表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
125/300

行きつ戻りつ 1

 

「どうなのだ、ダイス」

「わかんねぇな。だいぶ遠い。3世代は前だと思うぞ」

 

 小さくなって震えている「ルーポ族」の血が入ったものを見つめる。

 シュザとノノマは人型だが、ザイードとダイスは、変化(へんげ)していない。

 種の姿のまま、納屋に来ていた。

 もっとも、ザイードは変化「できない」のだが、それはともかく。

 

「体も小さいし、魔力も、めちゃくちゃ少ない。できんのは、変化くらいか」

 

 ダイスの言葉に、ザイードもうなずいた。

 ないと言っても差し支えないほど魔力の量が少ない。

 ザイードやダイスのように、魔力に敏感な性質でなければ気づけないほどだ。

 おそらく「魔力を持っていない」と認識するもののほうが多いだろう。

 

 この様子では、ルーポ特有の魔力での攻撃はできそうになかった。

 だが、キャスの話を聞いているので、安全とは言えないのもわかっている。

 なにかを企んでいる可能性もあるし、人の武器を隠し持っているとも考えられるからだ。

 

「おい、お前。シャノンって言ったか。変化を()いてみろ」

「……つ、使って……ません……」

「は……? 使ってねぇって、お前……」

 

 ダイスは絶句。

 ザイードは、いよいよキャスの言葉に納得した。

 

 中間種。

 

 これは、そういう意味なのだ。

 シャノンは、変化していない。

 にもかかわらず、人の姿に限りなく近かった。

 ダイスのように、大型獣に似た姿になれないのは、獣から生じてはいないことを意味している。

 

「耳と尾しかねぇぞ……? 体はどうした? なんで手足が太くならねぇんだ? 口は? 毛だって、頭にしかねぇし、爪はどうなって……」

「ダイス。忘れておるのか? このものは、中間種ぞ」

「あ! そ、そうか。これが……初めて見るぜ」

 

 ダイスは、シャノンの周りを、ぐるぐると回っている。

 シャノンは怯えた様子で、ぶるぶるしている。

 

 すんすんすんすんすん。

 

 ダイスに嗅ぎ回られ、シャノンは真っ青になっていた。

 気を失うのではないかというくらいに、全身を縮こまらせている。

 ダイスの大きさからすれば、捕って食われると思っても、しかたがない。

 魔物は、人を食べたりはしないのだが、知らなければ、恐怖でしかないだろう。

 

「その辺りにしておけ。怯えておるではないか」

 

 名残惜しそうにしつつ、ダイスがシャノンから離れる。

 それでも、シャノンの体の震えは止まっていなかった。

 魔物の姿が、よほど恐ろしく見えるらしい。

 

「んじゃ、連れて帰るか! ルーポ中、大騒ぎになるぞ!」

「そうだの」

 

 いかにも楽しみというふうに、ダイスは尾を揺らせている。

 そのダイスの毛を、むんずと掴み、ザイードは引っ張った。

 その程度では、ダイスが痛がらないと、知っている。

 

「お前、忘れてはおらぬだろうな? あやつは、人の武器を持っておるかもしれぬのだ。危険な相手と思うておけ」

「わかってるって。ちゃんと見張るから、心配すんな」

 

 はなはだ疑わしい。

 とはいえ、ダイスにあずけるというのは決定事項だ。

 ガリダに置くことで、キャスに危険がおよぶのは、()けたかった。

 

「情を移さぬよう気をつけるのだぞ」

「平気だって言ってんだろ。怪しいかどうか、オレが見定めてやるよ」

 

 はなはだ疑わしい。

 尾を、ぶんぶんと振り回しながら言われても、信憑性に欠ける。

 シャノンを気に入ったのではないだろうが、めずらしい相手に興味津々なのだ。

 それは、ほかのルーポ族も同じ。

 連れ帰った途端、どっと押し寄せるに違いない。

 

 ザイードは、小柄で銀髪のシャノンを見つめる。

 瞳孔が、すうっと細くなった。

 

(なにかをしでかしそうには見えぬ。危ういとも思えぬ。しかし、こう立て続けに人の国と縁ができるなぞ有り得ぬことだ。偶然ではなかろう)

 

 数少ない書物を読み、改めて、人が危険な生き物だと思うようになっている。

 キャスは「人の欲」が原因らしき話をしていたが、それだけではないと思えた。

 魔物にも「欲」はあるのだ。

 だが、自然の(ことわり)を曲げようとは思わない。

 対して、人は、それをする意思と手段を持っている。

 

(意思があれば手段を欲する。手段があれば意思はついてくる。人とは、そういう生き物なのだ。こやつが来たのは、すでに手段を手にしておるゆえかもしれぬ)

 

 そういえば、と思い出した。

 シャノンに、名を聞いたのは、キャスらしい。

 シュザから、そう聞いている。

 そこで、ザイードも、ふと思った。

 

