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「疲れだね。薬草茶を渡しておくから無くなるまでしっかり飲む事。そんで、今日は心を休める事だ。」
「はい、ありがとうございます。」
優しく諭される様に言われて、アリーナは幼い頃に戻った様でくすぐったくて何とも言えない気持ちになる。
「だが、あの子の奥さんがこんなかわい子ちゃんだなんてねぇ。」
グレイスはそう言ってニヤニヤとアリーナを見つめる。
「グレイスさんはサイラスとお知り合いなのですか?」
「あぁ。私があの子に薬学を教えたのさ。一緒に新薬開発もしている仲だよ。」
「え!?という事はお師匠様という事ですか!?」
「お師匠様か!ははっ、そうとも言うねぇ。」
初めて言われた言葉にグレイスはカラカラと笑う。そして、自らがサイラスと共に仕事をしている事を伝えた。
人見知りのサイラスが人と関わっている事を知れて、アリーナは嬉しさと共に少し気持ちが沈むのを感じた。
こんなにも美しい女性と二人で研究をしているという事実、先程話していた時の口調を考えると親しい仲である事は確実だ。
ズキりと痛む胸が何か分からず首を傾げると、グレイスはニヤリと笑ったのだがアリーナは気付かなかった。
「あの子とは少しばかり長い付き合いでね。今でこそお互い報告だけで済んでいるんだが、昔は私の後をずっとついて回ったもんさ。」
「そうなのですね!サイラスにもそんな時代が…。」
「まぁ、薬学だけに特化してしまって人の症状を細かく診る事が出来ないので医療行為はポンコツなんだよ。だから、私が呼ばれたって訳だね。…大切にされているじゃあないか。」
アリーナはバッとグレイスの方を向く。
彼女はアリーナの髪を優しく撫でてくれていた。その瞳には慈愛で満ちていて、そしてその瞳はアリーナを捉えていたが、アリーナでは無い遠くを見ていた。
そのままグレイスはスっと立ち上がると「また来るよ。」と言って去っていった。
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薬草茶をしっかり飲み、すっかり元気いっぱいになっていたのでアリーナは庭を散歩しながらスケッチをしていた。
こちらに来てからゆっくりスケッチをする、なんて事もせずに忙しい日々を送っていたので、庭に咲く様々な花を描いていると自然と心穏やかになっていく。
「見事なもんだな。」
不意に後ろから声を掛けられ、驚いて後ろを向く。
「あ、すまない。驚かせるつもりは無かったんだけど。」
「全然大丈夫!サイラスは、どうしたの?」
「あぁ、今日はまだ身体を動かしていなかったから。」
「え、自ら?凄いじゃん!!感動~~!」
そう言うと、アリーナは涙を拭うフリをした。サイラスはまるで悪戯が見付かった子どもの様にプイッと顔を逸らす。
「ガキじゃ無いんだから、一人でも出来るよ。…それに、君はまだ病み上がりだったから。」
やはり最後らへんはボソボソと小さくサイラスは言うのだが、自分が元気だったら誘ってくれていたのだろうと思うと嬉しくなった。
彼自身が意識して行動を起こしてくれて、本当に泣きそうになっておどけてみた事は内緒にしておきたい。
「色々ありがとね、グレイスさんから貰った薬草茶が効いてるのかめっちゃ元気なんだよね~!
でも、心を休めてって言われたから今日は久々にゆっくりスケッチしようと思って。」
「うん、それが良いんじゃないか。じゃあ、僕は戻るよ。」
「あ、ちょっと待って。…もうちょい、話さない?」
行ってしまいそうになるサイラスを捕まえてしまい、アリーナはモゴモゴと伝える。
ここで離れてしまうのは、なんだか寂しかった。
「…分かった。あっちで座ろう。」
サイラスは木陰になっているベンチを指差していたので、二人でそこに座った。
打ち合わせをしたり、馬車で話したり、食事の時も一緒なのにいつもより距離が近く感じて心臓が煩い。
「グレイスさんってサイラスのお師匠様なんでしょ?聞いたよ~。」
沈黙が怖くて、アリーナはとりあえず思い付いた話題を振ってみる事にした。
「お師匠様?あぁ、弟子といえばそうかもしれないな。グレイスには僕が無理矢理居座って薬学を教えて貰っていたんだ。」
「居座って?」
「あの頃はまだ幼かったから…、恐怖心もあったけど好奇心に勝てなかった。
グレイスについて回っては、彼女の知識を吸収する事に必死だった。あの頃が一番、楽しかったな。」
そう言ってサイラスは遠くを見つめた。それは、グレイスと同じ様な表情をしていて、アリーナの胸はまたズキりと傷んだ。
「グレイスは薬師なんだが、王都の平民街で町医者のような事をしているんだ。そこらの医者より腕は良いよ。君の薬草茶も、君に合わせ調合されたものだろう。
離れてから長いけど、今でも新薬の開発には相談させて貰っている。」
「…そうなんだ。」
アリーナにしては素っ気ない返事に疑問を感じ、サイラスは横を向くと彼女は頬を膨らませ、眉を釣り上げていた。
「ど、どうした?」
「…名前。」
「え?」
「……だから、名前。グレイスさんの事は名前で呼ぶんだ。」
「は、え?」
「私の事は"君"としか呼んでくれないのに。」
尚パンパンに膨れ出す頬、フルフルと震えて真っ赤になる珍しい姿にサイラスは手で口を覆う。
やましい事は何一つ無いが、なんだかやましい事をしてしまっている気分になる。
「そ、それは!……中々タイミングを掴めなくて…。」
「呼んでくれないの?」
先程とは逆に眉を下げ、こちらを向くアリーナの破壊力は絶大だ。
サイラスは、目が潰れてしまうかと思った。
彼女がまさか気にしていただなんて思っていなくて、困惑する。だが、ジッとこちらを見て彼女は待っている。…降参だ。
「…アリーナ」
名前を言った瞬間、アリーナは花が開いたかのように笑顔になる。
「うん、うん!ふふ、名前呼ばれるって嬉しいね、サイラス。
ありがと、じゃあ私そろそろ戻るね。」
ニコニコの笑顔のまま、満足したのかアリーナは小走りで邸に戻っていった。何度かこちらを向いては大きく手を振り、サイラスも小さくそれを返した。
その背中が見えなくなると、ズルズルとサイラスは脱力する。
「…なんなんだ、あの生物は。」
1話からのアリーナ一人称をアタシ→私に変更しています。何年も開いてしまったせいで一人称すら間違えまくっています。
読んでくださる皆様には感謝しかありません。
ありがとうございます。