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ゆっくり更新ですが、読んで頂き感謝しかありません
「可愛い~~!!!」
まるでキラキラと輝いているかの様な自身の爪を太陽に掲げてクルクルと上機嫌にユメは芝の上で回り出す。
そして順番が回って来たアイが、どんどんと可愛くなっていく自分の爪に目を輝かせている。
今すぐにでもニヤニヤとしたいが、久々に他の人に施す真剣勝負なので真面目な顔をして、たまに無駄話をしながらアリーナはアイのネイルを完成させていく。
先ずは爪を整える。甘皮の処理や、少し表面にヤスリを入れる事で定着を良くするのだ。
そしてベースを作り、色を入れて混ぜ、それらを細い平筆で乗せ、一度乾くまで少し待つ。
乾いたら、更に太さの違う細い筆を何本も使い分けながら絵の具を使ってアイの爪に繊細な絵が描かれる。
それの上からもう一度薄くベースを塗り、硬化液を塗る。
「素晴らしいです……まるで水面のよう。」
アイは青色、ユメが橙色が好きと事前に聞き出すと、それを主体にアリーナは色を乗せた。
「正解っ!アイは深くて優しい海、ユメは温かくて純粋な太陽をイメージしたんだぁ。」
アリーナが出来上がり、と声を掛けると二人共お互いの爪を見せ合い褒め合う。
二人の邪魔にならないように爪の長さは出さず、装飾等も付けず、六年間培ってきた絵の技術を発揮する事にした。
単色ネイルや、フレンチネイル等のシンプルな物でも良かったのだろうが、ここは折角なので絵を披露したかったのだ。
色々な爪の処理をしてからネイル作業をするのでティータイム休憩と言うには大幅に時間をオーバーしてしまったが、掃除、洗濯等が終わり、この時間帯は比較的ゆっくりアリーナの専属が出来るので大丈夫だと二人は言った。
とても嬉しそうな二人を見て、アリーナは胸がキュッとなる。
「やっぱ、ネイルは人を笑顔に出来るよね…。」
広めたい。アリーナが記憶を思い出した当初から思っていた事だ。
まだ最初の一歩に過ぎないが、確実に踏みしめる。
「よしっ。ここの福利厚生の一つにしよう。」
少し大きめの独り言を話すアリーナに、アイとユメが振り返る。
「フクリコウセイ…、ですか?」
「うんっ!ここで働く人には、私からネイルをして貰えちゃうよ~って事!」
「魅力的ですね!」
キャッキャと女子会に花を咲かせながら、二人の意見も聞きつつアリーナは今後の考えを纏めていく。
流石に外の椅子に長時間座っていたので、立ち上がる時に激しい臀部の痛みに苛まれたが、ゆっくりと歩きながら自室に帰ることにした。
すると、ばったりサイラスと出会った。
探せども、探せども見付からなかったのに何故こういう時には出会えるのか。
「や…、やあ。」
まさか出会うとは思って居なかったのだろう。バツが悪そうにサイラスはアリーナに声を掛けた。
「無理やり運動させようとしてごめんね!!」
アリーナはツカツカとサイラスの前まで来るとブンっと風が鳴るくらいの速度で、九十度頭を下げた。
「なっ!?や、や、や、辞めてくれ!ぼ……僕も、逃げて悪かったよ。」
いつも夕食の時には少し居た堪れない顔をしながらも座って待っていてくれるのだが、今まではっきりと『運動しよう』と言って来なかった為にお互い何も言わずにギクシャクしていたのだ。
「やっぱ気付いてたよね…。」
「あ、あぁ。何となく…。見ての通り、僕は運動は向いてないんだ。でも、なんでいきなり?」
「……それは、私がサイラスに健康になって欲しいから……かな?」
「…外聞的にか。」
それはズシリと重い声だった。
アリーナは今迄聞いた事の無かった重い声に驚くと共に、言う通りだと感じた。
自分勝手にサイラスを振り回しただけだ。サイラスの意見を全く聞いていなかった。
そして、アリーナは再度九十度頭を下げた。
「なんにも言い訳出来ない。少しだけでも見た目が変われば、周りからサイラスが虐げられる事が無いんじゃないかって思ったの。
でも、サイラスの意見を聞いた事無かったね。本当、ごめん。」
まさか二度も頭を下げられると思わず、サイラスはビクリと身体を驚かせた。
そして、よく分からない言葉達を咀嚼する。
サイラスは『アリーナの』外聞的に自分の見た目を直そうとしたのだと思った。
しかし、どうだ?
アリーナは自身ではなく、『サイラスが』虐げられる事が無いようにと言った。
それは、彼の感情を酷く刺激するものだった。
下げられた頭を見ながらキュッと唇を噛んだ。
頬が熱い。
「あ、頭を上げて。……はぁ、分かった。散歩位ならやるから…。その、…付き合ってくれるんだろ?」
何時になく言い辛そうに最後の方は小声過ぎて微かにしか聞こえなかったが、アリーナは聴き逃したりしなかった。
バッと顔を上げて、パァァと花が咲くように笑うとサイラスの両手をガシッと掴み、ギュッと握った。
「うんっ、うん!絶対!」
ブンブンとその両手を振るアリーナに、ドキマギしながらサイラスは『これは誰にでもする事だ』と自己暗示を掛けながら身体が熱くなるのを必死に堪えた。
「あ!!もうこんな時間じゃん。じゃあ、夕食で!」
そう言って、とても嬉しそうにアリーナは自室へと走っていった。
サイラスは自分の両手を見つめながら、自分から湧いてくる複雑な感情に胸が締め付けられそうになる。
「他の男にも、するのか……。」
既に姿が見えないアリーナの通った廊下を見つめながら、ボソリと呟く。
今考えた事を頭を振り消去すると、サイラスも一度自室へ戻る事にした。