ただの泡ですが、馬の骨なんかじゃないですよー。
色々考えた結果、俺はとりあえず公爵子息と弟を巻き込む事にした。
どちらも俺が王位をつがなかった時に、王になる可能性が高い。いっそ、彼らがただの泡を受け入れられないというのならば、王位についてどうしていくか話しあった方がいいだろう。
ただの泡は、公爵子息と弟は敵ではないが微妙な関係だと言っていた。まあ王位継承権がある者同士なんてそんなものだとは思う。しかし俺が譲った時、その所為で殺し合いになり、国内が混乱しても面倒だ。下手に共倒れになった場合、俺を探し出し俺を担ごうとする貴族が現れるだろう。そうすると、ただの泡との幸せ生活が荒らされる。
公爵子息は王宮の官僚として働いていて、弟はまだ未成年であるため王宮で過ごしている。三人の予定を合わせるのも、それほど難しくはないだろう。
俺はさっそくそれぞれに文をしたためる事にした。弟相手に面倒なことを言われそうだが、ほぼほぼ顔を会わせない弟は、家族というより遠い親戚みたいな気持ちなのだ。それに突然俺が声をかければ彼も驚くだろうし、乳母も神経質になるに違いない。俺もわざわざいらない波風を立てるつもりはなかった。
「いっそ、どちらかが、凄い野心家で王になりたいと思っているならそっちを押してやるんだが……」
『止めた方がいいと思います。野心がないとは言いませんが、どちらも王子派です。王子が王にならないなんて言った日には……とても面倒な事態になると思います』
「面倒?」
『お互い、公爵子息か弟のどちらかが、王子が王になるのを邪魔しようとして、そうなったのではないかと喧嘩します』
「は?」
ただの泡の言葉に、俺の目は点になった。
なんだ、そのあり得ない喧嘩の内容は。確かに本当にそんな事が起これば面倒だが……。
「何故俺が譲るといっているのに、邪魔をしたという話になるんだ?」
『王子は分かっていないんです。どれだけあの二人が王子派であるかを』
いや。そんな事を言われても、あの二人、そんな様子をこれまで見せていないと思う……いないよな? 思い出そうとするが、仕事の話か、挨拶をしたぐらいしか思い出せない。
公爵子息は鯉の品評会は主催してくれたが……ん? あれはまさか俺の為か?
『二人共、王子に好かれたくて、ものすごく錦鯉の勉強をしてます。弟君にいたっては、魚関係全般です』
「……斜め上すぎて、どう反応すればいいか分からない情報なんだが」
よくそんな情報仕入れたなとも思うが、それより、そんな無駄な勉強しているのか。通りで、鯉が国で無駄に流行るはずだ。俺が好きと言うだけならそこまでだが、俺だけでなく弟や次期公爵まで力を入れていれば、流行にもなる。
『斜め上に行きたくなるぐらい、接点を欲しているんですよ。今回の呼び出しも、両者共にドキドキのウキウキです。まさに私がコイドルに会いに行くみたいな感じです』
事前情報が混乱の極みしかない。
何でそんな気分になるんだ? 俺ははっきり言って、彼らを喜ばせるような事をした覚えがない。
「分かった。一応、そういう心づもりで行く」
時間ぴったりで、客室に入れば、既に弟と公爵子息が席についていた。弟は、現在10歳。黒髪に光の加減で金に見える紅茶色の瞳で、あまり俺には似ていない。彼は乳母の血が強く出たようで、彼女と同じ彩色だ。しかし顔立ちはあの男に似ているので、間違いなく血が繋がっている。
対して公爵子息は金髪に緑の瞳で、俺とは更に血のつながりが離れているのに、どこかかしら似ている気がするから不思議なものだ。
「呼びだして悪かったな」
「とんでもございません、殿下。今日はお招きありがとうございます」
「ぼ、僕も、兄上にお会いできて光栄です」
公爵子息は優雅に、弟はどこか緊張した面持ちで椅子から立ち上がり返事をした。
うーん、久々に会うのだし弟が緊張してしまうのは当たり前な気もするし、公爵子息の方も特にいつもと変わらない。ドキドキウキウキしているようには見えないのだが……泡情報が間違っているのではないだろうか?
