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僕は聖なる泡と王の息子です。

ただの泡と王子の息子視点です。

 この国には、沢山の不思議と隠し事と謎がある。

 不思議は【知らないから】不思議で、何故知らないのかは隠されているからで、謎なのは隠した人がどんどん鬼籍に入って答えをもっている人がいなくなってしまったからだけど。

 

「ねえ、おばあちゃん。隠してしまったら、また同じことを繰り返すとは思わないのかな?」

 僕は、僕のおばあちゃんである、ドラゴンの背に乗って空を飛びながら声をかける。と言っても僕はドラゴンじゃない。お母さんは元人魚で今は半泡半人間で、お父さんは人間だ。

 おばあちゃんがドラゴンなのは、昔人間をやめてしまう時に変身薬を飲んだから。まあ、全てが嫌になって逃げだしたくなる事ってあるよね。お母さんも似たような感じで人魚の世界から人間の世界に来たわけだし。


「でも隠さないと、いつまでも変身薬の犠牲者が出たのかぁ。難しいね」

 変身薬による犠牲者は、魔物に襲われた人、魔女狩りの犠牲者も含めれば、相当な数となる。知れば使いたく人間がいるから隠すけれど、隠せば何故変身薬をこの世から消さなければいけなかったかも知らないままなので、うっかり知った時に同じ悲劇が繰り返される。

 何が一番いいか、わかんないなぁ。

 

「どうしたらいいのか分かんない事ばかりなのに、今度から僕が王位継承権第一位になるんだって。……できるかな」

 おじいちゃんが、体調がすぐれないことを理由に王位を退く事が決まった。だから僕のお父さんが王様になる。つまり長男である僕が王太子となるのだ。

 実感はあまりわかないけれど、何となく座り心地が悪くてそわそわする。

「お父さん……父上はね、王太子の頃から凄く優秀だったっておじさんが言っていたんだ。僕はそんなに頭もよくないし、運動神経は妹達の方がいいぐらい。……僕でいいのかな? それとも、早く僕以外にしてって言った方がいいのかな?」

 おじさん達の方が頭がいいし、妹達の方が剣を使うのが上手い。本当に僕が王太子でいいの? と思う。おじいちゃんだって、弟だったけれど王様になったんだもの。長男がなるべきというのは、おかしいんじゃないかな?


 そんな話をすると、おばあちゃんは地上に急降下した。

 僕はその背中にギュッとしがみつく。地上に降りた時はズシンと地面が揺れる。おばあちゃんはとても重いんだ。

「どうしたの? お腹空いた?」

 そう言うと、おばあちゃんは首を振って、足を二回ドンドンと踏み鳴らした。ああ、変身薬が欲しいんだ。

「ちょっと待って。あった。はい」

 僕は背中から降りて鞄を探って、薬を出す。そして、バスローブを用意した。裸のままだと嫌だよね。おばあちゃんの口の中にカプセルを放ると、後ろを向く。

 僕はもう子供ではないから、女の人の裸は見ないようにした方がいいってお父さんが言っていた。お母さんはよく裸だけどね。人魚は服を着ないから、人間の服は窮屈に感じるんだって。


