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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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備え前には憂いあり 4

 キャスは、昨夜、ザイードとした話を考えている。

 魔物の国まで、皇太子が追いかけて来る可能性についてだ。

 正義を語るつもりはなかった。

 だとしても、嫌だと感じるものは感じる。

 

 自分のせいで、魔物の国は、大きな犠牲をはらうことになるかもしれない。

 

 それほど親しい関係とは言えないのに、彼らは好意的に接してくれている。

 魔獣から助けてくれて怪我の治療もしてくれて、食事も与えてくれているのだ。

 そういう相手が、犠牲になるところを見たいはずがない。

 しかも、自分のせいだということが確定しているのだから、なおさら嫌だった。

 

(皇太子……いや、もう皇太子じゃなくなってるか……)

 

 改めて、カサンドラから聞いていた話を思い出してみる。

 18歳になった頃、母であるフェリシアが死んだ。

 その約1年後、皇帝キリヴァンも死んだと聞いている。

 キリヴァンの死とともに、皇太子ティトーヴァが即位して皇帝となった。

 喪が明け、カサンドラが20歳の時、正式に婚姻。

 

 身ごもっていたカサンドラが、ティトーヴァに斬首刑に処されたのが21歳。

 

 カサンドラの母の代から続く、ある意味では波乱万丈な人生を、彼女は事細かに聞いていた。

 彼女が、カサンドラの「身代わり」として、この世界に来たのは、カサンドラが18歳になった頃。

 フェリシアが死んだ直後のことだ。

 

 『私なら、ぜぇっっっったいに許さないね』

 

 言葉通り、彼女は、ティトーヴァを絶対に許さなかった。

 ティトーヴァが、どう変わろうと「やった事実は変えられない」からだ。

 むしろ、いくつもあったはずの選択肢の中から、あえて、ティトーヴァが最悪を選んだとしか思えなかった。

 考えかたや偏見を捨て、変わりゆく姿に、苛立ちさえ覚えたものだ。

 

 変えようとすれば、変えられた。

 

 それを、ティトーヴァは見事に体現している。

 1度目の人生で、ほんの少しでも努力していれば、カサンドラも、お腹の子供も死ぬことはなかったはずだ。

 だが、ティトーヴァは、己の手で、その未来を切り捨てた。

 

 2度目が違っていても、それは捻じ曲げられたものでしかない。

 カサンドラの通った道を、彼女は選ばなかった。

 ティトーヴァの行動は、その結果に過ぎないのだ。

 本人の「選択」や「決断」と言えるものなのかも、定かではない。

 

 だから、絶対にティトーヴァを許さなかったし、皇帝や、そこに付随するすべてのことに無関心でいた。

 もとより、彼女は「カサンドラ」ではない。

 与えられた人生だったが、同じ道を歩む気はなかった。

 なにしろ「別人」なので。

 

 この世界は、彼女にとって関係のないことであふれていた。

 煩わしくて、面倒で、どうでもいいことばかり。

 それでも、日常は存在していて、月日は進んでいく。

 その憂鬱さにうんざりし、与えられた人生ならば好きに使うと、彼女は決めた。

 

 フィッツと生きて行くという目的を失った今、また同じ考えに辿りついている。

 与えられた人生だが、これは自分の人生なのだ。

 好きに使う。

 

(あいつが皇帝……ってことは、総力戦になるかもしれない)

 

 皇太子ではできなかったことでも、皇帝になればできるに違いない。

 動員できる兵の数も圧倒的に増えるだろう。

 ぞわっと、背筋に悪寒が走る。

 倒れた兵たちで埋め尽くされていた光景が、頭をよぎった。

 

 フィッツを喪ったあとでは意味がない。

 

 わかっていて、彼女は「力」を使ったのだ。

 後悔と腹立ちと悲しみに、我を忘れた。

 だが、同時に、自分が「したくてした」のだとも、わかっている。

 

 復讐しても虚しいだけだとか、故人は望んでいないだとか。

 そんな綺麗事の中に、身を置けなかった。

 フィッツを奪った者たちが、憎くて憎くて。

 未だかつてないほどの感情に、自ら「自制」を手放したのだ。

 

 壊れた者たちを見ても、その時には、なんの痛痒も感じなかった気がする。

 その後ろには、家族や友人など、悲しむ人たちが大勢いただろう。

 彼女とてフィッツを奪われ、その「痛み」が、どれほどのものかは想像できた。

 上からの指示で動いていただけなのだということも、わかってはいる。

 

 だとしても、なのだ。

 

 ただただ、許せなかった。

 おそらく、今もなお、怒りは燻っている。

 いつも手にしている薄金色のひし形を握りしめた。

 

(私に守りたいものがあったみたいに、相手にも守りたいものはあるんだろうね。けどさ……それが衝突するって言うなら、私は私の守りたいものを優先させる)

