エナドリ系彼女に夢中にさせられて今日も俺は眠れない~彼女と夜更かしするのが楽しすぎて依存してしまいそうな件~
深夜。
日付が変わる頃。
バイトを終えて、先延ばしにしていた宿題も終わらせて、あとはもう寝るだけ。
だけど今日も俺は眠れない。
むしろワクワクしていて目はパッチリと冴えている。
だってこれから──彼女と、赤井翼とゲームをする約束をしているんだから。
ゲーム機を起動して、軽く手を慣らしておく。
コントローラーが手に吸い付く感じ、今日は調子が良さそうだ。
「よし……そろそろいいかな」
簡単なエイム調整をし終えたら準備はOK。
ふ~、と大きく息を吐いて通話アプリを開く。
トークルームにはもう既に翼が入っていた。
「おまたせ、先にやってたんだ」
「……」
カチカチカチカチ。
軽快にコントローラーの操作音が響くばかりで返事は帰ってこない。
きっと今は一呼吸も出来ない、緊迫した戦闘の最中なんだろう。
ゲーマーあるあるだ。
無視されたかも? なんて杞憂することはない。
やはり数秒後にはコントローラーの操作音が止んで、夜中だというのに疲れを微塵も感じさせない気力に満ちた返事が返ってきた。
「やっぴー! ハルくん。ごめんねー、ちょっと戦闘中で反応遅れちゃったよ~」
「いいって。それより今の戦闘は勝てた感じ?」
「バッチリ! ハルくんにこの前教えてもらった通りにしたら勝てたっ! さっすが世界に200人しかいない『ドミネーター』だね♪」
「元、が付くけどね」
屈託なく褒められて照れてしまう。
照れ隠しで嫌味にも聞こえかねない答え方をしてしまった。反省。
確かに俺はこの覇権を握っているバトルロワイアルゲームで世界ランキング上位200人に与えられる称号『ドミネーター』を持っていたことがある。
でもそれは過去のこと。
翼と一緒にゲームをするようになってからは純粋にこのゲームを楽しむエンジョイ勢にシフトしたのだ。
「ねね、早く一緒にやろうよ」
「ちょっと待てって。今ログインしてるから」
「はやくっ♪ はやくっ♪」
ウッキウキな翼の表情が目に浮かぶようだ。
今も翼はアッシュベージュのミディアムヘアをゆらゆらと揺らしながら、その一見クールに見える顔立ちに満面の笑みを浮かべているのだろう。
本当に俺にはもったいないくらいの可愛い彼女だ。
俺──蒼乃晴翔と赤井翼は何の接点もない、ただのクラスメイトだった。
交友関係が広くてコミュ力も高い翼と授業のグループで同じになって、その時偶然今ハマっていることの話題になった。
所在なくしていた俺に翼が話を振ってくれて、テンパリながらもこのバトロワゲームの名前を挙げたところ……
「え? 蒼乃くんもこのゲームやってるの!? うちもめっっちゃハマってるんだよね」
と予想以上の喰いつきを見せてくれた。
話を聞くと好きな配信者がやってるのを見て始めてみたら自分もドハマリしてしまった──ということだったらしい。
自分のフィールドの話になると突然喋りだしてしまうのがオタクのオタクたる所以。
そこからは翼のコミュ力の高さも相まって話が弾みに弾んで、その日のうちに一緒にゲームをする──という約束まですることになった。
後になって思えば俺はハイになっていたのだろう、でもその冷静じゃなかった自分をこの時ばかりは褒めたかった。
だって、このことがキッカケで俺と翼の距離は急接近して──それからほんの二カ月くらいで付き合うところまで行き着いたんだから。
その幸せを噛みしめて日々を過ごしているのだが一つ困ったことがある。
翼との夜更かしが楽しすぎて眠れない……ということ。
お互いバイトもしているため、基本的に二人の予定が噛み合うのは夜遅くからになりがちだ。
