ただの泡は見た!
ただの泡こと、シャボン視点です。
私はただの泡だ。
元人魚で、現半泡、半人間的な生活を送っている。夫は人間で、職業は王太子。子供は3人で、一番上が長男。長女、次女は双子だ。
こう書くと、あまりただの泡のようではないけれど、見た目はまさしく波の花。色は出来立ての波の花と同じきめ細やかな白色。夫である王子は、いつもきれいだと褒めてくれるので、結構この色味は気に入っている。勿論人間姿の時も褒めてくれるのだけど。
そんな私の趣味は、色んな生き物の観察だ。
生き物は同じ種でも、個体ごとで違うから面白い。特に知能が高い生き物ほど、その生活に個体差というものが大きく出てくるように思っている。だから人間の観察はさらに面白い。勿論、知能がそれほどない生き物の観察も楽しいので、そういった生きものも随時観察している。
特に泡の体になってからは、同時にいくつもの場所を観察できるようになったのがとてもいい。人魚だった頃は、体がもう一つあればいいのにと思う事がよくあった。それがただの泡になってからは改善されている。
人間になる時に、できれば泡にもまたなれるようにしてほしいと我が儘を言ってみて良かった。おかげで、私は毎日好奇心が満たされて楽しい。勿論、王子と一緒に居られるのも嬉しいから人間になった事に後悔はない。趣味は観察だけれど、色々観察してきて、この世界で一番心惹かれて一緒に居て楽しいのは王子なのだから。
まあともかく、私は人間の観察を良く行っている。その中でもやはり情報がより多くなるのは、王子と関係がある人間だ。というのも、ただの泡の姿は長距離を移動するには不便なのだ。
それでも王宮で働いている人だけでも結構な人数がいるので観察しがいがある。
ただ王子の周りの人間ウォッチングを始めてから気が付いたのだけれど、王子とその周りの感情の温度差が凄く激しい。王子は自分は代えがきく人間だと思っている節があるけれど……ただの泡から見ても、代わりはいないよねと思う場面にちょくちょく出くわすのだ。
【ケース1】
これは王子の弟という立場の少年の部屋に入った時の事である。
王子は弟とは母親が違い、一緒の城に住んでいるとは言っても、ほとんど他人のようなもので顔を合せるのも年に数回だと言っていた。だから弟はもしかしたら自分の顔すらあまり覚えてないんじゃないかと言っていたけれど――。
『いや、顔、覚えてますね、これ』
部屋に貼られた王子の肖像画の数々。四面どころか天井にもあり、目線が鬱陶しくて落ち着かない。更にどうやら自分でも王子の絵を描いているらしく、描きかけの油絵が置いてあった。……これだけ王子の顔があって覚えてないはないだろう。
そして王子の話を色々な使用人に強請る様子を見て確信する。どう考えても、弟は王子が好きだと。
キラキラした目で見られた人は大抵王子の情報を流していた。どこの世界も大人は子供に弱い。しかしこの弟、相手からどう思われるか分かっていて、わざと子供っぽい動作をしている節がある。何故なら普段の姿と、王子の話をねだる時の姿がかなり違うからだ。たぶんより子供っぽい方が簡単に情報を流してもらえるからだろう。
さらに家庭教師に、自分の夢は王となられた兄に仕えてお支えしていく事と言っていた。周りの評価を気にしてわざと嘘をついている可能性がないとは言えないが……違う。あれは本気だ。
更に自分を利用して王子を陥れようとする貴族がいれば、反撃が容赦ない。自分が幼い事を武器にして情報を仕入れ、権力等をふんだんに使って排除している。これは、王子が判断を誤れば大変な事になりそうだと私は思った。
【ケース2】
これは王子の従兄にあたる公爵子息の屋敷に忍び込んだ時の事だ。
王子はこの従兄はとても優秀で、彼が国王になっても問題がないような事を言っていた。どうやら王子が苦手とする、貴族とのやり取りも完璧で、穏やかな人柄であり、人気があるそうだ。
確かに公爵子息を悪く言う噂はあまりきかない。しかし逆に、公爵子息が王子を悪く言う話も聞こえてこなかった。とはいえ王子と公爵子息はあくまで仕事でのやり取りがあるだけで、プライベートで仲がいいところは見ない。果たして公爵子息はどういう考えの持ち主なのだろうか?