 

 無関係の魔物たちから、犠牲は出したくない。

 ならば、どちらにつくかは明白だ。

 相手に、多大な犠牲を強いることになろうと、決断しなければ、また失う。

 

(犠牲の出ない戦争なんて……幻想だよなぁ……)

 

 もちろん、犠牲なんて出さずにすめば、それに越したことはない。

 彼女は、手の中のひし形を見つめる。

 フィッツの言葉を思い出していた。

 

 『姫様が、ほかの男と交わるのは嫌です』

 

「だよなぁ。私だって嫌だよ」

 

 ティトーヴァは、皇帝になっている。

 より強い権限を持ったのだ。

 自分が投降すれば、犠牲はゼロですむかもしれない。

 きっと「魔物に手を出すな」と自分が言えば、ティトーヴァは、そうする。

 

「それで? 私が皇宮に戻って、あいつと婚姻して?」

 

 死んでもごめんだ、と思ってしまう。

 キャスの心には、フィッツしかいないのだ。

 幸せなんて望んではいないが、望まない婚姻をする気もない。

 ティトーヴァと「話し合い」で解決がつくかどうかの確信もなかった。

 

 仮に、ティトーヴァとは解決がついても、周りが許すかは別問題となる。

 人の世界は、魔物の世界ほどシンプルとは言えない。

 絶えず、様々な思惑が絡み合い、状況を複雑化させている。

 ティトーヴァが皇帝であっても、すべてを把握しきれるわけがない。

 

 事実、あの場にティトーヴァはいなかった。

 いたのは、ティトーヴァが手を組みたがらずにいたアトゥリノの兵だ。

 裏で誰かの意思が働いていたのは間違いない。

 そんなふうに、ティトーヴァ以外の意思が介入することはある。

 

「たぶん、ここを出たって、思い通りにはならないよね。皇宮を出た時と同じで、放っておいてくれない奴らがいそうだし……」

 

 皇宮から逃げ、追われ、フィッツを喪って。

 人の国から出たのに、また追われるはめになるかもしれなくて。

 それが現実になったら、次は「また失う」ことになる。

 

 失ってからは、どうするのか。

 また逃げるのか。

 

 同じことを繰り返したくはなかった。

 どうせ自分の心は、ほとんど壊れているようなものなのだ。

 どんな犠牲もはらわず、穏便にすませられると考えたのが間違いだったのだと、思い知った。

 甘い考えを引きずっていると、被害を大きくする。

 

(ここで魔物と一緒に戦うのと、ここを出ていくのと……)

 

 どちらがガリダにとって、利になるのか。

 もしもの時は、人を壊すことになる。

 ザイードに「なんとかする」と言ったのは、そういうことだ。

 口先だけではなく、状況によっては、力を使うと決めている。

 とはいえ、こっそり出て行ったほうがいいのではないか、とも思っていた。

 

(でも……私が出て行ったあとで、あいつが、ここに来る可能性はあるよね)

 

 人と魔物の間に、交流はない。

 彼女を探すため魔物の国に来たとなれば、徹底的にやるはずだ。

 いくら魔物たちが「いない」と言っても、信じようとはしないだろう。

 そのいざこざで、魔物が犠牲になるかもしれない。

 

(ここにいる時点で今さらか……もう巻き込んじゃってる)

 

 防御障壁を抜けた先を探せば、いずれは、ここに辿り着く。

 人は魔物を対等には見なしていないし、魔物は人に対抗するすべを持たない。

 犠牲を出したくないと思い、ここを去ったとしても、犠牲は出る。

 キャスが、ここを去ったとしても、だ。

 

(それなら、できることをしたほうがいい。私には、対抗する力があるんだから)

 

 まずは、覚えている限りの、人の戦闘方法や武器の情報を、ザイードに渡す。

 同時に、魔物が、どういう攻守ができるのかを教えてもらう。

 そのうえで、対処方法を考えるのだ。

 

(それに……私の力が魔物に影響するのかどうかも、見極めとく必要がある)

 

 危険なことには違いない。

 だが、ザイードに相談をして、良い方法を考えようと思う。

 敵を薙ぎはらうために、味方まで壊してしまっては困るのだ。

 

(起きなきゃいいけど、楽観できないし……準備や備えは大事だもんね)

 

 少なくとも、まだ人は壁を越える技術を持っていない。

 壁はラーザの技術で作られているので、帝国が追いつくには、それなりの時間を要するはずだ。

 そう、まだ時間はある。

 

 無駄になるかもしれないのに、備え続けていたフィッツの姿が頭に浮かんだ。

 似たようなことをすれば、フィッツの想いがわかるだろうか。

 思いながら、彼女は、ひし形を抱きしめた。


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