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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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心理の亀裂 1

 

「ザイード……?」

 

 ザイードは、ハッとなって振り向いた。

 ノノマの隣に、キャスが立っている。

 

「ま、待て、待て待て待て……!」

 

 腕で顔を隠し、慌てて身を隠せる場所を探した。

 が、湿地帯な上に、この辺りは、沼もなければ低木もない。

 身を隠したくても、隠せなかった。

 

「ザイード様が、変化をされて……されようとしておりまする」

 

 言い直す、ノノマに、クッと小さく呻く。

 さっき修練を始めたばかりなのだ。

 子供でもできることであれ、数時間で習得できるものでもない。

 ザイードとて、自分がいかに中途半端な「変化」状態かは、わかっている。

 

「こ、これは、習得前ゆえのこと! 習得後には、正しき姿になる」

「あのさ、ノノマ。ザイードは、5日あれば習得できるって言ってたけど、それは普通なの? たいてい、そのくらい?」

「いいえ、キャス様。子供であれば、1,2日程度で習得しまする。ザイード様は長く習得せずにおられたので、コツを掴むのに時間がかかると判断されたのでは」

「まぁ、ねえ……逆上がりみたいなもんかな……子供の頃に習ったほうが、覚えが早いものってあるよね」

 

 さかあがり、というのが、なにかは知らない。

 だが、子供の頃に覚えていなかったからだ、と言われている気がした。

 それより、なにより、失敗した姿を見られたのが、ものすごく恥ずかしい。

 感情を制御するのは得意なはずだが、恥ずかしさに尾が大揺れしている。

 

「なんていうか……失敗すると、こんな感じなんだ……」

「尾を隠せぬのは、ありふれておりまするが、鱗が、こうも隠せぬというのはめずらしきことにござりまする」

 

 ぐぐっと、言葉が詰まった。

 まだ数時間しか修練していないだとか、慣れていないからだとか。

 色々と言い訳したかったが、それもみっともないと思い、口には出せない。

 

 とにかく恥ずかし過ぎて、体が熱くなる。

 瞬間、ぼっと周囲に空気が集まった。

 

「解けましてござりまする」

「解けたのではない。解いたのだ」

「ザイード様、嘘はいけませぬ。自ら解けば、気は揺らぎませぬゆえ」

 

 変化をするには、自分が「こうだ」と思う姿を思い浮かべる必要がある。

 1度かけてしまえば、解くまで意識することはない。

 だが、ザイードは、まだ完全にかけきれずにいるので、集中力が切れると勝手に解けてしまうのだ。

 

「余は、より完璧な姿を目指しておるゆえ、少々、時間はかかるが、それでも5日あれば足ろう。ところで、いかがしたのだ?」

 

 変化の失敗から話をそらせたくて、そそくさと話題を変える。

 いつもの自分の姿に戻り、落ち着きを取り戻していた。

 やはり、見た目を気にせずにいられるのは、気が楽なのだ。

 ザイードは、ガリダの姿に、いささかの不満も持ってはいない。

 

「ちょっと確認したいことがあって、相談したかったんです」

 

 キャスの言葉が元に戻っていた。

 少し距離が縮まったと感じても、すぐにキャスは距離を取ろうとする。

 そのことに、ザイードは落胆した。

 自分とも、ノノマと話すように、もっと気楽に話してほしかったのだ。

 

「そなたの力のことか?」

 

 けれど、深追いはしない。

 そのうち、自然と距離が縮まればいいのだと、気持ちを切り替える。

 相手の心に対して、無理強いはできないからだ。

 

「そうです。私の力は人に対して大きな威力とは成り得ます。ただ、何度も使えるものじゃありませんし、魔物にどう影響するかもわかりません」

「キャス様の、お体にご負担がかかるのでござりまするか?」

「違うよ、ノノマ。当然の理屈なんだよね。私が力を使えるのは、私の意識がある時だけってこと。ほら、死んじゃったら、なにもできないでしょ?」

「そのようなことにはなりませぬ! キャス様は、我らガリダが……」

「ノノマ。今は、キャスの力の話をしておるのだ。横道にそれてはいかん」

 

 ザイードは、咄嗟にノノマの言葉を遮る。

 ノノマが言いたかったことはわかるし、ザイードも同じように思っていた。

 なのに、予感があったのだ。

 ノノマの言葉に、キャスは痛みを感じると。

 

 足手まといだったのは、誰なのか。

 

 キャスが喪った相手が、キャスを守ろうとしたのか。

 キャスが、その相手を守り切れなかったのか。

 いずれにせよ「足手まとい」との言葉から、結果は察せられる。

 だから、きっと、今のキャスは、守ることも、守られることも望んでいない。

 

「その力を、ここで使うことはできぬのか?」

「できなくはないんですけど……どう影響するかわからないので」

「あの……キャス様、キャス様のお力は、どのようなものにござりまするか?」

「これ、ノノマ、不用意にそのような……」

「いや、いいですよ。そんなに大層な話でもないですし。私も、みなさんに訊いたことですからね」

 

