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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

過去視はイケメン騎士の夢を見るか?

作者: くろさん

「おーい、ライアン起きてるか~?」


エルンストは勝手知ったる様子で、玄関ドアを開けると、正面の階段を上って行った。返事は無かったが、多分また寝ているのだろうと思い、寝室のドアを勢いよく開けた。


「ライアン!起きろよ!差し入れ持ってきてやったぞ。」


ライアンはエルンストが布団をはがし、肩を揺さぶっても一向に起きる気配が無かった。


ライアンはエルンストが所属する第3騎士団の同期だった男で、エルンストは伯爵家の3男で、ライアンは男爵家の3男である。お互いうだつの上がらない3男という事もあり、入団後二人は親しくなった。しかし、ライアンは寝坊して訓練に遅刻したり、訓練中に居眠りしたりすることが度々あったため、早々に騎士団をクビになってしまったのだ。


ライアンは騎士団をクビになったことがきっかけで男爵家からも勘当されてしまい、途方に暮れていた。エルンストはたまたま同時期に祖母が所有していた小さなタウンハウスを相続したため、ライアンにそこの管理人になることを勧めた。タウンハウスはしばらく使われていなかったため使用人がおらず、エルンストは騎士宿舎住まいなので、今タウンハウスに住んでいるのはライアンだけである。


「うう~ん、エルンストか?いつも差し入れ悪いな…。」


10分以上ゆすったり、叩いたりを繰り返し、やっとのことでライアンは目覚めたようだ。のそのそとベッドから這い出すと、パジャマの上にガウンを羽織っただけの姿で、エルンストが座るソファの向かいに腰かけた。


後から知ったことだが、ライアンは1日12時間は眠らないと体調を崩すらしい。つまり1日の半分は寝ているという事だ。エルンストは最初病気を疑ったが、本人が言うには単に体質の問題であって病気では無いとの事だった。起こしに来ないと2,3日眠り続けたままという事がざらにあるため、生存確認を兼ねて、エルンストは頻繁にライアンを訪ねるようにしていた。


「今回はどれだけ寝ていたんだよ?どうせ何も食べてないんだろ?」


エルンストはテーブルに買ってきたサンドイッチや果物を並べ、寝室に備え付けのチェストからグラスを二つ取り出し、ワインを注いだ。


「今は何日の何時なんだ?」


「22日の夜の7時だよ。」


「では、丸二日は寝ていたな。」


二人はしばらく黙って腹を満たすことに専念した。一通り食事を終えると、エルンストはワインを傾けながらライアンに尋ねた。


「ところで、副業の方は上手くいってるのか?」


ライアンは副業で「失せもの探し」をやっている。管理人とは言っても、実質居候のような立場のライアンは、少しでも自分で稼ごうと、このタウンハウスで「失せもの探し」を始めることにしたのだ。


エルンストはその時に初めて知ったのだが、なんとライアンは寝ている間に過去に行く事ができるのだという。実際に体が過去に行く訳ではなく、意識だけが飛んで、そこで起きた事などを視る事ができるらしい。


幼いころは思い通りに過去の正確な時間に行ける訳ではなかったが、訓練を重ねた結果、今では誤差は1%以内になったそうだ。かなり昔に行こうとすると誤差は大きくなるが、1,2週間という単位であれば誤差は少なくて済む。


ただし思い通りの場所に行ける訳ではなく、基本的に寝入ったときの場所の過去に移動するだけらしい。過去に行ってしまえば移動も可能だが、移動速度が徒歩並みなので、視られる範囲は限られてしまう。このように色々と制約はあるが、持ち主が物を無くした場所や時間が分かれば、その時点に戻り、無くした物がどうなったのかを確認できるのだ。ライアンはただ視るだけで過去への干渉は一切できないそうだ。今のところ失せものを発見できる確率は6割程だが、それでもかなり良い確率だと言える。


