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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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今日と同じ明日は来ず 1

 結局、ダイスは、しっかり夕食までとってから、帰って行った。

 こちらで考えをまとめてから招集するので、それまで来るなと釘はさしている。

 が、効力があるかには、ザイードも自信がない。

 ダイスが全力疾走すれば、2つの領地を行き来するのに3時間もあれば足りる。

 3日、いや2日おきに、いそいそとやって来ても不思議ではなかった。

 

「いやはや、騒がしきことになって、すまぬな」

「謝ることじゃないですよ。それに、分かったことも増えましたしね」

 

 キャスが、気にしていないといった口調で言う。

 とはいえ、ザイードは心配していた。

 まだ起き上がって外を歩くまでには至っていないのだ。

 なので、もう少しゆっくり話を進めていくつもりだった。

 

 人と対峙することを考えれば、過去を振り返らなければならない。

 どうしたって、つらいこともよみがえってくる。

 

 人が襲来するにしても、今日や明日の話ではないのだ。

 壁を越えるのは人にとっても容易いことではないと、ザイードは推測していた。

 もし簡単だったのなら、すでに魔物の国は襲われていたはずだ。

 早いに越したことはないが、キャスの回復を待つくらいの猶予はある。

 

「キャスよ。なにゆえ、人は壁を越えて来ぬのだ? 乗り物を浮かせるほどの技術とやらの力があれば、壁も越えられるのではないか?」

「壁を越える気がないから、本気で開発……作ろうとしなかったんだと思います」

「壁ができる前は頻繁に魔物の国に来ておったのに、壁ができた途端、越える気をなくしたというのは解せぬな」

 

 魔物にとって、壁は「人を閉じ込めるため」のものとして存在している。

 だから、人は、壁を「邪魔なもの」だとしているに違いない、と考えてきた。

 壊したいが壊せずにいる、と思っていたので「越える気がない」という言葉に、首をかしげる。

 

「壁は、人を守るためのものだからですよ」

「人を守る? 閉じ込めるのではなく?」

「結果として、閉じ込められてはいますが、あれは防衛のための壁なんです」

「もしや、あの壁は、聖魔から人を守っておるのか」

 

 キャスが、うなずいた。

 とはいえ、いまひとつ、理解がおよばない。

 というのも。

 

「良くわからぬな。聖魔なぞ脅威ではなかろう? 守る用があるとは思えぬ」

「魔物は、聖魔の力が効かないんでしたね」

「確かに、少々、とらえどころのないものたちではあるが、殺せぬことはない」

 

 聖魔には、人や魔物のような肉体は、あってないようなものだった。

 だが、魔力で攻撃すれば、消し飛ばしてしまえる。

 聖魔は魔物の肉体を傷つけられないため、攻撃すらされないのだ。

 だから、魔物は聖魔を相手にしない。

 落ち葉が降って来る程度の認識しかしていなかった。

 

 顔の前でヒラヒラされるのは煩わしいが、それだけのことなのだ。

 落ち葉と違うのは、聖魔が話しかけてくることだろう。

 けれど、たいてい意味不明なので、魔物たちは相手にしていなかった。

 そういう煩わしさの度が過ぎれば、炎や雷で消し飛ばしてしまえばいいし。

 

 というようなことを、キャスに説明する。

 キャスは、いつものように上半身を起こした状態で、隣に座っているザイードを見つめていた。

 

「聞いてはいたけど……魔物は聖魔に強いんですね」

「あやつらを殺すのは容易いが、あえて殺すほどでもないゆえ放っておるだけだ」

「魔物にはそうでも、人にとっては脅威なんです」

「しかし、奴らは、これといって攻撃はしかけてこぬぞ? なにやら、わけのわからぬことを囁いてくる程度ではないか」

「それが、人を惑わせるみたいで……」

「惑わす……?」

 

 聖魔が、実際的に、どういう力を使っているのかは知らない。

 そう言ってから、キャスが「惑わす」の意味を話し始めた。

 

「人の心は……たぶん脆弱なんです。ほかの者の言うことが気になったり、わけもなく疑ったりします。時には、言われてもいないことで自分を責めることもあるんですよね。そういう、人の心の弱いところに聖魔は干渉するようです」

「人というのは、おかしな生き物だの」

 

 腕組みをして、ザイードは肩をすくめる。

 言われたことが気がかりなら、相手に問い質せばいいと思うのだ。

 疑わしいのであれば、なおさら確認する必要がある。

 相手の考えなどわかるはずがないのだから、黙っていては解決できない。

 

 さらには、言われてもいないことで自分を責めるというのが、理解に苦しむ。

 言われて悩むのならまだしも、なぜ言われる前から、しかも、悩みもせず、いきなり「自分を責める」ことに繋がるのかが、わからなかった。

 

「誰ぞに突き飛ばされて転んだのかもしれぬと思うておるのに、それでも、転んだ己が悪いと思うのであろう? 突き飛ばされたと思うのなれば、なぜ、それらしき相手に問わぬのだ? 転んだ己が悪いとするなら、突き飛ばされたなぞと思うこと自体がおかしかろう? 理屈に合わぬ」

「そういうのは、理屈ではないんですよ。感情というか……性格にもよりますし」

 

