魔物の頭数 4
とりあえず、大人しくなった4種族の長の前で、ザイードは腕組みをしている。
きちんと背筋を伸ばして座っているのはザイードだけだ。
膝を開いて座っているのはアヴィオとダイスも同じだが、片肘をつき、お互いにそっぽを向いている。
ナニャとミネリネは膝をくっつけ、両足を横に折り曲げていた。
ほとんど女特有と言える座りかただ。
が、そっちも男たちと同じく、そっぽを向いている。
室内の空気は、最悪だった。
ザイードに喧嘩を売る気がないので、黙っているだけなのだ。
種族間での殺し合いはないものの、喧嘩だけなら、しょっちゅうしている。
口喧嘩に始まり、掴み合いに噛み合い。
ただし、魔力を使っての攻撃だけはしないのが、暗黙の掟。
魔力を使うと、意に反して、相手を殺してしまう可能性があるからだ。
「ともかく人が壁を越えて来ることを想定しておかねばならぬ。ダイスとナニャ、お前たちはガリダとともに戦う。アヴィオとミネリネは、好きにいたせ」
「おい……そういう言いかたは気にいらない」
「だが、とばっちりを食うのは本意ではなかろう? 必ずしも参戦する必要もない。お前は、コルコの長なのだ。コルコ族のことを優先に考えればよい」
むうぅっと、アヴィオが口をとがらせる。
赤髪からのぞく2本の角が、小さく音を立てていた。
ガリダやルーポが、尾に感情が現れるのと同様、コルコは角に出る。
ザイードの言葉を、不愉快に感じているのだ。
「とはいえ、あとから逃げただの、臆しただのと言う奴がいるではないか」
アヴィオの言葉に、ザイードは、ダイスとナニャのほうを見る。
向こうも、ちらっと横目で、ザイードを見ていた。
「ダイス、ナニャ。種族には、それぞれの事情がある。それを汲んでやるのも同胞というものだ」
やんわりと釘を刺しておく。
多くの犠牲をはらったルーポとイホラが納得できないのも、わかっていた。
だとしても、種族によって「人」に対する認識が違うのはしかたがないのだ。
ガリダは、最も多くの犠牲をはらっている種族だった。
イホラは、女を主として攫われ、男は殺されている。
だが、ガリダは、その何倍も働き盛りの男が連行されたのだ。
獣の姿に似たルーポより、2足歩行をするガリダは、労働力としてはルーポ以上に「使い勝手」が良かったのだろう。
女子供は、人質として攫われたに過ぎない。
そして、その両方のほとんどが殺されている。
「ザイードが言うなら……なんも言わねぇさ」
「イホラはガリダに借りがある。それを返すだけのこと」
ふっと、その場が静かになった。
最初に口を開いたのは、ミネリネだ。
溜め息をつくようにして言う。
「後方支援としてのみ、戦に加わりましょう」
ザイードも驚いたが、ほかのものたちも驚いていた。
ファニ族は、ほかの4種族とは、全く異なる性質を持っている。
大気から生じているため、確固とした肉体を持たない。
ほかの種族が必要とする水や食糧を必要としない種族なのだ。
そのため、ほかの種族との関りが薄かった。
水や食糧が必要となれば、仲が悪くても協力することはある。
助け合うことで、魔物の国は平穏を保てていた。
だが、ファニ族は、基本的に「助け合い」を必要としない。
協力という意識が低くなるのも、当然と言える。
「お前たちには、なんら見返りがないのだぞ? 後方支援と言うても、犠牲を伴うことになるかもしれぬしな」
「同胞に見返りを求めるような恥晒しではありませんの」
「良いのか?」
「もう決めているのでしょうに」
ふわふわっと、ミネリネの白い髪が揺らめく。
不本意だが、納得はしているようだ。
ファニ族は、不機嫌になったり怒ったりすると、体が半透明になるのだ。
が、ミネリネの体は、透けていない。
チッという舌打ちが聞こえる。
アヴィオが苦い顔をしていた。
角からは、チリチリという音が鳴り続けている。
腹立ちと苛立ちが混じっているのだと、わかった。
5種族中、4種族までもが、参戦の意思を示している。
なかでも、ファニ族の同意は、アヴィオにとって予想外だったはずだ。
これで、コルコだけが抜ければ、大事になる。
コルコの種族内で、アヴィオに対する信頼は失墜し、長の座を追われかねない。
もとより、コルコは好戦的な魔物でもあった。
アヴィオは、むしろ、それを抑える役目を担っている。
