僕はただの人魚ですが、叔母さんはただの人魚ではありません。
ただの泡の人魚の甥っ子視点です。
「ねえ、あれかな?」
「うーん。どうかな?」
「尾がないから分かりにくいけど、多分あれだよ」
「髪色が違うけど?」
「人間の髪色は金か白か茶か黒しかないから、変えたって言ってなかったっけ?」
僕らは岩礁の影から、沖で泳いで遊んでいる人間を見ながらひそひそと相談する。僕らは世にも珍しい人魚の五つ子だ。生まれたばかりの時は、五つ子も珍しくはないけれど、五人そろって成魚になれる事はまずない。大体一回の産卵で成魚まで生き残れるのは、一人か二人だ。全滅という事だってよくある。
全滅した場合、両親の相性が悪かったんだと言われ、再びその二人で子供を作る事を避けるけれど、五つ子として無事に成魚まで育つ事ができた僕らは分かっている。
全滅したのは親の育て方が悪かっただけだ。というか成魚になれたのは、ただただ運が良かったと言うだけのパターンが多い。
何故そう思うか?
答えは簡単だ。僕らの育ての親である叔母さんが育てれば、80%以上が成魚まで生き残れる。勿論、成魚までずっと育てられるわけではなく、幼魚の途中で僕らは自立し兄弟で生きて行くので、自立後に死んで成魚になれない事もある。でも僕ら人魚がもっとも死ぬ確率が高いのが、稚魚から幼魚になるまでの間だ。
死ぬ理由は色々で、外敵によってという事も多いが、特に多いのが病気によるもの。この外敵から守るのは親の役目だとすべての人魚が思っているので結構な割合で防げるが、病気からは守ってもらえない。ただ衛生面を気を付けるだけで、病気になる確率を下げられるのに、そんな事を気にする人魚はいなかった。下手をすれば、病気は自然の淘汰だと言い、何もしないことが生き残った人魚を強くすると考える。
もしもそれが事実だとすれば、叔母さんによって衛生的に育てられた僕らは弱い個体という事になる。しかし実際は、協力し合って成魚まで成長する事ができ、人魚の中でも結構強いと自負していた。だから何もしなければ強く育つというのは、嘘である。百歩譲って、何もしなくても強く育つ事もあるのかもしれないけれど、何かしてはいけないというのは間違いなく嘘だ。ただ、こまごまとした世話を苦手とする為にそういうだけだ。
しかし、叔母さんは周りから色々言われる事に嫌気がさして、人魚の世界を捨ててしまった。僕らがもっと早く成魚となれれば違ったかもしれないけれど、叔母さんが魔女に頼んで人間となったのは兄弟の中で一番上の僕らが成魚になる前だった。叔母さんに世話を助けてもらっていた母さん達は叔母さんの行動に苦言するばかりだった。
母さんは多分叔母さんのやり方が間違っていないと分かっていたけれど、でも周りの意見に屈して、同調するばかりだ。僕らも成魚するまでの間に、人魚の普通から逸脱しないことが、上手に生きる方法だという事は嫌というほど学ぶ。人魚の世界は年上の意見が絶対に近い。長く生きたものほど、多くの知恵を持っている強い者だと思われるからだ。
だから叔母さんに苦言はしていたけれど、母さんはある意味叔母さんを守っていた。普通ではないからと排除しろという年寄りたちの意見を自分がなんとかするからと抑え込んでいたのだから。
でもできるなら、僕らは僕らを大切に育ててくれた叔母さんをもっと守って欲しかったと思う。
だから叔母さんが人間となってしまったのは残念ではあるけれど、仕方がないかなと思っている。ただ、僕らは叔母さんの育児法を教えてもらいたい為、どうやって近づこうか悩んでいた。
叔母さんは人間との間に子供も作っている。だから人間の言葉もちょっとだけ覚えたけれど、正直難しい。どうやって覚えたんだよ叔母さん!! と叫びたくなるレベルだ。だって盗み聞きで覚えるしかない状況だし。
「それで行ってみる?」
「行くしかないよな?」
「違ったら速攻で逃げられるようにしないと」
「人間の子供は? 人質にする?」
「人質は止めろよ。叔母さんには恩になってるんだから、人間に害は及ぼすな。アイツら泳ぎが下手だし、違っても逃げ切れるはずだから」
時折人魚を観賞用として捕らえる人間がいる。だから僕らは人間には近づくなと他の人魚から言われていた。
でもあそこにいるのは、母親と子供三人のみ。
大丈夫なはずだ。
僕らは波にのりながら、浅瀬の方へと移動した。
「あ、あのっ!!」
誰が声をかけるか目配せしあった後、俺が話かける事になった。人間に話しかけるのは初めてだ。どう言う反応をされるか分からず、ドキドキとする。
