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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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利害の模索 4

 とりとめなく、あれこれと考える。

 心は、行ったり来たりを繰り返していた。

 自分でも、自分が煩わしい。

 1人で「光合成ができたらいいのに」と思いながら、ただ生きていただけの毎日が懐かしいくらいだ。

 

 自分には、なにもない。

 

 けれど「なにか」は、しなければならないのだ。

 時折、ひょいと「死のうかな」と思ったりもする。

 そんな時は、いつも薄金色のひし形が目に入った。

 フィッツを思うと、無意味に死んではいけない気持ちになる。

 

 どうせ死ぬのなら「なにか」をしてから。

 

 フィッツも「それならしかたありませんね」と言ってくれる「なにか」だ。

 それを、彼女は考えている。

 魔物の側に立ち、人の国を退(しりぞ)けることが、唯一、できることかもしれない。

 魔物側に「犠牲」が出る事態を、なるべく()けたかった。

 

(私の力って、どこまで通用するんだろう)

 

 彼女の力は、言葉によるものだ。

 声がとどく範囲に限られているのではないかと推測している。

 薄っすらと記憶が残っていた。

 

 アトゥリノの兵は、一斉に倒れたのではない。

 ぼんやりとしている者たちに駆け寄ってきては、同じ状態になっていった。

 つまり、影響のおよぶ範囲に、自ら踏み込んできたと言える。

 なにが起きているのか確認しようとして、同じ穴に落ちたという具合だ。

 

 そして、最後に走ってきたのは、ベンジャミン・サレス。

 

 アトゥリノ兵が「壊れた」ことに驚いたのか、カサンドラを殺そうとしたのかはわからない。

 だが、最後まで「無事」だった。

 それは、彼女との距離が離れていたためだろう。

 

(あいつは……そんな離れたところから……フィッツを撃った……)

 

 超遠距離狙撃銃。

 

 フィッツから聞いた武器の名だ。

 フィッツが対処できなかったほどなので、かなり距離があっても狙い撃ちが可能だとわかる。

 ならば、彼女の影響範囲の外から攻撃する手段があると言えた。

 

(殺されるのは想定内としても……そのあと、どうなるか……だよね……)

 

 自分が殺されてしまったら、魔物は無防備になってしまう。

 だからこそ、魔物だけで取れる対抗手段も講じておかなければならないのだ。

 彼女がいなくても戦えるように。

 

 自分を切り札として戦うのがいいのか。

 自分が前線に出て戦うのがいいのか。

 

 そこでも、迷っている。

 自分を切り札とすれば、先に魔物を前に出すことになるし、自分が先に出れば、魔物を後に残すことになってしまう。

 彼女なしで、魔物かどこまでやれるのか。

 やはり、それが課題となるのだ。

 

 できれば、戦わせたくなんかない。

 これは、彼女と追ってくる者たちとの問題だからだ。

 かと言って、相手は問答無用だというのも、わかっている。

 

 投降することを、何度も考えた。

 人の国に帰り、ティトーヴァ・ヴァルキアに頼めばいいのかもしれない。

 魔物の国に手出しをしないように約束させることは不可能ではないだろう。

 ただし、これには決定的な問題があった。

 

 彼女は「人の国」を信じていない。

 

 なぜ、あの場に、あれほどのアトゥリノ兵がいたのか。

 ベンジャミン・サレスは、なぜフィッツを殺したのか。

 

 彼女は、繰り返し、フィッツを思い出している。

 その中で、その行動の意味を悟ったのだ。

 

 あの時、狙われていたのは「カサンドラ」だったと。

 

 坑道でのことがあったあと、ディオンヌの後ろには誰かがいるという話もした。

 それがロキティスなのか、ロキティスさえも、ただの「駒」なのか。

 ともかく「人の国」には、カサンドラを殺したがっている「誰か」がいる。

 

(それはいいけど……あいつが約束したって、守られるかどうかわからない、ってのがね……)

 

 少なくとも、ティトーヴァは、カサンドラを捕まえようとはしていたが、殺そうとはしていなかったはずだ。

 にもかかわらず、最側近であるベンジャミンは、カサンドラを殺そうとした。

 

(あいつの意思も約束も、アテにはならないってことだよ)

 

 当然だが、ティトーヴァと「会談」する前に殺されることも有り得る。

 となれば、投降は無駄死にと等しい。

 そもそも、ティトーヴァとの「会談」には、相当な抵抗感があるのだ。

 望む結果が得られるとの確証がなければ、本当は「検討」すらしたくなかった。

 

「失礼いたしまする」

 

 考え事にふけっていたので、突然の声に、びくっとする。

 ザイードたちは、納屋に行っていて、家には彼女1人だった。

 カサンドラの名を口にしたシャノンとは、あまり顔を合わせたくなかったため、一緒には行かなかったのだ。

 

 入って来たのは、人型に変化(へんげ)したガリダの女。

 

 ふんわりとした、少し濃い色の緑の髪と、黒い目に茶の瞳孔をしている。

 細身だが、背は高く、ノノマよりも、ずっと大人びた顔立ちだ。

 人ではないので美人という言葉は相応しくないだろうが「美しいガリダ」だとは思った。

 