人に対抗するすべがなく、最小限の犠牲とするため、当時の長が苦労したことも知っているのだ。
ガリダもそうだが、歴史は書物より口伝によって伝えられているものが多い。
当時の長は、アヴィオの祖父であり、人との交渉後、長の座を追われている。
徹底抗戦を選ばなかったことで、不満が長に向かったためだ。
けれど、おかげで、コルコに大きな犠牲は出なかった。
(ほかのコルコのものは納得せぬか。アヴィオだけが臆病との誹りを受けよう)
ザイードは、無理に加勢させようとは考えていない。
コルコとファニは、頭数にも入れていなかったのだ。
ガリダだけで戦うことを、念頭に置き、話し合いに臨んでいる。
とはいえ、ファニの同意により、思わぬほうに話が進んでいた。
(いっそ、皆の加勢はいらぬと言うか……いや、それでは、ルーポとイホラは納得すまい。備えさえしておいてくれれば良かったのだがな)
しかし、今さらのことだと、見切りをつける。
よくはわからないが、予感があるのだ。
人は来る。
必ず来る。
そんな気がしてならない。
いつまでも「壁」をアテにして、悠長に構えているのは危険だ。
そう、本能が告げている。
「……コルコも、できるだけの助力はする。俺の意思ではないが……」
「わかっておる。これは、ガリダの問題ゆえ、ガリダが前面で戦う。お前たちは、あくまでも加勢と思うてくれ。種族が危うくなるまで戦うてはならぬ」
パッと、ダイスが体を起こした。
さっきまでとは違い、背筋がピンと伸びている。
険悪な空気はなくなり、落ち着いた雰囲気になっていた。
「それでは、どうする?」
「まずは、人の武器に対する情報が必要だ。これまでも集めてはきたが、まだまだ知らないものも多い」
「私たちは怪我を癒す役目と決まっているけれど、どのような怪我を負わされるのかは、知りたいところね」
「そうだな。防戦一方じゃ勝てねぇんだしよ。どういう攻撃が有効かも知りてぇ」
すでに長たちの思考は切り替わっている。
反撃するための方法を考える方向に動き始めていた。
まとまり始めている長たちを、じっと見つめる。
ザイードは、考えていた。
おそらく、キャスを引き渡すことを条件にすれば、攻撃を免れることはできる。
人が来るとすれば、キャスが原因なのは間違いないのだ。
だとしても、渡す気はない。
自分たちとは別種のものであっても、キャスには魔力がある。
人の国に連れて行かれれば殺されてしまうに違いない。
わかっていて、みすみすキャスを引き渡すなど、ガリダの主義に反する。
キャスは、もうガリダの「身内」なのだ。
ザイードにとっては、民の一員であり、守るべき存在だった。
そして、個としてのザイードにとっても、守りたいと思う存在となっている。
声もなく涙を流すキャスに、ザイードの胸まで痛むのだ。
それほどつらい想いをした場所に、帰そうなどとは思えない。
「余が保護した者は、人に似ておる。人のことも、なにか知っておろう」
「んじゃ、新しい情報は、そいつから聞けるってことか」
ダイスの言葉にうなずきつつも、ザイードは少し目を細めた。
誰かを戒めたり、窘めたりする時の目つきだ。
「ダイス、その者は、キャスという。そいつなぞと言うでない」
「ザイード、そのキャスという者は女なの?」
ミネリネの言葉に、うなずく。
長たちの目の色が、なぜか変わった。
「ああ、そういうことだったのか、ザイード」
「それならそうと、早く言え」
「まったくですわ」
アヴィオにナニャ、ミネリネに言われるも、意味がわからない。
そのザイードに、ダイスが、するするっと寄って来た。
背中に覆いかぶさられ、両足が肩にかけられている。
「やっと見つけたのかよ、ザイード。そりゃあ、必死にもなるわな」
「なんの話をしておる」
「番だろ~、番! そのキャスってのは、お前の番になる女だったのか~」
「それなら、お前の気持ちも理解できる」
ナニャがダイスに賛同して、大きくうなずいていた。
ザイードは、誤解を正そうとする。
「そういうことでは……」
「あなたに女が寄りつかないから、心配していたのだけれど、これで安心ねぇ」
「いや、そうでは……」
「まったくだ。146にもなって女も知らねぇんじゃ、成体とは言えねぇしな」
誤解を正そうとしたのだけれども、まったく上手くいかなかった。
この長たちは、とかく相手の話を聞かない。