意識がないからだ。

 

 もちろん、聖魔がどういうものかを、深く知っているわけではないので、絶対にないとは言いきれない。

 だが、少なくとも、魔物の周りでウロチョロしていた聖魔たちは、ほかの聖魔がどうなろうと知らん顔をしていた。

 煩わしさから火をつけても、助けるそぶりがなかったのは確かだ。

 

「ザイード!」

「遅かったではないか」

「これでも、最速で来たんだぞ。予定より早かったし……って、あれ?」

 

 ダイスが、きょろきょろしている。

 ザイードの「連絡」をナニャが受け取り、ダイスに伝えてから、およそ4時間。

 確かに、ダイスは「最速」で来た。

 わかっているのに、苛々を抑えきれずにいる。

 

「キャスは、どこだ?」

「連れ去られた」

「はあ?! そりゃあ、どういうことだ、ザイード!! お前がついていながら、人に掻っ攫われたってのか!」

「人ではない。聖者だ」

「はっ? 聖者っ? 聖者が、なんでキャスを攫うんだよ?!」

「余にも、わからぬ」

 

 ダイスに、ぎゃんぎゃんと責めたてられ、ますます苛々していた。

 ザイードも、聖者がキャスを連れ去った理由が思いつけずにいる。

 いくら噛みつかれても、わからないものはわからないのだ。

 ザイード自身、どうすることもできなかった自分を責めていた。

 

 言われなくても。

 

「ふざけんじゃねぇぞ! なんのために、お前が一緒に……っ……」

「わかっておるわっ!!」

 

 バーンッと、尾で地面を叩く。

 金色の瞳孔は、これ以上ないほど狭まっていた。

 ダイスにではなく、自分に腹を立てている。

 

「キャスは……余を……余を助けるために、聖者と取引をしたのだ……」

「取引って、あの意味わかんねぇやつか……?」

 

 魔物にとっては、意味不明な取引。

 裕福にしてやるとか、好いた相手を振り向かせてやるだとか。

 そういうことばかりを「囁いて」くる。

 だが、魔物は、その一切に応じたことはない。

 

 なぜなら、魔物は自然の摂理の中で生きているからだ。

 

 なるべくして、なる。

 裕福になるのも、好いた相手を振り向かせるのも、自らの行動によって実現するものであり、誰かの介入によって成されるものではない。

 仮に、それが「死」であったとしても、だ。

 

「……キャスは、余の命を助けることと引き換えに、聖者と取引をしたのだ」

「なんだって、そんな……死ぬ時は死ぬ。死なねぇ時は死なねぇってだけだろ」

「我らは、そう考える。だが、キャスは我らとは(ことわり)が違う」

 

 魔物は、それが(つがい)であれ、子であれ、死を受け入れる。

 ダイスの言う通り、死ぬ時は死ぬのだ。

 まだ「その時ではない」のなら、命を落とすことはない。

 生も死も、訪れるべくして訪れるものに過ぎなかった。

 

 仮に、自分が死んでいたとしても、そこで果てる命だった、とザイードは思う。

 ダイスも、ほかの魔物たちも同じだ。

 悲しみはするし、人を憎むことはあっても、死を否定することはない。

 

「そうか……キャスは、長いこと人として生きてきたからな……お前が死ぬのを、受け入れられなかったわけか」

「聖魔は、人の心につけ込むのだと、キャスは言うておった。人の心は脆弱ゆえ、精神に干渉を受けてしまうそうだ」

 

 ひょこんと、ダイスの耳が尖る。

 尾で、軽く背中を叩かれた。

 

「それなら、大丈夫だ。キャスの心は、そんなに弱かねぇだろ。簡単に操られたりするもんかよ」

「そうだの」

「なぁ、ザイード、オレらは、オレにできることをしようぜ」

「そうよな」

 

 空を見上げ、大きく息を吐き出す。

 ここにいても、キャスは戻らない。

 連れ戻しに行くこともできない。

 

「ガリダに帰り、キャスを待つ。それと、もうひとつ」

 

 ザイードは、ひょいっとダイスの背に飛び乗る。

 途端、ダイスが駆け出した。

 ここに来るのにも「最速」だったのだろうに、ダイスは疲れを見せずにいる。

 風が猛烈な勢いで、ザイードの体を揺さぶっていた。

 

「あのものは、どうしておる?」

「大人しくしてるぜ? ちゃんと飯も食わせてる」

「拘束はしておらぬのだな?」

「見張りはつけてるさ。けど、あいつ、なんもしてねぇぞ? 家ン中で飯食って、ぼーっとしてるだけだ。魔力を使ってる痕跡もねぇしな」

 

 これが、危険なのだ。

 魔物は、なんでも「魔力」で物事を測ろうとする。

 その魔力が危険かどうか、自分に敵意のある魔力かどうか。

 そして、その判断によっては、相手を「脅威」だと見なさない。

 いや、壁ができて以降「見なせなくなっている」のだ。

 

「あれは危険なものぞ。魔力で判断してはならぬのだ。そもそもは、我らの魔力が効かぬゆえ、我らは人を脅威としておったのではないか」

「あいつ……魔力じゃねぇもんで、なにかしてたのかよ」

「人の国と連絡をとっておったようだ」

「くそっ! 騙されたぜ! ビクビクしてるだけの奴だと思ってたのに!」

 

 もとより、魔物を攻撃するために送り込まれたのではなかったのだろう。

 シャノンの役目は「繋ぎ」だった。

 魔物たちがなにをしようとしているのかを、伝達する存在。

 目立つ動きはせず、怯えている仕草で、周囲の警戒を解くだけで良かったのだ。

 

「帰り次第、あのものを拘束いたせ。これ以上、野放しにして、我らの情報を垂れ流させるわけにはゆかぬ。場合によっては……」

「わかってるって。キャスが帰って来る場所は、死守しねぇとな」

 

 キャスは帰る。

 それを信じ、自分は国を守るのだ。

 魔物の国は、キャスが帰って来る場所なのだから。


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