普通であれば翌日のことも考えてわずかな時間しか一緒に遊ぶことができないはずなのだが……翼と一緒にいると全く眠くならなくてつい夜更かししてしまうのだ。
そして翌日の昼間にそのツケを払うことになってしまう。
まるでエナジードリンクみたいだな──と度々思う。
『ドミネーター』の称号を得るためにひたすらランクマッチを回していた時、俺はエナジードリンクを常飲していた。
カフェインが効いている間のしばらくは眠くならないのだが、翌日になってからその代償を支払うことになる──という所まで全く同じだ。
じゃあ翼も同じなのか? と思えばそうではないらしい。
翼は超が付くレベルのショートスリーパーで三時間も眠れば十分だと言う。
羨ましいような……心配になるような。
「あ、ごめん! やられちゃった!」
「待ってて、カバーする」
気付けばゲームも最終局面。
チャンピオンになるまで残り数人と言った場面で翼が敵にやられてしまった。
人数は一対三、圧倒的不利な状況。
ここを乗り切ればチャンピオンはもうすぐそこ──。
俺は体に覚え込ませた動きで、右へ左へ相手の銃弾を躱しながら着実に相手にダメージを与えていく。
一人倒して……二人目。
よし……あとは一人。
これは勝てる──翼の前でいいところを見せられる──。
と、いうところでまさかの第三者の介入、いわゆる漁夫。
俺は呆気なく倒されてしまった。
画面にGAME OVERの文字が煽るように浮き上がってくる。
「ナイスファイト! 惜しいっ!」
「くっそ~、あとちょっとだったのに……」
「うちが先にやられてなければ勝ててたな~、ごめんね」
悔しさを滲ませた翼の声。
翼には実は負けず嫌いな所がある、ということを知っているのは多分俺だけだ。
その性格のおかげか、最近メキメキと腕をあげている。
「いやいや全然大丈夫、次絶対勝てるから」
「じゃ、今日はチャンピオン取れるまで耐久だね♪」
「望むところだ……!」
こうして、今日も夜が更けていく。
★ ☆ ★
俺と翼が毎日のようにゲームをしているかと言えばそういうわけではない。
俺はともかくとして、翼は学校では優等生で通っている。
テスト前なんかになるとゲームは一時お預けだ。
それでもテスト前日のいつもの時間、トークルームを覗いてみるとやっぱり翼がいた。
「──今大丈夫か?」
「あ、やっぱりハルくんも来たんだ」
「まあ、この時間に通話するのは日課みたいになってるからな」
「うちも。ふふっ、以心伝心ってやつだね♪」
じゃれつくような甘い声にドキっとしてしまう。
気取られないように俺は強引に話を逸らすことにした。
「翼も今は休憩中?」
「ううん、勉強してた」
「あ……じゃあ邪魔だったか」
「そんなことないよ~、むしろ助かったかも」
「え?」
予想外の言葉に困惑してしまう。
そんな俺の困惑を察したのか翼はすぐに言葉を続けた。
「うち、一人だと勉強に集中できないんだよね~」
「あ~、そういうことか。周りに誰かいた方が集中できるよな」
「そう! さっきまでは友達と一緒に勉強してたんだけど……皆そろそろ寝るって言うから、なんとなーくハルくんいるかな~って思ってここに来たんだ」
「まあ深夜だもんな……」
チラリと時計を見ると既に日付が変わっていた。
健康優良児はそろそろ眠る時間だろう。
俺は一夜漬けで乗り切るつもりだったので、これからが本番なのだが……。
もちろん今日だって徹夜する覚悟でいる。
「ね、ハルくん」
「ん?」
「カメラオンにして勉強会しない……?」
「俺はいいけど……いいのか?」
「ハルくんにならいいよー。すっぴんでジャージ姿だけど……」
「むしろ嬉しいんだが!?」
彼女の完全にオフの姿! 見たくないはずがない!
