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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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魔物の頭数 3

 昼になっても、ザイードは顔を出さなかった。

 キャスが、ガリダ族の地で暮らすようになってからは、初めてのことだ。

 ノノマは、所用と言っていたが、やはり(おさ)なので忙しいのかもしれない。

 連日、自分の世話をしていたことのほうが不自然だったのだろう。

 

「キャス様、お体の具合はいかがですか?」

 

 キャスは、ザイードの姿を「怖い」と思ったことはなかった。

 魔物なので、人と違うのは当然だったし、魔獣に襲われたことだってある。

 ザイードに(たしな)められるまで、死ねば死んだでかまわないと思っていたからだ。

 今も、生きていなければとは思うものの、魔物を怖いとは感じていない。

 

(そもそも助けられてるし。私に、なにかさせたいってわけでもなさそうだし)

 

 ノノマにしても、不思議なくらい好意的に接してくれている。

 裏がありそうな気配もなかった。

 今しがたやってきたシュザという名の薬師(くすし)もそうだ。

 自分を「怖がらせない」ためなのか、変化(へんげ)している。

 

 ノノマが言っていた、ガリダ族の風貌がザイードに似ているというのは、本当のことらしい。

 変化はしているが、シュザも、薄い緑色の髪に茶色い目と黄色い瞳孔。

 やや細いが、いわゆる垂れ目で、優しそうな雰囲気が漂っていた。

 

 どういう「変化」かはわからないが、元の姿とかけ離れた姿にはならないのだと推測できる。

 ほっそりとした体格も、元々、細身だからに違いない。

 歯は、ぎざぎざだけれども。

 

「だいぶ良くなりました」

「人用の薬では、効きが、いまひとつなのでしょう」

「でも……私は、ほとんど人間なので……」

 

 魔力がある、ということで、魔物たちは、キャスを「人」とは見なしていない。

 だが、彼女自身は、人として生きてきたのだ。

 元の世界では、完全に人だったし、この世界でも、魔力を隠して、人という生きかたをしてきた。

 それは、ほとんど「カサンドラが」だったが、彼女自身の認識も、自分を「人」だとしている。

 

 だから、魔物たちを騙している気分になるのだ。

 魔力を隠す装置を壊したため、勝手に使えているだけで、自分からなにかをしているのではない。

 魔力を使っている意識さえなかった。

 彼女の意識は、依然として「人」のままなのだ。

 

「いかに見た目に人であれ、魔力を持つものを、人は人と見なしませぬ」

「さようですとも、キャス様」

 

 ノノマとシュザが、口々に言う。

 ずっと隠してきたので、魔力の有無が、それほどに2つの種を分かつものだとは知らずにいた。

 

「壁ができたあと、人は魔力を持つものを探し、皆殺しにしたと、老体から聞いております。かつて老体の中には……人と交わったものもおったようでして……」

「その老体は、壁ができた際に解放されておりまするが、相手は人であるため壁は越えられず、残して行かざるを得なかったそうにござりまする。子は魔力を持っておるというだけで、殺されたと……」

「その老体は、その後、何度か壁まで行き、そのことを知ったと言うておったと、我らは伝え聞いておるのですよ」

 

 カサンドラの母が、魔力を隠す装置をつけさせた理由に納得する。

 なぜ人間が、そこまで徹底して排除しようとしたのかは、わからない。

 脅威になると考えたのは間違いないが、そもそも魔物が脅威だったなら、魔物の国を襲ったりはしなかったはずだ。

 

「人とは残虐な生き物にござりまする」

「魔物も種族の違うものはいますが、同胞ゆえ、殺し合うたりはせぬものです」

「……そうだね……人は……人を、殺す……」

 

 ぽつんと、つぶやく。

 人は、自らの不利益になると思えば、平気で人を殺す。

 もしくは、自らの利益のために、人を殺すのだ。

 魔物ですら種族が違っても同胞は殺さないとしているのに、人は同じ種族でも、国や個人の都合で殺し合いをする。

 

 その狭間で、フィッツは死んだ。

 

 思考が戻ってから、毎日、考える。

 考えても、結果は変わらないとわかっていても、考える。

 

 自分が逃げようとしなければ、フィッツは死なずにすんだのか。

 途中で、逃亡を諦めていれば良かったのか。

 あの時、投降していれば、最悪の事態は防げたのか。

 

