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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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過厄の気配 4

 ゼノクルは、かなり不機嫌だった。

 しきりに鼻をこすっている。

 こすったからといって、どうなるものでもない。

 わかっているのに、ついこすってしまうのだ。

 それにも、苛つく。

 

「ったく、獣くさくってしょうがねえ」

 

 言葉に、体を縮こませる相手を、横目で小さくにらんだ。

 顔まで、すっぽりと黒いフードをかぶっている。

 かなり小柄な姿に「出来損ない」だと思った。

 ロキティスが寄越したのだが、切り捨てても惜しくない者を選んだに違いない。

 ロキティスのやりそうなことだ。

 

「ロッシーから薬もらってねぇのか?」

「……い、いただいて、ます……」

 

 かぼそい声が聞こえる。

 怯えていても、同情などしない。

 そもそも「魔人」には、そういう感情がなかった。

 

「そんじゃ、なんで飲んでねぇんだ」

「で、でも……の、飲むと……」

「っせえ! さっさと飲め!」

 

 びくっと、フード姿の全身が震えている。

 懐から、震える手で薬の瓶を取り出した。

 が、しかし。

 

 ころん、ころころころ。

 

 震えるあまり、手から瓶が落ちて床に転がる。

 そして、ゼノクルの足のつま先に当たって止まった。

 以前のロキティスの私室よりも、ここは貧相な部屋だ。

 リュドサイオの第1王子の寝室なのだが、少し裕福な貴族屋敷並みでしかない。

 大理石の床にも、そこそこの絨毯が敷かれているだけだった。

 

「す、すみ、すみま……っ……」

 

 ばたっと、フード姿が両手を床について、這って来る。

 薬瓶を拾おうとしているのだろう。

 近づいてくる相手に、顔をしかめた。

 その手が瓶にふれる寸前、それをゼノクルが取り上げる。

 

 あ!と言いたげに、フード姿が顔を上げた。

 イラっとする。

 

「そんなもんかぶってたって、獣くせえことに変わりねぇぞ」

「……すみ、すみませ……」

「取れ」

 

 また、びくっと体を震わせたのち、相手がフードを取りはらった。

 くすんだ銀色の髪は短く、ぐしゃぐしゃだ。

 あちこち飛び跳ねているし、長さも、まちまち。

 手入れがされていないのは一目瞭然。

 

 ゼノクルは苛々しながら、薬瓶の蓋を開ける。

 中から白い錠剤を、ひとつ取り出した。

 それを、人差し指の上に乗せる。

 

「口開けろ」

 

 開かれた口に、錠剤を放り込んだ。

 気づいたからか、無意識なのかはわからない。

 放り込まれた薬を、大人しく飲み込む姿を、じっと見つめる。

 喉を通過後、しばし待った。

 

 ひょこん、ぴこん。

 

 ぐしゃぐしゃの髪を分けるようにして、三角の耳が生える。

 同時に、細くて、くるんと巻いた尾が、フード服の裾から飛び出していた。

 青い目の中の、銀色の瞳孔は縦長で、人間のものではないと、すぐにわかる。

 その瞳孔が、怯えの感情とともに、広がったり狭まったりしていた。

 

「やっと獣くせえのが、おさまったな」

「え…………」

 

 はあ…と、大きく息を吸い込む。

 ずっと呼吸を「控え目」にしていたからだ。

 息苦しさが緩和され、苛立ちがおさまってくる。

 ゼノクルを見上げてくる瞳を、見返した。

 

「知らねぇのか。魔物の魔力は獣くせぇんだよ。今は薬の効果で魔力は使えねえ。だから、匂いもしなくなったってことだ」

 

 言われて気になったのか、すんすんと、自らの体を嗅いでいる姿に呆れる。

 嗅いでも、わかるはずがない。

 魔物を「獣くさい」と感じるのは、聖魔だけなのだ。

 魔物は自らの匂いを気にはしないし、人は魔力の匂いに気づかない。

 

「そんで? お前、名は?」

 

 ハッとしたように、また魔物が体を縮こまらせた。

 うつむいたまま、黙っている。

 

「ねぇのか?」

 

 黙ってうなずく相手に、ゼノクルは目を細めた。

 ちっと、小さく舌打ちする。

 いよいよ縮こまる魔物を、今度は鼻で笑った。

 

「やっぱり1番いらねぇ奴をおくったってことか。ロッシーらしいぜ」

 

 見た感じからして「使えない」気はする。

 もとより、魔物といっても、完全な魔物ではないのだ。

 簡単に魔力を抑制されてしまうのが、その証だった。

 たぶん耳や尾を隠す程度にしか魔力を扱えないのだろう。

 

「立て」

 

