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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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心理の亀裂 3

 ゼノクルは、いつも通り、質素な自分の部屋にいた。

 そろそろ頃合いだろうと思っている。

 その予測通り、ベッド脇のチェストに放り投げていた腕輪がチカチカと光った。

 にっと、唇を横に引いて笑う。

 

「よう、ロッシー」

「やあ、ゼノ」

 

 ロキティスからの通信だ。

 お揃いの腕輪なんて趣味ではないので、ゼノクルは身につけていない。

 便利な代物だし、邪魔にもならないと思い、受け取っただけだった。

 通常の通信は監視室に筒抜けになるが、この腕輪を使えば盗み聞きされる心配をせずにすむ。

 

(こういうところが神経質で、都合がいいぜ)

 

 会話が秘匿されるということは「誰が」情報源かも隠されるということだ。

 もちろん知られたって、たいした打撃にはならない。

 ゼノクルは、いつも「きっかけ」を与えているに過ぎなかった。

 実際に手足を動かしているのはロキティスであり、本人もそう思っている。

 ゼノクルに誘導されているなんて、これっぽっちも考えていないのだ。

 

「どうした? 壁越えの目途でも立ったか?」

「まさか。順調ではあるけれど、たったの3ヶ月ではね」

「んじゃ、なんなんだよ」

 

 わざと面倒くさそうに言った。

 ロキティスとは懇意ではあるが「仲良し」ではない。

 情から親しくしているのではなく、利害の一致でしかないのだ。

 だからこそ、ロキティスは、多少の心配をしなければならなくなっている。

 

「きみが、あれをどうしているのかと思ってね」

「おいおい、ロッシー。あれを寄越したのは、お前だろ? 手放したものに興味を持つなんて、らしくねぇな」

「これでも、一応、飼い主としての責任ってものを感じているのさ」

 

 ゼノクルの眉が、少しだけ吊り上がった。

 ゼノクル、もといクヴァットという魔人の王に、同情心の持ち合わせなどない。

 だとしても、玩具にされるべき「人間」の不遜な態度は少しも面白くないのだ。

 

 シャノンの体には、至るところに、痣や鞭打たれた傷が残っていた。

 

 丸々3ヶ月を費やして、ようやく「まとも」になっている。

 それほど酷い有り様だったのだ。

 

 ゼノクルは「獣臭い」のが嫌いだし、聖魔はたいてい魔物を嫌う。

 自分たちの魔力が通用しない、腹立たしいものたちだと見ていた。

 だが、同時に「人間より上」と見なすに値するとも思っている。

 なにしろ「人間」は、あまりにも簡単に精神干渉を受けるのだ。

 そのため、聖魔は、なぜ魔物たちが「人間ごとき」に使い捨てられていたのか、未だにわかっていないほどだった。

 

「心配いらねぇよ。ちゃあんと可愛がってやってる」

「可愛がっている、ねぇ。きみには、あれの使い途なんてないと思っていたよ」

「この前、お前の趣味にケチつけたからって根に持つなよ。俺が悪かった。2度と言わねぇから、俺の趣味にもケチをつけるな」

「ゼノ。きみは、とんだ悪食だね。わかっていると思うけれど……」

「そう思うんなら、わざわざ言うんじゃねぇよ」

 

 通信の向こうで、ロキティスが可笑しそうに小さく笑っている。

 ゼノクルは、こちら側で声を出さずに嗤っていた。

 通信は声を拾うものであって、映像までは見えないのだ。

 

「きみが、そこまで悪食だと知っていたら、雌を贈りはしなかったな」

「飽きたのさ、ロッシー。疎まれ王子でも、靡く女はいるんでね。だが、まぁ……結局のところ、どいつもこいつも……」

 

 ゼノクルは、わざとらしく溜め息をつく。

 リュドサイオのゼノクルは「純朴」でなければならない。

 女遊びが派手でも、求めているのは欲望ではないのだと。

 

「それで? きみが望むものは、手に入れられたかい?」

「従順で、狡猾さがねぇってとこは、気に入ってる」

「あまり入れあげないでほしいね。きみに、変な趣味を植えつけたって、僕に後悔させる気はないだろ?」

「もう黙れ。お前の趣味に口は出さねぇから、俺のことも放っとけ」

「いいさ。きみの楽しみにケチはつけないよ」

 

 ロキティスは、これで安心したはずだ。

 ゼノクルがシャノンに入れあげているのなら、誰かに「中間種」について漏らすかもしれないとの懸念はなくなる。

 それが不安で、ロキティスは探りをいれてきたのだから。

 

 とはいえ、ゼノクルは、シャノンに手を出したりはしていない。

 傷を治療し、十分な食事を与え、普通に「可愛がった」だけだ。

 それでも見違えるほど元気になったシャノンは、実に忠実になったのだけれど、それはともかく。

 

「なぁ、ロッシー……あいつに、その……なんていうか……家族はいるのか?」

 

 いかにもシャノンを気にかけているといった様子で聞いてみる。

 神経質なロキティスに口を割らせるため、いっそう「純朴」さを強調する必要があったのだ。

 

「いる、というより、いたことはいた、というのが正しいね」

「……死んだのか?」

「ゼノ。魔物は長生きをすると知っているかい?」

「ああ。人間より長く生きるってのは知ってるぜ? それなら生きてるのかよ?」

「答えを急いじゃいけないよ。魔物は長生きだが、魔物の子を産んだ人間の女は、早死にするのさ」

 

