ただの泡ですが、聖なる泡に私はなる!
とりあえず、公爵子息と弟は仲が悪い。そして二人から何故か好意を抱かれている俺は、これまでガン無視だったと……。
俺を含め、王族は全員外面がいいはずなので、体面的には問題なく過ごしていたと思うが……、思いたいが……。やめよう。考え始めると、本気で部屋に戻りたくなるし、今戻ったら今日の事を夢だと思うに違いない。
「あー、話しを戻すが。私の愛する人には、実は公爵子息にも内緒にしていた話があるんだ」
「貴方も信用されていないじゃないか」
「うるさい。黙りなさい。いる事すら知らない弟の癖に」
「いや、言わなかったのは二人を信用していなかったからじゃないんだ。秘密にしていたのは……彼女の存在すら、危うくするほどの秘密だからだ」
まだ喧嘩をし始めそうな二人を遮り俺は強制的に告白タイムにする。このままではいつまで経っても本題に入れない。
「存在が危ういとは? ただの平民の女性ではないという事ですか?」
公爵子息の言葉に俺は頷いた。
「ただし約束して欲しい。俺の話を聞けば、彼女を受け入れられなかったり、俺との関係を受け入れられない可能性が高いと思う。だが、どうか、受け入れられなくても彼女に危害を加えないで欲しい。彼女がいなくなったら、俺は生きていけない」
「勿論、か弱い女性に何かしようとは思いません。ただしそれは殿下に危害が加えられないことが前提です。そこは大丈夫でしょうか?」
「それは問題ない。彼女はこれまでに俺を何度も助けてくれている。もしも俺の命を奪う事が目的なら、もっと早く殺しているはずだ。それに彼女は地位も名誉も興味がない」
好奇心は高いけど。
それに俺がこれまで助けられた経緯を恋のフィルターを取り除き客観的に見ても、自作自演という事はないと思う。それをする理由が見当たらないからだ。
「そして彼女との関係を認められないと二人が思うなら、俺は王位継承権を放棄しようと思う。それにより混乱が起こる可能性があるから、一番関わりのある二人をまず呼ばせてもらったんだ」
「なっ。そんな。この国を見捨てるのですか?」
「僕は兄上に王になってもらいたいです!」
俺の言葉に二人が慌てた。
王子派とただの泡が言った通りのようだ。……よく彼らの性格を見抜いたなと思うが……俺が見なさ過ぎたのだろうか。
「認めてもらい、彼女との結婚が認められるなら、王になろうと思う。しかしそれが駄目な時は、二人が力を合わせて、この国を守って欲しい。俺もそのための手伝いはする」
「貴方を王にする為なら、認めます。ええ。認めない奴らも、全員認めさせます」
「僕も!! 僕も、その人を姉上と呼びます!」
シャボンの秘密を知らない状態で、宣言してきた二人には苦笑するしかない。それほど俺に王になってもらいたいのか。誰がやっても大丈夫だと思うんだがな。
だが二人はあくまで人間を想像しているのだろう。ただの泡を見せてどう反応するのかは分からない。できるだけシャボンを傷つけたくはないが、もしも本当にここで生きて行くのならば、彼らにはシャボンについて知ってもらわなければいけないだろう。
「実はここに私の最愛はいる」
「は?」
「えっ? 何処ですか?」
俺は背中に引っ付いていたシャボンを手の上にのせて、彼らの前に見せた。
「これが、俺の最愛のただの泡だ」
二人共何を言われたのか分からないと言ったような顔をした。そうだよな。そう思うよな。俺も自分が相手の立場だったら、頭を疑う。
しかしまぎれもなく俺が好きなのは、この泡なのだ。
『どうも。ご紹介に上がりました、ただの泡です!』
「うわっ。喋った!!」
弟の方が先に素直な反応をした。公爵子息は黙ったままただの泡を凝視している。だが残念なことにトリックではなく、泡が喋っているのだ。
「以前公爵子息があったのも、この泡だ」
「……えっと、以前お会いした時は人間の女性だったと思うのですが」
「あの時は、魔女の変身薬で一時的に人間の姿になってもらっていたんだ」
『元は人間でも泡でもなくて、人魚なんですけどね』
ただの泡は明るく言うが、明らかに二人共混乱している。
「えっ。人魚? 人魚は泡になるの?」
