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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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今日と同じ明日は来ず 3

 ザイードは、朝食後、少し遠出をしている。

 全力疾走してもダイスほどの速度は出せないので、着いた時には、とっくに昼を過ぎていた。

 

「思っていたより、人の国は狭い」

「そうよな」

 

 地図を見ているのは、ナニャだ。

 ザイードは、イホラの領地にいる。

 枯れた大木のうろをもとに作られた、イホラの長の家だ。

 今は、ナニャが住んでいる。

 

 木の上から順に、寝る場所や食事をする場所に区切られていた。

 ここは、1番下にある、客を迎える場所だ。

 ガリダはともかく、木を登るのを億劫だと言う種族もいる。

 そのため、出入りが楽な場所で集うようになった。

 

 ザイードの家とは違い、木そのものの柔らかみのある床は、しっとりしている。

 ひんやりともしていて、ザイードには心地いい。

 土で作られたダイスの家や、岩場の洞にあるアヴィオの家より、ずっと快適だ。

 

「壁ができる以前、奴らはどこから襲来していたと思う?」

 

 地図を床に置き、それを挟んで、ナニャと向かい合っている。

 ナニャは女だが、ザイードと同じように足を左右に開いて座っていた。

 美麗な風貌には似つかわしくないのかもしれないが、どちらかと言えばイホラは女のほうが強い。

 あまり男女の差がないという点では、ファニと共通している。

 

「余も、それが気になっておったのだ。ガリダの書物によれば、人の最初の襲来はガリダとイホラの境あたり」

 

 指で、地図を示した。

 その辺りで、人が最初に魔物の国を襲ったとされている。

 地図上で、ザイードは指を斜めに動かした。

 

「位置関係からすると、こう来たのであろうな」

「だが、よりイホラの領地に近い側のほうが、距離は短い」

 

 ナニャの言う通りだ。

 人の国から見て、魔物の国は北東に位置している。

 

「この魚の尾の上側を出て、ほぼ真っ直ぐに突き進めば、イホラだ」

「が、実際には、そうしておらぬ」

「北側……魚の背の側から来ている」

「そうだの」

 

 ザイードは、地図で、位置関係を見直した。

 あえて距離の長い北側を選んだ理由を考える。

 ふと、キャスを助けた時のことが思い出された。

 キャスは、魚の下側の尾から東に進んでいたのだ。

 もし北東に向かっていれば、ほぼ最短で魔物の国に着いていただろうけれど。

 

「人は、魔獣を避けたのかもしれぬな」

「魔獣を? あいつらを避ける理由があるか?」

 

 魔物にとって、魔獣は「獲物」に過ぎない。

 食糧でもあるし、衣類など素材となるものでもある。

 荒っぽい生き物であるには違いないが、脅威とは言えなかった。

 人のほうが、よほど脅威なのだ。

 

「我らが太刀打ちできないほど強い相手が、魔獣ごときを怖がるはずがない」

「そうでもないのだ、ナニャよ」

「どういうことだ? 本気で、人が魔獣を恐れていると言うのか?」

「有り得る。キャスに聞いたのだが、人は聖魔を恐れ、あの壁を作ったという」

 

 ナニャが、大きく目を見開く。

 緑の目の中で、茶色の瞳孔が大きくなっていた。

 次に、長いまつ毛を揺らせ、瞬きをする。

 

「あれは、人を閉じ込めるためのものだとばかり……」

「余も、そう思うておった。だが、キャスが言うには、聖魔に干渉を受けることを人は恐れておるそうだ」

「聖魔の干渉とはなんだ? 魔力はあるが、攻撃的なものではない」

「我らにとってはな。ただ煩わしきだけの存在に過ぎぬ」

 

 ザイードは、キャスから聞いていた話を、ナニャに伝えた。

 聖魔は、人の精神に干渉をして、惑わせるという話だ。

 興味深そうに聞きながら、ナニャがうなずいている。

 それから、納得したように言った。

 

「つまり、我らにとって脅威でないものが、人には脅威と成り得る」

「そう考えれば、この移動についても説明がつこう」

「魔獣の住処を避けての移動。だから、最短距離を選ばなかった」

 

 キャスが倒れていた辺りも含め、人の国から東側は、ほぼ魔獣の住処なのだ。

 ザイードたちの狩場ではあるが、人は、そこを危険な場所としているのだろう。

 とはいえ、結論づけるには不可解な部分もある。

 ナニャが言ったように「人は強い」のだ。

 魔物でさえ太刀打ちできない。

 

「聖魔の精神干渉を恐れるのは理解できぬでもない。しかし、魔獣には魔力もなければ知恵もないのだ。なにゆえ、恐れるのか。余にも、そこがわからぬ」

「それについては、今一度、キャスとやらに聞いておけ」

「そうだの」

 

