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2話投稿しております。

「はぁ……、今日もアタシのお爪はツルピカ。」


深々とした溜息を落とすと、クスクスとナターシャが笑う。


「ふふふ、貴女の爪は本当に綺麗よ。毎日言っているけれど、何がそんなに不満なの?」


そう言うナターシャは淑女として満点が取れるだろう。美しくたおやかだ。アリーナは十六歳、ナターシャはもうすぐ十八歳になる。

確かに綺麗に整えられた爪が当たり前の世界にいるナターシャにとっては、それが普通である。

それでも群を抜いて爪先の手入れを念入りにしているアリーナだが、まさかあの決意からまだ自分の爪に色すら乗せられていない事が不満で仕方が無いのだ。


爪を整える道具は直ぐに集めることが出来た。伯爵家の娘で有る彼女には容易い事だ、侍女が持っているのだから。

だが、そこから先が長かった。

この世界にはジェルも無ければ、マニキュアも無いのだ。色粉や絵の具は存在するが、それを乗せるだけでは直ぐに取れてしまうし見栄えも良くない。

如何せん、前世と違い過ぎて何がネイルに使えるのかさっぱり分からないのだ。

前の世界と今の世界、決定的に違うのは【魔物】と【魔法】の存在である。突き詰めていけば何とかなるのではないかと思い調べてはいるが、【魔物】に関しては弱点やその特徴の記述しか無く、【魔法】に関しては個々出来る事に差がある。更にはアリーナはなんと【火属性】。せめてネイルの役に立ちそうな、水(液体を固形に出来そう)か風(乾かす時に助かりそう)が良かったと、この世界の神を恨んだ。

爪先を燃やす訳にはいかない。


しかし、折角の火属性で有れば冒険者になり魔物を倒して調査する事も考えたが、父が娘達にとても過保護な人で願う事すら叶わず、自分ではお手上げ状態である。

仕方なく小さな筆を作って貰い、ひたすらに絵の練習をしていた為画力だけは物凄く上がっていた。


ポジティブが売りなのだが、六年も経つと流石にやさぐれてしまった。


「だって~、もうすぐお姉様の結婚式っしょっ?お姉様の事めいっっぱいアタシ、コーデしたいんだもーん。」


「言葉を省略したり、語尾をとやかく伸ばすものでは有りませんよ?でも、気持ちはとっても嬉しいわ。」


気を抜くと前世の口調が出てしまう。それを一番傍で聞いている筈なのに、ナターシャはいつも真面目に注意をする。アリーナは有難いと思いつつも、耳タコである。

だが、彼女はもうすぐ結婚する予定だ。

二人の家、デュラン家には息子が居ない。その為遠縁からトーマスという養子を貰っているのだ。ナターシャとトーマスは、ナターシャが十八歳になった日に結婚をするのだと、小さい頃から決められていた。

そんな頃からずっと一緒に居る二人だが、どこからどう見てもお似合いで、お互いに気付いては居ないが愛し合っているのは一目瞭然。

そんなお似合いの二人が結婚する事がアリーナは嬉しくてしょうがない。

姉の幸せそうな顔を見るだけで、アリーナは幸せでいっぱいになる。


ーーーコンコン


『ナターシャお嬢様、アリーナお嬢様。ご主人様がお呼びで御座います。』


侍女の声に二人は顔を見合わせると、きっと結婚式の話だ、と微笑み合いながら父のいる部屋へと向かった。


「お呼びでしょうか、お父様。」


笑顔で扉を開けると、部屋には父と母、そしてトーマスが居た。が、何だか雰囲気がどんよりとしていてまるで通夜だ。

重苦しい空気に何か悪い知らせなのだ、と二人は察する。


「…座ってくれ。そして、これを見て欲しい。」


そこには一通の書簡が置いてあった。

ナターシャは恐る恐るそれを取ると、するりと開き読み始める。そして段々と顔を青く染めた。


「そ、そんな……っ!」


アリーナは力の無くなったナターシャの手から書簡を取る。それを見ると、とても短い文章だが何故皆がこの様な様子になっているのかを理解した。


『デュラン伯爵殿


貴殿の娘とミーガン侯爵との婚姻を命ずる』


国王の刻印と共に記されたそれは、皆の精神の安定を削ぐには十分な内容だ。

何故なら、相手は弱冠二十歳の若き天才、そして狂人と呼ばれるサイラス=ミーガン侯爵。

彼は魔物研究のエキスパートで、医療や食物問題等で多大な功績を残し、個人で侯爵にまで上り詰めた。

社交界には滅多に出て居らず、王からの信頼は厚いものの好き好んで魔物を研究ばかりしているので一人を好んでいるのだという。しかも魔物だけでは飽き足らず、人間をも解体しているとの黒い噂が絶えない人物である。

その容姿は亡霊の様で、日々魔物を解体している為に血の匂いが取れず、付いたあだ名は『血染めのサイラス』。

しかも国王から命ぜられたという事は、どんな事をしても断れない。


アリーナはさーっと血の気が引いていくのが分かったが、そう見えないようにグッと手に力を入れた。


「私が行くわ。」


それは勢いだった。

書簡には『貴殿の娘』と書かれているだけだ。それにはアリーナも含まれる。

アリーナの一言に皆が驚いた様に顔を上げた。


「だ、駄目よ、アリーナ!それは私の役目だわ!」


ナターシャは自分の立場を理解している。長女であり、姉である彼女は一番に良縁に嫁ぐ事が最優先であると思っているのだ。

相手は侯爵。王の信頼も厚い良縁である事は間違いない。

ガタガタと震えながらナターシャはアリーナを諌めた。

だが、アリーナは分かっていたかの様に微笑んだ。


「もうっ!お父様も、お母様もトーマス兄様まで辛気臭い顔をして!もし私が残ったら、トーマス兄様と私が結婚しなきゃいけないじゃない。私、そんなの嫌よ。

だって私にとっては兄なんだもの、今更男性として見れないわっ。

その点、侯爵様に嫁いだら魔物の事聞きたい放題なんでしょ?お父様に禁止されてた事たーくさん出来るかもしれないじゃない♪」


「…アリーナ!?本当に分かっているのか?あの侯爵だぞ?」


軽い口調のアリーナの言葉を聞いて、父であるデュラン伯爵は目を回す。

アリーナは、ナターシャの前以外では家族にも出来るだけ自分の口調は抑えていた。外面だけは完璧な淑女として貰い手が付くように教育もされて来た。この家において、アリーナの宿命は貰い手の良さだと彼女は知っている。それが貴族に生まれた使命なのだから。

アリーナは姉とは違い、持ち前のコミュニケーション能力で人脈が広く、社交界でもそこそこ有名なのだ。

そして、どちらも顔が良い。姉妹で話題になる事が多々有るので、国王に目を付けられたのだとアリーナは考えた。

だからわざとチャラけて見せた。震える身体がバレないように。


そう、きっと国王はどちらでも良いのだ。


「お父様、お母様、忙しくなるわよっ!だって二人も嫁がせるんだもの♪」


そう言ってアリーナはニカッと笑った。



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