 それは、初耳だ、と思う。

 ゼノクルの母親には、魔人の血が少し混じっていた。

 だが、ゼノクルを産んだのちも「娯楽が過ぎて」殺されるまでは、生きていた。

 血が薄い、もしくは、すでに両方の血が混じっていたので、短命ではなかったのかもしれない。

 

「どういうことだ? 母親は死んだが、父親は生きてるってことか」

「すまないね、ゼノ。あれの父親は殺さざるを得なかった。僕だって先祖の残した財を葬るのは、本意ではなかったのだよ? しかしねえ、ひどく暴れるものだから殺すしかなかった」

「そうか……しかたがねぇさ。お前が魔物を飼ってるなんて、露見するよりいい。そんなことになったら……あいつを手放さなきゃならなくなっちまうからな」

 

 あくまでも、シャノンに入れあげているふうを装う。

 言いながら、頭の端っこで、今頃、魔物の国で虐められていなければいいのだがと、ふと思った。

 

 ゼノクルの体から離れ、聖魔の国に戻り、ラフロのところに行けば、どうなっているのか見ることはできる。

 とはいえ、この体は「借り物」なのだ。

 たびたび離れると戻れなくなってしまうため、危険はおかせなかった。

 

「頼むぜ、ロッシー。お前んとこの財とやらが発覚するのだけは困るんだ」

「そう心配することはないよ。アトゥリノの中でも、奴らのことを知っているのは僕の手の者だけだからね。弟たちでさえ……というより、父上でさえ知らずにいたことなのだよ。大昔に捕らえていた魔物が、今でも生きているってことはさ」

 

 壁ができる前、アトゥリノが、アトゥリノとして存在していなかった頃の話だ。

 当時、ラーザから技術を持ち帰った男がヴァルキアスという国を建国する際に、アトゥリノ人たちを使い、魔物を攫わせていた。

 

 手っ取り早く、使い捨てにできる労働力を確保したかったのだろう。

 その後、壁ができ、人口が増えたことで、アトゥリノは中規模国家となった。

 同時に、ヴァルキアスは国家としての立場を確立していたため、魔物の労働力は重要ではなくなったらしい。

 むしろ、汚れた歴史を隠すためか、ほとんどの魔物を殺している。

 

(アトゥリノ人は財になるものを手放したがらねぇ。たぶん、元々、攫った魔物を全部はヴァルキアスに渡してなかったんだな)

 

 そうやって隠してきた「財」が、今のアトゥリノにも引き継がれているようだ。

 魔物を「飼っている」という共通の秘密を持ったことで、ロキティスは慎重さを忘れ、ぺらぺらと、よくしゃべってくれた。

 自己顕示欲の強い性格から、自慢したい気持ちもあるに違いない。

 

(魔力を使ってもいねぇのに、このザマだ。つまらねぇ奴になってきたぜ、お前)

 

 王位の簒奪を企てていた頃のロキティスのほうが、よほど面白かった。

 今は「安泰」となったせいか、どんどんつまらない「玩具」になっていく。

 そろそろ捨て時かもしれない、と思うほどには。

 

「それにね、帝国の技術には、穴があるのさ。呆れたことに、彼らは、魔物の子を皆殺しにしてしまった。事を急いだ結果だろうけれど、そのせいで中間種の情報がないのだよ」

「ああ、だから、あいつは、監視室に引っ掛からねぇのか」

「そういうことだね。ただし、純血種の魔物の魔力は感知されるから、隠すのには金がかかっていてしようがない。今は元を取るのに専念しているってところかな」

「壁越えのためなら、陛下はいくらでも金を出してくれるからか?」

 

 少しだけ口調を固くする。

 リュドサイオのゼノクルは皇帝への「忠誠心」に厚くなければならないのだ。

 

「そう怖い声を出さないでほしいな。これまでつぎ込んできた金だって、壁越えのために役に立っているのだよ。なにも不正な要求をしているわけじゃない」

「本当だろうな? まだ壁越えの目途は立ってねぇって言ってなかったか?」

「ここだけの話、実は、壁越えだけなら、すぐにでもできる。中間種で試してきた成果でね。ほら、なにも不正などしていないだろ?」

「陛下に、ご報告はしてるんだろうな」

「いいや、それはまだだ。いいかい、壁越えはできても、聖魔の問題は解決できていないのだよ? なのに、壁越えができるなんて陛下にお伝えしたら、すぐに出征すると言い出しかねないじゃないか。あまりにも無謀で危険過ぎる」

 

 ゼノクルは、あえて、しばしの間を置く。

 いかにも「皇帝」の安否を気にしているというふうだ。

 

「確かにな。陛下は、あの従僕に、なんとしても報復したいとお考えだ」

「当然だね。サレス卿が、あのようなことになったのだから」

「……それで? 聖魔の問題は解決できそうなのか?」

「どうにかするさ。情報が少ないから、もう少し時間はかかるだろうけれどね」

 

 ここまで訊ければ十分だと思う。

 聖魔のことについて深く訊いても、魔物の件とは違い、はぐらかされるだけだ。

 無駄に警戒されることにもなる。

 

「とにかく急げよ、ロッシー。陛下が、心を痛めておられるんだ。俺は、あいつが表沙汰にならなけりゃ、それでいい」

「わかっているよ、ゼノ。きみこそ、細心の注意をはらってほしいね」

 

 わかっていると答えて、通信を切った。

 聖魔の干渉を阻止できる方法を教えたらどうなるか、という興味はある。

 だが、何事にも「時期」というものがある。

 ゼノクルは、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

(つまらねぇ奴になっちまったが、もうちっとだけ飼っといてやるよ、ロッシー)


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