「過去に依頼してくれた人が他の人を紹介してくれて、それなりに顧客はいるのだけど、依頼人が来たときに僕が起きているかどうかというのが問題でね…。」


「それは大問題じゃないか。通いの家政婦でも雇ったらどうだ?」


「そんな余裕はないよ…。」


「心配せずとも俺が雇うよ。」


エルンストはそう言うと意味深にほほ笑んだ。


「何だ?また何か僕にやらせるつもりか?もう捜査の手伝いはしないと言っただろ。」


「まあまあそう言わず…。人助けだと思ってだな…。」


エルンストはライアンの能力を知ってから、度々騎士団の捜査の手伝いをさせていたのだ。第3騎士団は首都の警備が担当だが、事件や事故が起こった際は、犯人の捜査など警察のような仕事もするのだ。殺人事件などが発生した場合、犯行時間にその場所に戻れば、だれが犯人かは一目瞭然である。ライアンの能力は第3騎士団にはうってつけだと言える。


しかし、ライアンは自分の能力が公になることを嫌ったため、ライアンが犯人を特定したあと、エルンストが証拠を集めて逮捕するという流れになっている。ライアンのおかげでエルンストは立て続けに手柄を立て、第3騎士団では将来を有望視されているのだ。


「血なまぐさい事件は苦手なんだよ…。」


「取り敢えず、話だけでも聞いてくれよ。」


エルンストの話によると、ある隠居した伯爵夫人がナイフで腹を刺されて亡くなったとの事だった。その伯爵夫人は長男夫婦に爵位を譲ったあと、首都郊外の別宅で暮らしていた。夫である前伯爵は既に亡くなっており、その別宅には前伯爵夫人と使用人だけが暮らしていた。夫人が殺されたのはその別宅の人気のない裏庭で、手紙でその場所に呼び出されたらしいのだが、手紙は外部から配達された形跡が無いことから、呼び出したのは内部の人間と思われた。


「その別宅には、侍女が5人と、厨房で働く料理人とその助手、下働きが3人、護衛が2人の計12人の使用人がいるんだが、夕食前で皆バタバタしていて、厨房で働いていた二人以外、完全なアリバイがある者がいないんだ。門番をしていた護衛によると、その時間来客はなかったそうだ。」


「犯人はその使用人の中にいるんだろ?わざわざ殺人現場を視に行かなくとも直ぐに分かるんじゃないか?」


「だが、凶器のナイフも見つかっていないし、使用人たちに動機らしきものも見当たらないんだ。」


「夫人が持っていた手紙には何が書いてあったんだ?」


「その時間に裏庭に来てほしい、とだけ書かれていたよ。字は女性のものっぽかったな。」


「だったら、5人の侍女のうちの一人が犯人なんじゃないか?」


「俺もそう思うのだが、皆長年勤めている者ばかりでね。一通り話を聞いたのだが、怪しそうな人物はいなかったんだ。女性を手荒く取り調べるのも気が引けるしね。なあ、頼むよ。お前だけが頼りなんだ…。」


エルンストに頼まれるとなかなか嫌と言えないライアンは、結局、過去視をすることを了承してしまった。



エルンストが運転する馬車に乗り、二人は早速、前伯爵夫人の別宅前に移動した。


「夫人が殺されたのは、3日前の夕方の五時頃と言っていたな。」


「ああそうだ。」


「じゃあ、眠るとするか。」


「さっきまで寝ていて、よくまた直ぐに眠れるな…。」


「なんだよ!お前が頼んだんだろ。いつでもどこでも眠れるのが僕の特技なのさ。」


馬車の中でライアンが眠ったら、エルンストはライアンの体をタウンハウスまで連れて帰ることになっている。過去から戻るときは、どこにいても自分の体に戻るので、その場で待機している必要はないのだ。



翌日の退勤後、エルンストが昨日の過去視の結果を聞くためにライアンの元を訪れたとき、めずらしくライアンは起きていた。


「ライアン、昨日は手間をかけたな。元伯爵夫人を刺した犯人は分かったか?」


「ああ。侍女の一人だったよ。夫人はその侍女をジャニスと呼んでいたな。夫人はジャニスに長年強請られていたようだぞ。今回も金を要求したジャニスに対して、夫人が開き直って『バラしたければバラせばいい。主人も亡くなって老い先短い自分に怖いものなどないわ。その代わり、長年強請りをしていたお前だって牢屋に行く事になるでしょうね。』と言っていたな。」


「ジャニスか…。最古参の侍女だな。身許も確かだったはずだ。何を強請っていたのかな?夫人の過去の不倫とか?」


「そこまでは分からなかったよ。とにかく、切羽詰まったジャニスは持っていたナイフで夫人を刺して、ナイフは裏庭の池に捨てていた。着ていた制服のエプロンに返り血が付いたらしく、そのエプロンを焼却炉に捨ててから、屋敷に戻って行ったよ。」


