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いつかの空を見る日まで  作者: たつみ
第2章 彼女の話は通じない
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景色が見えない日々ばかり 2

 ザイードは長い尾を地面すれすれのところで、くるんと上に巻いて歩いている。

 濃い青色をした袖の広い上着に、折り返しの襟はない。

 裁ち切りで、左右重ねの襟布の内側と外側には、模様入りの鉄板が取りつけられていた。

 

 裾は脛のあたりまでと長かったが、後ろには腰から下に三角を描いた切り込みが入っている。

 尾の邪魔をしない仕様だ。

 腰は、軽く赤い手拭い幅の布で、ぎゅっと縛っている。

 余った部分が、歩くたびに揺れていた。

 

 黒い履物からは、ザイードの深緑をした足先が、にょきっと出ている。

 台部と甲の部分は、同じ素材で作られていた。

 原材料は、ガリダの湿地帯に生息している短木の樹液だ。

 弾力性があるため、足を乗せる台部にも半円をした甲を覆う部分にも、ぴたりとくっつく。

 軽くて、動きやすいし、なにより、足の爪で破くといったことがない。

 

 カリダ族の(おさ)、ザイード。

 

 上背があるのに、体つきは、すらりとしている。

 深緑の細かな鱗に、全身を覆われていた。

 耳の穴を隠す髪は、鱗よりも、さらに濃くて深い緑。

 少し長くて邪魔なので、赤い髪結い紐で括っている。

 その髪も、ザイードが歩くたび、背中で揺れていた。

 

 黒くて丸い瞳に、金色の縦筋。

 

 環境や感情の変化によって、金色の瞳孔は大きさを変える。

 今は、やや細められていた。

 外を歩いているからではない。

 考え事をしているからだ。

 

「ザイード様」

 

 声をかけられ、足を止める。

 薬師(くすし)のシュザだった。

 ザイードより小柄だが、一般的なカリダの男は、だいたいシュザと同程度。

 ザイードの体格が良過ぎるのだ。

 

 カリダは、ザイード以外、ほとんど似た風貌をしている。

 薄い緑の髪と鱗に、茶色い瞳と黄色い瞳孔。

 色が濃くなるほど、力が強い証とされていた。

 ただし、金色の瞳孔は、ザイードしかいない。

 

「キャス様は、まだ起きられぬのですか?」

「まだ無理であろうな」

 

 キャスという名の、人に似た、だが人だと判断するのも難しい女。

 魔獣に襲われているところを見つけ、拾ってきた。

 目が覚めるまでに、丸3日。

 目が覚めてから、7日が経つ。

 

「やはり人の薬は効かぬのでしょうか?」

 

 気を落としているシュザの肩を、軽く叩いた。

 キャスが起き上がれないのは、怪我のせいではないのだ。

 精神的なものだと、ザイードにはわかっている。

 

「怪我は良うなってきておる。お前の薬が効いておるのだ」

「さようですか。では、気が戻らぬということになりますか」

 

 ザイードは、溜め息をつきながら、うなずいた。

 声もなく涙をこぼすキャスの姿に、胸が痛む。

 言葉を発することもできないほど、打ちのめされているようだ。

 なにがあったのか、とは思うが、訊けるような状態でもない。

 

「人間の奴らに、酷い目に合わされたに違いありませぬ。まったく奴らときたら、見境いというものがない。奴らほど残酷な生き物はおらぬのです」

「人の仕業かはわからぬが、とてつもなく、つらき思いをしたのであろうな」

「いいえ、ザイード様、奴らの仕業に相違ございませぬ」

 

 シュザは声を荒げたりはしないが、それでも、ぷんぷんしている。

 尾の先が、細かく左右に振れているので、丸分かりだ。

 ガリダは瞳孔だけでなく、尾にも感情が現れる。

 抑えこむことができなくはないが、生半(なまなか)なことではない。

 

「ザイード様も、キャス様が、人の国側から来て魔獣に襲われたと考えておられるのでしょう? であれば、人間に追われ、逃げて来たのではありませぬか?」

「かもしれぬな」

 

 シュザは、ザイードの次に、キャスを見ている。

 魔獣に噛まれた怪我を癒すには、シュザの薬師としての腕が必要だったのだ。

 そして、シュザは、キャスを診るなり、いち早く薬の調合に走った。

 以来、キャスの容態を気にかけている。

 

「おそらく、キャス様が魔力を持っておるゆえ、殺そうとしたのですよ。あの壁ができるまでは、我らは幾度となく、奴らに蹂躙されてきました。人とは、そういう殺戮を好む生き物にございますれば」

「そうだの」

 

