ただの泡ですが、王子って器用ですよね。
ただの泡とウサギを食べた俺は言い知れぬ幸福感に包まれていた。
量としては足りないが、好きな人と一緒に食事をするっていいな。ただの泡は食事がどうしても必要というわけではないので、見ていることが多い。
でも俺が作ったと言えば食べるだろうし、料理の腕を磨くためにも定期的に作るか。俺の手で、ただの泡の体を作るというのは腕がなる。美味しいものを作ってやらないとだな。
「さてと色々満たされたし、そろそろその魔物をどうするか決めるか」
泡に包まれたまま身動きができない魔物を一瞥する。見た目は危険性があまりなさそうだが、他の魔物から一目置かれているのならば、何をするか分からない。
『元の姿に戻してみましょうか』
「そうだな。おい、魔物。今から一時的に変身できる薬を飲ませるから、必ず元の姿を思い浮かべろ」
『そうですよ。もしも変な真似をしたら、ぱくっと食べちゃいますから』
「食べるって、毒とかないよな?」
ただの泡は何でも食べてしまうところが困りものだ。
『ただの泡なので大丈夫です。毒が入ってた場合は、とりこんでしまった泡を捨てればいいので』
そう言えば、昔毒入りの水を飲んだ時も切り捨て方式で何とかなっていたな。でも、一握りの泡だとしても、大切な泡だ。できる事なら、危険な真似はさせたくない。
「魔物、良く聞け。もしもただの泡に何かしたら、殺す」
ただの泡が人間に戻る手がかりを捨てる事になるが、危害を加えるというのなら、こちらも容赦するつもりはない。
俺はジッと魔物を見据えた。
これは脅しであり、交渉だ。最悪は殺すだが、殺さずに手がかりが得られるならばそちらがいい。だから俺はギリギリまで魔物の出方を見る。
「ただしそちらの言い分もあるだろう。話し合いには応じる。理由があって、俺達に協力をしたくないと言うのなら、そう言ってくれればいい。できないことを無理強いさせる気はない」
自ら魔物となったのなら、それなりの信念などもあるだろう。どうしても俺達の意見と相いれないのならば、仕方がない。
魔女に今後も開発を頑張ってもらうとして、最悪はただの泡とスローライフだ。個人的にはただの泡がいるのなら、何処でも暮らせると思う。むしろ、煩わしいものから解放されて、その方がいい気もしてきている。
ただの泡は小瓶を取り出すと、魔物の口に当てがった。魔物は特に抵抗する事なく薬を飲む。もしかしたら別の姿になってそのまま逃げだす可能性もあるので、注意が必要だ。
飲んですぐに魔物から霧が発生した。
見えなくなった場所を今回はそのまま凝視する。裸の女が現れる可能性もあるが、ただの泡に何らかの危害が加えられる可能性もあるので、悪いがそのまま見せてもらう。
霧がひいていくと、黒い髪の女が現れた。体は裸のようだが、ただの泡がくっついているおかげで、胸などは隠されている。ナイスだ。
そして泡で隠されていない足の部分は二股に別れた魚のものだった。
二股という事は、セイレーンか。
「……私に何の用だ」
黒髪の女は、裸であるにもかかわらず怯むことも、恥ずかしがることもなく、俺の方をにらんだ。人魚は服を着ないと言っていたので、セイレーンも同様の生活様式なのだろう。
「貴方に用があると言うよりは、俺達は魔女に用がある。貴方は魔女だろうか?」
「どう思う?」
「人間の言葉を操るセイレーン族ならば、魔女の確率は高いと思っている」
人魚は人魚の言葉があるのだから、セイレーンだって同様だろう。それでも人間の言葉も話せるというのは、俺が知っている魔女と同じだ。あの魔女も人間の言葉だけではなく人魚の言葉も操っていた。どちらとも商売をするのなら、必要な知識だろう。
「正解だ。私は魔女さ。今じゃ、ただのちっぽけな魔物だけどね」
「魔物たちに一目を置かれているとただの泡が言っていたが?」
「さあて。知らないよ、そんな事。それで、こんな薬まで用意して、引退した魔女に何のようだ? お前、王族だろ? また殺し合いをする薬の依頼かい?」