「ありがとう。そこまで分かれば上出来だ。まずは、証拠の品を回収しないとな。」


エルンストは、ライアンに礼を言うと、早々に帰って行った。



その1週間後、エルンストがまたライアンを訪ねてきた。案の定寝ていたライアンを叩き起こし、テーブルに差し入れとワインを並べた。


「今日はこの間の事件の報告に来たよ。おまえのおかげで今回も無事事件を解決できた。ありがとうな。」


エルンストによると捜査のあらましはこうだった。

エルンストは夫人の別宅を訪問し、全使用人を広間に集めた。そこでエルンストは証拠のナイフを取り出し、それが池から発見されたことを告げた。


池から回収されたナイフは、しばらく前に夫人から全使用人に配られたものだった。使用人たちに自分のナイフがあるか確認させたところ、ジャニスとは別の侍女一人だけナイフを持っていなかった。その侍女によるとしばらく前にそのナイフは無くしたとのことだった。


「信じてください!私は奥様を殺してなんていません!殺す理由がありません!奥様にはいつも良くしていただいていましたから!」


自分が疑われたと思ったその侍女は必死で殺人を否定していたが、他の使用人たちの目は冷たかった。


ナイフをなくした侍女が疑われてしまい、慌てたエルンストは次にエプロンを取り出した。


「皆、こちらを見てくれ!殺人のあった日に焼却炉に捨てられていたエプロンだ。下働きのカールが焼却炉から拾って持ち帰っていたものだ。」


皆の視線がカールに集まった。


「すいません。少し茶色のシミがついていましたが、洗えば使えると思ってつい持ち帰ってしまいまして…。」


エルンストはエプロンを広げて言った。


「ここにJ.Kとイニシャルが入っているな。これは誰のものかな?」


皆の視線が今度はジャニスに集まった。ジャニスは顔を真っ青にして小刻みに震えていた。


「君、ジャニスと言ったかな?これは君のエプロンだね。なぜこれを焼却炉に捨てたのか説明して貰えないか?」


エルンストがジャニスに問いかけると、ジャニスは突然床に突っ伏して泣き出した。


「す、すみません。・・・・奥様を刺したのは私です・・・。」


それからジャニスは観念したらしく素直に自供を始めたという。


「だが、あのエプロンは焼却炉で直ぐに燃やされてしまっただろう?」


ライアンが聞くと、エルンストは悪びれもせず答えた。


「まあね。カールに持ち出したと嘘をついてもらったのさ。あのエプロンは別のやつに新たにジャニスのイニシャルを刺繍したものだよ。ジャニスは自分の持ち物には全てイニシャルを刺繍していたと聞いたのでね。ナイフが証拠にならなかった時のために一応用意しておいたんだ。」


ライアンは冷めた目でエルンストを見た。


「証拠のでっち上げじゃないか。」


「たまにはそういう事も必要なのさ。」


「ジャニスは元々殺すつもりで、他人のナイフを持って行ったのかな?」


「いや。ナイフはジャニスがたまたまその日落ちているのを見つけて、持ち主に返そうと思って持ち歩いていたらしい。」


「それは…。ツイてなかったな。夫人もジャニスも…。」


「ジャニスが夫人を強請っていた内容だが、何とジャニスは夫人の隠し子だったんだ。」


ジャニスは夫人が前伯爵と結婚する前、たまたま避暑地で出会った旅の詩人との間に出来た子供だった。夫人はその詩人とひと夏の恋に落ちたが、すでに前伯爵と婚約していた夫人とその詩人との結婚が許されるはずもなく、詩人は夏が終わると避暑地を去った。その後、夫人の妊娠が明らかになったが、夫人の家族はその妊娠をひた隠しにし、生まれた子は避暑地の別荘の管理人に預けられた。その管理人が亡くなる直前、ジャニスに本当の両親の事を打ち明けたらしい。


ジャニスは一目実の母に会いたくて首都の伯爵邸を訪れたが、その時は強請るつもりなど微塵も無かったそうだ。ただ実の母親に『会いたかった。捨てた事を後悔している。』などといった、暖かい言葉を掛けてほしかったのだという。