 やはり、おかしな生き物だとは思うが、種が違えば理解できないことがあっても不思議はない。

 おいおいキャスに「人」というものを、詳細に訊くことにする。

 そうした性質が、魔物を虐げる理由のひとつになっているはずなのだ。

 理解を深めておくのは、今後、自分たちを守ることに繋がるだろう。

 

「それで、聖魔に干渉されるのを人は嫌うのだな」

「そのせいで、憎しみあったり疑り深くなったりして、戦になることもあるので、聖魔の力は、人間には脅威なんです。壁ができて、人の数が爆発的に増えたのは、殺し合いが減ったからでしょうね」

「なんと……あやつらの力が、そのようなものであったとは……」

 

 壁ができて以来、魔物の数も、多少は増えた。

 というより、人の襲来前に戻ったと言える。

 爆発的に増えたりはしていない。

 

「なるほど……壁ができたことで、人は淘汰されぬようになったのか。それゆえ、人の数が増え、食糧の奪い合いが起き、その中で、帝国が生じた」

 

 魔物は「淘汰」を知っていた。

 ゆえに、養えないほどの子を産むことはしない。

 それ以前に、養うことができないものは、番を持つことはできないのだ。

 食糧の奪い合いが起きれば、多くの犠牲が伴う。

 

 それが「淘汰」だ。

 

 領地や食糧に見合った数しか生きてはいけないとわかっている。

 そのため、どの種族も「淘汰」が起きない配慮をしていた。

 厳しく規則で決めなくても、その認識は、すべての魔物に浸透している。

 必要以上に増えることは、自らの首を絞めるようなものだと。

 

「む。であれば、さほど心配せずとも、人が壁を越すことはないのではないか?」

 

 人は、壁によって、聖魔の力から守られている。

 聖魔の干渉を恐れているのなら、壁の外には出て来ないのではなかろうか。

 この2百年、人が魔物の国に来なかったのは、それが原因なのだ。

 

「どうでしょう。そう楽観はできないと、私は思ってます」

「なぜだ?」

「人は前に進もうとする生き物でもあるからですよ。道具を、より便利にしたり、作業を楽にしたりすることを考えます。越えられないものがあれば、それを越える方法を考えようとするでしょうね。必要があると思えば、なおさら……」

 

 キャスが言葉を濁す。

 その「必要」とは、キャスを連れ戻すという意味に違いない。

 なにもなければ、壁を越えることなど考えなかったかもしれないが、今は、そうではなくなっていると言いたいのだ。

 

「そなたは、帝国を治めておるものと懇意な間柄か?」

 

 人の数は多い。

 そして、壁の外は、人にとって害がある。

 2百年以上も壁を越えようとせずにいたのは、人の大半が望まなかったからだ。

 にもかかわらず、キャスは「楽観できない」と言った。

 つまり、大きな力が動くことを見越していると、考えられる。

 

「私は、懇意だとは思ってませんが、相手は違うんです」

 

 キャスの口調には、相手に対する冷淡さしか感じない。

 もとより表情に乏しいキャスだが、今は無表情になっていた。

 感情が欠け落ちたような顔をしている。

 

(そやつか。キャスの大事なものを奪ったのは……帝国を支配しておる奴のせいでキャスは大事なものを喪うたのだ)

 

 それは、キャスの楽観できない理由を裏付けていた。

 事情はともかく、帝国を支配している輩は、キャスに執着している。

 キャスから大事な相手を奪うほどだ。

 きっと「壁」は、諦めには繋がらない。

 

(なんという潔ぎの悪さよ。いくら欲しても、(つがい)になれぬものはなれぬのだ)

 

 魔物の場合、まず、気に入った相手に、自らの想いを訴えかける。

 その「想い」の中には、苦労はさせないだとか、子を何人くらい養えるだとかも含まれていた。

 告げた相手に認められれば、番となれる。

 だが、認められなければ、より精進して再度の申し入れをするか、諦めるか。

 2つに、ひとつだ。

 

 そして、求愛を受けた側からしか番を外れることはできない。

 番を外れるのは、求愛を受けた際の条件を満たしていなかった、もしくは満たせなくなったためだと見なされる。

 対して、求愛した側が、あとで誤った相手を番にしたと後悔しようが、見誤ったのは己の責任とされるのだ。

 相手のせいではなく、そもそも正しい判断ができなかったのが悪い、となる。

 平たく言えば、求愛した側には、なんの権限もない、ということ。

 

 さらに、求愛された側が番を外れて、別の魔物の求愛を受けることはあっても、番を外れていない相手に求愛することは禁忌とされていた。

 諦めてほかの番を探すか、相手が番を外れるまで待つか。

 これも、2つに、ひとつ。

 選択権は、常に「求愛される側」にある。

 

 間違っても、番の片方を殺して奪うような考えはない。

 

 そもそも魔物は、同胞間で殺し合わないことを前提としている。

 どんなにつらく悲しく、悔しくても、自分のほうが相応しいと思っても、相手の選択を受け入れるのだ。

 

(そのような忌まわしきものに、後れを取るわけにはゆかぬ)

 

 キャスの言うように、楽観するのはやめることにした。

 いつ来るかはわからないし、万全にもならないだろうが、備えておくことが肝要だと判断する。

 

「キャス、余も、これより各々の種族の持つ情報を集めることにいたす」


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