表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
108/300

魔物の頭数 4

 とりあえず、大人しくなった4種族の(おさ)の前で、ザイードは腕組みをしている。

 きちんと背筋を伸ばして座っているのはザイードだけだ。

 膝を開いて座っているのはアヴィオとダイスも同じだが、片肘をつき、お互いにそっぽを向いている。

 

 ナニャとミネリネは膝をくっつけ、両足を横に折り曲げていた。

 ほとんど女特有と言える座りかただ。

 が、そっちも男たちと同じく、そっぽを向いている。

 

 室内の空気は、最悪だった。

 

 ザイードに喧嘩を売る気がないので、黙っているだけなのだ。

 種族間での殺し合いはないものの、喧嘩だけなら、しょっちゅうしている。

 口喧嘩に始まり、掴み合いに噛み合い。

 ただし、魔力を使っての攻撃だけはしないのが、暗黙の掟。

 魔力を使うと、意に反して、相手を殺してしまう可能性があるからだ。

 

「ともかく人が壁を越えて来ることを想定しておかねばならぬ。ダイスとナニャ、お前たちはガリダとともに戦う。アヴィオとミネリネは、好きにいたせ」

「おい……そういう言いかたは気にいらない」

「だが、とばっちりを食うのは本意ではなかろう? 必ずしも参戦する必要もない。お前は、コルコの長なのだ。コルコ族のことを優先に考えればよい」

 

 むうぅっと、アヴィオが口をとがらせる。

 赤髪からのぞく2本の角が、小さく音を立てていた。

 ガリダやルーポが、尾に感情が現れるのと同様、コルコは角に出る。

 ザイードの言葉を、不愉快に感じているのだ。

 

「とはいえ、あとから逃げただの、臆しただのと言う奴がいるではないか」

 

 アヴィオの言葉に、ザイードは、ダイスとナニャのほうを見る。

 向こうも、ちらっと横目で、ザイードを見ていた。

 

「ダイス、ナニャ。種族には、それぞれの事情がある。それを汲んでやるのも同胞というものだ」

 

 やんわりと釘を刺しておく。

 多くの犠牲をはらったルーポとイホラが納得できないのも、わかっていた。

 だとしても、種族によって「人」に対する認識が違うのはしかたがないのだ。

 

 ガリダは、最も多くの犠牲をはらっている種族だった。

 

 イホラは、女を主として攫われ、男は殺されている。

 だが、ガリダは、その何倍も働き盛りの男が連行されたのだ。

 獣の姿に似たルーポより、2足歩行をするガリダは、労働力としてはルーポ以上に「使い勝手」が良かったのだろう。

 女子供は、人質として攫われたに過ぎない。

 そして、その両方のほとんどが殺されている。

 

「ザイードが言うなら……なんも言わねぇさ」

「イホラはガリダに借りがある。それを返すだけのこと」

 

 ふっと、その場が静かになった。

 最初に口を開いたのは、ミネリネだ。

 溜め息をつくようにして言う。

 

「後方支援としてのみ、戦に加わりましょう」

 

 ザイードも驚いたが、ほかのものたちも驚いていた。

 ファニ族は、ほかの4種族とは、全く異なる性質を持っている。

 大気から生じているため、確固とした肉体を持たない。

 ほかの種族が必要とする水や食糧を必要としない種族なのだ。

 そのため、ほかの種族との関りが薄かった。

 

 水や食糧が必要となれば、仲が悪くても協力することはある。

 助け合うことで、魔物の国は平穏を保てていた。

 だが、ファニ族は、基本的に「助け合い」を必要としない。

 協力という意識が低くなるのも、当然と言える。

 

「お前たちには、なんら見返りがないのだぞ? 後方支援と言うても、犠牲を伴うことになるかもしれぬしな」

「同胞に見返りを求めるような恥晒(はじさら)しではありませんの」

「良いのか?」

「もう決めているのでしょうに」

 

 ふわふわっと、ミネリネの白い髪が揺らめく。

 不本意だが、納得はしているようだ。

 ファニ族は、不機嫌になったり怒ったりすると、体が半透明になるのだ。

 が、ミネリネの体は、透けていない。

 

 チッという舌打ちが聞こえる。

 アヴィオが苦い顔をしていた。

 角からは、チリチリという音が鳴り続けている。

 腹立ちと苛立ちが混じっているのだと、わかった。

 

 5種族中、4種族までもが、参戦の意思を示している。

 なかでも、ファニ族の同意は、アヴィオにとって予想外だったはずだ。

 これで、コルコだけが抜ければ、大事(おおごと)になる。

 コルコの種族内で、アヴィオに対する信頼は失墜し、長の座を追われかねない。

 

