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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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即時の転換 2

 3人には、どういう情報が必要かを、ざっと、かいつまんで話した。

 その後、3人は部屋を出て、戻ってきたのはアイシャだけだ。

 

「こちらをどうぞ」

 

 アイシャが差し出したのは、腕輪だった。

 とはいえ、宝飾品がついたアクセサリーの類ではない。

 銀色をしていて、どちらかといえば「装備」に近い感じがする。

 

「これは?」

「祖父が、女王陛下から、お預かりした品にございます」

「てことは、ラーザのものだよね」

「はい。魔力を隠蔽するためのものだと聞いております」

 

 それは、カサンドラの母フェリシアが、娘のために用意したものだろう。

 カサンドラには「魔力」があり、それを隠す必要があったのだ。

 

「女王陛下が、身を隠されてからも、守護騎士として、祖父は、女王陛下とほかの者との連絡役を任されていたそうです。御身のお写真をラーザの民に配布したりもしていたと申しておりました」

「へ、へえ……だから、みんな、私の顔を知ってたんだ……」

 

 そう言えば、フィッツも似たようなことを言っていた。

 会う前から、カサンドラのことは写真で見て知っていた、と。

 

「その際、魔力隠蔽装置の開発の指示がなされ、これが造られたのですが、目立ち過ぎますし、外れたり壊れたりする可能性もあって、使われることはございませんでした。ですから、祖父がお預かりすることとなった次第にございます」

 

 腕輪を手に取って見てみる。

 幼いカサンドラの成長も加味していたのか、大きさは調整できるようだ。

 今までも、繰り返し、カサンドラの母の娘に対する愛情は感じてきた。

 カサンドラが、母親の幸せを願わずにいられなかった気持ちもわかる気がする。

 

「ザイード、これは魔力を隠すための道具です。怪しいものではないので、つけていいですか?」

 

 ザイードが、黙って手を差し出してきた。

 ガリダの姿だとつけられなかっただろうが、今は人型なので手首もそれなりだ。

 

 くるりと回し、カチッとはめてみる。

 一瞬だけ、腕輪がキラリと光った。

 おそらく魔力を感知して、隠蔽のスイッチが入ったのだろう。

 

「キャス」

「え? 話して大丈夫ですか? いや、そのための機械なんですけど……」

「そうであったな。そなたには魔力の揺らぎが見えぬのを忘れておった」

「見えなくなりました?」

「見えぬ。つまり、魔力が隠されておるということぞ」

 

 さすがラーザの技術だ、と思った。

 女王陛下には却下されたようだが、かなりの優れものだ。

 

 ザイードと自分とでは魔力の質が違うので、機能するかわからなかったし、どう判断していいのかもわからなかったのだが、心配する必要はなかったらしい。

 ザイード自身が、ちゃんと認識できている。

 

「素晴らしい品だ。体が楽になった」

「魔力を抑制するのは、大変だったんですね」

「常に抑えてはおっても、完全に封じることは、ほとんどなかったのでな。少々、窮屈をしておったのだ。体に合わぬ衣を身に纏うておる感じと言えばよいか」

「それなら、楽になって良かったです。こうして話もできますし」

 

 とはいえ、魔力を持っていないアイシャには伝わらない。

 ザイードと話をしていると察しているため、黙っているだけだろう。

 

「ちゃんと機能してるって」

「お役に立てて、なによりでございます」

 

 ザイードが、アイシャに向かって、微笑んでいた。

 言葉は通じないが、感謝の意思を示しているのだ。

 アイシャも、小さくうなずいている。

 なにか、少し気恥ずかしげな表情を浮かべていた。

 

(まぁ、なんていうか、この姿だと、ザイードって、異国人情緒あふれる大人な男性って感じするもんなぁ)

 

 ガリダ姿のザイードに慣れているので、「ザイードっぽくない」姿ではあるが、女性に人気の出そうな顔立ちなのは確かだ。

 とはいえ、瞳孔や尾による感情表現がなく、表情も読みづらい。

 ガリダ姿の時のほうが、分かり易かった気がする。

 

「アイシャらは、壁を越えられぬのだな、キャス?」

「人は壁を越えることはできませんからね。越えようとしても弾かれるって聞いてます」

「魔力の有無で、人かどうかを判断しておるのか?」

「……それは……どうでしょうか……」

 

 ザイードに問われて初めて、壁を越えられる「条件」がなにかを考えてみた。

 最初に壁を越えたのは、キャスで、次はシャノン、最後がザイードだ。

 共通点は、魔力があることのようだが、腑に落ちないものを感じる。

 

(そうか……フィッツは魔力なんて持ってなかったはず……でも……)

 

 フィッツは「越えられる」と言った。

 あの時は、単にラーザの技術を使った装置でも用意したのだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。

 

(なんでフィッツは越えられるのか聞いたら、フィッツ、わからないって……)

 

 もしラーザの技術で作られた装置だったら、滔々と説明してくれていたはずだ。

 わからないなんて答えは有り得ない。

 

 フィッツ自身も、自分がなぜ壁を越えられるのか、本当にわからずにいたとしか考えられなかった。

 だが、フィッツが確信を持っていたのも事実なのだ。

 

