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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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備え前には憂いあり 3

 豪華絢爛な室内に辟易する。

 どこを見ても、キラキラし過ぎていて、目が痛いほどだ。

 歩いて扉まで行くのも面倒に感じるような、広い部屋だった。

 大きくて座り心地のいいカウチだけが取り柄と言える。

 

(まったく、道楽が過ぎるな。ま、俺も似たようなもんだけど)

 

 両腕を枕に、カウチに寝転がって、目を伏せた。

 シャンデリアの光が目に「優しく」ないからだ。

 そうやって、部屋の主を待っている。

 

 ゼノクル・リュドサイオ。

 

 ヴァルキアス帝国の直轄国、序列2位のリュドサイオ王国、第1王子。

 灰色の髪に、薄い緑の瞳をしていた。

 騎士らしい体格に、王子らしい身なりをしている。

 いかにもな、リュドサイオ人だ。

 

 とはいえ。

 

 ゼノクルはゼノクルであって、ゼノクルではない。

 人が言う「魂」とでもいうものは、聖魔の国の魔人クヴァット。

 十歳の時から、この体を「借りて」いる。

 以来、20年間、ゼノクルをやってきた。

 

 およそ2百年前に、防御障壁ができてからというもの、聖魔は人の国に入れなくなっている。

 だが、一定の条件を満たせば、防御障壁を越えられると知った。

 クヴァットだけの力では無理だが、聖者ラフロの力を使うことで可能となる。

 

 方法を見つけたのは、ラフロなのだ。

 関心のあった女に近づくため、長年、考えてきたらしい。

 そして、ラフロが人の国に入ったことを知って、クヴァットは駄々をこねた。

 自分だけで楽しむなんてズルいと言い、ラフロに協力させたのだ。

 

 ゼノクル・リュドサイオは不遇な子供だった。

 だからこそ、借りるのには、最適だった。

 すべての条件を満たしていたからだ。

 

(ここじゃ魔力は使えねぇが、人なんてのは魔力がなくたって操れるもんさ)

 

 ゼノクルの口に笑みが浮かぶ。

 この20年、ゼノクルをやりながら、それはそれは楽しんできた。

 面倒なこともあったが、魔人は「娯楽」のためには、努力を惜しまない。

 皇帝に忠誠を誓っている「振り」をするのも、純朴なリュドサイオ人になりきるのも、ゼノクルにとっては娯楽のひとつ。

 

(ラフロも、ちっとは、俺に感謝してるだろ)

 

 聖者のラフロと、魔人のクヴァットは、同時期に生じていた。

 前の「王」が消滅した直後のことだ。

 聖魔の国では、一定周期で「王」の入れ替わりが起こる。

 人の国のように、後継ぎ争いなどはない。

 

 それまでの「王」が消滅した際に生じたものが、それぞれの「王」となるのだ。

 つまり、クヴァットは魔人の王であり、ラフロは聖者の王だった。

 だからこそ、ラフロには特別な力がある。

 

(俺がネルウィスタを(そそのか)してなけりゃ、あんな喜劇は起こらなかったんだしよ)

 

 前皇帝キリヴァン・ヴァルキアは、ラーザの女王フェリシア・ヴェスキルと婚姻しようとしていた。

 フェリシア・ヴェスキルとは、ラフロが関心を寄せていた女だ。

 聖魔にとって、人の婚姻になど意味はない。

 が、その状況でこそ楽しめると、ゼノクルは思った。

 

 キリヴァン・ヴァルキアの側室、ネルウィスタ・アトゥリノ。

 

 彼女に、皇帝がラーザの女王を皇后にしようとしていると告げた。

 同時に、ラーザの女王には「秘密の宝物があるらしい」と言い、唆したのだ。

 ネルウィスタは、フェリシアに「宝を皇帝に捧げよ」という密書を送っている。

 当然だが、皇帝にとどけさせるつもりなど、ネルウィスタにはなかった。

 横取りをして、皇帝の心を掴むつもりだったのだ。

 

(人の心を操れる機械なんてあるわけねぇだろ。馬鹿な女だったな)

 

 けれど、ラーザの技術力が災いしている。

 ネルウィスタは、ゼノクルの言葉を信じたのだ。

 まだ幼い十歳の子供の言うことを。

 

 もちろん皇帝がフェリシアを「皇后」にしようとしていたことが、ネルウィスタを狂わせたのだろうけれども、そちらは事実だ。

 だから、事実を受け止めきれなかったネルウィスタ自身の問題だと思っている。

 

(しっかし、ラーザの女王が、あんなもんを隠し持ってたとは、予想外)

 

 ゼノクルからすれば口から出まかせだった「宝」が、本当にあったのだ。

 人の心を操るものではなかったが、宝には違いなかった。

 これだから、行き当たりばったりは、やめられない。

 予定調和など「娯楽」において、退屈極まりないことなのだ。

 その隠し持っていた「宝」の存在を知られたとなるや、ラーザの女王は破壊するように依頼した。

 

 よりにもよって、ラフロに。

 

 厳密に言えば、ゼノクルと同じく、ラフロに体を「貸す」はめになった男に、だ。

 相方として繋がっているラフロの喜びが伝わってきたのを、今も覚えている。

 同様に、ゼノクルとしても、ひどく嬉しかったからだ。

 クヴァットとラフロは、人で言えば、双子のような関係にある。

 そして、それ以上の近しさがあった。

 