 ザイードたちは、魔物の視点でしか、ものを考えられずにいる。

 人との関わりも、長く断ってきた。

 もとより、襲われて以来、人を憎悪している。

 わざわざ人について知りたいなどとは思わずにいた。

 そのため、人がなにを考え、どう動くのかなど、さっぱりわからない。

 

「ところで、ナニャ。本日、ここに参ったのは、この話だけではないのだ」

 

 ザイードは、懐から、もう1枚、紙を取り出す。

 キャスに頼んで書いてもらったものだが、シュザも手伝いをした。

 キャスの書く文字は、人のもので、魔物には読めない。

 会話は魔力でできても、文字の置き換えはできないのだ。

 キャスが読み上げ、それをシュザが魔物の文字に書き換えている。

 

「これは?」

「魔物の魔力の、それぞれの特徴を記すものだ」

「攻撃方法、有効範囲、威力……かなり細かいのだな」

 

 ナニャが、顔をしかめていた。

 それは、キャスを疑っているからではない。

 魔物が魔力を使うのは、ほとんどが「感覚」による。

 言ってしまえば、考えて使っていないのだ。

 

 キャスの作った「表」というものの空いているマス目を埋めるためには、ひとつひとつ確認しなければならない。

 個人差もあるので、種族総出で試す必要がある。

 それが面倒だったのだろう。

 

「それと、もうひとつ」

「まだあるのか」

「同時に進めればよい内容だ。さほど面倒ではあるまい」

「これは?」

 

 今度は懐ではなく、手荷物の中から綴り紐で括った紙束を取り出した。

 これは、キャスに教わってノノマが作ったものだ。

 キャス1人では大変だろうと、ノノマは積極的に手伝っている。

 食事なども含め、とてもかいがいしく世話をしていた。

 そんなノノマに「自分でする」というのが、最近のキャスの口癖になっている。

 

「聞いているのだが?」

「う、うーん……キャスは、なんと言うておったか……」

「お前らしくもない。重要なことを忘れるとは、たるんでいるな」

 

 キャスのことを考えていたと言いたくなくて、誤魔化しただけだ。

 言われた内容は、ちゃんと覚えている。

 小さく、咳払いを数回。

 いかにも叱られて思い出したというように、取り繕ってみせた。

 

「余とて、完璧ではない。思い出したゆえ、そう責めるな」

「責めてはいない。浮かれるのもしかたがないと呆れただけだ。それで?」

 

 なぜ浮かれていると思われたのかは不明。

 だか、そのように見えたのだろうと勝手に解釈して、訊き返さなかった。

 

「家族ごとに、名や性別、歳、どの程度魔力を使えるかを書く記帳だ」

「なにに使う」

「イホラが、今、何葉おるのか。そのうち、どれくらい参戦できるのかを把握するためだ。加えて、子のおるものは、基本的に戦から外す。どうしてもというのなら後方のような安全なところに配置する」

 

 ふむ…と、ナニャが、書き込み前の綴りをパラパラとめくる。

 考えていることは、ザイードにもわかっていた。

 

「アヴィオが承諾せぬのなら、無理に作らせようとは思うておらぬ」

「そうか。であれば、いい。私は、お前の考えに同意を示すだけだ」

 

 ルーポも、このことについて反対はしないだろう。

 ファニにしても、面倒くさがりはするだろうが、反対はしない。

 だが、コルコだけはわからなかった。

 素直に、記帳するか、確信は持てずにいる。

 

「話だけは通しておくつもりだがの」

「コルコに隠せば、アヴィオに突っかかられるのは目に見えているからな」

「そうではない。コルコも我らの一員であるゆえに話すのだ」

 

 ナニャが、ふわりと両手を浮かせた。

 人型に変化していないため、腕は、木の枝に似て細くて長い。

 おそらく、肩をすくめたのだろう。

 ナニャは、アヴィオと仲が悪い。

 魔力の相性も悪く、自然、イホラとコルコ自体も、仲がいいとは言い難い状態となっている。

 

「いつになるかはともかく、今後は、魔物と人が対峙することになるのだ。あまりコルコと諍うてはいかんぞ」

「私たちは、なにもしていない。コルコが黙っていればな」

 

 コルコも同じことを言うに違いない。

 結局、お互いに妥協や譲歩はしないということだ。

 身内で険悪になっている場合ではないのだが、これまでの関係もある。

 簡単に考えを変えられはしないだろうし、時間をかけるしかない。

 

「まぁ、よい。できるだけ早う記帳を作り上げてくれ」

 

 言って、立ち上がった。

 ここに来てから、水の一杯も飲んでいない。

 が、食事を勧められても受ける気はなかった。

 陽が傾くまで時間はあるが、ここを今すぐに出ても、ガリダに帰り着くのは夜になるだろう。

 せめて、深夜になる前に、ザイードはガリダに帰りたかったのだ。

 キャスを、家に残して来ているので。


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