「なんだろう……魔力抜きで、私とザイード、それにシャノンの共通点って……」

 

 独り言をつぶやいている自覚なしに、つぶやく。

 考えても、思い浮かばなかったからだ。

 

「血……ではないか?」

 

 ザイードの声に、ハッとなる。

 隣で、腕組みをしたザイードが、キャスに視線を向けていた。

 

「当然だが、余は人の血を持っておらぬ。そなたとシャノンとて、人の純血種とは言えぬのだ。魔力があるのは、その証と言えよう」

 

 魔力の有る無しだけで判断されているなら、魔力のないフィッツは壁を越えられないことになる。

 が、人として「純血種」かどうかであれば、話は違っていた。

 

 ティニカは「作られた」存在だから。

 

 人ではあっても、人として見なされない「血」だったのかもしれない。

 それなら、壁を越えられる条件に当てはまる。

 かなり正解に近いと感じた。

 と、同時に、心臓が波打つ。

 

(シャノンに、ルーポの血が混じってるのは間違いないよね……それなら、私……カサンドラは……? 中間種みたいだけど……まさか……)

 

 仮に「カサンドラ」に魔物の血が混じっていたなら、すぐにわかったはずだ。

 実際、シャノンの時は、ザイードもダイスも「ルーポに似ている」と言った。

 なのに、キャスは、それらしいことを言われたことがない。

 

 つまり、魔物との中間種ではないのだ。

 とはいえ、壁越えができたことと、魔力があることから「中間種」であることは確定されている。

 結果、「カサンドラ」が何者であったのか、キャスは気づいた。

 

(カサンドラの父親は……聖魔のどっちかなんだ……聖者か魔人か……どっちにしても、なんでだろ? カサンドラができた頃には、壁があったはずなのに……)

 

 フェリシア・ヴェスキルは聖魔のどちらかとの間で、子をもうけたのだ。

 壁があったにもかかわらず、どうやって入って来たのか。

 特殊な方法であったのだろうとは思う。

 でなければ、聖魔は入り放題ということになり、壁の意味がない。

 

「ザイード、知ってたら教えてください。聖魔は魔力の抑制ができますか?」

「推測でしかないが、できぬはずだ。奴らには魔力を抑する道理がない」

「でも、魔力を隠すことで人の国に入れるとしたら……」

「そういうふうに考えるものどもではないのだ、キャス。使えぬというのならば、わかる。だが、使わぬというのは奴らの習性に非ず。我らが同胞と殺し合わぬのと等しく、それが摂理なのであろう。無駄とわかっておっても、未だに魔物にちょっかいをかけてくるほど、自らの魔力を振り回したがっておる」

 

 ザイードの断言する物言いに、安心する。

 ひっそり隠れている聖魔がいて、精神干渉を受けている「人間」がいるかもしれないとの懸念は晴れた。

 もしかすると、ロキティスかティトーヴァが、聖魔から精神干渉を受けているのではないかという考えが浮かんでいたからだ。

 

(カサンドラが聖魔との中間種だから壁を越えられただけ、か……純血種の聖魔は入れない……ん? でも、それっておかしくない? 聖魔だって、人の純血種じゃないよね。てことは……人の純血種じゃなくて、かつ、魔力を持たない? いや、でも、それだと、私は……?)

 

 しばし考え込む。

 聖魔が壁を越えられずにいるのは、人の国の発展が証明していた。

 どういう理屈なのかと眉をひそめた時、ふとザイードの手首が目に入る。

 腕輪を見ていて、ハッとした。

 

「人には、魔物と聖魔の魔力を区別する技術がないんだ」

「そうなのか?」

「だって、私とザイードは魔力の質が違うのに、その腕輪は効力を発揮してるじゃないですか。もし区別できてるなら、ザイードには効果が……」

「すなわち、余が魔力を完全に抑しておったゆえ、壁を越えられたということか」

「はい……私も推測してるだけですけど……」

 

 自分が聖魔との「中間種」だと言ってしまったも同然だ。

 気づいているはずなのに、ザイードは、そこに、ふれようとはしなかった。

 人とは異なり、魔物は聖魔を恐れていないので、気にならないのかもしれない。

 魔力での会話が、アイシャには通じないことに安心する。

 

 いつか話す時は来るだろうが、今は時期が悪い。

 それに、父親が聖魔なのか、なぜそういうことになったかなど、わかっていないことが多いのだ。

 迂闊に話せる内容ではなかった。

 ザイードには、ついうっかり話してしまったけれども。

 

 時々、ザイードを相手に気が緩んでいると感じることがある。

 助けられたからという理由だけでないのは自覚していた。

 ザイードは、違うことは違うと言い、厳しい指摘もしてくる。

 そういう甘やかさない態度に、むしろ、気が緩むのだ。

 

 自分がしっかりしないと、と気負わなくてすむ。

 

「いかがした?」

「なんでもありません。ちょっと、頭がすっきりしました」

 

 ともあれ、壁越えの条件は、ある程度、把握できた。

 魔力を「隠蔽」する腕輪の力だけでは、壁は越えられないかもしれない。

 完全に「抑制」できて初めて越えられるのだとしても、ザイードには、それができる。

 一旦、中に入ったら出られない、という心配はなさそうだった。


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