ただの泡ですが、やっぱり、クソはクソでいいと思うんです。
魔女と魔物と人間の関係を聞いて、色々思う事はあるが、とりあえずただの泡が、ずっと一緒に居ようとしてくれているので、もうそれでいい気もして来た。
いや。もっと考える事は沢山あるのは分かっている。分かっているが、何よりもただの泡の事が大切なのだ。
『とりあえず、そんなわけなので、魔物が現れてもすぐに殺そうとするのではなく、相手の出方を見てから倒した方がいいと思います』
「なるほど。分かった。反射的に殺してしまわないよう気を付けようとは思うが、魔物というのは普通の生き物よりタフで狂暴である事が普通だからな。もしも攻撃をする事になったら、加減は難しいかもしれない」
身体能力が通常の生き物より高く、生命力も強くて中々死なないというのも、魔物の特徴の一つだ。そう思うと、確かにただの泡は見た目に反して、かなり能力が高く魔物の特徴を持っている。
『それは仕方がありません。私は知らない他人より王子の方が大切なので。ただし魔女さん情報だと、魔女さんの飼い主が見つかれば、完璧な変身薬が作れるかもしれないらしいので、話が通じそうな魔物を見つけたら、意思疎通を試みた方がいいと思うんです』
「そういう事なら、できる限りギリギリまで魔物の出方を伺おうと思う」
確かに今の魔女が変身薬でその姿を維持しているならば、完璧な変身薬を飼い主とやらは持っていたという事——ん? 飼い主?
「なあ、魔女は飼われていたのか?」
『らしいですよ。魔女さんは元は実験動物だったそうです。でも毒の耐性が強くてなかなか死なないうちに、愛着を持たれてずっと飼われていたと話していました』
「……そうか」
それぞれ、どんな過去を持っているか聞かなければ分からないものだ。
『それと王子のお母様の話に戻しますが、行方不明になった場所は、魔物が多く生息する場所でいいんですよね?』
「そうだな。だから、遺体を回収できなかった」
崖から落ちたのだから、まず即死の可能性が高い。でも普通なら王妃なのだから遺体を回収される。それができなかったのは、危険な魔物がいて、遺体の為だけに人を派遣ができなかったからだ。
『王子は魔物が増えた、つまり変身薬が多用された時期っていつ頃の話だと思います?』
「いつと言われると分からないが、かなり昔の話ではないのか?」
俺が生まれた時にはすでに魔物という存在はいた。そして魔女狩りは収束していた。
『多分王宮で大規模に使われたのは、王子の曾おじい様の時代です。つまり王様や王子のお母様にとっては、おじい様の時代ですね。魔女狩りはその少し後から一気に始まり、王子にとってのおじい様、親にとってのお父様の代で終わりました』
ずっと昔の話だと思ったが、そういう話方をされると、意外に今に近い話だと思った。曾おじい様の時代と言われると凄く古く感じるが、親にとっての祖父と言われると、同じ人物なのにより若く感じる。
『つまりご両親は、その時代の当事者だったという事です。どちらも若くても王家に属していますから、変身薬の存在とそれがもたらした結果を知っていた可能性は高いです』
変身薬と魔物、そして魔女の関係を知っていた?
新しい情報に、俺の頭が混乱する。
あの男も母も、子供だった頃に起こっただろう惨劇。知り合いが魔物となり、殺され、作った者も口封じされ、強い者……つまり俺の曽祖父のみが、王族として生き残った時代。もしも大人達のやっている事を知ったら、二人は何を思っただろう。
「なあ、嫌な憶測ばかりが思い浮かぶんだが」
『まだ全ては仮定なので、分かりません。言えることは、王子の父親がクソである事と彼の過去と国の事は別問題です。王子があの男に精神的虐待をされた事に代わりがありません。だから王子が感じてきた気持ちは、間違いなく王子の気持ちで否定する必要はないかと思います』
もしも波風立てずに平和にしなければならない状況下だったら、あの男の選択は間違っていなかったのかもしれない。例え、それによって傷つく者がいたとしても、命や尊厳は守れるのだ。
もしどうしてもの理由があったならば、俺は許さなければいけないのだろうかと考えていると、ただの泡の方が否定してきた。
『私も人魚らしく生きろと何度姉に言われたか。それは自分達世間体の事もあったでしょうが、私の為を彼女なりに思ってだってあったと思います。でも私はまっぴらごめんでしたから』
「……そうだな。正しいから、理由があるから、嫌な気持ちを否定しなければいけないわけじゃないんだな」
誰かにとって正しくて、それが普通でも、別の誰かにとっては普通ではないし正しくない。
『とりあえず、お母様の事故現場に行ってみましょう』
ただの泡の言葉に、俺は頷いた。




