ただの泡ですが、王子と結婚します。
俺の誕生日会は王太子という事もあり、かなり盛大だ。というより、王と王太子の誕生日を強制定期に祝う事で祭を作り出し、お金の流れを作っている。
こういうものがなければためこむ者が増え、経済が回りにくくなるためだ。個人的には盛大に祝う必要などないと思うが、自分の考えと国としての機能はまた別だ。
そういえば、誕生日会は毎年公爵子息が妙に張り切っているなと思っていた記憶がうっすら出てくる。この間の鯉の品評会を開いてもそれほど気にもならなかったのは、俺が彼はお祭り騒ぎが好きな人間だと思っていたからだ。ただ好きなだけではなく、経済効果も見越しているので素晴らしい能力の持ち主というイメージでいた。
だからこそ、彼に王位が回っても何とかなると思っていたが……もしや。俺の誕生日だから、気合を入れて色々していたのか?
勝手に思い込んでいた部分が見えて、ダラダラと嫌な汗が出る。
「おい。ただの泡」
『何ですか?』
「俺がもしも王にならないと言ったら……この国は大丈夫か?」
誰でもなれる。
なれるだけの人材もいる。
俺の仕事だけ上手く引き継ぎできれば問題ない。
そう思っていた。俺という歯車の代わりは、いくらでもいると。
『大丈夫ではないでしょうね。前に自分の事を歯車と言ってましたけど、王子の歯車は、周りの歯車の兼ね合いで特注品な為、代わりはそうそう見つからず、なくなると国が壊れるか、一部機能停止になるというか……ですかね?』
「君とまだ生きていきたいから、壊れるのは困るな」
機能停止も、どの部分かによっては致命傷となる。
食糧難が出た場合、強制的にただの泡を食べさせられる危険が……。愛が試されすぎて、色々無理だ。俺には愛する者を食べる愛はない。
「早急にそこを改善する必要があるな。まずは俺が抜けても大丈夫な基盤づくりだな。王太子一人抜けたぐらいで機能停止するようなシステムは脆弱すぎて危ない」
『そこで、なら自分が王にならなければ!! にはならないんですね』
「王にはなるつもりはあるが、だが俺は永遠の命を持っているわけでもない。だから色んなパターンに備える必要があるだろ。もしも辞めたくなった時に、機能停止されたらたまらない」
『もしもって……着実にスローライフの準備しているのが怖いですけど。まあ、そうですね。なんだか、王子派が着実に増えていますが、頑張って下さい』
スローライフの準備とは、料理の事だろうか?
別に料理が最近の趣味となっているが、特に問題ないと思うが? 料理長の仕事をあまり奪っても可哀想なので、孤児院などの訪問先で料理を振る舞ったりするようにと気は使っている。それに折角作るなら美味しいに限るしな。何度も練習を重ねるのは当然だ。
その点、孤児院なら何度やっても喜ばれる。
子供はこの国の未来だ。しっかり栄養を付けて、一人前になってもらう必要があるのだから、ウィンウィンの関係だと思っていいる。
それにしても王子派が増えてるって公爵子息や弟が何かしてるのだろうか? あまり無茶をするなと言わないとだな。狂信的に信仰されると、理想とするものから外れた時の反動が怖いからな。
俺が広場に出れば、民衆から歓声が上がった。
年々集まる人数が増えているのは、人々が仕事を一時的に止めても生きているだけの余裕があるという事。つまりは裕福になっている証拠だろう。
「今日は私の誕生を祝ってくれて感謝する――」
俺は民衆に向かい、話しかけた。国の平和を祝う言葉や、民衆を労わる俺の声が広場を響き渡る。
どうやらお喋りを止め、俺の話を聞いていてくれるようだ。
これも裕福になった証拠だな。教育が行き届かなければ、話を聞くという体制が中々作れない。そして教育ができるという事は、それだけの余裕が王都にはあるという事だ。
もちろん王都だけ栄えればいいわけではない。地方も何とかしていくべきだろう。こちらはこれからの課題だな。
「――さて、挨拶もこの辺りにして、一つ皆に聞いてもらいたい話がある」
俺はただの泡をそっと前にかざした。
「既に知っているかもしれないが、今、話題になっている絵本の話は本当の話だ。私の手の中にいる泡が、私の最愛であり、【聖なる泡】である」
