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ただの泡ですが、王子と一泊しました。

 魔女はその後ふたたび魔物に戻ってしまったが、ただの泡が確保し続けた。

 とりあえず俺らは魔物のいる森で一泊し、翌朝今度は魔女の店に行く事にする。母は、俺らが森にいる間ずっとそばにいた。もしかしたら、他の魔物除けになってくれたのかもしれない。


 ただの泡は母は俺を捨てたと言ったし、実際そうだろうと思う。

 だけど見守ってはもらえているので、捨ててはいるが、見捨てられたというわけではないようだ。母がドラゴンになった頃の時世は、母の方法が最善だったのかもしれないし、そうではなかったかもしれない。それでも、今更恨み言を言うつもりはないし、それなりの関係を保てるのならその方がいい。

 それに俺の中では、母よりも泡が優先だ。下手に恨みを買ったりして泡が損なわれる危険は最初から排除したい。

「では、そろそろ出発します」


 そう母に言えば、ドラゴンはグルグルと喉を鳴らした。

 一日やそここらでドラゴンの表情を読めるようなスキルはないので、やはり彼女が何を思っているかは分からない。

「もしもご協力いただきたい事があったら、またここに来てもいいでしょうか?」

 この森で静かに暮らしていた母にとって、俺の突然訪問により色々暴露されたのは、迷惑極まりない出来事だっただろう。

 表情が読めないし、言葉も分からないので、これで首を横に振ったら彼女の事は忘れようと思う。俺がまだ子供だったらいざしらず、成人した息子の面倒をみる義理は彼女にもないだろう。しかし母は縦に頷いた。


「……では、その時は何か調理済みの物をお持ちします」

 ドラゴンの姿ではドレスも宝石も無用の産物だろう。それよりは手土産として、調理された食べ物の方が喜ばれそうだ。

 俺の言葉に再びドラゴンが喉を鳴らす。やはり言葉は分からないが、喜んでいるような気がした。

「シャボン、しっかり捕まってろよ」

『大丈夫です。元魔女さんもがっちり固定しています』

 馬は俺達が戻ると怯えた様子だったが、俺が撫でればすぐに落ち着いた。なので、俺は馬にまたがり、ただの泡には背中に引っ付いてもらってる。ふわふわと風で飛んでいきそうな外見だが、彼女の吸着力は強い。彼女は元魔女を体で包んだまま、張り付いている。


『きゅぃぃぃぃぃ!!』

 馬を走らせると、背中で元魔女が鳴いた。……言葉が理解できないし、仕方がない。ただの泡が包んでいるし、何とかなるだろう。

 俺はできるだけ早く着いた方がいいだろうと考えて、馬のスピードを上げた。


 城を超え、更に海の方面へ走り続けた俺は、魔女の建物が見えたところで、馬を止めた。かなり長距離を走らせてしまったので、井戸から水を汲んできて、馬に飲ませてやる。

「……なあ、この元魔女は大丈夫なのか?」

 馬から降りると、ただの泡も俺から離れたが、ただの泡にくるまれた魔物はグルグルと目を回し、気を失っている様子だ。

『どうやら、馬酔いしたみたいです。まあ、海に住む種族は乗り物に乗るという概念がないので』

 確かに。イルカに乗った人魚がいるという話は聞いた事がない。

「ただの泡は大丈夫なのか?」

『はい。三半規管がないので大丈夫なんじゃないですかね?』

 確かに三半規管どころか、まず耳があるのかも疑わしい外見だ。しかしこの泡、喋るし、噂話も良く聞いている。……多分深く考えても答えが出ない系だろう。酔わないのなら、それにこした事はない。


「おい、魔女。ちょっといいか?」

 俺は魔女の家の扉を開けた。

「はーい。少々お待ちください。……あら? 今日はどういう御用? 流石にまだ、変身薬は完成してないわよ?」

 奥で調合をしていたらしい魔女は出てきて俺の顔をみるなり、進行状況を伝えてきた。俺もそう簡単に薬ができるとは思っていないが、まだかまだかと良く言っているので、今日も進行速度を聞きに来たと思ったようだ。

「いや。今日は、変身薬の出来具合を聞きに来たのではなく、別の魔女を連れて来た」

「別の魔女?」

『前に魔女さん、魔物の中に元魔女がいると言っていたじゃないですか。なので、魔女らしき魔物を捕まえてきました』

「えっ。捕まえたの?!」

 ただの泡が魔物をすっぽり覆いこんだままスススと近づくと、魔女は怯んだような顔をした。まさか捕まえるなんてと顔に書いてある。……どうやら、魔女の常識では捕まえられるようなものではないようだ。


「俺の泡は優秀だからな」

「何でそんな誇らしげなのよ……。いや。本当に凄いとは思うけど。それで、この小動物がそうなの?」

「一応変身薬を飲ませて確認したところ、本人は魔女だと言っていた。嘘をついている可能性がないとは言いきれないが、一緒に文献購読をしてみれば、嘘かどうかも分かるだろ」