 だが、それを考えるたび、フィッツと過ごした日々を思い出す。

 そのすべてを「なかったこと」にはしたくなかった。

 どれも手放せない大事な記憶だ。

 そうしたことがなければ、こんなにも悲しくはなかっただろう。

 

 フィッツと過ごした日々の中で、彼女はフィッツに恋をした。

 フィッツも感情を持てたと言っていた。

 

 そして「幸せだった」と言ったのだ。

 

 だから、なかったことにはしたくない。

 できない。

 考えても考えても、行きつく先は、いつもそこだ。

 

「キャス様……申し訳ござりませぬ……よけいなことを申しました……」

 

 ノノマが、肩を落としている。

 隣に正座していたシュザも、うつむいていた。

 その姿を見つめながら、キャスは、首を横に振る。

 むしろ、少し心が落ち着いてきた。

 

「人じゃないほうが……いいかも……って、思ったよ……」

 

 魔力があるというだけで「人」の範疇から外れるのなら、外されて本望だ。

 魔物のほうが、まだしも好感が持てる。

 キャスにとって「人」に固執する理由などなかった。

 人が自分を「魔物」だとするのなら、それでかまわないと思う。

 

「……キャス様は、人の国から?」

 

 シュザの問いに、うなずいてみせた。

 嘘をつきたくないというより、騙している気分になるのが嫌だったのだ。

 

「ずっと魔力を隠して人として生きてて……でも、逃げてきた……」

「……さようでしたか」

 

 うう…と、声がする。

 見れば、ノノマが泣いていた。

 なぜ泣いているのかわからず、戸惑ってしまう。

 

「さ、さぞ……おつらい目に……」

 

 無意識であっても、魔力での会話には、人のする会話とは違う感覚が伴うのかもしれない。

 シュザもノノマも、明らかにキャスの「痛み」に共感をしている。

 明確に伝わるものではないのだろうが、感覚的なもので通じているらしい。

 

「大丈夫。これは……私に必要なものなんだよ……」

 

 記憶を薄れさせたくないから、悲しいままでいたいのだ。

 つらくても、苦しくても、ずっとこの痛みを覚えていたいと思っている。

 それだけが、彼女とフィッツを繋ぐものとなっていた。

 とはいえ、魔物は感受性が強いようなので、引き込むわけにはいかない。

 なるべく、自分1人の時にだけ、悲しむことにする。

 

「もう少し、元気になったら……ガリダ族について、教えて……」

 

 いつまでいるかはともかく、なにも知らないままというわけにはいかない。

 キャスには、ひとつの不安要素があった。

 

 地の果てまで追われるような気がする。

 

 以前、そう感じたことがあったが、それが現実になる可能性はゼロではない。

 人には「技術」を発展させる力がある。

 防御障壁が、いつまで「壁」と成り得るかは定かではないのだ。

 

(魔物の国が……巻き込まれることになったら……)

 

 自分も、戦わねばならない。

 人の側には立たないと、キャスは、そう思っていた。

 

「私はガリダの歴史に通じておりますゆえ、なんなりとお聞きください!」

「お体が、ご快復されましたら、ガリダの地も案内いたしまする!」

 

 シュザは薬師だと言っていたが、歴史にも精通しているらしい。

 薬を調合する上で、必要な知識なのだろう。

 ノノマも泣き止み、目をキラキラさせている。

 やはり可愛いと思った。

 爬虫類っぽい目も気にならないほどだ。

 むしろ、人型だからか、猫っぽく見える。

 

「なら、早く、元気にならないと、だね」

 

 うんうんと、うなずいているのを見て、ふと気づいた。

 こういう場合、どう言えばいいのだろう。

 

「つかぬことを、訊くけど……魔物は、どうやって……数えるの?」

 

 人ではないし、魔物は人を嫌っている。

 1人、2人という言いかたは好まれないのではなかろうか。

 かと言って、1匹、2匹というのも違う気がする。

 ザイードのような姿なら、それもアリな感じだが、それはともかく。

 

「ガリダ族では、(とう)と数えておりまする。私とノノマであれば、2頭」

「頭……そ、そか……」

 

 言われた瞬間、なぜか大きな耳のゾウが出てきた。

 かなり微妙な感覚にはなるが、それが正式であるなら慣れるべきだ。

 郷に入っては郷に従え精神で。


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