しかし、訪ねてきたジャニスに夫人は、『今更何しにきたの?お金でも無心に来たのかしら?それならまとまったお金を渡すから、一刻も早く私の目の前から立ち去ってちょうだい。』と、冷ややかな態度であったそうだ。夫人の態度に絶望したジャニスは、(そっちがそう思うなら本当にお金を取ってやる。)という気持ちになり、度々お金を無心に来た挙句、最後には侍女として伯爵家に潜り込んだとの事だった。今回ジャニスは、夫人の元を去るつもりで最後に纏まったお金を要求したが、夫人の抵抗に合い、咄嗟に持っていたナイフで夫人を刺してしまったそうだ。


「ジャニスは極刑になるのだろうか…。」


「平民のジャニスが貴族を殺したのだから、極刑は免れないだろうな。」


「なんだかやりきれないな。」


ライアンはやけにジャニスに同情的だった。


「何だか他人事とは思えないよ。僕も母親から冷たくされてきたからね。」


ライアンは幼いころは無邪気に夢の内容を母親に語っていた。母は最初単なるたわいもない夢だと思い、ほほえましく聞いていたが、ある時ライアンが、「昨日の夜の夢はね、たまにうちに来る叔父上と母様がベッドで遊んでいる夢だったよ。」と言いだしたときは、夫の弟との不倫に身に覚えのる母親は、慌ててライアンを口止めし、その後は夢の内容を決して誰にも言ってはならないときつく約束させた。


その後、ライアンの語る夢の内容が全て過去に実際に起こった事だと知った母親は、ライアンを化け物のように恐れ、距離を置くようになった。母親のそのような態度は二人の兄にも伝わり、小さい頃はさんざん兄達にいじめられたのだった。


「そうだったのか。つらかったな…。」


落ち込んでいるライアンを慰めつつ、二人はしばらく静かにワインを傾けていた。

それからしばらくして、エルンストがふいにまじめな表情でライアンを見た。


「ライアン、こんな時に言うべき事では無いかもしれないが…、俺と結婚する気は無いか?」


エルンストの思いがけない言葉に、ライアンは心底驚き、まじまじとエルンストを見つめてしまった。


「は?何を言っているんだ?気でも違ったか?僕とおまえはそんな関係じゃないだろ?それに、最近は同性婚も増えてきたとはいえ、貴族の世界ではまだまだタブーだろ?」


ライアンたちの国では最近になって同性婚が法律で認められたのだった。


「俺たち爵位を継ぐ訳でもなし、平民みたいなものさ。」


「それにしたって、エルンストがそっちの人間だったなんて、聞いたこともないぞ…。」


「まあ言ってなかったからな…。俺が騎士団に入った理由だけどさ、俺って見た目も家柄もいいし、学校での成績も割と良かったから他の貴族から婿に来てくれって話はちょくちょくあったんだ。」


たしかにエルンストの言っていることは事実かもしれないが、恥ずかしげもなく自画自賛するエルンストにライアンはあきれてしまった。学校でも落ちこぼれで、見た目もパッとしないライアンには、婿養子の話など来たことがなかったのだ。


