思い出したくも無いのに(物騒な表現を含みます)
空腹状態のまま、部屋に戻り、どうしようか本気で悩む。
結構な範囲が私有地の為、コンビニまで行く為に、少なくとも1時間…いや、2時間は掛かりそうだ。(徒歩での計算)
序に言うと、一本道ではあるが、迷う可能性がある。
方向音痴だからだけでは無い。
街灯が少ない。
懐中電灯を借りて持って行ったとしても、心許無い。
行けたとしても、帰って来れるかどうかの方が問題である。
だけれど、このまま空腹で過ごせるほどの余裕はない。
それ程、お腹の虫がずっと鳴って居る。
自転車借りられたら、何とかなりそうだけれども
自転車は無いよねぇ…
璃々那として初めてのアルバイト、初めての場所で、如何したら良いのか、本当に分からない事だらけで、凄く困って居ます。
しかも、上司にあたる人は外出中。
指示待ち人間と化すしかない状況なのに、如何したら良いのでしょう。
前世での経験は全く役に立たない事だらけだけれど、本当に役に立たないなと今更ながら思う。
今世が充実し過ぎているだけなのだけれど。
両親も、周りの人も優しいし、毎日が充実している。
悪意を向けられても、其れを気にしなくても良い程度に、周りの人が気遣ってくれている。
優しい世界。
だからこそこんなに、空腹で居る事が辛いのだと思う。
空腹かどうかで苦しむ程度には、私は満たされている。
…シャワーを浴びて、眠ってしまおう。
そうすれば、空腹なんて忘れる事が出来る。
ああ、宿題に手を付けられていない…
シャワーを浴びながら、ふと、考える。
黒井さん、昔演劇部とかだったんだろうか。
ブチ切れ演技上手かったなぁ。
シャワーを浴び終えて、ドライヤーで髪を乾かして、ベッドに潜り込む。
直ぐに眠りにつけた物の、悪夢を見る。
今はもう脅かされる事の無い筈の事で、うなされる。
“兄”ばかり可愛がる父親、全てを知って居る筈なのに、夫の顔色ばかり見る母親
“出来損ない”と見下す親戚たち
彼らは知らない。私が出来損ないなんかでは無かった事を。
兄よりも、勉強を出来た。兄よりも運動が得意だった。兄よりも要領が良かった。
けれども、其れは自慢では無い。
兄が甘やかされたり、兄が、兄だけが両親と外食や旅行に行っている間、私は家から出して貰えず、そんな中でやる事が勉強しかなかった。
其れだけの理由だ。
旅行なら、親が居ない時に、外出すれば良いんじゃない?そう思った事は何度もあったけれど、実行は出来なかった。
しなかったのではなく、出来なかった。
そう言う環境に居たから。
所謂底辺の高校を卒業し、親が決めた職場に勤め(監視するためだと思われる)、職場の近くにアパートを借りた。
漸く、親元から離れられて、愛されていた“ヒロイン”に憧れて
溺愛恋愛ゲームをやり込んでいたあの頃。
漸く“私”も幸せに暮らせると思って居たのに
何の連絡も無く、勝手に“私”が住んでいたアパートに入り込み、
“私”の部屋を荒らし、挙句の果てに
“私”はその部屋で、当時の“父親”に殺された
何度も何度も、生き甲斐としていたがゲームソフトが入っていた、ゲーム機で殴られながら罵られ
その後は知らない。
知りたくも無いけれど、少しだけ、私の願望が入った続きを見せられる。
“父親”は殺人で逮捕される。
住居侵入罪、器物破損、窃盗…
そう言う余罪も含め様々な罪に問われる。
“父親”は全ての罪を認めようとはしない。
『躾けの一端だ』『俺は悪くない』『出来損ないの子を躾けるのは当然だ』
そんな言葉が聞こえてくる。
けれど、犯した罪は消えない。
真っ暗な場所に閉じ込められて、“アレ”は一滴の水も与えられずに朽ちて行く。
現実ではあり得ない事だけれど、“私”がされて居た事を“アレ”にも経験して欲しかったのかも知れない。
ああ、思い出したくなかったのに。
前世の記憶何て、忘れていたかったのに。
此の空腹のせいで思い出させるのだろうか。
何て弱くなったんだろうか。
この程度の空腹で、こんな、苦しい事を夢で見るなんて。
あの時、愛されなかった私は、そのお陰で愛される事の尊さに日々感謝している。
けれど、前世の夢を見ると、苦しくなる。
とは言え、私が前世だと気が付いたのは、中学の卒業式後だから最近である。
ただの夢ならよかったのに。
夢では判らない、温度や臭い迄思い出してしまったのだから
ただの夢では無いのだと、気付いてしまった時の私は、酷かった。
其れこそ、今世も愛されて居なかったのなら、もっと悲劇的な事になって居ただろう。