そこそこ人間の文字も覚たので、彼の持っている本などからも色々推測できないだろうかと考えた。帝王学的な本を読んでいるならば王位に興味がある可能性が高いと思ったのだ。そして、彼の部屋にはそれらしい本が並んでいた。これは本当に王位に興味があるのかもしれないと思った時だった。手書きで【殿下観察日記】と書かれた謎の本を見つけてしまったのは。
『殿下って、王子の事ですよね?』
そんな背表紙が付いた本がずらりと十冊以上並んでいる。
更に机の上にも最新号らしきソレがあったので、解読を試みる事にした。その結果――。
『……私より王子について良く調べてあります』
若干の敗北感。私はまだまだ王子を知りつくしていないらしい。
そしてその上で言えるのは、あの観察日記は愛だ。私が知りたい王子の情報が事細かに書かれている。いや、それ以上と言ってもいい。それが十冊以上……。王子を愛しすぎている感が半端ない。
こちらも王子が判断を誤れば、とんでもない事になりそうな予感をひしひしと感じた。
【ケース3】
これは王子を苦しめる、王様と現王妃様がどんな人物かをこの目で見極めようと忍び込んだ時の事だ。
そこで見たのは王様が、ものすごく現王妃様に怒られている姿だった。
「自分達が政略結婚にどれだけ苦しめられていたか分かっているでしょう?! なのに、何故、殿下に結婚の話を出すんですか?!」
「だが、息子が付き合っているのは、爵位もない女性だと――」
「そんなもの、その女性を何処かの貴族の養子にすればいいだけの話ですよね? 殿下は王位継承権第一位で、今更揺るがない程度に民からの人気もあります」
「しかしだな。もしもその弱い部分に付け入られて――」
「誰が付け入るんですか?! 物事の最悪を考え続けるのは悪いことではないですが、殿下を苦しめたら本末転倒でしょうが?!」
確かに。
乳母の言う通り、王子を苦しめるやり方は賛成できない。
「それにいい加減、ホウレンソウを覚えて下さい」
「だから、ちゃんと結婚について相談して――」
「あれは相談ではなく、結果報告というんです。王子の話を聞く前に結婚相手を見繕ったなんて言ってどうするんですか?! ただでさえ嫌われているんですよ? 拗れるだけに決まっているでしょうが。まずは結婚をどう考えているのか、本当に付き合っている女性はいるのかの確認が先に決まっているじゃないですか? その上で、王子の希望を聞く。王になる上で問題あるなら、どう解決するか相談する。貴方の頭の中ではじき出した最善を押し付けたって、反発するに決まってるでしょ?」
……王子の話していた乳母は、どちらかというと大人しい女性、またはしたたかさを隠し持つ女性のイメージだった。しかし、何故か肝っ玉母ちゃん風で王様を尻に敷いている感じがしてならない。
その後もでもだってを繰り返し、ひたすら最悪の想像を伝える王様を、口で諭し、時に殴って諭す様子を見て思った。
王子が嫌っているのは知っているし、実際王子が酷い目に合ったのは事実なので、王様が嫌われ続けるのは構わない。でも……王子の血筋の人って、もしかして外面が良すぎて、内心を吐露するのが苦手で言葉が足りないのではないかと。
『王様は反面教師にして、王子が子供達から嫌われないように気を付けよう』
いやでも、子供が、王子の弟や従兄のようになる可能性も……。極端な一族だなと思いつつも、王子が生きやすいように手助けをしていこうと思う。
という具合で、王子はかなり周りから愛されている。
ついでに言えば、使用人どころか王都にいる人々の好感度はうなぎ上りだ。王都にあったスラムをなくす為に収容を広げた孤児院。ただそこにお金を投じるだけでなく、王子は自分の足で訪問し、手料理を振る舞われ、職員にも気を配る。職員が心身共に健全でなければ子供も健全に育つはずがないと王子は当たり前のように言うが、当たり前でないのが今までの状況であり、この国以外の普通なのだ。
そしてそんな事が、王子の周りではそこかしこで行われている。
ただとても愛されるけれどそれをうまく受け止められないのが王子だ。まあ、王子のこれまでの人生を調べる限り、王子が人との距離をとってしまうのも分からなくもない。
私としては、王子が幸せなら、周りからどう思われようと別にいいというのもある。……でも道を誤ると、愛がとんでもない化学反応を起こして王子を傷つける可能性が高いので、それだけは要注意だ。愛の反対は無関心というけれど、大抵の愛は反対側まで行かずに憎しみに変わったり、執着や狂愛に変わったりする。
だから私はそうならないように王子に私が知った事を伝えようと思うし、もしも王子が苦しむぐらい傷付く事になるならば、海の中に攫ってしまえと思っている。
だって、私が一番大切なのは王子なのだから。
私はただの泡なので、これからも色々見て行く。私の大切な者の為に。