波の音で消されてしまわないかと緊張したが、子供と遊んでいた女性は俺達に気が付いた。そしてすぐさま子供を陸に上げ、こちらをマジマジと見てきた。
『お母さんがいいというまで、海に近づいては駄目よ』
『ねえ、あれって、人魚?!』
『人魚姫?!』
『男もいるから姫は可笑しいんじゃないか?』
警戒する母親をよそに、子供達は興味深々な顔で僕達を見て来た。正直、人間の顔はあまり見分けがつかないけれど、この三人は特に似ている気がする。多分兄妹だろう。
『怪しい者、違う、デス』
『怪しくないんだって』
『怪しくないっていう方が怪しくないか?』
一応僕の人間の言葉は伝わったらしく、子供達が僕の言葉を繰り返す。
「私達に何の用かしら? ……もしかして、姉さんの子供?」
人魚の言葉を話し出したので、やはり僕らの知っている叔母さんで間違いなさそうだ。更に叔母さんは僕らが誰かに気が付いてくれた。幼魚時代に別れてしまっているから分からなくても仕方がないと思っていたのに。
「そうだよ!」
「叔母さん、久しぶり!」
「本当に人間になったんだ」
「足痛くない? 地上って熱くない?」
「お前ら、ちょっと黙れ。順番に話さないと叔母さんも答えられないだろ」
五人もいるために挨拶だけでも五月蠅くなる。
叔母さんごめんと思ったけれど、叔母さんは特に気にした様子はなかった。そう言えば、僕らを育てている時も、全員で叔母さんに色々言っても混乱する事もなかったもんな。おかげで僕らも母さんや父さんより叔母さんばかりに色々言っていた気がする。
「久し振り。人間に変身しても特に痛みとかないかな。温度は、人魚の時よりも高温に耐えられるようになっているよ。というか、多分普通の人間より丈夫になっていると思う。それで今日はどうしたの? わざわざ人間に近寄ったって事は、魔女さんに居場所を聞いたんだよね?」
その通りだったので、俺はおずおずと頷いた。
「えっと。色々あって――」
「叔母さん、人間にいじめられてない?」
「叔母さんの結婚相手の王子ってどんな人? 酷い事しない?」
「子育てについて教えて。なんか、叔母さん、水をきれいにする魚とか飼ってたよね」
「水温もちょっと温かった気がする」
「だから、僕が話してるだろ?! 僕だって叔母さんが心配だし。あと子育てについて色々聞きたいし!!」
何で話しかけようって言った時は僕が話しかけろって目配せしたくせに、いざ相手が叔母さんだって分かると、勝手にしゃべりだすんだよ!!
「色々聞きたい事があるのね。ちょっと待って」
『ねえ、この人魚は母さんの甥っ子と姪っ子で、ちょっと話を聞いてあげたいんだけど、大人しくできる? 駄目なら、一度城に帰って母さんだけで話を聞こうと思うけど』
叔母さんは、陸地から僕らの事をマジマジと見ていた子供達に何やら話しかけた。多分、俺らとの時間を取るからどうするか聞いているって事でいいんだよな? 人間の言葉はまだ分からない単語も多い。独学でしゃべれる叔母さんはマジで頭いいと思う。
『えっ。私も人魚の事聞きたい!!』
『私も!!』
『えっと。俺にとっての親戚なんだよね? だったら、俺も話してみたいけど、人間の言葉って分かる? さっきちょっと話しているみたいだったけど』
『多少は分かるとは思うけど、私が通訳するから聞きたい事を聞いてもいいわよ?』
多分俺らの話を聞きたいって言ってるんだよな?
上手く話せるか分からないけれど、彼らは叔母さんの子供。ちょっと話してみたい気もする。
「なら、水着から一度服に着替えさせるからちょっと待ってくれる? 人間にはこの水温はまだちょっと寒くてね、人魚の血を引いているから若干寒さに耐性があるけれど、長時間は良くないの。それに話しているだけだと、動かないから余計に体温が下がってしまうし」
「いいよ。僕らがいきなり押し掛けたんだし。子供を優先してあげて」
ある意味彼らは僕らの弟や妹みたいなものだ。
だったら年上の俺らが面倒を見てあげないといけない。叔母さんを独占できるのは少し羨ましいけれど、叔母さんは昔と変わらず僕らの話を聞いてくれるし、我慢できる。
それに、自分の子供を面倒見てる叔母さんは……何というか、本当に幸せそうに見えた。
「叔母さん幸せそうだね」
「というか、あの女の子可愛くない?」
「可愛いけど見分けつかないよ」
「男の子は大きさが違うから分かりやすいけど」
「とにかく叔母さんが幸せそうでよかったよな」
人魚の世界を捨ててしまった叔母さん。もしもそれでも幸せでないなら、海に戻ってきてと言おうと思ったけれど、その必要はなさそうだ。
子供たちの服を着替えさせるために地上を移動する叔母さんを眺めながら、僕らはそう囁きあった。