「もういいわ」

 振り向いた先にいるおばあちゃんは、おばあちゃんというのがおこがましいぐらい若々しい姿だ。お父さんのお姉さんと言った方がいいかも。

 これは変身薬の副作用らしい。想像した通りの姿にしかなれないから、年老いた自分を知らない限りずっと若いままなんだって。

 でも内臓とかの年齢は確実に重ねているって、魔女さんは言っていた。普通の人間よりは長生きをするだろうけど、でも変身薬は不老薬ではないからいずれ死ぬ。

「突然どうしたの?」

「いっぱい話したいみたいだから、人間姿の方がいいかと思ったの。アドバイスはいらなかった?」

「ううん。……欲しいかも。アドバイスというか……僕じゃ、王様は無理だよって言って欲しいんだと思う」

 僕自身じゃ、王様にならないって言う勇気が出ない。

 皆僕より優秀なんだから、そう言った方がいいと思うけれど。でも、そうしたらがっかりする人もいるかもしれないし、だから決められない。

 ただ、やめなさいと背中を押してもらえたら――。


「私は無理ではないと思うわ」

「……おじさんより賢くないのに? 妹達より弱いのに?」

「王様がね、一番賢くて、一番強ければ、絶対間違えないというわけはないと、おばあちゃんは思ってる。だって、私のおじい様はとても賢くて、とても強かったけれど……沢山間違えたわ。もしかしたらおじい様は間違えてないと思っているかもしれないけれど……私はとても辛かった。だから、私は間違っていたのだと思うの」

「えっと、おばあちゃんの従兄弟が魔物にされちゃったんだっけ?」

「ええ。おじい様はあの選択が間違ってないと思っているわ。あの時従兄弟を排除しなければ、排除されていたのは私やおじい様だったのでしょうね。でもそうしたら私は苦しまなかった。ただね、もしも私が排除されていたら、貴方も貴方のお父様も生まれなかったという事よ」

 実際におばあちゃんのおじいちゃんに聞いたわけではないから、どうか分からないけれど、でもその後も変身薬を使っていたという事は正しいと思ってやっていたのだろう。まあ、さらにその後変身薬を消す方向に進んだから、もしかしたら、使った時は引き返せないだけだったのかもしれないけれど。

 ただそれを否定すれば、僕も妹も生まれなかった事になる。だから物事は簡単に、正しいか正しくないかなんて言えないんだよね。


「王様はね、一番賢くて、一番強ければいいわけではないと思うわ。きっといい方向に進むには、色々な話を聞ける人。そして少しの決断力がある人。悩むことは悪くないわ」

「そう?」

「例えばね……そうね。貴方の部屋を想像して。どれだけの人が働いてる?」

「使用人って事?」

 城だとメイドでも色々役割があるし、護衛とか、どこまで含めればいいだろう。

「いいえ。貴方の部屋にはベッドがあるでしょ? 誰が作ったの?」

「誰……家具職人?」

「それだけではないわ。木を切った人、布を縫った人、布を作った人、綿花を育てた人。テーブル、花瓶、全て一人で作ってないわ。多くの人が関わって一つの作品ができて、さらにそれが部屋の一部になる。国も同じ。一人だけでは動かないわ。そして、迷う事、自分を疑える事は、大事よ。王様は最後のブレーキだから。絶対正しいと思っている人は、間違っても止まれないの」

 止まれない……。王様だけが止められるのに。


「今すぐ結論を出さなくてもいいんじゃないかしら? 私は向いてないとは思わない。でも嫌になるかもしれない。そうしたら逃げ出しちゃいなさい。悪い例が目の前にもいるでしょ?」

 そうおばあちゃんはウインクした。

 そうだね。変身薬で本当に逃げちゃったもんね。そう思うと、僕の家系図は逃げた人が少なくとも二人いるんだから、僕が逃げ出してもおかしくない。

 ただその前に一言お父さんとお母さん、それから妹達には伝えておこう。家族が僕を愛している事は知っているし、僕も皆が好きだから。

「ただ、そうね。折角だから、王太子になったらおばあちゃんの国と仲良くなって、そこに住む魔物を調べてくれないかしら? もしかしたら……私の大切な人も魔物として生きてるかもしれないし。ね?」

「うん。いいよ。じゃあ、もし嫌になったら、僕もここで魔物として生きるね」

 おばあちゃんとの約束。


 それまでおばあちゃんと、いっぱい話そう。

 きっとこの国の歴史で隠された部分は怖い事が多いけれど、僕が知っていれば、少なくとも僕は止まれるから。

 そして、止まらなくちゃいけない時、いっぱい話して色んな人に助けてもらおう。

 こんな僕が王様でもいいと皆が言ってくれたらだけど。

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