 多分本当の事を言っていると思うが、知能を持つ生き物は保身の為に嘘をつく。だからこの魔物が嘘をついていない証拠はない。しかし、実際にやってみれば、魔女か魔女でないかぐらいは分かるだろう。


「分かるけど、安全が分かるまで、シャボンちゃんには固定しておいてもらいたいんだけど」

『いいですよ』

「いや、駄目だろ。俺とただの泡は二泊までしかできない。つまり明日にはただの泡は俺と一緒に城へ帰る必要があるんだ」

「別に王子は帰っていいわ」

「いいわけあるか」

 ただの泡は大切な俺の泡なのだ。

 離れて暮らすなんて耐えられない。


『別に、切り離して、王子の傍にいますから大丈夫です』

「そう言えば、どれぐらいの間切り離しが可能なんだ?」

『試した事がないのでよく分かりませんが、ある程度のサイズがあれば、行動するのに問題ないはずです』

 ただの泡の生態は相変わらず分からないので、彼女が大丈夫だと言うのなら、大丈夫だという事にしておこう。実際、何度も切り離して生活しているし、鯉ドルに食べられた事もあるしな。

「……束縛が過ぎる男は嫌われるわよ」

「そんなっ?! シャボン?!」

 ボソリと魔女に言われ、俺は慌ててただの泡を見た。

 そんな。シャボンに嫌われたら生きていける自信がない。かといって、束縛を辞められるかと言われると……。


『魔女さん、勝手なことを言わないで下さい。今のところ問題ない範囲です。それに、王子から私への執着を取り除いたら……色々マズイと思います』

「……悪かったわ。その通りね」

 何が不味いんだよ。

 そして魔女も同意するな。別に、ただの泡以外に興味がなくても、今まで何とかなって来ただろうが。……まあ、今までの王家の事を考えると、俺も周りについてちゃんと知ろうとしなければ、生き残れないかもしれないけれど。疑心暗鬼が、敵対関係を作り出し、殺し合いになるのだ。疑心暗鬼は相手を知らないからこそ起こる。

 王位に執着はないと言っても、相手が俺を知らなければ、俺の言葉を疑うだろう。

 その為には俺も相手を知るところから始めないといけない。……情を持てば合理的判断が鈍るので、正直気は進まないが。

 俺的には切り捨てられない存在は、泡だけでいい。これ以上は重く、身動きが取れなくなりそうで、苦しい。


『とりあえず、元魔女さんも目が覚めたみたいなので、変身薬を飲んでもらいましょうか』

「なんだ、狸寝入りをしていたのか」

 いまだに目を開けないので気を失ったままだと思ったが、そういうわけでもないらしい。

 しかしいまだに瀕死のように目を閉じている……。馬酔いがそんなに酷いのだろうか?

『きゅい……』

 俺らに見つめられて、ようやく元魔女は目を開け、か細く鳴いた。相当具合が悪そうに見えるが、大丈夫だろうか?


「死にかけじゃない」

『死んでません。弱ったふりをしているだけです。眼球の動き、脈、心音、体温共に森で捕獲した時と変わりません』

 凄いな。捕まえているだけで体調管理もできるのか。

「なんで弱ったふりをしているのよ。そんなに、魔女の姿に戻りたくないの?」

 弱ったところでここから解放される事はまずない事は分かっているだろう。それでもそんな真似をするという事は、元の姿に戻るのに何らかの抵抗があるという事だが、森では素直に変身していた。


「とりあえず薬を持ってきてもらえるか?」

「ええ。ちょっと待って頂戴」

 魔女が奥に引っ込んだ瞬間、元魔女が暴れ出した。……まさか。

「諦めろ。ここに来た限り、元の姿に戻ってもらい、最初に約束した通り、薬を作る手伝いをしてもらう。魔女は約束は破らないんだよな」

『きゅーきゅー』

 意味は理解できないが、多分、何らかの文句を言っているのだろう。

「あの魔女、元実験動物だそうだ」

 そう言うと、元魔女は黙った。

「だが、実験動物とは思えない腕前を持っている。言葉も人魚のものも人間のものも喋る事ができるぐらいだ。そして彼女は変身薬の研究をしている」

 それは才能ではなく、努力によって培われたものだ。

 どうしてそこまでして、魔女になり、変身薬を研究しているのか。

 俺は魔女じゃないから分からない。それでも、推測は可能だ。そして、元魔女もアホでなければ推測ぐらいできるだろう。


「お待たせ。コップに入れて来たわ」

 グラスに入った薬を俺は受け取ると、元魔女の前に出した。元魔女は、ジッとそれを見つめた。

「スポイドで飲ませる?」

 中々飲もうとしない様子に、魔女が尋ねたが、俺は首を横に振った。

「森では普通に飲めていたから、いらない。そうだろう?」

 俺の言葉に元魔女は頷いた。

 そして意を決したようにグラスに顔をつけたので、飲みやすいよう傾けてやる。するとただの泡に包まれた魔物から再び煙が上がった。

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