『普通はなりません。私は船から落ちて助けた王子に一目惚れして、魔女に薬で人間にしてもらったんです。ただし、王子が別の人と結婚したら泡になるという呪い付きの品物だったので、以前王子が婚約した時にただの泡になってしまいまして』
「……だから以前殿下は、本当に助けた相手を愛してしまったと悩んでいたのですね。異種族と結婚できないのは普通ですから」
まあ、俺が出会った時は既に人魚ではなくただの泡だったので、あの時言っていたのは種族の違いというより外見の大きな差異が一番のネックだったんだけどな。
「そうだ。そして、ただの泡は、俺に会う為だけにこの姿になってしまったんだ。今、人間になる薬は作っているが、その前に俺に婚約話が舞い込みそうでな。もしもそちらと結婚しないといけなくなれば、俺は王位継承権を放棄するつもりだ。俺の能力が必要というのなら、何か爵位をくれればそれなりの仕事はする。だが俺の存在自体が問題になるなら、地位を捨てて、ひっそり彼女と生きようと思う」
「嫌だ!! 兄上が何処か行っちゃうのは!! 僕、姉上がただの泡でもいい!!」
弟の方は半泣きになりながらそう訴えてきた。
俺がいなくても能力的には何とかなるし、むしろ厄介事を増やしているのだから、切り捨てた方が楽だろうに。俺はそこまで好いてもらえるような立派な人間ではないと思うが、とりあえず彼の頭を撫ぜてやる。
ここで公爵子息がNOを付きつければ、俺はそちらの意見を優先し、彼が王につく方向で色々調整をかけて行こうと思う。弟はまだ幼すぎるし、今の性格のままではあまり王に向いているとも思えない。彼が育つまであの男が王を務めあげるだろうが、それよりも早めに王兄からその子息の方に王位が行くようにしよう。後は基本的には長兄が王になるという法律を作って可決してしまった方が、後々の争いも抑えられるだろうか?
ただし俺のようになりたくない場合や、能力的に合わない事もありえるので、その場合は弟が無血で王位を譲ってもらえるようにする方法も作っておくべきだ。ただし本人の意志より周りが利で動くので、その対策も必要だな……。
「貴方は、やっぱり兄を裏切るのか?!」
何も言わない公爵子息に対して、弟が怒鳴りつけた。
「ヘンリック。彼を責めるのは筋違いだ」
「その通りです。私は今、どうやって世論を認めさせるか考えているんですから、少しは黙りなさい」
「認められなくて当然……ん? 認めさせる?」
俺は思っていたのと違う答えに、首を傾げた。ん? 聞き間違いか?
「ここで私達が認めても、世論が敵になると上手くいかない可能性がありますから。しかし私は貴方を王にしたい。だから、殿下の恋を成就させる方法を考えます。先ほども言いましたよね?」
そういえば、認めない奴も認めさせるとか……。ただしそれはただの泡を見る前の話だったので、今も有効だとは思わなかった。
『ほら、言った通りだったでしょ? 王子は王になるべきなんです』
「シャボンさんもそう思いますか?」
『はい。王子は野心がなくて、簡単に色んなものを捨ててしまおうとしますが、絶対その方が周りも幸せです。でも私も王子の傍からは離れませんから! 私は王子が好きだし、王子には私が必要です』
「えっ。兄上は捨てようとするのか?」
『そりゃもう。本当にこの王子は無欲なもので。私がいなかったら、断捨離しすぎて、自分まで捨てちゃいそうなレベルです』
そんなに無欲じゃないと思うが?
今もシャボンは諦められないと駄々をこねているわけだから……。まあ、シャボン以外に何かあるかと聞かれると、特に思い浮かばないけど。普通、そんなものではないか? いくつもいくつも守ろうとすれば、疲れ切ってしまうだろ?
「それです。あれで行きましょう」
『何が、あれなんです?』
「シャボンさんは呪いにより泡の姿になってしまった、【聖なる泡】になりましょう。そしてその泡の聖なる力により王子は助けられたんです。何か超常的なものができるとベストですが。でもただの泡が喋るだけでも摩訶不思議ですし。そして愛の力により人間になる。古今東西、皆、お涙話が皆好きなものです」
【聖なる泡】?!
公爵子息の思い付きに、俺は目を瞬かせた。




