ただの泡なので、調査はお手の物です。
俺が野営の準備に取り掛かると、ただの泡は元魔女の魔物を探しに森の奥へ入っていった。一人で大丈夫かと聞いたが、体を分離して俺の近くにも少量残していくので大丈夫だそうだ。
それに俺の気配は離れていても分かるとの事。なんか心は繋がっている的な感じでいいな。うん。
小さな幸せを噛みしめつつ、俺は火おこしをする枝を集める。寝場所として葉っぱもあるが、やはり火は温かいし料理もできるし必要だ。
「そうだ。王宮から、サンドイッチを持ってきましたので、良ければ食べて下さい。ドラゴンになってからでは食べるのに苦労しそうですので」
「……自分の為のものではないの?」
「予定としてはそうでしたが、別にまた王宮に戻れば食べられますし、私は野生の動物を捕まえるので問題ありません。こういったものは、森では食べられませんよね?」
元人間ならば、調理済みの食事を覚えているはずだ。そう思うと、長年それが食べたくても食べられなかった人が食べた方が、料理長も喜ぶだろう。
「貴方が私やあの人に似なくて良かったわ」
「髪色や顔立ちは母ですし、目はあの男に似ていると思いますが?」
不貞を疑われない程度に、俺は両者の特徴を持っていると思う。
「そういう意味ではないのよ? あー……なるほど。色々とそういう事なのね」
母はブツブツと呟きつつも遠慮なくサンドウィッチを食べ始めた。なので俺も薪を集めに少し離れた場所まで行く。乾いた枝でなければ火がつかないので大変だ。
その途中、ウサギを見つけたので、投石し失神させた俺は再び元の場所に戻った。ウサギには申し訳ないが、食べなければ俺も生きていけないのでその命を頂く。
戻ってきて、ウサギの皮を剥いだりしていると、ジッと母上が見ているのに気が付いた。女性はこういう作業が嫌うと聞いていたが、どうやら大丈夫らしい。感心したような顔をしている。
「母上はウサギを捌く事に嫌悪感はないんですね」
「慣れたわ。毛皮を剥いだりしたことはなくて、大抵丸のみだけど。魔物になってからはそういうものしか口にできないもの」
確かにドラゴンの姿で獣の解体作業をしている光景はあまり想像できない。体が大きいからこそ、細かい作業が苦手そうに見える。
「ただの泡は、食べ物を食べなくても光合成を行えば生きていけると言っていました。ドラゴンはどうなのですか? とりあえず、毛を食べても問題ない構造になっていることは分かりましたが」
人間は毛を分解する事ができない。なのでまずは毛皮を剥ぐ必要がある。そうでなければもそもそするだけでなく、消化不良で腹を壊す。
「体の大きさに比べればとても低燃費だと思うわ。流石に食べないわけにはいかなかったけれど、必ず毎日食べないといけないわけでもないから。……ミケルこそ、魔物に対しての嫌悪感はないの?」
「私の好きな相手が魔物なので、今は特には。成り立ちも聞きましたので」
元々嫌悪するのは、人間を襲うからだ。元人間で人間を襲わない魔物もいるというのなら、全てまとめて嫌悪するのもおかしな話だ。
「あの泡ちゃんの事が好きなのはよく分かったわ」
呆れたような声に聞こえたのは気のせいだろうか? しかし好きな相手だから寛容になれるのであって、そうでなければ魔物など関わりたくない生き物で間違いない。
「……私は、母上は可哀想な女性だと思っていました」
「それは間違っていないわ。可哀想な状況だったと思うもの。でもただ可哀想のままでいるには、我が強すぎたのよね。私のしたことが間違っていたとは思っていないわ。でも……貴方を捨てたことだけは申し訳なかったと思ってる」
「……正直に申し上げれば、一言言って下さればよかったと思っています。子供なので、不用意に情報を漏らしてしまう可能性はあったかもしれません。でも、子供は、大人が思っているよりは色々理解しています」
色んな情報が追加で出てきたが、あの男がクソだった事は変わらないし、母が可哀想な女性であった事も変わらないし、自分が捨てられたのだという現実も変わらない。
変わらないけれど、できるなら、知っておきたかった。
「そうね。言われてみれば、私も子供ながらに何が起こっているのか、色々分かっていたわ。ごめんなさいね」
「謝られても、許す気はないというか……許さなければいけない事が分からないので、謝らなくて結構です。あの時は、それが最善だったという事だけなので」
子供で足手まといな俺の意見を優先していたら、今の安定はなかったのだろう。もしかしたら伝えても同じ結果になったかもしれないが、それは推測に過ぎない。リスクをできる限り減らすのは、仕事をする上では当たり前のことだ。
「それでも、ごめんなさい。私が母親失格な事は分かっているし、あの人が父親らしい事ができたとも思えないし。そしてこう成長しちゃってるものねぇ。ミケルの傍に泡ちゃんが現れてくれてよかったわ。こんな母親だけど貴方の幸せをずっと願っていたし、これからも願っているわ」
そう母が言った瞬間霧が発生した。そして再びドラゴンが現れる。
時間切れらしい。
俺を見つめるドラゴンが寂しそうに見えるのは願望だろうか。
母はその後もただ俺が料理する姿を見ていた。




