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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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備え前には憂いあり 1

 夕食を終え、横になっているところに、ザイードがやってきた。

 魔物の国の社会構造がどうなっているのか、キャスはわかっていない。

 だが、5つの種族があると、ノノマは言っていた。

 とすると、ザイードは、その内のひとつの(おさ)なのだ。

 

(5つの王国に分かれてるのと同じって考えると、ザイードは国王ってことか)

 

 つまり規模はともかく「偉い人」には違いない。

 今さらに、そう思う。

 助けられたのを迷惑に感じていたし、自分のことに精一杯で、相手がどう思うかなど気にかけられずにいた。

 とはいえ、かなり不躾なことをしている。

 完全に、八つ当たりだ。

 

「今日は、ついておってやれず、すまぬな」

「いえ……ノノマとシュザが……来てくれましたので……」

 

 ザイードは、相変わらず、オオトカゲっぽい姿だった。

 キャスは、上半身を起こし、その横にザイードが座っている。

 座っていても、大きいと感じた。

 きちんと正座をして、組んだ両腕を袖に入れている。

 落ち着いた話しぶりは変わっていない。

 こうして見ると「長」というのも、うなずけた。

 

「ご面倒をおかけして、申し訳ございません」

「なに、少しも面倒なぞとは思うておらぬ。気にいたすな」

「ですが、長ともなれば、お忙しいでしょう?」

 

 ザイードが、目をきょろっとさせる。

 どういう感情がこめられているのかは不明だ。

 瞳孔が、少しだけ大きくなっていて、金色が目立つ。

 

「いやに改まっておるが、いかがした? 2頭から、なんぞ言われたか?」

 

 あ、やっぱり「(とう)」なんだ。

 

 浮かびかけたゾウのイメージを振りはらう。

 これに馴染むのには、時間がかかるかもしれない。

 ノノマとシュザは変化(へんげ)していたので、人に近い姿だった。

 どうしても「2人」と言いたくなる。

 

 文化や考えかたが違うのだと、頭では理解していた。

 だが、彼女にとって「頭」というのは、動物の数えかたという印象が拭えない。

 そこに違和感をいだいてしまう。

 姿もそうだが、意思の疎通ができているからだろう。

 

 動物にだって感情があったり、意思があったりはする。

 だとしても、実際的な意味で、言葉を交わすことはできない。

 魔力を使ってはいるが、言語を通して会話のできる魔物を、ほかの動物と同一に見なすのは難しかった。

 そのため、違和感を覚えるのだ。

 

「そうではなく……ザイード様は、長ですから……」

「そのような気遣いは無用だ。これまで通りでよい」

「そう言われましても……」

「そなたのために言うておるのではないぞ。そなたが気負うて話せば、余も、かしこまらねばならぬ。それが億劫なのだ」

 

 人型であれば、表情を読めただろうが、ザイードは変化(へんげ)していない。

 いや、ノノマ曰く「できない」のだ。

 トカゲっぽい顔立ちだと、はなはだ表情が読みにくかった。

 加えて、ザイードは落ち着いた話しぶりをするので、感情もわかりにくい。

 

(フィッツも、最初はそうだったなぁ。なに考えてるのか、わかんなかったっけ)

 

 いつも無表情で、口調も淡々としていたのを思い出す。

 なにを考えているのかわからなかったし、わかろうとは思わずにいた。

 価値観が違い過ぎて、どうせわからないと諦めていたのだ。

 

「強制はせぬゆえ、好きに話せばよい。互いに疲れぬのが、なによりだがの」

 

 ザイードの声で、現実に引き戻される。

 キャスは、小さくうなずいてみせた。

 国王に似た立場だとは思うが、同じに振る舞う必要はなさそうだ。

 八つ当たりで感情をぶつけるような話しかたをしたことは間違っていたけれど、必要以上に気負って話すこともない。

 

「この間は、すみませんでした……助けてもらっておきながら、あんな言いかたをして……」

「気にせずともよい。傷ついたものにふれようとすれば、手を噛まれるのは道理。自然なことではないか」

 

 魔物の考えかたなのか、ザイードがそうなのか。

 ともかく、怪我をした動物扱いをされているらしい。

 それが、嫌ではなかった。

 すんなりと受け流されたことに、少しだけ心が軽くなる。

 

「時に、そなたは、いくつになる?」

「歳ですか?」

「そうだ」

「ええと、じゅ……24ですよ」

 

 カサンドラの歳は19だった。

 だが、自分とカサンドラは違う。

 ここでは「キャス」なのだし、本来の歳を言うことにした。

 

