ただの泡ですが、今日は冷やし泡です。キンキンです。(2023年8月番外)
猛暑が続いているので、涼しくなる番外編小話です。
今年は異常気象なのか暑い。
窓を開け放ち、部屋の中に風が入るようにしているが、それでも暑かった。
人魚は元々水中で生活しているし、ただの泡に関しては、水分量が俺達より多く熱や乾燥に弱そうなイメージだ。なので暑い日中は、どこでもいいから、涼しいと思える場所に移動して欲しいと伝えてある。多分執務室より、地下の保管庫のような場所の方が涼しく、ただの泡も過ごしやすいだろう。
離れ離れで生活するのは寂しいが、それでもただの泡の体調には代えられない。人間とは違うので、もしも病気になってしまっても、医者や魔女が治せるとは限らないのだ。
そんな中、執務室に戻ると、何故か机の上に雪のような白いナニカが少し深めの皿の中に入った状態で置いてあった。その隣は瓶が置いてあり、その下に、【いーと、みー】と子供が書いたような文字が書かれた紙が置いてあった。
「なんだこれは」
瓶の中はシロップが入っているようで、蓋をあけると甘い香りがする。なるほど。これをかけて食べろと……。
「いや、怪しすぎるだろ」
こんな料理はこの国にはないし、基本使用人を入れないこの部屋に唐突に表れた得体のしれないものを口にするような愚かさを俺は持っていない。
「いーと、みー。溶ける前に食べて下さい!」
「前も言ったが、俺はただの泡を食べる趣味はない」
なんだ。やはりただの泡か。
といっても、ただの泡はいつもより固まっている感じで、ぷるんという動きがない。しゃべる雪といった様子だ。
「ちがいますー。今の私はただの泡ではなく、ただのフローズンです! 暑い中、夏バテになっても執務を頑張る王子に食べられるために来ました」
「だが断る」
今はフローズンだろうと、ただの泡には違いない。彼女にとって食べられることは愛情表現だとしても、俺にカニバリズムの趣味はないので食べる気はさらさらないのだ。というか、しゃべる雪という時点で、食べ物とは脳が認識しない。
「そんな……。全部凍るのにすごく時間がかかったのに……しょんぼり」
いつもなら、しょんぼりする時は泡がしおしおとうなだれるような動きをするのだが、今日は凍っているせいか動かない。その代わりというように、しょんぼりという擬音語を付け加えた……うん。あざとくて、俺の泡は今日も可愛いな。
「まったく。凍って動けなくなっているじゃないか」
俺は皿の上にいるただの泡にそっと手をのばす。ただの泡はしっかり凍り付いていて冷たい。雪のような感触だ。
「寒くなかったのか?」
凍るには時間がかかったと言っていた。つまりは長時間、ただの泡は体が凍るぐらい寒い場所にいたのだ。
「大丈夫です。元々人魚だった時も寒さには強かったので。ちょっと冬眠しかけましたけど」
「それは本当に冬眠だよな? 凍死じゃないよな?」
こんなに暑いのに、城の一角で寒さのせいで冬眠どころか永眠なんて冗談でもやめて欲しい。
「たぶん大丈夫だと思います。ただの泡は一応魔物なので、体も丈夫にできているんです」
確かに毒にも強いし、泡の……いや、体の一部が欠損しても、いずれ元に戻る。丈夫と言われれば丈夫なのだろう……たぶん。
でもたぶんという時点で、あまり無茶はして欲しくない。
「そうかもしれないが、ほどほどにしてくれ。それにせっかく冷たくなってくれたのに食べてしまったら一度で終わってしまうだろう?」
カニバリズムの趣味はないので食べる気はさらさらないが、この努力を一度で失うのは絶対駄目だろう。折角俺のために無茶をして体を凍らせてくれたのだ。
不思議そうにこちらを見ているただの泡をそっと持ち上げた。そして肩のあたりに乗せる。冷たい感触に反射的に背筋が伸びた。
「食べさせようなどとせず、ずっと俺のそばにいてくれ。これなら、体は涼しいし、心は温かい」
「うひょっ」
少しだけ俺の体温で溶けたただの泡が震えた。
その後ただの泡は俺に食べられようとはせず、この夏は時折氷室に行って体を凍らせて、肩乗り泡となり、俺の首に巻き付いて冷やしてくれたのだった。
ハッピーエンド。
「溶けてもただの泡なので、液だれもしません。えっへん」
「そうか。俺のただの泡はすごいな」
「もしも人魚の姿だったら、低温やけどをしていたので、泡の姿は万能ですよねぇ」
「は?」
ハッピーエンド……か?




