第5話 あの人
あの人に気づいたのは、夏休みもなかほどのことだった。あたしは、いつも涼しい時間にでかけるから、映画館へいくのも午前中が多い。あさいちは空いていて気持ちがいいし、落ち着いて映画をみることができる。
夏休みに入って、例の映画館では閉館に向けたイベントが始まっていた。最近の映画だけでなく、日替わりで往年の名作をみることができるというもの。
とぼしい貯金をとりくずしながら、あたしはせっせと映画館へ通った。
そうしていると、これまでにも何度かみかけたことのある人たちに気づく。いわゆる常連さんだったのだろう。きっと向こうもそう思ってるんだろうな。
ちょっとした不思議な連帯感を持ちながらも、互いに声をかけるようなこともない。それはまあそういうものだと思う。だから、あの人と二人きりになったときも、言葉を交わすことはなかった。
ある日の上映が終わって、テンダーラビット!と、陽気な声に続く銃声が脳内にこだましていた。知っている人は知っている、ということは、いまやさして知られていない往年の名作、『二十日鼠と人間』だ。
同年代の子で、ほかに好きな子、どころか、見たことがあるって子は聞いたことがない。ま、そもそもそんな話をする相手がいないけど。救いのない映画。でも、あたしは好き。
脳内で鳴り続ける銃声を聞きながら、無人のスクリーンを待つ。とぼしいお客さんたちが席を立ち、ほかに誰もいなくなったと思って立ちあがると同時に、もう一人、少し離れた席で立ちあがる人がいた。
それが、あの人だったの。




