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「はーーーはっはっはっ!!実にめでたいでは無いか、サイラス!!」
そう言って高笑いするのは、この国であるアパラキア王国の王。横には王妃が扇子で口元を隠し、寄り添う。
シルバーブロンドの髪を後ろに撫で付け、口から顎まで髭を蓄える、渋いイケおじの王。そして、同じくシルバーブロンドの美しい髪を結い、強い女の代表のような雰囲気の王妃、お二人共ナイスミドルといった感じで素敵だなぁというのがアリーナの第一印象だ。
今まで祭典等でしかお目にかかった事等無かった為に近くで見ると迫力が違う。やはり、国のトップたる所以なのだろう。
しかし、二人は膝を付いて居るのだが下を向いていても明らかにサイラスからビリビリと負のオーラを感じるので余程嫌なのだろうなとアリーナは思った。
「面を上げよ。二人とも良く来てくれた。
と言うより、良くこの出不精を連れ出してくれた。感謝する。」
「勿体ないお言葉。サイラス自ら提案してくれたのでお言葉に甘えました。お初にお目にかかります。デュラン伯爵の次女、サイラスの妻となりました、アリーナと申します。この度は、お誕生日を迎えられました事を心よりお祝い申し上げます。」
国王からの許しを得て頭を上げ、アリーナはつらつらとお祝いの言葉を述べる。
国王はニコニコと嬉しそうに二人を眺めた。
しかし、国王の歓迎ぶりとは対照的にギロリとした視線を感じてアリーナが其方を向くとビリッと空気が震え、背筋が凍る。
「ねぇ…、貴女。それはなに?」
王妃は扇子をパチンと閉じ、自らの手の爪をパシパシと叩いてアリーナに問い掛ける。
『きた。』
冷ややかな視線を浴びて、アリーナは身震いした。
賑やかだった会場も、良く響く王妃の声に一瞬にして静けさが訪れ、皆の視線がアリーナに注がれる。
だが、これは武者震いである。
「こちらは彼女の作品にございます。彼女が案を出し、私が素材を見繕いました。彼女は爪を芸術作品の一つとして捉えたいと。漸く、表に出せる程のものになりましたので本日彼女を彩る装飾として自らで施しております。」
いつもはオドオドとしたイメージのあるサイラスだが、仕事の時はこんな感じなのだろう。自分の専門の事だとスラスラと話をしていて、王の信頼が厚いというのも頷ける。尤も、淡々としすぎていて愛想は無いが。
もし爪の事を聞かれたら、サイラスにこう言って欲しいとアリーナは頼んでいた。
ぽっと出の技術など不信感しか無いだろうと考え、ネイルを知らない人々に何と表現して良いのかと悩んだ結果だ。
王妃は芸術をこよなく愛している。絵画は勿論、彫刻、音楽、文芸、演劇……美しいものや、新しい事にとても敏感な人だ。
最初に質問を受けるとしたらきっと王妃からであろう、との予測を付けていた。
「ほう、何故爪に装飾を?」
「はい。私は『手』というものは、お顔の次に視界に入りやすいものだと思っていて、それは自分かもしれませんし、他の人かもしれません。誰にとっても、そこに色が有れば気の付く場所であると思うのです。お顔にお化粧をするように、爪にもお化粧を施してみたいとずっと思って漸く実現致しました。」
「…ふむ、こちらへ。」
王妃はアリーナからの返答を聞くと、少し考える様な素振りを見せた後、彼女を手招きする。
その瞳は変わらず冷たいまま、眉を寄せ扇子で口元を隠した。
アリーナは王妃の元へと歩き、彼女の前で膝まづく。
「見せてみよ。」
言われるがまま両手を差し伸べると、王妃がアリーナの手を取り、まじまじとその爪を眺めた。
誰もが固唾を呑んで見守る中、沈黙が続く。
「…これは、今直ぐに出来るの?」
「はい。道具は持たせて有りますので、今直ぐにする事は可能です。ですが、細やかな技を10本の指に施しますので、約一時間は時間を頂く事になります。それと、爪は伸びてしまうものです。”持ち”は個人差ですが、一般的に三週間程度で付け替え、もしくは除去して頂く儚い芸術作品となっております。」
ドキドキと跳ねる鼓動に見て見ぬふりをして、ただ真実を述べる。
言葉を間違えれば、それこそ首が飛ぶ位の覚悟だがマイナス面をしっかり伝えても有り余るだけの魅力がネイルには有る、とアリーナは思う。
「あら、そうなの。では、今日して貰う訳にはいかないわね。儚い芸術ねぇ……。
ねぇ、”アリーナ”。今度わたくしのサロンにいらっしゃいな。」
そう言うと、扇子を閉じて膝の上に置き、王妃は朗らかに微笑んだ。
今迄の眉間の皺は何だったのか、と思うその笑みはとても美しい。
周囲がざわめき出す。
それもそのはずだ。
アリーナのネイルは王妃に正式に認められたのだ。
”芸術”として。
「有り難き幸せ。」
アリーナは心の中で大きなガッツポーズをする。
緊張から解き放たれたその後の事は、良く覚えていないがサイラスが余りにも早く帰りたそうだったので、必要最低限の社交を済ませて二人は家路に着く事にした。
王妃に認められた事で、アリーナは囲まれる様に賛辞を送られた。
先程迄聞こえる声で陰口を言っていた者達もコロッと手のひらを返して擦り寄って来た。
長い物には巻かれろとは、よく言ったものである。
この道を真っ直ぐ行けば馬車まであともう少しだ、というところでカクンと力が抜けてアリーナは道でへたりこんでしまう。
「!?だ、大丈夫か!?」
「あははー、ごめんね。今頃になって震えてるや、腰抜けちゃった。」
お開きには早い時間という事も有り、帰る人間はとても少ない。
サイラスと二人きりという状況という事も有ったからか、まだ馬車にも着いていないのに気が抜けてしまったのだ。
顔は笑顔だが、顔面蒼白でガタガタと震える彼女を見てサイラスは驚いてしまう。
先程、あの王妃相手に凛とした受け答えをしていた者とは思えない。
自分は慣れてしまっていたが、あの王妃と最初に対峙した時はどうだったか…、そんな事忘れてしまっていた。
サイラスはサッとアリーナの横に来て手を握った。
「ざ、残念ながら僕では君を抱える事は出来ない。だが……か…、肩なら貸してやれる。」