「私は、ヨアナと申しまする」

 

 キャスの座っていた書き物机の横に、正座をしてくる。

 言われそうなことには、察しがついた。

 ガリダが良くしてくれているとはいえ、全員が好意的だとは限らない。

 

 深入りしたくないとの理由もあったが、我が物顔で領地内を出歩くのもどうかと思い、極力、キャスは外に出ないようにしている。

 好意的でない民にとって、自分が歩き回る姿は癪に障るだろうと考えたからだ。

 だが、訪ねて来たということは、癪に障る程度ではなかったのかもしれない。

 

「ガリダの地から……魔物の国から出て行ってくださりませ」

 

 やっぱり、そういうことか、と思う。

 キャスの存在が、魔物の国を脅かしているのは確かだ。

 助けてくれと頼んだ覚えはないが、それを言うのは、あまりにも「恩知らず」だという自覚はある。

 衣食住の世話してもらい生きながらえているのだから、「死にたかったのに」と反論するのは、さすがに憚られた。

 

「私が出て行っても、人は、ここに来ると思いますよ?」

「今なら、間に合いましょう? 人には、まだ壁を越えるすべがないと聞いておりまする。ですが、あなた様は壁を越えられますゆえ、人が壁を越えて来ぬうちに、帰っていただきたく存じまする」

 

 ヨアナの言うことには、一理ある。

 人が壁を越える技術を完成させるには、もう少し時間がかかるはずだ。

 そのために「実験材料」が必要だったのではないかと、キャスは予想している。

 

(嫌な話だけど、ロキティスは動物実験してたんだ。中間種は、人間に近いしさ)

 

 実際、シャノンは壁を越えられた。

 あとは中間種と「人間」との誤差を埋めるだけ、という段階まで進んでいる。

 とはいえ、それほど簡単でもないはずだ。

 治験と同じで、身体への影響や副作用なども加味しなければならない。

 だから、まだ時間はかかる。

 

「この先、人が来ないとは言えませんが、その時はどうするんですか?」

「私たちで、対処いたしまする」

 

 ヨアナが、正座した膝の上に両手を置いて握りしめていた。

 うつむいて、その手を見ている。

 家に入ってきた時から、ヨアナはキャスと、ほとんど視線を合わさずにいた。

 いくばくかの心苦しさがあるのかもしれない。

 

「2百年です……2百年の間、我らは平和に生きてまいりました。あなた様が来るまで、人に脅かされることを考えずともよかったのでござりまする。その上、あのような、同胞かどうかも判然とせぬものまで来る始末……」

 

 それも、一理ある。

 シャノンは「カサンドラ」の名を出した。

 カサンドラの名を捨てはしたが、それは自分の中でのことだ。

 人の国では、今もって、彼女が「カサンドラ」であることは否定できない。

 

「私が出て行くとして、シャノンはどうします?」

 

 危険かどうかの判断は、まだできていなかった。

 シャノンの言葉を鵜呑みにはしていないし、怪しいとも思っている。

 けれど、ほんのわずかではあるが「事実」だという可能性は残されていた。

 

「それも、こちらで対処いたしましょう」

 

 当面、ダイスがあずかり、様子見をすることになっている。

 危険だと判断すれば、魔物たちで対応するので関わるな、と言いたいようだ。

 所詮「よそ者だと」ヨアナは、キャスに伝えている。

 彼女自身、そう思っていた。

 だから、いつも「出て行く」時のことを考えている。

 

(私が戻らなかったら、あいつは、私を探すのをやめない。そのうち、ここに辿り着く。でも、私が戻れば探す理由はなくなるよね。そうなったら、壁越えの開発は不要、か……)

 

 キャスが人の国に戻りたくない原因は、はっきりしていた。

 ティトーヴァとの婚姻が嫌だからだ。

 直接、本人が指示したわけではなくとも、フィッツを殺した副次的な要因。

 ティトーヴァが「カサンドラ」を諦めていれば、ああはならなかった。

 婚約の解消までして意思を示したのに、それをティトーヴァは無視したのだ。

 

 とはいえ、それを「身勝手」だと言われれば、その通りだと言わざるを得ない。

 魔物の国を巻き込んで争いを起こさせるほどのことかと言われれば、返す言葉もない。

 ただし、彼女が人の国に戻ったとしても、魔物に「永遠の平穏」を約束することはできないのだ。

 ロキティスは、禁忌を禁忌だと思っていない節がある。

 

「私が人の国に戻ったとして、その数年後に人が攻めて来ても、私は無関係ということでいいんですね? 手助けもできなくなりますけど」

「かまいませぬ」

 

 ヨアナは、事の重大性を、どれほど理解しているだろうか。

 きっとわかっていない。

 けれど、キャスは、これ以上、問題をかかえることはできなかった。

 ヨアナに、淡々とした口調で言う。

 

「あなたの考えは、わかりました。すぐには決められませんが、考えてみます」


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