普段のバッチリ化粧を決めてオシャレしてる翼も可愛いのは大前提として──男には彼女のすっぴんで油断しきった姿からでしか摂取できない栄養素があるのだ。
自分しか知らない彼女の一面って言えばいいのか……そういう姿を見ることによって独占欲が満たされていく。
「それじゃ、付けるね」
「オッケー、じゃ俺も……」
部屋が片付いていることを確認して、通話をビデオ通話に切り替える。
画面がパッと変われば、画面の向こうにはすっぴんに丸メガネをかけた翼がいた。
──カワイイ。
思わずカタコトになってしまいそうな破壊力。
風呂上がりなのかほんのり湿った髪の毛に、普段はコンタクトをつけているため学校では見ることができないメガネ姿。
頭の中がカワイイで埋め尽くされていく。
「お~い、どうしたの~」
「悪い、ちょっとその……そう、回線が悪くなっただけ」
ここで翼に見惚れてたから……とかキザな言葉が吐けるような男じゃない。
何とかそれっぽい言い訳を捻りだして誤魔化すことに成功した。
「なんかさ、新鮮だね」
「そうだな……なんて言うか凄くいい」
「ふふっ、そう? 嬉しいな」
ああ、もどかしい。
どうして俺は素直にカワイイの一言も言えないのか。
オフの姿を拝むという彼氏の特権を堪能しているのにも関わらず──
こんな体たらくだと愛想を尽かされてしまうかもしれない。
どうせ誰も見てないんだ、勇気出せ……俺。
「その……さ」
「うん?」
「ジャージ姿も……すげー可愛い」
「……!?」
絞り出すようにして放った一言が画面の向こうの翼に届く。
「も、もう。突然何言ってるの?」
そう言う翼の頬がみるみる赤く染まっていく。
翼は隠すように両の手で頬を抑えて、潤んだ瞳をパッと逸らした。
「……ありがと、ハルくんも……かっこいい」
「っつ……!」
ワンショットワンキル──この勝負はどうやら相打ちで幕引きらしい。
慣れないことはするもんじゃない、と思うと同時にたまにならいいかな、と思ってしまう自分も確かに存在した。
「そ、そうだ! ハルくん、うちら勉強するんだったよね」
「あ、ああ……そうだ。テスト! ちゃんとやらないとヤバいんだった」
「そうだよ、せっかくカメラ付けたんだし……勉強、しよっか」
照れ隠しをするようにビデオ通話はつけたまま、いそいそと勉強を始めた。
カッカッとペンを走らせる音が心地いい。
人の目があると集中できる──ましてや画面の向こうにいるのが彼女ともなれば尚のことだ。
勉強する、と言ったのに実際は集中せずにサボっている姿を見せるわけにはいかない。
一時間……二時間、極稀に会話を挟みながらも黙々と。
気付けば丑三つ時、こんなに集中を乱さずに勉強することができるなんて──しかも全く眠くならない、エナドリも飲んでいないのに。
ここまで集中して勉強したのは高校受験が間近に迫った時以来かもしれないな。
それからも勉強を続けていると、いつの間にか窓の外から柔らかな陽光が部屋に届き始めた。
──完徹だ。
だというのに俺は未だに気力に満ち満ちている。
ふぅ~、と大きく息をつく。
画面をチラリと見るとちょうど伸びをしている翼と目が合った。
「おはよ、ハルくん。もうすっかり朝だね」
小さく微笑みを浮かべながら翼。
目が少しトロンとしているのが可愛らしい。
「翼も、おはよう。勉強できた?」
「おかげさまでバッチリだよ!」
「俺も、ここまで完璧に一夜漬けできたのは初めてかも」
「あとはうちの苦手なところが出ないように祈るだけ……」
「俺もヤマが当たってればいいなって……」
俺の言葉に小さく翼が吹き出した。
手で口元を抑えてくすくすと笑っている。
「ね、今日のテスト終わったらさ。そのまま遊びに行かない?」
「いいね、どこ行く?」
翼は手ごたえを感じているのか、早くも放課後のことを話しだした。
……でもその姿にどこか違和感。
そうだ、目線だ。
いつもは目を合わせて話す翼と目が合わない。
カラオケとかゲーセンとか……候補を続々と挙げてくる翼だが、やはり目が合わない。
まあ……俺の気にし過ぎか?
