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ゴゴゴゴと音が鳴っているかの様に、アリーナと邸で働く者達が睨み合っている。
ここ最近の日課だ。
「マリオン、ルイーザ、チャボ、ルル、アントン、クルネル、ディギー!おはよう!」
おぉ!と歓声が湧き、アリーナは拍手に鼻高々に応える。
「奥様本当に一度もお間違えになりませんね。」
「へへっ、コレだけはマジで特技なんだよね~。」
サイラスの邸に来てから数日が経った。
あの後邸の使用人達に集まって貰い挨拶を交わして、ここで働く人は人格者が多い事を確認したアリーナは自分の口調が少し変な事を周知して貰う事にしたのだ。
それに変な顔をすること無く、皆は普通に受け入れた。使用人の鏡である。
ここ数日は邸の事や出入りする人間等を女主人として把握する事に務めていたアリーナは今、人生で一番穏やかな時間を過ごしている。
「サイラスは今日もお仕事?」
「はい、本日も研究室に籠りきりになるとの事です。」
国王から研究を依頼された当初は他の者と一緒に王城の研究室で研究していたらしいのだが、妬みや嫉みが酷く、仕事に差し支えが出てしまった為に今は自分の邸に研究室を作り好きな時間に研究をしている。と専属侍女の二人がアリーナに教えてくれた。
といっても、研究バカなサイラスは中々研究室から出てこない。中に人を入れる事を極端に嫌っていて、食事や睡眠もそちらで済ませる事が多く、いつ寝て、いつ食べているかも良く分からないのだというのでアリーナはとても驚いた。
サイラスに偏見がある訳では無いが、王からの派遣で来た彼等はまだサイラスに気を使っている状態だ。
それでは栄養も偏ってしまうし、だからあんなに痩せ細ったままなのだ。
きちんと管理された食事では有るが、どんなに工夫しても残されてしまう事が多いらしく、作りがいが無いとムキムキの身体を丸めて料理長のチャボは嘆いていた。
「流石に今日は強行突破するか。もう何日もちゃんと食べて無いんじゃないかな、アノ人。
よーーーーしっ。お弁当つくろっ!」
アリーナはずっと考えていたことを実効しようと、チャボを連れて調理場へと向かった。
そして、チャボといそいそと手で持ちやすいサンドイッチとリンゴのすりおろしを温めてハチミツを入れたものを作った。
それを籠の中のに詰めるとお弁当の完成である。
本当はおにぎりとお味噌汁を作りたいのだが、現在米と味噌と醤油をお取り寄せ中なのだ。
遠い国ではあるがこの世界にもそれらが有った事は驚いたが、行き着く先は一緒なんだなとアリーナは先祖に感謝をした。
研究室の場所もこの数日で覚えてしまった。
籠をしっかり持っている事を確認して、深呼吸をする。
コンコンーーー
意を決してノックをするが、返事は無い。
何度繰り返しても返事が無いので、嫌な想像ばかりがアリーナの脳裏をよぎった。
バァン!
「サイラス、大丈夫!??」
「わああっ!?????………と、君か。こ、ここには入らない様にと聞かなかったか?」
いきなり大きな音を立てて扉が開いたので、物凄く驚いたサイラスは手元の資料を何枚かぐしゃぐしゃにしてしまった。
それを広げながら、どうしてアリーナがここに居るのか分からず怪訝な顔をしているが前髪で全部見えていないのでアリーナはノーダメージだ。
「わ~~………、ちらかってんね~。こりゃ人は入れたくないの分かる気するわ。」
「う、煩いっ!…別に集中したいだけだし、魔物の死骸が有ったりするんだ。見せるものじゃない。」
そう言ってぷいとそっぽを向くサイラスが、歳上な事をついつい忘れがちになってしまう。
部屋の中は資料やメモ書きが錯乱していて、良く分からない何かのホルマリン漬けや骨等、研究に使う物や魔物の物は綺麗に整頓されていて拘りを感じる。
どうして人を入れないのか、というのも他の人を配慮したのだろうとは思っていたがまるでヲタク部屋の様なそれを見てアリーナは少し共感してマジマジと見てしまう。
そして色々と見渡した後、手に持つ重みに気付き何をしに来たかを思い出した。
「あ!朝ご飯一緒に食べよ?お弁当作って来たんだ。」
「は?」
「え?」
籠を持ち上げてそれを見せるとサイラスはカチンと固まってしまう。
アリーナも何故そうなったの分からずキョトンとしてしまった。
「あ…、ヤだった?」
自分の悪い癖だとアリーナは思う。仲良くなりたいからと相手の事を確認せず早とちりをしてしまった。と、少しだけしょんぼりとした。
「あ、え、?び、びっくりしただけだ。ち、ちょっと待ってて。」
我に返ったサイラスはサカサカと凄いスピードで動き出すと資料に埋もれていた机と椅子を発掘しだした。
そして、きちんと並べると椅子を横並びに置いた。
「ど、どうぞ。」
殆ど見えていないが、耳まで真っ赤になっているサイラスはアリーナに席を勧めた。
それを見て何だかとても嬉しくなってしまい駆け寄ると、手に持っていた籠の中身を一つずつ広げた。
「良かったぁ。アタシ、早とちりなとこ有るからさっ。もしめんどい事有ったらその時は全然言ってね?」
全力で頷いているサイラスを横目に、持ってきたお皿にサンドイッチを置いて、瓶の中に入れておいたリンゴのすりおろしをスープカップに入れる。
部屋は薄暗いが、ピクニックの様だとアリーナはウキウキとした気分になった。
「どうぞっ。」
「あぁ、…ありがとう。」
サイラスは余りお腹は空いていなかったのだが、リンゴのすりおろしを口に含むと甘みと少しの酸味がじんわりと口の中に広がった。
まだ温かいそれらを口にすると、心がホッとする。
「…美味いな。」
「へへ、そうでしょ?温かいものは余計に美味しく感じるよね~。全然食べてないんじゃないかって心配でさっ。」
「…心配?君と僕はこの間会ったばかりだろう?」
「え?それでも普通心配するっしょ?」
さらりと言うアリーナにサイラスは驚きを隠せなかった。アリーナが来てから驚いてばかりである。
でも彼女が嘘を付いている感じが全くしないので、余計にサイラスの頭は混乱した。
そんな事はお構いなくニコニコとアリーナがサンドイッチを頬張るのを見て、深く考え過ぎるのを止めて自分も食べ進める事にした。
「あ、ねぇねぇ。コレなにの手?足?」
部屋の中に有る爬虫類系の足の様なホルマリン漬けを見つけたアリーナは、軽くサイラスに問い掛けてみた。
「あ、あぁ。それか。それはストーンタートルの右前足だ。奴は動きが遅く穏やかな性格だが、噛み付かれると切断される程の強靭な顎を持ち、硬い甲羅と皮膚で通常の剣では歯が立たない。弱点は目なので、危ない時はそこを的確に付けば差程怖くない魔物だ。
皮膚がとても硬いので加工が上手くいけば鎧にしたり出来るのではと考えている。
また、甲羅が石で出来ているのだがそれらは自らで作っているとされていてそのメカニズムが気になって、まだ色々研究段階なんだが…、あっ!す、すまない!ここまでは興味無いよな…。」
軽く聞いただけだったのだか、一を聞くと百返って来たそれにアリーナは開いた口が塞がらない。
そしてフルフルと震え出したので、サイラスはそこまで聞きたくない事だったのかとビクリと身体を揺らした。