 それは、人と対峙した際に、どの種族のどういう攻撃や防御を効果的に使うかを判断するために必要だからだ。

 キャスは人をよく知っているので、そういう振り分けができる。

 いわゆる指南役のようなものだと、ザイードは捉えていた。

 

 いざとなったら力を使うと言われていたが、使わせることがないようにしたいと思ってもいる。

 魔物に影響を及ぼすかはともかく、キャス自身には影響がありそうだ。

 なので、どういった力なのかは、今まで訊かずにいた。

 

「私の力は、言葉によるものです」

「言葉、とな」

「魔物は、魔力を介して会話をしますが、人間は言葉を使います」

「人語にござりまするね」

「そう。人の言葉って、ものすごくたくさんあって、理解できるものと、できないものとがあるんですよね。私の言葉は……誰にも理解できない言葉なんです」

 

 ノノマは、意味がわかっていないらしく、首をかしげている。

 魔物にとって「理解できない」会話など存在しない。

 種族が違っても、魔力の質が違っていても、魔力さえあれば会話はできる。

 相手の言っていることの意味が「理解できない」ことはあるけれども。

 

「そういう理解できない言葉で話しかけられると、体がおかしくなるっていう感じ……まぁ、なんていうか……壊れるんです」

「壊れるというのは喩えであろう。使いものにならぬようになる、という」

「はい。私も具体的なことはわかりませんが、思考ができなくなるようです」

 

 そこだけは理解したのか、ノノマの瞳孔が広がっていた。

 話しかけるだけで、相手の思考力を奪うなど聞いたことがない。

 魔力で会話をしている魔物とは違い、人であれば、ひとたまりもないだろう。

 たとえば「昨日、どこそこの家で赤子が産まれた」などと幸せな話をしながら、相手を壊せるのだ。

 

「では、我ら魔物には、さしたる影響はなさそうだの」

「それは……わかりません……私の言葉は独特ですから」

「なれば、少し使うてみよ。なに、かまわぬ。短き言葉でよい」

 

 キャスが、ちらっとノノマに視線を向ける。

 ザイードはともかく、ノノマは下がらせたかったのだろう。

 が、いち早く、ノノマが気づく。

 

「嫌にござりまする! 私も、キャス様のお力になりとうござりまする!」

「えっと、でもね、ノノマ。本当に危険があるかもしれないし……」

「嫌にござりまする! ザイード様はガリダの姿にござりませぬか! 私は変化しておりまする! 変化したものへの影響も知っておけば役に立つのでは?!」

 

 ノノマの理屈は、道理にかなっていた。

 キャスも、そうは思っているはずだ。

 そのため、言葉に窮している。

 つくづくと、自分が変化を習得していなかったことを悔やんだ。

 

「ノノマは足も速く、鱗も骨も硬い。己が身を守るすべに長けた家の出であるし、心も強い。余が責を持つゆえ、ここにおるのを許してやってくれぬか」

 

 しばし考え込む様子を見せたあと、キャスが、しかたなさそうにうなずく。

 ノノマは、パッと表情を明るくして、目を、ぱちぱちさせていた。

 

「じゃあ……本当に、短い言葉を言いますね」

 

 キャスが、きゅっと眉を寄せた。

 常に使っている「言葉」とは違うのかもしれない。

 

『いろは』

 

 ん?と思う。

 ノノマも、ん?という顔をしている。

 

「どうでした? 大きな影響はなかったみたいですね」

 

 安心したように、キャスは息をついていた。

 ザイードは、ノノマと顔を見合わせる。

 

「もうちと長い言葉を言うてみてくれぬか」

「でも、これ以上は……」

「キャス様、大丈夫にござりまする。もう少しだけ……」

 

 ノノマにせがまれ、キャスは溜め息をついた。

 ザイードの頼みには折れなくても、ノノマに言われると折れるらしい。

 

『いろはにほへと』

 

 ノノマが、瞳孔を拡縮させる。

 今度は、さっきより、はっきりとした「兆候」があった。

 

「だ、大丈夫? ノノマ?! なんかおかしくなった?!」

「いえ、おかしいというより……鱗の隙間に小虫が入りこんだような……」

 

 ノノマの表現は、とても正しい。

 ガリダには全身に鱗がある。

 人型に変化していても隠しているだけで、鱗がなくなるわけではない。

 その鱗と鱗の間には、わずかな隙間がある。

 そこに、小さな虫が入り込んでくるような感覚があったのだ。

 

「沼に飛び込むと、さようなことがようあるのでござりまする。それと似た感じにござりました」

「気持ち悪いってこと?」

「くすぐったいというか、痒いというか……」

 

 キャスが、パッとザイードのほうを見る。

 ザイードも、その通りだという意味で、うなずいてみせた。

 

「まったく影響がないわけではないが、大きいとは言えぬな」


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