俺はわざわざ翼に直接聞くほどのことでもないか、と自分を納得させて翼と放課後デートの予定を詰めていった。
★ ☆ ★
そして放課後。
テストは可もなく不可もなく……といった感じで終わった。
一夜漬けにしてはよくできた方だとは思う。
平均点を超えてくれたら万々歳だ。
にしても……さすがに少し眠い。
でもこのあとはテスト終わりのご褒美、放課後デートがある。
眠いなんて言ってる場合じゃない。
「おまたせ、ハルくん。いこっか」
「……ああ、そうだな」
どうも翼の様子が気になる。
やっぱり今日は翼と目が合わないのだ。
テストとテストの間の休み時間もちょっと上の空──な感じだったし。
さすがに放っておくわけにもいかないと思い、それとなく聞いてみることにした。
「なあ、翼。もしかして徹夜して眠かったりする?」
「え、いや? 全然、別に!?」
食い気味の否定……怪しい。
眠いわけではなさそうだが、どことなく様子がおかしい。
何かを決めかねてるような……迷ってるような。
──まさか別れ話を切り出そうと!?
いやいや、不吉なことを考えるな。
だったら今日デートに誘ってくれたりなんてしないだろう。
じゃあ、何か別の理由……見当もつかない。
でも聞いてみた感じあまり問い詰められたくはなさそうな雰囲気がしたから、一旦そのことは忘れて放課後デートを楽しむことにしよう……。
学校を出てまず最初に向かったのは駅前の大型家電量販店だった。
おおよそデートには相応しくない場所なのだが、俺たちにとっては天国みたいな場所がある。
それが、ゲーミングデバイスコーナー。
今は据え置き型のゲーム機で遊んでいるのだが、FPSゲーマーにとってゲーミングPCは一種の憧れ。
俺がバイトをしているのは二十万近くするゲーミングPCを買うためでもある。
それは翼も同じで、だからこそゲーミングデバイスコーナーは寄り道するのに絶好の場所なのだ──見るだけならお金はかからないし。
「うわ~、やっぱり高いね~」
「高校生には厳しい額だよな」
「でも欲しいんだもんね」
「自分専用のパソコンってやっぱり憧れあるじゃん?」
「分かるな~、うちもいつかぜっったい買うから!」
目をキラキラと輝かせた翼が眩しい。
いざデートが始まればいつも通りの翼。
……やっぱり違和感は俺の気のせいだったみたいだ。
にしても何だったんだろう、あの微妙な空気感。
そんな俺の疑問はデートを楽しんでいるうちにいつの間にか頭の隅からも消えていた。
俺と翼はその後カラオケに行き、ゲーセンに行き……と日が暮れるまで夢中になって遊んだ。
テストからの解放感が良いスパイスになったんだと思う。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、そろそろ帰ろうか──という空気になったのだが、ここで再び思い出したように翼がもじもじとし始めた。
何かを言い淀んでいるような気配。
「どうかした?」
と聞いてみても言葉をもにょらせるばかりで、要領を得ない。
もう辺りはすっかり暗くなり、制服のままでいたら補導されそうな時間も近づいてきている。
「送って行こうか?」
翼の家から俺の家まではそう遠い距離じゃない。
彼氏の責務としてここは送り届けるべきだろう。
翼はそんな俺の提案にコクリと頷いた。
……おかしい。
家が近づくにつれて口数もドンドン減っているし、歩調もいつもよりたどたどしくてゆっくりしたものになっている。
「やっぱり今日体調悪かったんじゃ……」
心配になって言葉を漏らす。
テスト明け、疲れが溜まっていたのかもしれない。
「違うの、そんなんじゃなくて……」
「……!?」
うるうると瞳を潤ませながら、制服の裾をキュッとつまんできた。
街灯にわずかに照らされている程度だったが、翼の顔は耳の先まで真っ赤になっているのが分かる。
縋るような表情に心臓が跳ねるようにドクンと脈打つ。
その瞬間、俺は本能的に察してしまった。
翼がどういうことを言わんとしているのかを……。
パクパクと口を動かすばかりだった翼が、ぐっと息を吸いこんで擦れた声を絞り出した。
「今日……家に家族誰もいないからさ……その……」
「……分かった」
これ以上は言葉にさせてしまうのは野暮というものだろう。
「……うん、じゃあ……行こ?」
翼が俺の手に手をそっと絡めてくる──
どうやら今日も眠れないらしい。
今後の励みになりますので、ブラバ前に下の★★★★★から率直な評価をしていただけると嬉しいです。