表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
110/300

備え前には憂いあり 2

 話を切り出すべきかどうか、ザイードは考えている。

 魔物の国にある「人の国」の情報は少なく、早いに越したことはない。

 だが、まだ体も心も、キャスの傷は癒えていないのだ。

 紫紺の髪のかかる肩には、3日も目覚められなかったほどの深い傷がある。

 加えて、人の国のことを、根掘り葉掘り聞くのは、精神的な負担も大きい。


「私に、訊きたいことがあるんじゃないですか?」

 

 急に、話題を変えたのはキャスのほうだった。

 ザイードは、紫紅の瞳を見つめる。

 助けた当初より、いくぶんか落ち着いてはいても、悲しみが薄らいでいないのが見て取れた。

 

「あるにはある。だが、無理にとは言わぬ」

「私も考えてたんですよ。もしかすると……人が、私を追って来るかもしれないって……」

「可能性がないとは言えぬのでな」

「でも、それは私が帰るか、投降すればすむ話ですよね」

 

 ザイードは、目を細めて、キャスを見る。

 アヴィオの言った「捨てて来い」というのと、同じ理屈だ。

 戦いを()けるのであれば、キャスを魔物の国から出せばいい。

 もっと言えば、人の国に引き渡せばよかった。

 

「ガリダは、1度かかえたものを見捨てはせぬ。ゆえに、そなたも考えるでない」

 

 キャスは、少しだけ眉をひそめる。

 困っているように見えたが、すぐに、その表情は消えてしまった。

 

「それなら、話せることは話します。ここを荒らされるのは、私にとっても、本意じゃないので……ただ、私の知っていることは、非常に限られてるんですよ。役に立たないかもしれないし、あまり期待しないでください」

 

 長い間、魔物は人を「略奪者」だと認識している。

 壁ができる前だって、わざわざ人の国に出向くことはなかった。

 そして、壁ができてからは、一切、関わらずにいる。

 すでに2百年以上が経ち、今の「人の国」が、どういう状態になっているのか、まるきり知らない。

 

「現状、どうなっておるのかを知るだけでも、益となろう。我らは、人を知らなさ過ぎるゆえ、新しい情報であれば、どのようなものでも欲しいのだ」

 

 キャスが、小さくうなずいた。

 魔力があるので、キャスは「人」ではない。

 とはいえ、厳密に言えば「魔物」でもない。

 それでも、キャスが「魔物側」に立とうとしているのを感じる。

 

「あの防御障壁ができて爆発的に人口が増えたことで、人の国には中小の国ができたんです。その後、そういう国々を支配する大きな国ができました。それが帝国と呼ばれてます」

「帝国、とな」

「ヴァルキアス帝国という名で知られ、今は、ほとんどの国を支配してます」

「なぜ支配なぞする? 人という同じ種ではないか」

 

 たとえば、魔物は人ではない。

 別の種だ。

 理不尽ではあるが、種そのものが違うのだから、支配しようとするのは理解できなくもなかった。

 

 たとえば、魔物とて魔獣を殺す。

 場合によっては、連れて来て、労働力として使ったりもする。

 だが、それは魔獣が魔物とは異なる「種」だからであり、同じ種であるコルコやルーポに対して支配しようなどとは思わない。

 

「人の数が多いこともあって、同じ種という認識が薄いんじゃないかと思います。助け合える許容量を越えてるっていうか……豊かな土地もあれば貧しい土地もありますからね」

「食糧の奪い合いをしておるのだな」

「最初は、それに近いものだったはずです。でも、お腹がふくれても、人は様々なことで、不満を持ち、欲をいだきます。それが人の性質なのかはわかりませんが」

 

 キャスは、淡々と話している。

 その口調には棘も感じられない。

 なのに「人」を突き放しているように思えた。

 

(キャスの……大事なものを奪ったのは、人か……しかし……)

 

 それだけではないような気がする。

 人に大事な相手を奪われたものは、魔物の国にも大勢いた。

 それが今もなお「人」というものに対しての忌避感や憎悪に繋がっている。

 けれど、キャスからは、そういうものが、あまり伝わってこない。

 

「ただ、良くも悪くも帝国が支配をするようになって以降、人の国が平和になったのは間違いありません。国同士の小競り合いはなくなって、治安も良くなったようですからね。生活という意味では、上向いたと言えます」

「1度、大きな犠牲をはらわせることで、先々に生じ得る小さな犠牲をなくしたのであろう。それで支配か……」

 

 キャスの話では、人の国は、中小の国に分かれていた。

 国同士の小競り合いが繰り返し起きれば、そのたびに犠牲が出る。

 だが、帝国の「支配」の元、秩序が保たれることで、そうした小競り合いは繰り返されなくなったのだろう。

 

 その過程で「大きな犠牲」を伴うのは必然だ。

 支配をするには、相手を屈服させる必要がある。

 抗がう者が殺されたのは、想像に容易い。

 ザイードには「人は平気で命を奪う生き物」だという刷り込みもあった。

 