嫌な言い方だが、事実変身薬は殺し合いに使われた過去がある。
そして俺はそれを使って生き延びた王族の末裔だ。
「俺は、俺の愛するただの泡、シャボンを人間にする薬が欲しいんだ。もしも知っているなら、調合して欲しい」
「無理だね。悪いが、私は引退した魔女だ。そんな薬を作ったのは遥か昔で、レシピも記憶にないよ。他を当たりな」
ジッとセイレーンの顔を見ていたが、嘘をついている様子はない。確かに曾祖父の時代から始まった騒動だ。半世紀も前の事など忘れてしまっても仕方がない。
だが——。
「作った事はあるんだな?」
「……まあね。変身薬は作っていた」
『はい! 質問いいですか? その作っていた薬は人間になってからも、ただの泡にもなれるものですか?』
そう言えば、シャボンもただの泡でいたい様な事を魔女に行っていたな。
「なあ。もしもシャボンが人間ではなく、ただの泡で居たいのなら、俺はいつだって王族を止めるからな。料理ももっと手の込んだものを覚えるし。必要な時は言ってくれ」
『王子……大丈夫です。絶対王子からは離れませんから。ただの泡の方が諜報活動とか都合がいいというだけで、王子と一緒に居たいので人間になりますよ?』
本当だろうか。かなりただの泡での生活が快適になっている気がする。
「……なんだい。好きな女の為に、薬を復活させようとしているのかい?」
「それ以外で復活させる理由などないだろ。過去の話を母上から聞いたが、あの薬は不利益の方が大きい。大きな力は相手に対しての抑止力にはなるが、使わずにいる自制心が今後王になる者にあるとは限らないからな。ならば、なかった事にした方がいい」
利用価値はかなり高いが、それにより破滅に進む可能性の方が高いと思う。だからこそ、俺の祖父達は魔女狩りをして、薬を消したのだ。
「自分ならと大丈夫だとは思わないのか?」
「思わない。人は間違える生き物だ。今の俺は使わないを選択するが、将来その意見を続けられるかは分からないからな」
だったら持っていない方がいい。俺の手から別の場所に移動する可能性だってあるのだ。今なら、シャボンを人間にするだけでとめられる。まあ魔女にはそれなりの対価を渡して、薬の情報が漏れださないようにしてもらわないといけなくなるが。
「……さっきの人間になったりただの泡になったりできるかの質問だけど、たぶん理論上はできる。でも、流石にそのレシピは覚えていない。書物には暗号で残したけど、今どうなっているか分からないからな」
「知り合いの魔女に、過去の魔女の残した暗号を解こうとしている者がいる。そいつと会ってもらえないだろうか?」
「へえ。このご時世で、まだ魔女なんてやってる変わり者がいたのか。魔女狩りが起こった時に、賢い魔女は皆廃業したと思っていたが」
「どうやら、彼女もまた、変身薬と深いかかわりがあるらしく、調べつづけているらしい」
魔女によって実験動物から人間の体になって、いつ頃から魔女になったのかは分からない。しかし不完全ながらも変身薬を完成させたところを考えると、それなりに長い時を魔女として生きているのだろう。
「ふーん。まあ、いい。協力しよう。そもそも人を魔物にする変身薬は失敗作なんだ。ちゃんと思った通りの姿にするのは別の薬さ。もしくは、変身薬の解毒剤とかでも行けそうだけど……」
『あっ、私、元人魚なんで』
「……人魚なのに、人間と結ばれようとしているのか」
「彼女が彼女であれば、人魚でもただの泡でも俺は構わない。一緒に暮らしていくには不便だが」
種族で恋をしたわけではない。
ただの泡の外見でもない……はずだ。流石にそういう趣味は持っていない。
ただ、彼女が彼女だったから。俺は愛した。
「古今東西、愛が一番大きな魔法と言われているからね。人の人生、とやかく言うつもりはないさ。私だって元セイレーンなのに、人間の姿で魔女をやっていたからね。そういう人生もあるわな」
普通ではないだろう。
でも普通がいいとは限らない。