「俺はさ、昔からどうしても苦手だったんだよね。」


「何が?」


「女が…。側に寄られたり、気のある態度をされたりすると鳥肌が立つよ。化粧や香水の匂いも嫌いだ。」


エルンストのあんまりな言い分に、ライアンは眉をひそめた。


「それで、婿入り話を断るために騎士団に入ったのさ。俺は将来騎士として身を立てるつもりなので、婿にはなれませんって言えるようにね。」


「なるほど。おまえがそっちの人間だってことは分かったが、どうして僕なんだ?僕の事を好きなそぶりなど一切なかっただろ?」


そこでライアンはピンときた。


「おまえ!僕に過去視の能力があるから、それを自分のものにしておきたいんだな!」


「……。過去視の能力もお前の魅力の一つではあるな…。」


エルンストは悪びれもせず答えた。

その言葉に腹を立てたライアンは、顔を赤くして怒鳴った。


「僕を利用したいだけじゃないか!そんな話受け入れられる訳ないだろ!」


「利用だなんて人聞きの悪い…お互い助け合っていると言ってほしいね。」


「何が助け合いだよ!騙されないからな。いいからこの話は無しだ!もう帰ってくれ!」


ライアンはエルンストから目を反らして冷たく言い放った。


「分かった…。今日のところは帰るよ…。でも落ち着いたらよく考えてほしい。」


そう言って、エルンストは立ち去った。立ち去るエルンストの後ろ姿はいつになくしょんぼりとしていたが、気が立っているライアンはその事に気づくことはなかった。


ライアンはエルンストがそんなことを考えていると知ってショックだった。エルンストの庇護下にいるような今の状態を一刻も早く脱しなければと決意したのだった。



エルンストが所属する第3騎士団第2部隊の隊長であるオリバーは、エルンストの事が気に入らなかった。彼はまだ騎士団に入って2年目の新人だが、顔も家柄も良く、仕事ができるので、平民出身の自分など直ぐに追い抜いて出世していく事が明らかだったからだ。騎士団は建前上実力主義をうたっているが、貴族の子弟の方が出世が早いのは明らかな事実だった。自分の感情が単なる嫉妬だと分かっているが、気に入らないものは気に入らないのだ。何とか表面上は態度に出さないよう気を付けているだけ、オリバーはマシな上司だと言える。


オリバーがエルンストの部屋の前を通りかかると、中から奇妙なうめき声が聞こえた。


「エルンストどうしたんだ?具合でも悪いのか?」


オリバーは扉をノックして尋ねたが、中から返事は無かった。扉を開けて中を覗くと、エルンストがベッドに突っ伏して呻いていた。ベッドサイドのテーブルには酒瓶が並び、部屋はアルコール臭かった。


「エルンスト、酔っぱらっているのか?」


エルンストはオリバーの声に反応して顔を上げた。エルンストの顔は赤らんでいて酔っ払いそのものだったが、驚いた事に泣いているようだった。

エルンストはオリバーを見ると、更に涙を溢れさせた。オリバーはいつもすかした態度のエルンストの醜態に驚いた。


「ど、どうしたんだエルンスト…。何かあったのか?」


「うう~、隊長…。聞いてもらえますか…。」


エルンストは起き上がってベッドに腰かけるとポツリポツリと話し出した。


エルンストによると、今日、前から好きだった人にプロポーズをしたところ、誤解されてこっぴどく振られてしまったらしい。

かなりモテるだろうに、浮いた噂一つないエルンストの意外な一面に、オリバーは日頃感じている嫌悪感を忘れ同情した。


「あんなタイミングで言うべきでは無かったのです。でも、誰かに先を越されると困ると思って焦ってしまって…。」


「なんで誤解されたんだ?」


「詳しくは言えないのですが、その人には特殊な能力がありまして。その能力を俺が利用したいからプロポーズをしたと思ったらしいです。日頃からその人の事を好きだという態度も見せていませんでしたし…。」


「どうして好きな態度を見せなかったんだ?」


「だって…、そんなの恥ずかしいじゃないですか。友達だと思っている相手にそんな態度…。」


エルンストは泣き止んで、今度は恥ずかしそうに頭を掻いた。

オリバーは今までは、エルンストが恋愛に関してもそつなくこなしていると思っていたが、実は非常にうぶなのではないかと疑った。


「そんな…。今まで恋人の一人や二人いただろ?」


「今まで恋人がいたことなんてありませんよ。」


少しすねたような顔をして言うエルンストに、オリバーは俄然好感を持った。


(こいつ、こんなにかわいい奴だったのか!)


「まあ、本気の相手なら、あきらめずに誤解を解くんだな。焦るなよ。」


「がんばります…。」



エルンストがライアンにプロポーズをした3日後、エルンストは何食わぬ顔をしてタウンハウスを訪れた。一人ではなく老婦人をつれて。


「何しに来たんだよ!」


ライアンはエルンストに冷たく言い放った。


「このまえ話していた家政婦だけど、いい人が見つかったんだ。こちらはうちの実家で長年侍女として勤めてくれたマリアだ。引退してこの近くに住んでいるんだけど、格安で家政婦を引き受けてもいいと言ってくれているんだ。」