 シュザの言葉にも、うなずけるものはあった。

 まだザイードが産まれる以前、あの「壁」がなかった頃の話だ。

 人は、魔物の国に来ることがあった。

 

 女や子供を連れ去り、邪魔をするものは平気で殺す。

 労働力として酷使し、使えなくなれば、それも殺す。

 種族によっては美麗な魔物もおり、そういうものは弄んだ末に殺す。

 

 人の持つ「武器」に対抗するすべを持たない魔物には、どうにもできなかった。

 そんな暮らしが続いていたが、2百年ほど前、平穏が訪れたのだ。

 人の国に「壁」ができた。

 その後、人は「壁」に閉じ込められている。

 おかげで、魔物の国が、人に脅かされることはなくなった。

 

 けれど、伝え聞くところによると、ほんの少しでも魔力を持つものは壁の内側で皆殺しにされたという。

 魔物との間にできた子もいただろうが、魔力の有る無しで「人」かどうかは判断されるのだ。

 魔物、もしくは聖魔は、魔力を持っていた。

 人だけが、魔力を持たない種なのだ。

 そのため判断基準が「魔力の有無」となるのはしかたがない。

 

「それに、キャス様の魔力は、不思議なものでしょう? よけいに迫害を受けたのではと……奴らは、害がなくとも平気で殺し、なんとも思わぬ者どもですから」

 

 ふんふんふんっと、シュザの尾が揺れている。

 魔物の国では、人に対しての嫌悪感が極めて高かった。

 歴史を振り返れば、当然のことだ。

 虐げた側は忘れても、虐げられた側が忘れることはない。

 

 ザイードは、産まれて146年。

 2百年前に「壁」ができる以前のことについての実体験はなかった。

 だが、魔物は長生きなので、人に恨みを残しているガリダの老体はいる。

 それは、ガリダ族に限ったことではない。

 魔物の国の、ほか4種族も、ほとんど同様だ。

 

「キャス様は美しき女でもありますゆえ、手籠めに……」

「これ、シュザ。滅多なことを口にするでない」

「申し訳ありませぬ……つい……」

「人を嫌うのを(とが)めはせぬが、それとキャスを結びつけてはならぬ。まだ状況も、わかっておらぬのだ」

 

 ぺこっと、申し訳なさそうに、シュザがうつむく。

 尾も、へんなりと垂れ下がっていた。

 深く反省しているようだ。

 

(そうしたことをしでかしそうな奴らではあるが……)

 

 魔獣に噛まれたところ以外、キャスに外傷はなかった。

 シュザの言ったような事態から逃げるために人の国を出たのか。

 ともかく、本人に話を聞くまでは「人の仕業」だとは決めつけられない。

 

(しかし……キャスは、人の国には行きとうないと言うた)

 

 人の国に送って行くと、ザイードが言った時、キャスは首を横に振ったのだ。

 瞳には、憎しみや恐怖や悲しみといった、複雑な色が浮かんでいたように思う。

 つまり、現状、はっきりしているのは、キャスが「人の国」を忌避している、ということ。

 

 実際に、なにか実害があってのものなのか。

 魔物たちのように、過去の記憶からのものなのか。

 

 どちらにせよ、行きたくない場所に行かせることはない。

 ザイードは、そう思っている。

 

「シュザ」

「はい、ザイード様」

「もし、キャスを追うて、人が魔物の国にまで来たら、どういたす?」

「全力で反撃するまでのこと」

「そうよな」

 

 うむ、と、うなずいた。

 人は「壁」を越えて来ない。

 そうは思っているが、来た時のことを考えておくべきかもしれないとも思う。

 キャスの存在は、ガリダ族全体に知れ渡っていた。

 

 そして、ガリダ族は、1度、受け入れたものを見捨てたりはしない。

 

 それが、種族としての、基本的な考えかたなのだ。

 敵が人であるからといって、逃げたり怯んだりすることはなかった。

 たとえ負け戦であろうとも、身内を見捨てるよりはいい。

 多くのガリダの民は、そう考える。

 

「となれば、ほかの種族の長とも話をつけておかねばならぬ」

 

 人が魔物の国に攻めて来るとなれば、ガリダ族だけの話では(とど)まらないのだ。

 ほか4種族の長とも話し合っておく必要がある。

 

「ルーポとイホラは同意するでしょうが、コルコとファニはわかりませぬ」

「そうだの」

「使いを出すよう、ノノマに頼みに行ってまいります」

「なるべく早うに、と言うておけ」

 

 すたたたっと、シュザが、その場を後にした。

 ザイードは、上着の裾をなびかせながら、歩き出す。

 キャスの涙を思い出すにつけ、自分が守るべき存在だと思えてならない。


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