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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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魔物の頭数 1

 黄色人種っぽい、というか、日本人っぽい肌の色。

 だが、西洋人っぽい、はっきりとした顔立ち。

 くるっぱちっという大きく茶色い目の瞳孔は黄色。

 染めたものとは違うとわかる、自然な薄い緑色をした髪は、ここが、別の次元の世界であり、人の国でもないことを示している。

 

「今日はザイード様が所用にて家を空けねばならず、代わりに、私がお世話をしにまいりました」

「あ……どうも……」

 

 どうやらザイード以外のガリダ族の民らしい。

 身につけているのは、日本でいうところの「浴衣」に似ている。

 赤地に白い小花模様も、それっぽかった。

 襟元に鉄板がついていることと、帯ではなく黄色いスカーフのようなもので腰を縛っているところが、最大の違いだ。

 

「私は、ノノマと申しまする」

「えと……」

「お名は、ザイード様から、お聞きしておりまする、キャス様」

「いや、様とかは……」

 

 ノノマは女の子だった。

 歳は下のように見えるが、魔物なので、実際のところは不明。

 ザイードのトカゲな姿とは違い、ずいぶんと人に近く、可愛い。

 別次元世界の情緒あふれる緑の髪は、アニメーションに出てくる女の子のようなツインテールだ。

 

 同じ種族でも、こうも見た目に差があるのか、と思う。

 キャスは、布団の横で正座をしているノノマを、じっと見つめた。

 なんだか、ますます現実感がなくなり、つい見入ってしまったのだ。

 

「あ! 肌の色は、もう少し白いほうが良うござりましたか? この姿が、お気に召さぬのであれば、直ちに変化(へんげ)をいたしまする」

「そのままで、いい……本当は、ザイード……ザイード様と同じ感じ?」

 

 話すのは、精神的に、まだキツい。

 けれど、ぽつぽつと言葉を繋ぐ。

 ザイードに(たしな)められてから、少しずつ分別とでもいうものが戻ってきていた。

 生きていかなければならないのなら、ちゃんとしなければ、と。

 

「ガリダ族は、皆、ザイード様と似た風貌にござりまする。ですが、キャス様には恐ろしいかと思い、変化してまいりました」

「疲れない……?」

「魔物にござりますゆえ、変化程度で疲れはいたしませぬ」

「ザイード様は、変化してなかったから」

 

 途端、ノノマが、ぷぷっと笑う。

 口の中までは「変化」できないのかもしれない。

 右手で口元を押さえてはいたが、隙間から、ギザギザした歯が見えた。

 

「ザイード様は変化を学ばれておられませぬ。20歳の子供でも覚えておるのに、ザイード様は、必要ないと仰られて学ばれず、未だにできぬのでござりまする」

「20歳の子供……」

 

 ザイードが変化できないことより、そっちのほうが気になる。

 彼女の世界でも、こちらの世界の人の国でも、20歳ともなれば立派な成人。

 とくに、こちらの世界は、成人とされるのが15歳と早い。

 魔物は、人よりもずっと寿命が長いようだ。

 そのため、成長が緩やかなのだろう。

 

(20歳の子供って、人間でいうと何歳くらいなんだろう)

 

 変化が使えるということは、立って歩いたり、話したりできる年頃だろうか。

 だとすると、3歳から5歳くらいのような気がする。

 フィッツがいれば、もっと正確に割り出せたかもしれない。

 思うだけで、胸が、ずきりと痛んだ。

 

 けれど、この痛みが必要なのだ、と感じる。

 思い出していれば、フィッツは「いなくならない」のだ。

 

「キャス様?」

「様なんて、つけなくて、いいよ。ただの居候だし……」

「いいえ、キャス様はザイード様のつが……ザイード様の大事なお連れ様にござりますれば、居候なぞとは考えてもおりませぬ。呼び捨ては、ご容赦くださりませ」

 

 ぺこっと、ノノマが頭を下げる。

 よくわからないが、呼び捨てにするほうが気を遣うらしい。

 郷に入っては郷に従え。

 なにか、しきたりでもあるのかもしれないし。

 

「いいけど……こだわってるわけじゃ、ないからね……」

「それでは、こちらをどうぞ。ささ」

 

 木のスプーンが、口元に運ばれる。

 自分で食べたほうがいいのだろうが、体が重くて億劫なのだ。

 怪我のせいというより、精神的なものによる虚脱状態だった。

 生きていく必要があると思ったからと言って、すぐに脱せるものではない。

 

 それでも、体調を整えなければ、との思いはある。

 大人しく、スープを口にした。

 穀物で作られているのか、コーンスープに似た味だ。

 やっと味覚も戻りつつある。

 