「な、なんと……」

 

 ザイードが、大きく目を見開いている。

 瞳孔も、ひと際、大きくなっていた。

 ギザギザの歯が見えるほど、口を、ぱかりと開いてもいる。

 そして、尾も、ぴょんと立っていた。

 驚いているのは、明白だ。

 ただ、なにを、それほど驚いているのかは、わからない。

 

「そ、そなた、そのような幼子であったのか……」

 

 言葉に、ああ…と、思った。

 魔物は長生きなのだ。

 ノノマは可愛くて、人型の姿は、10代の女の子のようだった。

 なのに、105歳だという。

 

(そう言えば、20歳でも子供だって言ってたよね。あれが、3歳から5歳くらいだとすると、私は6,7歳くらいになりそう)

 

 ザイードは落ち着かなげに、目を、きょろきょろさせている。

 魔物の歳から考えて、戸惑っているのだろう。

 頭の中で、計算してみた。

 20歳を中間で見積もって4歳とした時、人と魔物は、ほぼ5倍違いになる。

 

「それは人の年齢で、ここの歳で言えば、たぶん120歳くらいです」

「さ、さようか。人は、成長が早いのだな」

「私が知る限り、百歳を越える人は、あまりいないので」

「……それほど短命とは……だが、そなたは人ではなかろう? 魔力があるゆえ、もう少し長生きをするのではないか?」

「それは……わかりませんね……」

 

 生きてみないことには。

 

 そんなに長く生き続けるのは、正直、苦しい。

 とりあえず、生きていなければと思うようにはなったものの、長生きがしたいと思えるほどではなかった。

 これまで生きてきた時間よりも、長い未来など、今は考えられないのだ。

 

「成年しておるのは間違いないようだの」

「それは、はい、間違いありません」

 

 ザイードの目が、元の状態に戻った。

 尾も、下がっている。

 当初からの話しかたからすれば、大人だと思っていたのだろう。

 それが、急に「7歳ほどの子供」と言われれば、誰でも驚く。

 今後、誰かに歳を聞かれたら「120歳」で通すことにした。

 

「ザイードは、何歳ですか?」

「余は、146になる」

 

 ということは、人の歳で言えば、29歳くらいだ。

 少し年上だが、そうとは思えない落ち着きぶりだと感じる。

 ゆっくり成長する分、大人びるのかもしれない。

 

(それなら、ノノマは21歳くらい……私の3つ下ってことになるね)

 

 見た感じ、もっと幼く見えた。

 変化には、主観も混じるのだろうか。

 そうでありたいと、考えた姿になることも有り得る。

 魔力についてはなにも知らないので、想像でしかないが、それはともかく。

 

「ザイードは、変化(へんげ)しないんですよね?」

「余は……この姿が気に入っておるゆえ……」

「あ、恐ろしいとは思ってませんから、気にしないでください」

「さようか。であれば、よい」

「でも、みんな、変化するみたいですけど、どうしてですか?」

「それは他種族と交……交流が必要だと思うておるからだ」

 

 ふぅん、と思った。

 ほかの種族を知らないので、なんとも言えないが、人型の種族もいるのだろう。

 元の世界の、漫画やアニメーションには、そういう魔物もいたのだ。

 彼女は、ゲームを好んでやるほうではなかったので、詳しくはないけれども。

 

(ゴブリンとか? トロールは神話にも出てくる巨人だっけ……)

 

 考えてはみたが「交流」できる種族なのか、ピンとこない。

 ほかの4種族が、どういう感じかも想像できなかった。

 元の世界で「カサンドラ」と話していた時にも思ったことだが、自分には想像力というものが欠けているのだ。

 

「ザイードは、交流しなくていいんですか?」

 

 こほん、こほん。

 

 握った拳を口元に当て、ザイードが咳払いをする。

 なんとなく、わざとらしいと感じた。

 が、人とは仕草が違うのかもしれないと、思い直す。

 ここは魔物の国なのだから、人の基準で判断してはいけないのだ。

 

「余は、この姿で、こ……交流できるものと交流すればよい、と思うておる」

 

 つまり、あえて人型にならなくても、ザイードを認める相手と交流する、ということらしい。

 彼女は人と深く関わっては来なかったが、その考えには共感できる。

 わざわざ自分を変えてまで、誰かと親しくする必要はない。

 疲れるだけだし、結局のところ、偽りなのだから長続きもしないのだ。

 

 けれど、自覚はないが、以前とは、少しばかり変わっている。

 フィッツと関わったことにより、ほんの少しだけ「わかろうとする」気持ちが、キャスには芽生えていた。


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