「お前、歳はいくつになる?」

「じゅ……16……」

「じゅ……っ……?!!」

 

 びびーんっと、ダイスの尾が逆立った。

 ザイードは、もう驚いたりはしない。

 1度、キャスで経験済みだ。

 

「ダイス、人と魔物では歳の数えかたが違うのだ。そやつは……魔物でいう80歳くらいになろう。ラシッドと大差ない」

「あ……そういや、そうだったな……」

 

 ふう…と、ダイスの溜め息とともに、尾の毛が、ふわりと落ち着きを取り戻す。

 どうやら、キャスにも歳を聞いていたようだ。

 なのに、なぜ驚くことがあったのかはわからないが、それはともかく。

 

(こやつは、魔物のことを、なにも知らぬのだな。知っておれば、人の歳なぞ言うまい。キャスとて、人の歳を言うたのは、最初だけであったゆえ)

 

 名や歳というのは、見知らぬ相手に対して聞く、初歩的な内容ではある。

 あらかじめ答えを用意していたとしても、魔物に人の歳を言うのは間違いだ。

 名は嘘かもしれないが、歳は偽りではないだろう。

 そして、その違いを知らないということは、魔物の知識が少ないとも言える。

 

(話の辻褄は合うておる。人の国におったのだから、魔物を知らぬでも当然だの)

 

 加えて、人の国から逃げて来たからこそ、同じく逃げてきた「カサンドラ王女」とかいう「人間」を頼ろうとした。

 有り得る話だ。

 とは思うのだけれども。

 

(どうにも()せぬ……話のどこかに解釈のつけられぬことがあるような気がする)

 

 とはいえ、それがなにかは、わからない。

 ザイードは、考えるのを、ひとまず諦める。

 キャスの言っていたように「泳がせる」のが良さそうだ。

 わずかではあれ、ルーポの血が混じっているのは確かだし、まだ罪をおかしてもいないのだから、罰するわけにもいかない。

 

「では、ダイス、当面、そやつの処遇は、お前に任せる」

「おうよ、任せろ」

 

 言うなり、ダイスがシャノンの後ろ首を、かぷっとくわえて、放り投げた。

 小声で悲鳴を上げながら、シャノンがダイスの背に落ちる。

 

「ダ、ダイス様、あまり速う走ってはなりませぬぞ」

 

 シュザが、慌てて声をかけた。

 ノノマはシャノンには興味がないのか、黙っている。

 

「しっかりつかまっておれよ? 振り落とされぬようにな」

 

 一応、ザイードは、シャノンに声をかけておいた。

 まだどういう相手なのか、定かではないのだ。

 情をかけるつもりはない。

 ただ、死なれては困るかもしれない、と思っている。

 

 逃げて来たという言葉が本当であれば、人の国の情報を、魔物に渡すのを拒みはしないはずだ。

 拒むのなら、その言葉が嘘だとわかる。

 少なくとも、疑われないために、必要最低限の情報を渡すくらいはするだろう。

 

(どのようなことであれ、ないよりは良い。キャスに意見を求めることもできる)

 

 だから、死なれては困るのだ。

 とりあえず、今は。

 

「ったく、ガリダは心配性ばっかりだな。のんびり帰ってやるよ」

「お前のせいで、余は傷だらけになったのだ」

「そんなの傷のうちに入らねぇだろ」

 

 抜け抜けと言って、ダイスは、ひょいっと体を返した。

 すぐに駆け出す。

 

「あ…………」

 

 あっという間に小さくなっていく姿に、シュザが溜め息をもらした。

 きっとシャノンは必死でしがみついているに違いない。

 

「もし、振り落とされても、ダイスが拾うであろう」

「……そうとしても怪我をされては厄介でしょう」

「手当ても、ルーポがすればよいことにござりまする」

 

 シャノンに対する、シュザとノノマの反応は、ほとんど真逆だ。

 シュザは気にかけているようだが、ノノマは突き放している。

 どちらかと言えば、シュザは、シャノンを魔物寄りに見ているのだろう。

 が、ノノマは魔物だと認めていない。

 

(念のため、ミネリネに監視を頼んでおくか)

 

 危険だと判断したものには、ルーポは警戒心が非常に強くなる。

 だが、危険だと判断していなければ、好奇心が勝るのだ。

 シャノンと接するうちに「危険ではない」と判断することも考えられる。

 ルーポは、気の良い種族でもあるので。

 

 その点、ファニ族は害のあるなしに関わらず、警戒心が強い。

 何事にも、たいして関心を示さないため、感情に揺らぎがないのだ。

 ミネリネに頼んでおけば、周回しているファニ族の誰かが「異変」に気づく。

 おかしな動きを見逃すことはない。

 

「余は、ミネリネのところに行ってまいる」

 

 シュザとノノマに言い置いてから、ザイードは、ここから1番近い、ファニ族の領地に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