 魔物同士であれば、言うことを聞かないものがいたとしても殺しはしない。

 罪を犯した場合でも、その場で殺すことはなかった。

 他種族のものがした行いであれば、その種族に引き渡し、裁かせる。

 たいていは、罪を犯したものを閉じ込める場所に放り込んでいた。

 水も食糧も与えないため、死ねと言っているも同然だ。

 だが、殺すという意味で、直接には手をくだしていない。

 

「では、その帝国は、人の国の中で、強大な力を持っておるはずだ。ゆえに、抗いたくとも、抗えぬ。人の平和とは、寂しきものよの」

 

 キャスの言った「人の数が多い」のが、原因なのだ。

 魔物にも個体による、考えかたの相違はある。

 だった5種族の長で「話し合い」をしていてすら、意見は噛み合わない。

 多くの考えが集まれば、必然的に軋轢が生じる。

 それを抑えつけるためには「力」が必要だ。

 

 帝国という強大な力が、人の平和を支えている。

 

 その力が、ほかの小競り合いを「抑止」しているからこそ、平穏な暮らしが成り立っているのだ。

 理屈はわかる。

 だが、寂しいとも思う。

 

(力で、頭を押さえつけておかねば、保てぬ平和か。同じ種だというに、仲良うはできぬのだな。我らは、それほど数が多くない。まだ助け合える範疇におることを感謝せねばならぬ)

 

 ほかの種族が困っているのなら、自分たちの食べる量を減らしても、支援する。

 同様に、自分たちが困っている時は、ほかの種族が助けてくれるからだ。

 なにか取り決めをしているのではないが、それが当然とされている。

 あの関りの薄いファニ族でさえ、同胞意識を持って行動していた。

 

「人は、抑えつけられていないと、欲を捨てられない生き物なんですよ。でも……それが、悪いことばかりじゃないから……困るわけですけど……」

「良き面もあるのか?」

「たとえば、1日に1個しか採れない果物があったら、どうします?」

「どうすると言うても、採れぬのであれば、しかたなかろう?」

「木には果物がたくさん実っていて、お腹は1個じゃ満たされないのに?」

「採れるのが日に1個であるなら、我慢する。翌日に、また採ればよい」

 

 キャスが、うなすく。

 それが「正解」だとでも言うように。

 

「ですが、人は違うんです。どうすれば、1日に、たくさん採れるかを考えます。それは、自分のためであったり、家族のためであったりもします」

 

 ふむ…と、ザイードは、尾を小さく揺らした。

 自分だけであれば、我慢もしかたないと思える。

 だが、妻や子がいれば、そういう考えに至るかもしれない。

 

「だから、人は技術を発展させられたんですよね。もっと良い生活ができるように、もっと快適に暮らせるようにって」

「自分のためだけでなく、ほかのものにとっても、ということか」

「そうです。武器も……殺すためだけじゃくて……守るためでもあって……」

 

 キャスは感情を昂らせることなく、やはり淡々としている。

 けれど、瞳が、わすがに揺らいでいた。

 つらいことを思い出しているのではなかろうか。

 心配にはなるが、キャスにとって「大事」なものでもあると、わかっている。

 

 忘れるなと言ったのは、ザイードなのだ。

 

 キャスが生き続けるための「痛み」だと、知っている。

 それがなければ、またキャスは命を放り出してしまう。

 生きている「理由」を見つけられなくなる。

 

(今は、生きておるだけでよい。こうして、話もできるようになった。いずれ……声を上げて泣くこともできよう)

 

 キャスは、喪失を受け入れられてはいない。

 涙を流していても、声が出せないのは、そのせいだ。

 感情に体は引きずられているが、心は(とど)まったたまま。

 喪った相手を探し続けている。

 

「でも、私を追ってくる人たちは……守るために武器を使うわけじゃない。なにもしてなくても、攻撃してくる」

 

 キャスは、布団を、ぎゅっと握りしめていた。

 なにがあったのかは、まだ話せないようだ。

 具体的な部分を飛ばして、結果だけを口にしている。

 

「人の武器は強い。我らの魔力での攻撃では、太刀打ちができぬほどだ」

「どうにかする方法を考えなきゃ、ですね……それでも、どうにもならなければ……」

 

 キャスが、ザイードの目を見つめ返してきた。

 助けた時にはあった、傷つき、すべてを敵だとしているような瞳ではない。

 

「私が、なんとかします」

 

 きっぱりと言いきるキャスが、心配になる。

 どんな手段を使うつもりでいるのかはわからないが、それをすることで、キャス自身も壊れてしまいそうな気がした。

 手を伸ばし、キャスの頭を撫でる。

 

「それは、最後の手といたす。余の許しなく、動いてはならぬぞ。よいな?」

「……わかりました」

 

 いったい、どういう手段なのか。

 使わせることがないようにしたいが、最終的にはどうなるかわからないのだ。

 ザイードは、近いうちに、キャスの持つ「力」を聞いておくことにする。

 たとえ、人を退(しりぞ)けられたとしても、キャスが壊れてしまっては意味がない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