 ゼノクルが言うや、スタッと俊敏な動きを見せる。

 ロキティスらしくも「躾」は完璧だ。

 ローブの上から腕を掴む。

 瞬間、ぎゅっと目をつむる仕草に、どんな「躾」をされてきたのか理解した。

 

(人との間にできたっつっても、魔物は魔物だからな)

 

 とくに、耳や尾があるのでは「人」として扱われなくてもしかたがない。

 ここは「人の国」なのだ。

 魔力があると感知されれば「殺処分」間違いなし。

 そういう者たちを、ロキティスは汚れ仕事に使っている。

 

 以前から気づいてはいたが、言わずにいた。

 ゼノクルには関係のないことだったし、あえて関わるほどの面白味もなかった。

 だいたい魔物は「獣くさい」ので嫌いだ。

 

「ぅわ……っ……」

 

 掴んだ腕を引っ張り、自分の膝の上に乗せる。

 名なしの魔物は、がちがちに体をこわばらせ、小さくなっていた。

 耳はピンと立って緊張を伝え、尾は、たらりと下がって恐怖を訴えている。

 感情表現のしかたが、いかにも「魔物」だ。

 

「シャノン」

「…………シャノン……?」

「お前の名だ。俺が、そう呼んだら、すっ飛んで来い。わかったか」

 

 こくこくと、名付けたばかりのシャノンがうなずく。

 これといって理由はないが、なんとなく浮かんだ名をつけてやった。

 ロキティスは、シャノンを使い捨て用として取っておいただけだ。

 もしくは、実験材料に過ぎなかった。

 だから、名など不要としていたに違いない。

 

 だが、ゼノクルは別のことを考えている。

 そのため、名がないと不便なのだ。

 ちょっと面白いことになるかもしれない、と思う。

 魔人は、娯楽に手は抜かない。

 

「お前は、俺がもらい受けた。ロッシーのところに帰るこたねぇんだ」

「は、はい……ご主人様から……ゼノクル殿下にお仕えするよう言われて……」

「違う。お前の主人は、もうロッシーじゃねぇって言ってんだ」

 

 ゼノクルは、適当に切られたらしき、ぐしゃぐしゃの髪を撫でてやった。

 銀色の瞳孔が、(せわ)しなく動いている。

 警戒と安堵、猜疑心と好奇心などが入り混じっているようだ。

 基本的に、魔物は瞳孔や尾による感情表現の自己抑制ができない。

 なにを考えているのかを隠せない、と言える。

 

「お前は、俺の言うことだけ聞いてりゃいい」

 

 まだ瞳孔が、ちらちらしていた。

 ロキティスの「躾」が、シャノンに迷いを生じさせているらしい。

 送られる際に、なにか言い含められていたのだと、察しはつく。

 ロキティスにとって最も「害の少ない者」だっただろうが、情報ゼロというわけでもなかったはずだ。

 

「俺は、ロッシーとは違う。お前に痛いことはしねぇよ。ていうか、お前、ちっと細過ぎだろ。体も小せぇし、うまいもん食って、大きくなりな」

 

 シャノンが、目を見開いていた。

 尾が、わずかに持ち上がっている。

 ほんの少しゼノクルに対する警戒が緩んだようだ。

 それを感じて、笑った。

 

「俺は、お前を可愛がってやる。なんでかってぇと、お前が俺の役に立つからだ。ロッシーは、使えねぇと思ってただろうが、そんなこたねぇぞ、シャノン?」

「や、役に……立つ……」

 

 シャノンの頭を、雑に撫でながら、少し考えてみる。

 仮に、ここで役に立たなかったとしても、別の「用途」が思い浮かんだ。

 

(こいつを連れて帰ったら、みんな、嫌な顔すんだろうぜ)

 

 魔人は「娯楽」を摂理として生きている。

 対象が「人」とは限られていなかった。

 ただ、魔人の玩具として「人」が最適だったに過ぎない。

 精神に干渉を受けた「人」は、魔人にとって、わけのわからない行動を取る。

 それが、面白かったのだ。

 

 そして、聖魔は、魔物を嫌う。

 シャノンは、厳密に言えば「魔物」ではない。

 が、魔力があるので、人と同じく、聖魔からしても魔物扱いする。

 ラフロは呆れるだけだろうが、それ以外の聖魔は騒ぎ散らすはずだ。

 

 ゼノクル、もといクヴァットは、魔人の王。

 見境なく「娯楽」を探求する。

 

「どっちにしても、楽しくなってきたじゃねぇか。なぁ、シャノン」

 

 髪を、さらにぐしゃぐしゃにされながら、シャノンはゼノクルを見つめている。

 瞳孔の動きがおさまりつつあった。

 その目を覗き込み、膝に乗せたシャノンに、ゼノクルは言う。

 

「けど、俺といる時は、1日1回、必ず薬を飲め。獣くせぇのは嫌いなんだ」


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