俺のこの告白には、流石にざわめきが起こる。
それは最初から分かっていた事だ。警備する兵士には、もしも石などが飛んできても何もするなとは言っておいた。多分それを無理に止めるのは悪手だ。
身の危険に迫るものをされれば、秩序の為に首謀者を捉えるが、ここに居る【聖なる泡】は慈悲深い泡なのだ。やられたからやり返すはできない。
なので石が飛んできたら俺が身を挺して守るつもりだ。しかし俺の告白に石を投げつけるものは誰も居なかった。
「まずは彼女の能力を見てもらおうと思う。すまないが、例の者を連れてきてもらるか?」
「かしこまりました」
俺が傍で控える公爵子息に声をかければ、彼は籠に入った魔物を連れて来た。元魔女である、ダオだ。
ダオの外見は小動物なので、魔物かという声と、可愛いという声が聞こえてくる。魔物だろうと襲ってこないならば、可愛いは正義だ。
つまりただの泡は正義――んん。話がずれるから、今は考えないようにしよう。
「この魔物は、かつて王家を混乱に落とした魔女だった。しかし彼女にも守るべきものがあり、神の意志で魔物にされたが、ずっと反省をし改心した為、神は許しを与えよとおっしゃられた」
神なんていないけどな。
全ては彼女と王家の問題である。反省なんてしてないだろとも思う。ご都合主義な人間の空想の話だ。しかしそれでただの泡と生きて行けるのなら、俺はその空想の登場人物となろう。
俺はダオを檻から出した。
ダオも大人しく従っている。そういう約束だからだ。俺らに協力する代わり、俺はダオと魔女を保護するという約束をした。ただし変な薬は作るな、もし作っても世に出すなとは言ってある。
大きすぎる力は扱う側の技量が試される。
ただの泡は手のひらから地面に降り立つと、こっそりと体の中に隠し持っていたカプセルをダオに飲ませた。次の瞬間、魔物の体が光り輝き、ダオは人間の姿へと変わる。ただし裸なので公爵子息がすぐさまその体に長いジャケットをかけた。
ダオが人間の姿になった事で、民衆はざわめいた。
当然だろう。魔物が人間になったのだから。
「これが【聖なる泡】の力だ。彼女は魔物になるよう呪われそうになった俺を庇って、泡の姿になってしまったんだ。俺は彼女を愛している」
『私も王子を愛しています』
劇のような口調で、俺がただの泡への愛の言葉を捧げれば、彼女もまた俺に愛の言葉をくれる。
俺はただの泡を再びすくい上げ、掌にのせると自分の口元に近づけキスをした。
そしてこっそり、先ほど魔女が飲んだものと同じ薬を飲ませる。次の瞬間、ただの泡が光った。俺は彼女を床に優しく置き、すぐさま自分が着ていたジャケットをかける。本当なら彼女の素肌は誰にも見せたくなかったが、色々考えた結果最低限、一度は泡から人間に変身する場面を見せた方がいいとなった。
ただの泡は、人間で、呪いによって泡になってしまったと思い込ませる為に。
「奇跡だ!」
「凄いです、兄上!」
公爵子息が叫び、弟が拍手する。
その瞬間、民衆から歓声が上がった。よく分かっていなかった者もそれにつられ、拍手したり歓声を上げる。
今はお祭り。つまり皆気分が高揚しており、流されやすいのだ。そして、場は一気に肯定的なものとなる。元々想定した石を投げつけられるなどもなかったので、本気で肩透かしなぐらいあっさりと認められてしまった。
「私は、彼女とこの国を支えて行こうと思う」
「私も王子を支え続けます。まだ呪いが体に残っているので、泡になってしまう事もあるかもしれませんが」
実際は、自分の意志で変化ができるようになっている予定だ。無理だとしたら、また魔女が何か考えるだろう。
どちらにしろ、今は呪いが愛の力で解け、そして王太子が愛を誓ったと伝わればそれで十分だ。俺はシャボンの体を抱きしめた。
「これで、卵が産めますね」
少し恥ずかし気にこそっとささやかれた言葉に、俺は固まった。
人間は卵は産めない。そして俺は今もなお、夜の経験がないままだ。
……もしかしなくても、人間と人魚の違いを俺がシャボンに一から教えるんだよな?
どうやら、俺の愛はまだまだ試されているようだ。




