ただの泡ですが、結婚どうします?
元魔女である魔物に変身薬を飲ませ、霧が晴れると中から、黒髪の女が現れた。しかし今回は、二股の尾びれではない。人間の足だ。
局部など見てはいけない場所は相変わらず、ただの泡が鉄壁のガードをしてくれているのでありがたいが、生足というのは目のやり場に困る。人魚は気にしないのだろうが、人間の女性は足は出さないものだ。
「何か女性ものの服を借りられないだろうか——魔女?」
魔女は元魔女に視線を固定したまま、大きく目を見開いていた。それに対して、元魔女は気まずそうな顔をしている。
「ダオ?」
「あー……。元気そうだな」
魔女が名前のようなものを呟けば、元魔女は困ったような顔で笑った。
その瞬間、魔女の眦が上がる。
「元気そうじゃない!! 一体、今まで、何処にいたのよ!!」
「えーっと。森的な? いや、ほら。王都にいると、討伐されそうになるしだな」
「魔女狩りなんて、とっくの昔に終わったわよ!! 何で、ダオは戻ってこないの?! それなのに、何で私を人間なんかにしたのよ!!」
魔女は元魔女——ダオの肩を掴み、がくがくと揺らした。
……これは、やっぱり、この元魔女が、魔女の飼い主という事でいいだろうか。
「えっと。お前、実験動物で色々な薬品に触れてたから、今更自然に戻すのも不味くてだな。下手にお前がタコの雄との間に子を残して、突然変異が起こるのは困るわけだ。でもそのまま放置したら死を待つだけだろ? それも飼い主としてはちょっと良心の呵責に駆られてね。だから、まあ、頭もよさそうだし、人間にしておけば何とかなるかと思ったんだよ」
「なら、初めからそう言いなさいよ!! いきなり人間にされて意味分からないし、ダオは魔物になるし。その上ダオを捕えようとした人間が来て家の中めちゃくちゃにするし、ダオはどこかに行っちゃうし!!」
魔女の言葉に、俺は何となく頷く。
魔女にとって元魔女は親みたいなものだったのだろう。だけど何も分からないと思って何も伝えなかったという事だ。……何か、俺の母親にされた事と同じだな。一言言ってくれればまた違ったかもしれないのに。タコだって言われればわか――ん?。
「えっ ? タコ?」
「……そうよ。元、タコよ。悪かったわね!」
「いや。悪くはないが……」
タコだと分かると、確かにどこまで伝えて通じるだろうかと思う部分もあるだろうなと思ってしまう。判断の難しい部分だ。
ペットの鯉に対して、俺は多分話しかけない。
「悪い。まさか、ずっと待っているとは思わなくて。タコと森では相性も悪いし、私も魔物になって身を隠したばかりの頃は自分のことだけで精一杯だったんだ。……言い訳にしかならないが」
確かに海の生き物であるタコと森では相性は悪そうだ。自分の命が狙われている状態なら、元魔女もペットをつれて行くという選択はできなかっただろう。
……だめだ。見た目が人対人の所為で、ペットとご主人の関係と言うと、この二人の関係が爛れたものに感じてしまう。見た目って大切だな。
「そんな事……いいわよ!! あのままここに居たら、殺されちゃったかもしれないし。そんな事より、ここに来たという事は、またここに住むという事よね?」
「あー……えーっと」
「彼女には、魔女の変身薬の研究を手伝ってもらおうと呼んだんだ。彼女がいた方が、研究がもっと進むと思ってな」
「なら、研究している間は、強制的に一緒に居られるということね」
まあ、そういう事だな。
客として王宮の一室を使わせても問題がないが、こっちに住んだ方が研究には便利だろう。それに魔女とのやり取りだって近い方がいいとは思う。
『理由をつけてずっといたいからって、わざと変身薬の完成を遅らせるのは駄目ですよ? 本気で、王子がスローライフの準備を進めてしまいますから』
「チッ。ちょっとぐらい……待って。スローライフ? えっ? 辺境伯じゃなくて?」
『王子、ウサギさばいて料理してる時、いつも以上に生き生きしていました』
「そうか? ただ今回はハーブソルトで味付けしただけだからな。もっと凝った料理ができるよう、明日から順次レシピを覚える予定だ。菓子も作るから、魔女にも味見させてやる」
料理だけなら自分とただの泡で消費可能だが、菓子に関しては毎回食べきるのも大変だろう。となれば配るしかない。
政務の時間と鍛練の時間もあるから、それほど長い時間はできないが、やりくり次第で何とかなるだろう。
「ひぃ!!」
「失礼な奴だな。失敗したものなど持ってこないぞ? ちゃんと人が食べれるある程度成功したものしか持ってくる気はないからな」
何故か青ざめ、悲鳴を上げる魔女を俺は半眼で見た。確かに俺の腕前は、まだ野営用だ。凝ったものなどできないが、どんな人間だろうと初めてというものはある。今が駄目でも回数を重ねればできるはずだ。特に料理に関しては、細かな細工などは別にすれば、レシピさえ覚えれば誰でもそれなりのものができる部類だ。
「違うわよ!! そんな事心配してないわよ。この王子、全然王位に執着してないんだった。折角ダオに会えたのに!! あああ、交渉人が来てしまう」
『ダオさんとはちゃんと話し合って今後を決めた方がいいと思います。留める理由に変身薬の完成を遅らせるのは、悪手です!』
「……そうね。そうさせてもらうわ」
変身薬の完成が遅れるのは困るが、そこまで俺が王子以外の仕事に興味を持つことを拒絶しなくてもいいのになと思う。
『王子は料理の勉強の前に、私との結婚をどうするか考えてくれませんか? あっ。人間はまず婚約するんでしたっけ?』
「け、結婚?! いや。すまない。その通りだな。一緒に居ると決めたのだから、筋は通さないとだな」
ただの泡から出た言葉にドキッとするが、ただの泡を愛していて、ただの泡以外と結婚する気がないのなら、彼女と結婚という事になる。
あのクソ男も、俺にちゃんとした結婚相手をとか言い始めているしな。変な一手を打たれるよりも、何らかの対応を考えるべきだ。
「従兄弟の公爵子息が、そういえば力を貸すと言ってくれたな」
ただし、たとえシャボンが人となった後に公爵家の養子となるとしても、まだ弱い。きっと何らかしらの文句が出てくるだろう。その所為で、妾をとれと言われても困る。
それに……。
「シャボンは、ただの泡でもいたいんだよな」
『そうですね。便利ですから。勿論、人間でなければ周りが認めてくれないという事は理解してます』
「ああ。問題は周りだ。俺はただの泡でも愛しているからな」
頭の固い者たちを何とかする方法……それこそ世論が、ただの泡を受け入れるようにするには――。
ただの泡と魔女が何やら話している間、俺は結婚するための方法を考えていた。