「悪いけど、近々ここを出る予定だから、家政婦さんは必要ないよ。」


「出ていくとなったら余計に仕事をして金をためないとならないだろ?おまえが寝ているときに接客をしてくれる人は必要なはずだ。」


エルンストの正論にライアンは返す言葉も無かった。勢いで出ていくと言ったものの、他に住む場所の当てもなければ、先立つものもないのだ。


「マリアと言います。坊ちゃんから話は聞いています。朝10時から夕方4時まで、週5日きて、簡単な家事とお客様の受付をすれば良いのですよね。」


「マリア…坊ちゃんはやめてくれよ。それと、来客がきたらライアンを起こすのと、食事も定期的に食べさせてやってほしい。」


「お安い御用ですよ。坊ちゃん。」


「だから…坊ちゃんではなく、名前を呼んでくれよ…。」


ライアンが口を挟む間もなく詳細が決まってしまい、マリアは「それでは早速来週から伺います。」と言ってエルンストと共に帰っていった。



しばらくたって、オリバー隊長は寮でエルンストを見かけたので声を掛けた。


「エルンスト、その後どうなった?ちゃんと好きだと伝えたのか?」


エルンストはオリバーが大声で声を掛けてくるので慌てた。


「ちょっと、隊長そんな大声で変な事言わないで下さいよ。誰かに聞かれたらどうするんですか?」


「悪い悪い、で、どうなんだ?」


「そんな…。まだですよ。うまく好意を伝えるなんで、どうやっていいのか分からなくて…。またタイミングを間違えて怒らせたくはないですし…。」


「そりゃ、普通はまずデートに誘うとかだな。」


「デ、デートですか…?う~ん、ハードルが高いな…。」



その数日後、エルンストはライアンをデートに誘うことにした。今日は休日でマリアは来ていないはずだ。


「おーい、ライアン。起きてるか~?」


エルンストは内心ドギマギしていたが、そのようなふりは一切見せず、ごく自然にライアンの寝室に入った。ライアンは相変わらず眠っていた。エルンストは直ぐにライアンを起こさず、しばらく寝ている顔を見つめた。


(やっぱり、ライアンの寝顔はかわいいなぁ。天使みたいだ…。)


しばらくすると、エルンストが起こさずともライアンは自然と目覚めた。しばらくボーとしていたが、部屋にエルンストがいる事に気づいて慌てて起き上がった。


「な、なんでいるんだよ!勝手に入るなよ!」


エルンストはその冷たい拒絶の言葉に悲しくなったが、顔には出さず、平然と言い返した。


「今までだって勝手に入っていただろ?」


「今までとは状況が違うだろ!」


「何が違うっていうんだ。それともお前は俺がお前を襲うとでも思っているのか?」


「そ、そうは思わないけど…。」


ライアンは気まずそうに眼を反らした。

エルンストは気を取り直して、ライアンをデートに誘おうと思ったが、なかなか言い出せずにいた。


「マリアはどうだ?うまくいってるか?」


「ああ。マリアさんはすごいな。家事も手早いし、きちんと来客をもてなしてくれて。おかげであの後何件か依頼を受ける事ができたよ。」


「それは良かったな。」


「……。ところでライアン、たまには外に出ないか?ずっと家にいるのも不健康だろ?」


「ええ…。どこに行くっていうんだよ…。」


ライアンはあまり外出デートに乗り気ではなかった。


「今日は休日で市が出ているだろ?今回は古本市も出ているそうだぞ。」


「え!古本市?」


ライアンは本に目がないのだが、本は高いのでなかなか手が出ないのだ。年に何回か開催される古本市は貴重な本を安価で手に入れる事ができる良い機会だった。

二人は連れ立って古本市に行く事にした。



目当ての本を何冊か手に入れてライアンはご機嫌だった。エルンストもライアンに何かプレゼントしたいと思ったが、断られそうなのでやめておいた。


「飯を食っていかないか?最近みつけたいい店があるんだよ。」


エルンストが誘うとライアンは素直についてきた。

そこは、ライアンが好きなチーズをふんだんに使った料理で有名な店だった。高級すぎず、カジュアルで清潔な雰囲気の店で、オリバー隊長曰く、デートにお勧めの店だった。


うまいチーズ料理とワインでいい気分になった二人は、市場の他の店を冷かしながら歩いていた。


(このままでは、これがデートとは思われないよな…。どこか雰囲気のいい場所に行って思いを打ち明けるとか…。)