間違っていると言われた方が、正直しっくりくるしな。
「今日は公式の呼び出しではないのだし、楽に座ってくれ。私達は……同じ一族で、王位の継承権の順位にこそ違いはあれど、国を支える同じ立場だと思っている。それに、今日は二人に聞いて欲しい事があって来てもらったんだ」
俺が席に座れば、二人共再び椅子に座った。
「殿下、発言をお許しいただけますか?」
「いや。許すも何も……許す」
公の場ではないと言ったのに、わざわざ許しを求められて俺は諦め、彼の言葉にのることにした。……何か気に障る事を言ったか?
久々に普通の会話を試みようとしている所為で、これでいいのかよく分からない。仕事の話だったら、要件を言えばいいだけなので楽なのだが。
「国を支える同じ立場だと言って下さり、感無量でございます。しかし、私はあくまで公爵子息。殿下の下で働く、臣下でございます。そしてこちらの弟君は、あくまで同じ王子ではございますが、後ろ盾もない子供。殿下と同列にするのは間違いです」
「子ども扱いしないでいただけますか? 僕は、兄上の唯一の弟です。兄上を常に隣でお支えすべく、勉学に励んでいます。いつ裏切るかも分からない公爵家と一緒にしないでいただけますか?」
「なんだと?」
「ああ。すみません、つい口がすべって本当の事を言ってしまいました。なんせ、子供ですから」
目の前で繰り広げられる変な言い合いに、俺は頭を押さえた。んんん? 二人は、こういう性格だったか? いや、そう言えば、舞踏会などでもこの二人が並んでいるところを見たことがない。年齢も違うし、そういうものだと思っていたが……。
「悪いが、俺はどちらも国にとって大切な者だと思っている」
「あ、兄上に大切だと言われた」
「これからも、一臣下として精進させていただきます」
……何故こんなに弟がキラキラとした目で見ているのだろう。そして公爵子息も、妙に感極まっている。何故だ。理解できなさ過ぎて、部屋に帰って一人で過ごしたくなってきた。
だって、当たり前のことしか言ってないだろ? それなのに、喧嘩したり感極まったりと、どんな化学反応が起こっているんだ?
『王子、頑張って下さい』
部屋に帰りたいという心の声を受信したのか、ただの泡が小声で応援してくれた。そうだな。多分、これが、俺まで見なかったようにして来たものだ。……よく見ずにいられたなと思うが。
ともかく二人は、これが普通で、いつもこんな感じだったのだ。うん。今はそれについて考えるのは止めよう。とにかく本題に入ろう。
「それで、本題なんだが、実は俺には愛する者がいる」
「この間の阿婆擦れ女に続き、どこの馬の骨ですか?!」
「失礼なことを言わないでいただきたい。殿下がお心に決められたお方です。我々は殿下の御心に陰りがないようサポートするだけ。まあ、私は以前お会いした事があるのですが」
「何っ?!」
「殿下が口にするまでもなく、御心の憂いを察するのが我らの仕事。殿下が困られている時にお声をかけたのだから、信頼され、紹介されるのも当然のこと。ただ血のつながりだけしかない貴方とは違います」
……どこの馬の骨って。
弟にそんな言葉を教えたのは誰だ。それから――。
「彼女は馬の骨ではない」
「す、すみません」
弟の言葉を否定すれば、彼は顔を赤らめ縮こまった。そんなに強い口調で言ったつもりはないが、これでは子供を苛めているようだな。乳母にも心配をかけてしまう。
「知らないのだから仕方がない。だが、知る前に否定する言葉を使うのは止めて欲しい」
「分かりました、兄上。もうしません」
「それならいい」
流石は十歳。素直だ。あまり素直すぎると、王族としてやっていくのは大変だが、学んでいく上では長所となる。
「殿下は優しすぎるのでは? 殿下への侮辱発言、今すぐ退出させてもいいぐらいです」
「お前と兄上を二人っきりなんかにさせるか」
……だんだんただの泡が言った話がじわじわと俺にも分かってきた。なるほど。友人の友人は友人ではないという事か。
どう考えても仲が悪そうな二人を前に、俺が王位継承権を放棄した後の危うさが見えた。




