ただの泡ですが、国一番の有名泡です。
【 あるところに、一人の聖なる乙女がいました。
その乙女は、王子を助けるために、海の泡になる呪いを受けてしまいます。しかし聖なる泡は、自分の身が変わってしまっても王子を助け続けました。ある時は毒から守り、またある時は国の危機を一番に王子に伝え国を守り続けたのです。
そんな泡に王子も心を開き、彼もまた聖なる泡を愛しました。
そして愛の力により、泡は人間にも姿を変えられるようになったのです。めでたしめでたし。】
「……微妙に実話な所為で、なんともいえない気分になるな。でもどう読んでもご都合主義過ぎるだろ」
『世は、ご都合主義を求めているんですと公爵子息は言っていました。悪人は裁かれ、善人にはいい事が起こる。努力は報われ、愛は奇跡を起こす話が、いつの時代でも皆好きなんです』
このストーリーがベースとなり、ここに悪い魔女を懲らしめいい魔女にしたり、魔物に変えられた人間を再び人間に戻すなどのストーリーが加えられた絵本や大衆小説が、今流行っている。
公爵子息や弟の宣伝で。
金と権力とコネの強さだ。そしてこの王子のモデルが俺で、実話では? という噂がまことしやかに流れている。……いや、普通、泡が愛の力で大活躍する話を実話だと思う奴いないだろと思うが。俺の頭が固いのだろうか?
『実際、奇跡ではないですか? 公爵子息と弟君がタッグを組んで王子を王にしようとしているんですから。これこそ、愛が起こした奇跡です』
「……脳が色々処理しきれない」
愛の種類が違う。そしていつから俺はそんなに愛されていた?
さっぱり理解できない。俺を愛して俺を王に仕立てた所で、何の利点が? 嫌いなものが王になるぐらいならというものがあるかもしれないが、それなら自分がなればいいわけで。
俺の事を無欲無欲と言ったが、どっちが無欲だという話だ。
『後は魔女さんの薬で、大勢の前で私が人間に変身するだけですね』
「本当に大丈夫か? もしもただの泡を攻撃してくるような奴がいたら……」
『大丈夫ですよ。私、丈夫ですし。それにあの話は王太子の話だという噂がかなり浸透していますから、よっぽどの危険はないかと。それに最近【人魚姫】という悲恋のお話も流行っているみたいです。この話は愛を貫き泡になっておしまいですが、そこからの聖なる泡の話に結び付けた二次創作も大流行中でして』
現実は小説より奇なり。
まさかその二次創作が大正解な世界だなんて、誰が思うだろう。俺が読み手なら思わない。というか、いつの間にか文字が読めるようになったんだな。流石俺の泡。賢い。
『今の私、国一番の有名泡ですね。そろそろ【ただの泡】とはいえなくなってきましたが、でもやっぱり私は、王子が好きなだけのただの泡です』
「それは、俺が王子である以前に、シャボンを愛するただの男だという話と同じ意味でいいのか?」
『ですです』
……ただの泡という表現の所為で、謙遜が過ぎる気がして、何とも言えない言葉まわしに聞こえてしまう。でもただの泡なんだよな。俺が愛しているだけで。
そんなこんなで、ただの泡を皆が同情する愛され有名泡にしてしまえ作戦は終わり、今度は【聖なる泡】としてのお披露目作戦へ移行することになった。
決行は、俺の誕生日の祝賀会。中央広間で行う。
ついでに元魔女のダオにも参加してもらい、ちょっとしたトリックで人間になってもらう事になっている。本当ならネームバリュー的に俺の母がいいが、流石に町中にドラゴンを連れてきたら大騒動で祝賀会どころではなくなる。それに母も今さら表舞台には立ちたくないだろう。
彼女が人間になる事を望むのならばその手助けはするが、表舞台に立ってもまた苦しむだけだ。たぶん今の彼女なら、平民としてひっそり生きた方がいい。
『王子は、何だかんだ甘いですよね』
「何がだ?」
『お母様利用した方が、いい事もあると思うんですけど。あっちも王子に関して色々責任を感じて断れないでしょうし』
「いらない火種になるだけだ。利用しきれない道具は持つべきじゃない」
道具という言い方をすると冷たいかもしれない。でも母は美味しいご飯を作るだけのつもりが、火事で家を全焼させました系になる立ち位置だ。だったら、初めからない方がいい道具だ。それに母に関しては、皆既に亡くなったと思っているのだから。
「母が戻りたいというのなら別だが、そうでないなら……そうだな。母の初恋相手が生きているのか探ってみるのがいいかもしれないな。魔物になったと言っていたが殺処分された所を見たわけではないし、魔物として生きている可能性がなくもない。もし見つかれば、その者の意見も聞き、判断するべきだな。二人で静かに暮らしたいというのなら、それでいい。復讐を望んでいるのなら、母には知らせない方向となるけどな。だが、生きていける事を知れれば相手国の弱みを握れるし、この国にとって悪い話ではない」
魔物の話はどの国も隠したい話だろう。
そして魔物になったものがまだ生きているとすれば、顔を青くする者が出てくるはずだ。うん。思った以上にいい手札にできそうだ。使い方を誤れば大惨事になるが、弱みは握っておいて損はない。
『やっぱり甘いです。復讐を願っている場合はお母様に知らせないって、傷つけたくないからですよね?』
「いや? 母がその意見に同意して、二人で国家転覆を企まれると面倒だからだが? 二人でひっそり暮らすを選択するなら、逆恨みされる率も下がるし都合がよくないか?」
ただの泡に話してから、俺は俺の酷く計算高い部分に少しだけ落ち込む。
俺は元々こういう考え方しかできない。人に好かれたいと思ったこともなかったから、どれだけドン引きされても気にもならなかったが……今はただの泡にいい部分だけを見せたいと思ってしまう。今更だけれど。
「その……悪い。本当はただの泡が言うような、母思いの男だったら良かったんだが」
合理的に判断する事が、王子として必要だった。この先王となるなら、やはり必要だ。
『いいえ。王子が正直者だという話です。人は後ろ暗いと感じれば自分をよく見せようと隠しますが、私は隠さない王子が好きですよ? それに王子は合理的だと言いながら、結局優しいんです。合理的に理由をつけて相手の心が一番幸せな道を選んでくれる。だから皆、王子が好きなんです』
「ただの泡は……本当に俺を甘やかすのが上手だな」
『はい。王子への愛は国一番を自負しています!』
えっへんと反り返るただの泡が愛しくてたまらない。
『だから、私は【聖なる泡】役頑張ります。もう、本気の女優魂出しちゃいますよ!』
「それは頼もしいな」
俺は泡と笑い合い、喜劇の舞台へと向かった。