 互いに互いの感情を共有しているため、相手の喜びが自分の喜びと成り得る。

 

 ククっと、ゼノクルの体で、クヴァットは笑った。

 予定が予定通りに進まないほうが、ゼノクルには楽しいのだ。

 ラフロもいれば、もっと楽しめただろうが、しかたがない。

 所詮は、借り物の体。

 条件がひとつでも崩れれば、体から追い出される。

 ラフロが、そうだった。

 

 借り主の意思が邪魔となったのだ。

 その借り主は、ラフロが抜けた途端、自死してしまったが、それはともかく。

 

「やあ、ゼノ。待たせて、すまない」

「かまわねぇさ。お前と違って、俺は暇なんでね」

「そう嫌味を言わないでくれよ」

「言いたくもなるだろ。1人だけ、しゃあしゃあと即位しやがって」

 

 向かい側のカウチに、暗い金髪に青色の瞳をした男が座る。

 アトゥリノの「国王」だ。

 

「俺は、未だに王太子にもなれてねぇんだぜ、ロッシー」

 

 国王になる気なんかないが「ゼノクル」は、野心を持っていなければならない。

 そういう者であるからこそ、目の前の男は気心を許している。

 警戒しているつもりなのだろうが、心に入りこむのは簡単だった。

 20年というのは、人にとって短くない時間なのだ。

 

 ロキティス・アトゥリノ。

 

 今や、ヴァルキア帝国直轄国序列1位、アトゥリノの国王。

 ほんの半年前までは、ゼノクルと同じ、第1王子に過ぎなかった。

 しかも、王族から疎外され、王太子になれる可能性すらもない王子だったのだ。

 

「そのうち、きみにも好機が来るさ。その時には、僕も力になれると思う」

「だと、いいがな」

 

 ロキティスは、妹のディオンヌを上手く嵌めて、父親を毒殺させている。

 折しも、皇帝が崩御し、帝国を揺るがす事態となった。

 結果、誰も、ロキティスの即位を阻むことができなかったのだ。

 なにしろ、現皇帝ティトーヴァ・ヴァルキアが、ロキティスを支援している。

 

「まぁ、いい。それはともかく、陛下のお役に立ってんのか?」

 

 忠のリュドサイオ、財のアトゥリノ。

 2つの国は、そのように呼ばれていた。

 ゼノクルは、リュドサイオ人らしく「皇帝」に忠義を示している。

 心にもないことを、心からの言葉にすり替えるのも、ゼノクルの得意技。

 

「それなりにね。成果は出ている、とだけ言っておくよ」

 

 現皇帝は、防御障壁の外に出ることを模索していた。

 とある女を探すためだ。

 それには、2つの問題がある。

 

 ひとつは、人の国を守っている防御障壁を抜けること。

 もうひとつは、聖魔の力の干渉を受けないようにすること。

 

 そもそも防御障壁は、聖魔が人の国に干渉できないようにするためのものだ。

 そこから出れば、否応なく、聖魔の持つ精神干渉の力を受けることになる。

 久々に出てきた「人間」たちに、聖魔がじゃれつくのは目に見えていた。

 

(悪気はねぇんだけどな。それが、俺たちの摂理なんだから)

 

 聖者は「関心」でもって、魔人は「娯楽」でもって、人を弄ぶ。

 結果、親が子を殺したり、戦争が勃発したりするのだ。

 その過程や結果に、聖者は関心欲が満たされ、魔人は快楽を覚える。

 それだけのことだった。

 深い意味はない。

 

(人の好奇心だって、似たようなもんじゃねぇか)

 

 害のあるものもあれば、ないものもある。

 聖魔の場合、多くは「害」があるのだが、そうなるのは「人のせい」だと思っていた。

 少なくとも聖魔に悪気はない。

 

「ところで、ロッシー。俺は、さっきからずっと気になってることがある」

「なにかな?」

 

 ゼノクルは、ゆっくりと体を起こした。

 それから、わざとらしく顔をしかめる。

 にこやかに微笑むロキティスに、以前から気づいていた事実を投げつけた。

 

「なんだってこう獣くせぇんだ? なあ、ロッシー?」

 

 ロキティスの顔から笑みが消える。

 不意を突かれた、といった様子に、笑いたくなるのを我慢した。

 今まで、ゼノクルを上手く操っていたと、ロキティスは信じていたに違いない。

 本当には、ゼノクルの言葉や仕草、態度により、操られていたのはロキティスのほうだ。

 

 もとより、ゼノクルが唆していなければネルウィスタは自死することはなかっただろうし、ロキティスが父親から疎外されることもなかった。

 それすら、ロキティスは知らずにいる。

 

(自分が賢いって思ってる奴ほど、自分のことを疑わねぇからな)

 

 ロキティスがとってきた行動の「きっかけ」の近くには、常にゼノクルの存在があった。

 だとしても、それもロキティスは自らの「意図」だと錯覚している。

 自らを疑わないロキティスを煽り、特定の方向に導くのは簡単だった。

 ゼノクルは、これからもロキティスを利用するつもりでいる。

 

 間違いなく「面白い」ことになる、と感じた。

 心の中で、笑いながら、ゼノクルもとい、クヴァットは、ラフロのことを思う。

 

(俺の楽しみは、お前の楽しみだ。もうちっと待ってろよ、ラフロ)


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