エルンストは何とか自分の好意がライアンに伝わる方法は無いかと考えながら歩いていたため、周囲への警戒を怠っていた。

ふとライアンを見ると、ライアンの後ろから怪しい人物が近づいてくるのが見えた。その人物は手に光る何かを持っていた。


「あぶない!」


エルンストは咄嗟にライアンとその人物との間に身を乗り出した。その瞬間、腹部に熱を感じたので見てみると、ナイフが脇腹に刺さっていた。エルンストは思わずその場にうずくまった。その間に怪しい男は逃げ去ってしまった。


「エルンスト!大丈夫か!」


慌ててライアンもエルンストの側に跪いた。


「今助けを呼ぶからな!ゆっくり横になれるか?」


「だれか!救護兵を呼んでください!友人がナイフで刺されたんです!」


ライアンが叫ぶと側にいた人たちが声を掛け合い、救護兵を呼びに行ってくれた。


「エルンスト!しっかりしろ!何で僕を庇ったりしたんだ!」


「…。ライアン…。そりゃ、好きな子は守りたいもんだろ…。」


「バカ!こんな時になにふざけているんだよ!死んだりしたら許さないからな!」


ライアンの目に涙が浮かんだ。本気で心配してくれるライアンを見て、エルンストはこのまま死んでしまっても悔いはないと思った。


「盛り上がっているところ悪いのだが、お二人さん…。こんな浅い傷では死なないから。」


よく見るとエルンストの腹に刺さっているナイフはごく浅く、出血も少なかった。


「オリバー隊長!どうしてここに?」


「たまたま近くをパトロールしていたんだ。それでだれかが刺されたと聞いて駆けつけてきたら、お前だったんだ。」


その後救護隊も到着し、エルンストは板に乗せられて救護所に運ばれた。


救護所で処置を受けたエルンストは、しばらくは要安静とのことで、実家の伯爵家に帰る事になった。ライアンはずっと付き添っていたが、エルンストの家の者が迎えにきたので、後は任せて帰ることにした。



数日後、オリバー隊長がエルンストの伯爵家を尋ねてきた。


「具合はどうだ?エルンスト。」


「大分いいです。もう殆ど痛みませんし、主治医からはそろそろベッドを出ても良いと言われています。仕事への復帰にはまだしばらくかかりそうですけど。」


「そうか。順調そうで良かったよ…。お前を刺した奴だけど捕まったぞ。今日はその報告もあって来たんだ。」


「そうでしたか。ありがとうございます。それで犯人は誰だったのですか?」


「しがない街のチンピラだが、偶然お前の友人のライアンが顔を知っていてな、アジトに潜んでいたところをお縄にしたという訳だ。あの友人は前に騎士団にいたやつだよな?」


「ええそうです。ライアンが証言したんですね…。」


(多分過去視で調べたのだろうな…。)


「だが、動機がはっきりしなくてな。本人は金目当ての強盗だと言い張っているが、絶対に誰かに依頼されたはずだ。しかし、なかなか口を割らないんだ。」


二人が話していると、執事が入室の許可を得て入って来た。


「エルンスト様、ご友人のライアン様がお見えですが、こちらにお通ししてよろしいですか?それとも別室でお待ち頂きますか?」


「おや噂をすれば影だな。エルンスト、俺はもう帰るから遠慮せず友人をお通ししろ。今回の事件解決の立役者だからな。」


オリバー隊長と入れ替わりにライアンが入って来た。ライアンの目の下にはクマができていて、とても疲れているように見えた。ベッドサイドに来ると、いきなり頭を下げた。


「エルンスト、ごめん。僕のせいでこんな目に合わせて…。」


「何言ってるんだよ!おまえのせいじゃないだろ。落ち着いてそこの椅子に座れよ。」


そういってエルンストはベッドサイドの、先ほどまでオリバー隊長が腰かけていた椅子を勧めた。


「ライアン、疲れているようだが大丈夫か?」


「ああ。ここのところずっと過去視をしていてな。寝ているのだが寝た気がしなくて。」


「おまえの証言で犯人が捕まったとオリバー隊長から聞いたよ。」


「うん。過去視で実行犯も依頼した人物も分かったんだ。でも、ごめん。依頼人の事は騎士団に報告してないんだ…。実は依頼人は僕の母だったんだ…。実行犯はずっと僕が家から出てくるのを見張っていたらしいけど、僕はほとんど家から出ないからね。今回のような機会は二度と無いと思って焦って犯行に及んだのだろう。あんな昼間の人通りの多いところで普通は殺しはやらないよね。」