「お口に合いまするか?」

「みんな、ここでは、こういう食事?」

「病の時は、こうしたものを食べまするが、元気な時は、どのようなものでも食べまする。季節によって捕れる獲物が違いますゆえ」

「なんでも……」

「はい。獣に鳥、魚、貝や昆虫。野草なども食べまする」

 

 ほかはともかく、昆虫だけは「ご容赦願いたい」と思った。

 とはいえ、郷に入っては郷に従え。

 ノノマは客のように接してくれているが、実態は居候なのだ。

 出された食事に文句を言う資格などない。

 

「お口に合わぬものがござりますれば、ご遠慮なく仰ってくださりませ。キャス様には、快適に、この地で過ごしていただきたく思うておりまする」

「あ……ありがと……」

 

 なぜかノノマの大きな目が、キラキラと輝いている。

 黄色の瞳孔も大きくなっていた。

 理由は不明だが、歓迎されているようだ。

 自分を「人」だと認識していないからかもしれない。

 

 人がそうであるように、魔物も「魔力」の有無で、人かどうかの判断をする。

 女王は、カサンドラの耳の裏に魔力隠しの装置を埋め込み、隠し続けた。

 それは、人として認識されなくなる可能性があったからだ。

 

 人として認識されないとなれば、監視室の情報との不整合が起きる。

 そこから、自分たちの居所が知れるだけではなく、カサンドラが「魔物」として捕らえられ「殺処分」されることを、女王は恐れた。

 望まない子であったはずなのに、カサンドラの母は、母親だったのだ。

 だから、最期の2年間くらい幸せを享受しても罰は当たらない。

 

 たとえ、それがカサンドラという娘を切り捨てて手に入れたものだとしても。

 

 もとより、キャスには「虐げられた2年間」などなかった。

 カサンドラは納得して母親の幸せのために我慢していたのだし、とやかく言うことはない。

 

「魔力……私は使える?」

 

 訊くと、ノノマが首をかしげる。

 大きな目で、ぱちぱちと(まばた)きをした。

 

「もう使うておられまするが……?」

「え……?」

「でなければ、我らと人が話すことはできませぬ。老体の中には人語を解する民もおりまするが、ほとんどは魔力を使うて話をしておりますれば」

 

 言われてみれば、魔物と人との「言語」が同じというほうがおかしい。

 同じ「人間」という種であっても、言語の違いはある。

 種が違うとなれば、なおさら「言語体系」が違って、当然だ。

 

「ノノマは、人の言葉を聞いたことは?」

「ござりませぬ。私は、105歳と若輩で、壁ができる前のことは知りませぬし、人とは会うたこともござりませぬ」

 

 壁ができたのは、2百年前。

 それ以上に長生きをしている民しか、人との面識はないということになる。

 だが、さっきノノマは「人語を解する民がいる」と言っていた。

 だとすると、言語体系を理解できさえすれば、会話は可能ということだ。

 

 彼女の持つ「言葉の力」とは違い、相手を「壊す」ことはない。

 ここで、はたと思う。

 魔物との会話は、魔力によってなされるのだ。

 言葉を発してはいても、それを直接に受け取っているわけではないのだろう。

 だとすると。

 

 魔物に「力」は通じるのか。

 

 魔力でやりとりをしているのなら、元の言葉が、日本語であろうが、この世界の人の言葉であろうが関係ないような気がする。

 だとしても、試してみることはできない。

 万が一、ノノマに危害を加えてしまったらと思うと、怖かった。

 

 少なくとも、ノノマは敵ではないのだ。

 むしろ、良くしてくれている。

 傷つける理由がない。

 

「私も、変化とか……できるのかな?」

「わかりませぬ。キャス様の魔力は、我らのものとは異なっておりますゆえ、使いかたによっては、お体にご負担がかかると思われまする」

「そっか……残念……」

「あの……キャス様は、変化なぞなさらずとも、お美しくあられまする! ご無理なさることはないかと……」

 

 なにか悪いことを言ったと勘違いしたのか、ノノマが困った顔をしていた。

 キャスは苦笑しながら、首を横に振る。

 

「魔力が使えるなら……なにができるのかなって、思っただけ……」

「お元気になられましたら、ザイード様が教えてくださいまする」

「変化以外?」

 

 ノノマが、ぷぷっと笑った。

 その顔に、少し安心する。

 先のことはわからないが、しばらくは、ここで暮らすことになるのだ。

 あまり困らせるようなことをすべきではないと、キャスは思っていた。


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