 もとより、コルコは好戦的な魔物でもあった。

 アヴィオは、むしろ、それを抑える役目を担っている。

 人に対抗するすべがなく、最小限の犠牲とするため、当時の長が苦労したことも知っているのだ。

 

 ガリダもそうだが、歴史は書物より口伝によって伝えられているものが多い。

 当時の長は、アヴィオの祖父であり、人との交渉後、長の座を追われている。

 徹底抗戦を選ばなかったことで、不満が長に向かったためだ。

 けれど、おかげで、コルコに大きな犠牲は出なかった。

 

(ほかのコルコのものは納得せぬか。アヴィオだけが臆病との(そし)りを受けよう)

 

 ザイードは、無理に加勢させようとは考えていない。

 コルコとファニは、頭数(あたまかず)にも入れていなかったのだ。

 ガリダだけで戦うことを、念頭に置き、話し合いに臨んでいる。

 とはいえ、ファニの同意により、思わぬほうに話が進んでいた。

 

(いっそ、皆の加勢はいらぬと言うか……いや、それでは、ルーポとイホラは納得すまい。備えさえしておいてくれれば良かったのだがな)

 

 しかし、今さらのことだと、見切りをつける。

 よくはわからないが、予感があるのだ。

 

 人は来る。

 必ず来る。

 

 そんな気がしてならない。

 いつまでも「壁」をアテにして、悠長に構えているのは危険だ。

 そう、本能が告げている。

 

「……コルコも、できるだけの助力はする。俺の意思ではないが……」

「わかっておる。これは、ガリダの問題ゆえ、ガリダが前面で戦う。お前たちは、あくまでも加勢と思うてくれ。種族が危うくなるまで戦うてはならぬ」

 

 パッと、ダイスが体を起こした。

 さっきまでとは違い、背筋がピンと伸びている。

 険悪な空気はなくなり、落ち着いた雰囲気になっていた。

 

「それでは、どうする?」

「まずは、人の武器に対する情報が必要だ。これまでも集めてはきたが、まだまだ知らないものも多い」

「私たちは怪我を癒す役目と決まっているけれど、どのような怪我を負わされるのかは、知りたいところね」

「そうだな。防戦一方じゃ勝てねぇんだしよ。どういう攻撃が有効かも知りてぇ」

 

 すでに長たちの思考は切り替わっている。

 反撃するための方法を考える方向に動き始めていた。

 まとまり始めている長たちを、じっと見つめる。

 ザイードは、考えていた。

 

 おそらく、キャスを引き渡すことを条件にすれば、攻撃を免れることはできる。

 

 人が来るとすれば、キャスが原因なのは間違いないのだ。

 だとしても、渡す気はない。

 自分たちとは別種のものであっても、キャスには魔力がある。

 人の国に連れて行かれれば殺されてしまうに違いない。

 わかっていて、みすみすキャスを引き渡すなど、ガリダの主義に反する。

 

 キャスは、もうガリダの「身内」なのだ。

 

 ザイードにとっては、民の一員であり、守るべき存在だった。

 そして、個としてのザイードにとっても、守りたいと思う存在となっている。

 声もなく涙を流すキャスに、ザイードの胸まで痛むのだ。

 それほどつらい想いをした場所に、帰そうなどとは思えない。

 

「余が保護した者は、人に似ておる。人のことも、なにか知っておろう」

「んじゃ、新しい情報は、そいつから聞けるってことか」

 

 ダイスの言葉にうなずきつつも、ザイードは少し目を細めた。

 誰かを戒めたり、(たしな)めたりする時の目つきだ。

 

「ダイス、その者は、キャスという。そいつなぞと言うでない」

「ザイード、そのキャスという者は女なの?」

 

 ミネリネの言葉に、うなずく。

 長たちの目の色が、なぜか変わった。

 

「ああ、そういうことだったのか、ザイード」

「それならそうと、早く言え」

「まったくですわ」

 

 アヴィオにナニャ、ミネリネに言われるも、意味がわからない。

 そのザイードに、ダイスが、するするっと寄って来た。

 背中に覆いかぶさられ、両足が肩にかけられている。

 

「やっと見つけたのかよ、ザイード。そりゃあ、必死にもなるわな」

「なんの話をしておる」

(つがい)だろ~、番! そのキャスってのは、お前の番になる女だったのか~」

「それなら、お前の気持ちも理解できる」

 

 ナニャがダイスに賛同して、大きくうなずいていた。

 ザイードは、誤解を正そうとする。

 

「そういうことでは……」

「あなたに女が寄りつかないから、心配していたのだけれど、これで安心ねぇ」

「いや、そうでは……」

「まったくだ。146にもなって女も知らねぇんじゃ、成体とは言えねぇしな」

 

 誤解を正そうとしたのだけれども、まったく上手くいかなかった。

 この長たちは、とかく相手の話を聞かない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