ライアンの顔は悲壮感に溢れていて、エルンストはライアンが今にも泣いてしまうのではないかと思った。


「でもあの後、母に実際に会ってクギを差してきたよ。今度また僕に何かしようとしたら容赦はしないと。今回の件の証拠も見せて、全て明らかにするってね。」


「証拠があったのか?」


「ふふ。お前と同じ作戦を取ったのさ。母が実行犯に依頼した時の手紙を捏造したんだ。実際はその手紙はすぐに燃やされてしまって無かったんだけどね。」


「なかなかおまえもやるな。」


二人はしばらく黙ったままだったが、ライアンが意を決したように話し出した。


「エルンスト、この間はひどい事を言ってごめん。よく考えたら、おまえは僕が騎士団に所属している頃から何かと世話を焼いてくれていただろ。本来、そんなに世話好きな性格じゃないのに僕にだけは親切だったよね。」


「まあ、下心があったからな…。」


「つまりおまえは僕の能力を知る前から僕の事が好きだったのか?」


「まあな。おまえの能力については俺もジレンマに陥っているんだ。そんなすごい能力を使わないのはもったいないという気持ちと、もしその力が騎士団にバレたら、第2騎士団あたりにスカウトされて、俺の側から居なくなってしまうのではないかという恐れもあるんだ。」


「第2騎士団って?」


「第2騎士団には秘密部隊があるだろ?特殊能力者を集めて作った部隊だ。」


「そんなのあることを知らなかったよ。」


「だから、つまり、ライアンの過去視の力だけど、お前が使いたくないなら使わなくてもいいんだ。」


「…うん。わかった。」


また二人の間に沈黙が流れていたが、エルンストがいきなり立ち上がってライアンの手を握った。


「よし!まずは一緒に住むところから始めないか?この春で騎士団に入って3年になるんだ。騎士団は3年目からは寮を出て家から通っても良かったはずだからな。」


エルンストは長期戦を覚悟した。



その後エルンストは無事職場復帰した。


「オリバー隊長、ご迷惑をおかけしました。本日より復帰しました。」


「おお。エルンストか。割と早く復帰できてよかったな。ところで、前話していた人とはどうなったんだ?見舞いにきてくれたのか?」


「見舞いに来てくれましたよ。隊長も会いましたよね。目撃者のライアンがその相手です。まだ、恋人にはなれていませんが、長期戦でがんばる事にしたんです。これからも色々アドバイスお願いします!」


「え!あのライアンか?男じゃないか!」


「そうですよ。それが何か?それでは業務がありますので失礼します。」


オリバー隊長はエルンストが去った後もショックで呆然自失であったが、


(ま、そういうこともあるか。エルンストを狙っている女子隊員は気の毒だな。)


と、すばやく気持ちを立て直し、これからもエルンストの恋路を応援することにした。



「おーいライアン、起きてるか~?お前の好きなアップルパイ買ってきたぞ。」


「よお、エルンスト。今起きたところだよ。アップルパイか…いいな…。」


ライアンは寝室のソファに寝巻にガウンを羽織っただけの格好で腰掛け、ぼ~としていた。


「今お茶を入れるよ。アップルパイに合う紅茶を持って来たんだ。」


二人はお茶を飲みながらしばらくの間世間話をしていた。


「ところでライアン、ボードウィル公爵家に泥棒が入ったのは知っているか?」


「いいや。」


「家宝の宝石が盗まれたらしくて、今第3騎士団をあげて捜索中なんだ…。」


エルンストが何か言いたげに上目遣いでライアンを見た。


「なんだよ。もう過去視には頼らないんじゃないのか?」


「そうとは言ってないだろ。ライアンがどうしても嫌ならあきらめるけど…。」


「分かったよ!いつもおいしいものを差し入れてくれるお前の頼みは断れないからな。」


「いいね!それでこそライアンだよ!」


二人はまた連れ立ってボードウィル公爵家への道を急ぐのであった。



おしまい


年末年始で忙しく、少し時間が空いてしまいました。また、マイペースに投稿していきたいと思います。

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